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世界不思議(ワールドワンダー)

#48

第四十八話 自分はどこに 後編

三人は、ウィルークに敗れて宿の部屋に帰っていた。
三人の間には、言語化すれば「そんな馬鹿な」という雰囲気があった。
三人がまとめてかかっても一切攻撃が効かず、逆に撃退された。
本業は魔物退治屋であって戦士や殺し屋でもなく、相手は民間人だからどうというわけでもなかったのは確かである。
しかし、三人とも心の奥底ではやはり「明らかに助けないといけなかったのに、助けれなかった」という思いがあったのは嘘ではない。

「…放っておけないわ」
その思いを最初に口にしたのは、リングだった。
「あのまま、ほっといて良いと思う?」
「うーむ」
壁に寄りかかっているデッドが目を閉じて、数秒間黙った後喋る。
「…とにかく、騎士団に連絡しないといけねえ」
「騎士団でも勝てないわ」
リングはバッサリ言い切る。
「おいおい…」
「どうやってあの霧を突破すると言うの?剣も、魔法も、私の鎌も全部駄目だったわ」
「…」
二人の会話を聞いてるワンダーは、ベッドに座りながらボロボロに錆びているディスードを見つめているだけで会話に入ってこない。
「それに完全に黒よ、説得に応じなかったし」
「…リングはやっぱ、魔女達が関わってると思うのか」
「当たり前よ」
椅子に座っていたリングはそう言い放つと、立ちあがり部屋を出て行こうとする。
「おい、どこへいくんだ?」
「特訓よ、霧が私達を寄せ付けないなら、私は生身でその霧を破ってみせるわ」
バタンッ
リングはそれだけ言うと、扉を荒々しく閉めて出掛けていった。

「全く、やる気の神様が微笑んでるやつだぜ…なあ、ワンダー?」
デッドのジョークにも、ワンダーは反応しない。
「気にすんな、変な霧のせいで負けたくらいで、騎士団に任せとけばいいんだ」
「……うん…」

リングは森で、木の上から飛び蹴りの特訓を始めていた。
シュバッ!
木からバネの如く飛び跳ね…
ビュウンッ!!
即座に飛び蹴り体勢に移行し、地面めがけてミサイルの如く急降下する。
シュタッ!
首尾よく着地して、今のをまた繰り返していく。


それの三十回目を超えたあたりだった。
リングは今度は周りの木々で一番高い木の枝から飛び立ち、例のごとく空中で飛び蹴りの体勢になり、急降下していくが…

ドガッ!!!
「ギイイッ!!!」

降下最中、空中を飛行していた黒い物体にキックが直撃した。
黒い物体は自身のコントロールを失い、地面に墜落した。
「はッ…」
リングはシュタッと降り立つと、それに駆け寄る。
「…カラス?」
リングの特訓の巻き添えを喰らったのは、紫色の目をしたカラスであった。
「…やっちゃった…」
リングはカラスを抱き抱えると、宿に急いで帰っていった。

「うっひゃー、こりゃひでえな」
デッドは負傷したカラスを見て開口一番そう言った。
カラスの腹が抉れており、赤黒く染まっている。
「どうしよう」
リングは微動だにせず瞳だけをカラスに向けている。
しかし、カラスの瞳は窓の外を見ていた。
「…どうしたのかしら」
体はリングの膝に預けながら、じっと外を見る。
すると、急に暴れ始めた。
「ギグアッ!ギギアッ!!」
「きゃっ」
リングは下手に動かしはしまいと、バタつくカラスを優しく抑える。
「怪我してるから飛べないみたいだね…」
「私が治してみるわ」

リングは膝にカラスを乗せたまま、包帯を優しく巻いていく。
カラスは痛さからかピクピクしているが、リングは手に精力を込めてそれを包容する。
そして、手のひらでカラスを撫でていく。
それを何十分間もの間繰り返し…

「……ギガア…ギガッ!」
「大丈夫かしら…」
リングの懸命な治療ですっかり良くなったカラスは、一刻も早く飛び立ちたいらしい。
「リングのおかげで、すっかり元気になったね、よし、僕に任せて」

ワンダーはカラスを抱えて外に出ると、羽を生やして空に飛び立つ。
「さあ、おいで!」
それを見たカラスは、良い道しるべを見つけたかの様にすぐに飛び立った。

バサッ!
飛んでいる時、カラスは紫色の瞳でワンダー、そして地上のデッドとリングをチラッと見ると、そのまま去っていった。

「良かったわ」
「リング、よくやった」



またしても魔女に救われた街を後に、ワンダー達は帰路に着いていた。
その道中、ワンダー達の前方から奇妙な集団が向かってきた。

その集団は全員紫色のローブを着ており、先頭にリーダーであろう老婆がいた。
「また、あの魔女達かな?」
「ん?ねえ、二人とも、あのカラス…」
リングは老婆の肩に止まっているカラスを指差す。

