あの雲の向こう側
扉を開けるとそこはいつもの世界だった。
薄汚れたゴーグルのせいか、単に空気がくすんでしまっているだけなのか。もうわからない。
重い荷を持ち、進まない重い足を無理やりに動かしながら歩きだす。
世界大戦中、とある工場が破壊され、そこから発生した有害物質のせいで人間を含め、ほとんどの生物は辺りから消えてしまった。 空気は灰色にかすみ、汚れている。 ゴーグルをつけていないと目に入り、痛くてたまらない。一度吸ってみようもんなら、死ぬまで咳が止まらなくなるだろう。 開発した人はもちろん、研究しようとした人は次々に死んでいった。 今ではそれが何なのか、考える人すらいない。肺や目が痛くなることは日常茶飯事で、いつ死んでもおかしくない状況だった。
この、木でできた簡素な家は僕と僕の祖父の二人の家である。
もともとは父と姉を含めた四人で暮らしていたが、今のこの状況だ、どうなったかは言わなくてもわかることだ。
家の横には葉もついていない枯れた灰色の木があった。祖父によると、この木は昔、それは綺麗なピンク色の花を咲かせていたらしい。だが、祖父が生まれるずっと前にそんなものは世界から消えていた。
祖父も、祖父の父親から伝え聞いた話で、祖父が幼い頃にはもう今の状態だったそうだ。
この木が枯れたのは別に物質のせいではなく、とうの昔に枯れていた。そこに物質がまとわりつき、一層不気味さを増していた。
木の家と言ったが、それは建前で、世界大戦中にシェルターの代わりとして、地下に頑丈な空間を作っていて、今はそこに住んでいる。 家を出るときは何重にも繰り返して扉をくぐり、中に物質が入らないようにしている。
さて、今日は街の真ん中まで行ってみようと思う。 もしかしたら政府の配給車が来ているかもしれない。 ここ半年ほどはもう来なくなってしまったが。
僕のおじいちゃんは今、この空気を吸い込んでしまい、寝込んでいる。 幸い、少量だったので死には至っていないが、そのきっかけを作ってしまったのは僕で、それが分かった時は自分の行動をとても悔いた。
街の中央にはもう水も出ない噴水がある。今日はそこまで行くのだが、こんな世界だまっすぐな道のどこにも人の姿は見られない。もちろん政府の配給者も。
噴水のふちに座ってみた。実は、この場所は以前から有名な場所でここから海が見渡せるのだ。海は静かに波立っているが、やはり色は汚い。
ここに来た理由は、別にこの景色を見るためではない。この広場には掲示板があり、世界大戦中は行方不明者などの家族が情報を貼っていたりしたが、剥がれて今は「私はここにいます」といった安否確認の場となっている。もちろんそこに書かれている場所には幾度も行ってはいるのだが、人に会った記憶はない。人がいたとしても、もう生きてはいなかった。
今日もそれの確認に来たのだが、前に来た時と何も変わっていなかった。
政府の配給者も来ておらず、やることも済んだ。
あとは食糧の確保だが、昔から通っていた近くのスーパーで缶詰などを買っている。
買うとは言っても、お金を置いて帰るだけなのだが。
すべてやることを終え、そろそろ帰ろうかと思っていた。
そんな時だ異変が起きたのは。
突如、あたりが暗くなったかと思うと、それが空気を汚す有害物質であると気が付いた。
雪山でのホワイトアウトみたいに、強風が吹いたときに物質が舞いあたりが見にくくなることはあるが、
そんなものの比じゃない。周囲にあるその有害物質すべてが僕の周りに集まっているようだった。
世界が突如闇にのまれ、少し経ち気がづくと辺りは薄暗かった。
なぜかゴーグルも外れていた、風に飛ばされたと思い、急いで息を止めた。
ついに息が切れて息を吸ってしまった…
…肺も痛くない、新鮮とも言い難い生ぬるい空気が口の中を通った。
安全だと感じ、そっと目を開けた。少しすると、目の前に光の壁ができ、そこに文字が浮かび上がってきた。
それは、こんな内容だった。
『人間に問う、二択だ。このまま人間としての生活を続け、破滅への道を歩むのか、それとも、何物にも負けはしない力を持ち、この世を別の次元から見守るか。』
訳が分からなかった。
(次元ってなんだ…何物にも負けはしない力なんてもの存在するのだろうか、)
「まずは冷静に考えよう、『人間に問う』ということは僕以外にも人が生きていたということか、それとも僕のことを二人称として人間と呼んでいるのか、この戦争は世界規模のものだ、半年でけりがつくはずがない、ということは他にも人が生きているものと考えるのが当然、それならおじいちゃんも含まれているかもしれない、ならば最強の力というものを選んでおじいちゃんとの再会を目指したほうがいいのか……」
そんな時、幼いころに見た最後の景色が脳裏に浮かんだ。
それはドアのはるか先、いつもは汚れていた空気が晴れ、青い空があった。
そこに大きな雲が一つ……
僕の足はもう動き出していた
あの雲の先には何があるのだろうか…………