そのカラスは紫色の目をしており、包帯を巻いていた。
先ほど、リングが治療したカラスと同一個体だったのだ。
「ガガ、ギグアァ…」
カラスは老婆に耳打ちならぬ耳鳴きをすると、老婆は魔女達を代表するかの様に、ワンダー達に歩み寄ってきた。

「もし、あんた達がこの魔カラスを救ってくれたのかい?」
「は、はい、まあ、治療したのはこの人なんですけど」
ワンダーがそう答えリングに目をやると、老婆は静かに微笑んだ。
「見ず知らずの魔物を助けてくれて、ありがとうねえ、私らは、魔女の里から来た身じゃ、私はその里の長老じゃ」
「「魔女の里?」」
ワンダーとデッドの声がハモるのを他所に、老婆は話を続ける。
「これも何かの縁じゃて、あんた達に話すとしよう」


老婆は部下の魔女達を待機させ、ワンダー達を森に連れていく。
そして見つけた切り株に座り、老婆は口をゆっくり開けた。
「始まりは、一人の青年が私らの里に迷い込んできた時からじゃ…」





昔々、森の木々の下を駆けて、草むらを掻き分けながら、魔女の里へ迷い込んだ青年がいた。
森から魔力を含む鉱石を取りに帰ってきた魔女達は倒れていた青年を見つけ、治癒魔法で治療し、話を聞いた。
「助けてください、助けて…」
青年はそう繰り返していた。
そこに長老がやってきて、青年に幻覚魔法を見せた。
青年が望む物を見せる事で落ち着かせようとしたのだ。
だが…

幻覚を見た青年は、途端に泣き崩れた。
長老は何が見えてかと問いた。
青年は、両親が見えたと答えた。

長老の家で、青年は案内されたソファに腰掛けて事情を明かした。
青年の名は、ウィルークと言った。

「……生まれた頃から、僕の体の中で、魔力が無限に生成されていたんです、生まれた瞬間からです、あり得ないでしょ?まだ赤ん坊なのに、お父さんお母さんや周りの人も、医師の診察を聞いてビックリしたようなんですよ」

長老はそう話したウィルークに杖を向け、杖の先端の水晶玉をカッと光らせ、魔力がどれほど空気中に出ていってるのか可視化した。
するとなんと言う事だろう、ウィルークの全身が紫色の霧にすっぽり覆われてすっかり見えなくなった。
「こんな事は、初めてだねえ」
魔女の里の長老も、このウィルークなるものが只者ではないと、この時確信した。

長老が可視化を解除して、姿を現したウィルークは話を続けた。
「わかるでしょう?こんあ具合なんですよ、生まれつき………何かの難病だったらしいんですよ、僕たちエルフ特有の…」
ウィルークの耳は尖っており、肌も黄緑味がかかってる。
典型的なエルフの青年だ。
「でも、それだけならまだ良かったんですよ…」
ウィルークの目線が床のカーペットにいく。
カーペットは、黒と紫が混ざり合った様な色合いをしていた。

「……僕が、僕が10歳の頃、学校から帰ってきたら…」
ウィルークの手が震えていく。
長老は、ウィルークの紫色の瞳が、微かに揺れてる様な気がした。

「…お父さんとお母さんが…………血まみれになって……玄関で………」
涙がウィルークの頬を伝う。
紫色の瞳から流れる涙さえも、薄紫の色味がかかっていた。
「………ハア………その後、僕は……見知らぬ大人の男達に…………後になって、そいつらが、子供を誘拐する誘拐団だと、わかったんです……クッ……ウッ、ウウッ………!!」
長老はウィルークにハンカチを差し出した。
ウィルークはそれで涙を擦りながら拭き取り、話をなんとか続ける。
「………売られるのは嫌だと思って、隙を見てアジトから逃げ出したんです、裸足のまま、ボロ布だけ身にまといながら、森を走り続けました………丸一日走って、もう動けないって思った時、偶然教会を見つけたんです、しばらく、そこで生活できました、でも…」
長老は、ウィルークのドス黒い感情がこもってるであろう顔を見続ける。
「……しばらくして、僕は教会を抜け出しました、子供ながらに、分かったんですよ、僕目当てで、教会に怪しい大人が時々来てた事を………当時は、トラウマが蘇ったんでしょうね、シスターさん達に、迷惑かけまいと…」
ウィルークは下を向いて、またカーペットを見つめる。

「……それから、その日暮らしの日雇い仕事で食い繋ぎながら、この年齢まで生きました」
ウィルークはそう打ち明け、コーヒーをズズズズッと飲み、細い手で差し出された皿のクッキーを一枚頂く。
「………でも……最近、また付け狙われる様になったんです……そりゃあ、そうですよね、僕の魔力を利用できたり、僕自身を兵士にできたりすれば、一部の界隈の人達にとって万々歳ですからね…」
「お前さん……そういう人らから、逃げてきたのかい」
「…はい……毎日毎日狙われる日々……もう、嫌になりました………多分、この里に迷い込まなかったら、今頃、あの騎士団達に……」
「……騎士団まで、どきかの貴族に買収されてると言うのかい」
「……どうせ、そうでしょう…」



「私はねえ、その『どうせ、そうでしょう』っていう言葉から、ある意味乾いた無気力さを感じ取ったもんだ、それ以来、里に置いてるんだよ」
「そうなんですか……」
ワンダーの表情が少し険しい。
デッドは木に寄りかかり、少し俯いている。
そして、リングはいつも通り険しい顔をしてる。

「…でもねえ、ここからも問題なんだわ…」



ウィルークは里に引き取られ、魔女達と共に生活する様になった。
魔女達はウィルークから溢れ出る膨大な魔力を、研究や見習い魔女への魔力供給などに活用した。
が、ここまでなら良かった。

ある時から、不穏な動きを見せる魔女がいた。
サナリーだ。
サナリーは兼ねてから魔女の里の勢力拡大を主張していた。
しかし長老は、魔女というのはイタズラにその力を見せびらかしたり行使してはならず、里のあくまでも外の世界から独立した共同体で皆が回していくものだというスタンスであった。
しかし、サナリーは長老の考えに理解を示さずにいた。
サナリーは大量の魔力と優れた魔法、そして新しい魔術の開発という面でもそんじょそこらの魔術師より勝っている魔女という存在こそが力を持ち、他の存在を実力で支配すべきという考えを持っていた。

そんなサナリーがウィルークに目を付けたのが、ウィルークにとって新たな悲劇の始まりだった。
サナリーは里の中でも優れた魔力改造の技術を持った魔女だった。
そんなサナリーに付き従う魔女達も多かったのだ。
サナリー一派はウィルークを脅迫して、ウィルークから溢れ出る魔力を改悪した。

ウィルークが近づいた村や街は、魔物の大量発生、枯れる作物や死ぬ家畜の続出、病人の発生が起こるようになった。
サナリー一派はそれを利用した。

ウィルークの魔力で壊滅した村や街に一派が近づき、救う。
すると、そこに住んでいる住民達は一派を救世主と錯覚する。
これを規模問わず数回繰り返す事で、一派に依存させ、勢力圏に組み込むのだ。

当のウィルークも、やめられなかった。
ウィルークは、もう二度と居場所を失いたくはなかったのだ。
サナリー一派から離れるという事は、既に頭から消えていた。
それすなわち、破滅を意味していた…。
そして、それは今も変わらない。



「…という訳なんだねえ」
老婆は事の経緯を全て話し終えた。

リングは顔こそ変わってないが、握り拳が少し震えている。
「…要は、利用されてるって事ね」
「らしいな」
デッドは俯いたまま、そう溢す。
「…」
何も喋らないワンダーはボロボロに錆びてるディスードを抜き、見つめる。
「…」

老婆はまた口を開けた。
「………あんた達、力を貸してくれんかねえ」
「力?」
デッドが顔を上げた。
「うん、あの魔カラスはね、本当はサナリー達がどこにいるか探し、私たちに伝える役目を背負ってたんじゃ、そういう魔物をあんた達とっても親身になって、治療をしてくれたって、あの子言ってたんだよ、そして、あんた達の顔からは…」
老婆は人差し指で三人の顔を指していく。
「……負けず嫌いの文字が、浮かんでるよ」
「文字ですか」
リングが抑揚のない声で言う。
「ははは、それは冗談じゃ、しかし………このまま帰るのは不本意じゃろう」
不本意という言葉に反応するかの様に、ワンダーが握っているディスードが微かに揺れた。
「…サナリーをもっと早い時期に止めなかった私に責任はある、じゃが、今やサナリーは自分でもブレーキをかけれなくなっておる………私が彼女の心に向き合わなかったから、心の中に悪魔が棲みついた様なもんじゃ…」
老婆は立ち上がり、三人の顔をじっくりと見回す。
「……しかし、私には分かる、このままいけば、ウィルークは誰も手をつけられなくなる………私の力を持ってしてもじゃ…」
「…分かりました」
黙っていたワンダーが、木々の葉を揺らすそよ風の静寂と、老婆の言葉に、自分の言葉を付け加えた。
「……ウィルークは、絶対救って見せます」
ディスードを握る力を強くし、そう言い切った。