薄汚れたゴーグルのせいか、単に空気がくすんでしまっているだけなのか。もうわからない。
重い荷を持ち、進まない重い足を無理やりに動かしながら歩きだす。
世界大戦中、とある工場が破壊され、そこから発生した有害物質のせいで人間を含め、ほとんどの生物は辺りから消えてしまった。 空気は灰色にかすみ、汚れている。 ゴーグルをつけていないと目に入り、痛くてたまらない。一度吸ってみようもんなら、死ぬまで咳が止まらなくなるだろう。 開発した人はもちろん、研究しようとした人は次々に死んでいった。 今ではそれが何なのか、考える人すらいない。肺や目が痛くなることは日常茶飯事で、いつ死んでもおかしくない状況だった。
この、木でできた簡素な家は僕と僕の祖父の二人の家である。
もともとは父と姉を含めた四人で暮らしていたが、今のこの状況だ、どうなったかは言わなくてもわかることだ。
家の横には葉もついていない枯れた灰色の木があった。祖父によると、この木は昔、それは綺麗なピンク色の花を咲かせていたらしい。だが、祖父が生まれるずっと前にそんなものは世界から消えていた。
祖父も、祖父の父親から伝え聞いた話で、祖父が幼い頃にはもう今の状態だったそうだ。
この木が枯れたのは別に物質のせいではなく、とうの昔に枯れていた。そこに物質がまとわりつき、一層不気味さを増していた。
木の家と言ったが、それは建前で、世界大戦中にシェルターの代わりとして、地下に頑丈な空間を作っていて、今はそこに住んでいる。 家を出るときは何重にも繰り返して扉をくぐり、中に物質が入らないようにしている。
さて、今日は街の真ん中まで行ってみようと思う。 もしかしたら政府の配給車が来ているかもしれない。 ここ半年ほどはもう来なくなってしまったが。
僕のおじいちゃんは今、この空気を吸い込んでしまい、寝込んでいる。 幸い、少量だったので死には至っていないが、そのきっかけを作ってしまったのは僕で、それが分かった時は自分の行動をとても悔いた。
街の中央にはもう水も出ない噴水がある。今日はそこまで行くのだが、こんな世界だまっすぐな道のどこにも人の姿は見られない。もちろん政府の配給者も。
噴水のふちに座ってみた。実は、この場所は以前から有名な場所でここから海が見渡せるのだ。海は静かに波立っているが、やはり色は汚い。
ここに来た理由は、別にこの景色を見るためではない。この広場には掲示板があり、世界大戦中は行方不明者などの家族が情報を貼っていたりしたが、剥がれて今は「私はここにいます」といった安否確認の場となっている。もちろんそこに書かれている場所には幾度も行ってはいるのだが、人に会った記憶はない。人がいたとしても、もう生きてはいなかった。
今日もそれの確認に来たのだが、前に来た時と何も変わっていなかった。
政府の配給者も来ておらず、やることも済んだ。
あとは食糧の確保だが、昔から通っていた近くのスーパーで缶詰などを買っている。
買うとは言っても、お金を置いて帰るだけなのだが。
すべてやることを終え、そろそろ帰ろうかと思っていた。
そんな時だ異変が起きたのは。
突如、あたりが暗くなったかと思うと、それが空気を汚す有害物質であると気が付いた。
雪山でのホワイトアウトみたいに、強風が吹いたときに物質が舞いあたりが見にくくなることはあるが、
そんなものの比じゃない。周囲にあるその有害物質すべてが僕の周りに集まっているようだった。
世界が突如闇にのまれ、少し経ち気がづくと辺りは薄暗かった。
なぜかゴーグルも外れていた、風に飛ばされたと思い、急いで息を止めた。
ついに息が切れて息を吸ってしまった…
…肺も痛くない、新鮮とも言い難い生ぬるい空気が口の中を通った。
安全だと感じ、そっと目を開けた。少しすると、目の前に光の壁ができ、そこに文字が浮かび上がってきた。
それは、こんな内容だった。
『人間に問う、二択だ。このまま人間としての生活を続け、破滅への道を歩むのか、それとも、何物にも負けはしない力を持ち、この世を別の次元から見守るか。』
訳が分からなかった。
(次元ってなんだ…何物にも負けはしない力なんてもの存在するのだろうか、)
「まずは冷静に考えよう、『人間に問う』ということは僕以外にも人が生きていたということか、それとも僕のことを二人称として人間と呼んでいるのか、この戦争は世界規模のものだ、半年でけりがつくはずがない、ということは他にも人が生きているものと考えるのが当然、それならおじいちゃんも含まれているかもしれない、ならば最強の力というものを選んでおじいちゃんとの再会を目指したほうがいいのか……」
そんな時、幼いころに見た最後の景色が脳裏に浮かんだ。
それはドアのはるか先、いつもは汚れていた空気が晴れ、青い空があった。
そこに大きな雲が一つ……
僕の足はもう動き出していた
あの雲の先には何があるのだろうか…………
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