「…止めなくて良いの?」
「良いんだよ、止めたら、あいつの気持ちズタズタに裂く事になるぜ」
デッドとリングは、湖のど真ん中で潜ったり上がったりを繰り返しているワンダーをほとりから見ながら、スライムドリンクを飲んでいた。

バシャアッ
「はあっ、はあっ」
ワンダーは今何をしてるか、読者の皆さんには見当もつかないだろう。
よろしい、解答を教えてあげよう。
ずばり、湖の底に向かって、ひたすら突進しているのだ。
何故こんな事をしてるのか、それはウィルークの不条理な能力を考慮すれば納得が容易だ。

「ウィルークのあの霧を突破するには、武器に頼ってちゃ埒が明かない、生身の自分に賭けるしかない、それしかウィルークと直接対話する道がない、ワンダーはそう思ったんだろうよ」
デッドはポケットに手を突っ込みながら、達観したかの様に言い放つ。
「…ワンダーは、それが有効だと分かってるの?」
「俺に聞かれても困る、だが………まずはやらなきゃいけない、例え結果がどうなるか分からなくても、それがあいつの座右の銘なんじゃねーのか?」
「…ふうん」
「……リングだって、朝やってたじゃないか」
「…あ」
「…はは、じっとしてたくないから、宿飛び出して、何となくがむしゃらにやってたって訳なのか?可愛い所あるな、お前」
「……余計な、お世話よ…」
デッドにとって、リングの頬が微かに赤くなっている様な気がした。
しかし、心は本当に赤くなっているだろうとは思っている。
それは今のデッドへの言葉か、それとも使命感というやつか。
「…何の特訓だったんだ?」
「…飛び蹴りよ」
「それこそ、生身への賭けじゃないか」
「………」
「……やる気の神様がワンダーに微笑む様になってる今、俺らがやらない訳にはいかないんじゃねえのか?」
「…そうね」
二人は湖を後にし、森の中を歩いていった。



ワンダーの特訓は、それだけじゃなかった。
空高く舞い上がった後、地面スレスレまで急降下。
尖った枝や葉っぱを物ともしない、森林での高速飛行。

どれもこれも、ウィルークの霧を破る為、ワンダーが縋った特訓だった。



そしてリングも、飛び蹴りの特訓を再開していた。
しかし、一つ変わった事がある。
デッドが加わった事だ。

二人はそれぞれ二本の大木の太い枝に登り、空中で向かい合う。
そして、ほとんど二人同時にジャンプする。

デッドは元々超人的な身体能力を備えてるのに対し、リングはスキル『肉体強化』を発動させて身体能力を向上させる。
それに、肝心の中身はと言うと肉弾戦メインのデッドに対してジャンプ力やスピード、パワーと言う点で軍配が上がる。
つまり、理論上は肉弾戦という視点で見ればリングの方が不利なはずである。

しかし、リングは臆さない。
空高く舞い上がり、幾分か上に飛んだデッドに目をやる。
しかし、そこでリングは…

    見 
  事 
な 
  半 
    回 
      転! でデッドの飛び蹴りをスレスレで躱し、逆に縦一閃に、背後への逆さ回転蹴りを繰り出した!
それはデッドの一直線に発射された飛び蹴りをいなし、続いてデッドの肩に落とし、空中でバランスを確実に崩すには十分だった。
しかし、デッドは崩れたのを良いことだと言わんばかりに…

落ちてる途中で
 転! 見
回    事
 一  な
をこなし、スタっと、生きている地面になるべく擦り傷をつけないかのように着地した。
もちろん、それはリングもこなせた。

しかし、着地した二人はまた木を軽々登っていく。
魔物退治屋たるもの、特訓に妥協は持ち込み禁止の違反物なのだ。


三人は特訓に特訓を、日々重ねた。
重ね続けた。
三人は、サナリーがまたウィルークを利用する時を待った。
そしてそのまま、一週間が経った。
そしてついに、時が来た。



その日、三人はとある街の宿で夜を明かした。
翌朝、デッドがいつもの通り一番に起きた。
ワンダーとリングはいつもの通り、布団を頭まで被りながらスヤスヤグーガー寝ている。
デッドは二人を一瞥し、少しだけ口元を緩ませる。
「……可愛い奴らだぜ」
テーブルに置いてるスマホを手に取り、いつ撮ったかもう覚えてない、中華料理屋で小籠包をパクパク食べている悟の写真の待ち受け画面を目に入れながら、日付を見る。
「…もう、8日も経ってたか」
デッドは、自分達のある種の健気さを自嘲したかった。
しかし、そこが魔物退治屋という職業に合ってるのではないかとも思えた。
デッドは顔を洗いにいこうと宿の公衆トイレにいくため、部屋のドアを開ける。
しかし、廊下に出ると階段から足音が聞こえてきた。
すると、音の主が二階に現れた。
「あっ、デッドさんっ」
魔女だ。
あの老婆の部下らしい。
「すぐ来てください、サナリーがまたウィルークを利用しようとしてますっ、残りのお二人も呼んでくださいっ」

「…来てくれたね」
三人は宿を出て、別の宿に泊まっていた老婆と街のベンチで落ち合った。
「…魔カラスからの報告だよ、サナリーが部下の魔女達とウィルークを連れて、キロルル街に向かってる」
「キロルル街…と言うと…あの山を越えた先にある街か」
デッドは遠くの一つの巨大な山をサングラス越しに冷静に見据え、青色の目を細める。

老婆は6人の部下の魔女、そしてワンダートリオと共に山を越えていく。
「サナリーは早朝にキロルルから二つの街を挟んだ街から出発しておるとカラスが言っておった、そこはこの山の西に位置しておる、じゃから、サナリー達もこの山道を使ってキロルルに向かってるじゃろう」
「さてさて、どっちが先に着くかな、と…」
デッドは老婆を背負いながら、皆の先頭に立って歩いて行く。

「…はあ、はあ…」
しばらく歩いていると、ワンダーの息が荒々しくなってきた。
「大丈夫なの?」
リングはワンダーに肩を貸そうと近寄る。
「うん…少し、ね……やり過ぎたかも…」
ワンダーは温かみのある返事をして、足を動かして行く。
その時だった。

「お待ちなさい」

左右の木々から、大量の魔女が現れた。
そして、先頭には案の定サナリーがいる。
「サナリー」
老婆はサナリーを見ると同時に、その老いた喉から鋭い声を出す。
「お前が何をしているか、お見通しなんだよ」
「長老、申し訳ございませんね、私は早めに出世したいのです」
サナリーのその大胆不敵な返事を聞いて、老婆は目を見開いた。
「サナリー、あんたまさか」
「長老、里の勢力圏拡大事業を遂行するためには、その座、私が頂きますわ」
サナリーはそう吐き捨て、部下の魔女達に命令を飛ばした。
「囲みなさいッ!」
魔女達は山道のど真ん中で老婆達を囲み、それぞれが両手を突き出して、ドッジボールぐらいの魔法陣を展開する。
「長老………いや、お婆さん、その大量の魔法陣から放たれる魔力の奔流を喰らったらとてつもない頭痛と共に過去のトラウマが蘇るわ………その三人の魔物退治屋をお国に帰らせて降参したら、里の知恵袋くらいのポジションに置いてもいいのよ?」
「おいおい、こいつは可愛げがねえな」
デッドは老婆を降ろし、サナリーにこう言い放った。
「サナリー、そっちがその気なら俺、ワンダー、リングの三人が相手してやる、だから、長老と部下の人達は一旦安全な場所に連れてかせてくれ」
「そう言って、逃げる気?」
「合衆国の男は嘘はつかねえ、ま、俺は元だがな」
「…ふうん、面白いわ、どうせキロルル街に逃げても、ウィルークは倒せないし、いいわ、相手してあげる」

「…長老、後は任してください」
デッドは老婆と部下の魔女6人を、山道を外れた木々の中の大木の元で待たせることにした。
「いくぞ、二人とも」
しかし、ワンダーとリングはデッドと同じ考えでは無かった。
「デッド、今なら逃げれるわ、あんな奴らの言う事聞かなくて良いわ」
「わざわざあいつらの相手しなくても今の僕らならウィルークは止められるよ、逃げるは恥だが役に立つって、僕日本で聞いたことあるよ」
二人のそんな台詞を、デッドは聞き流してサナリー達がいる所へ戻っていく。
「そんなの関係ねえ………ここで逃げたら魔物退治屋じゃない」

「来たわね」
サナリー達の所に戻ってきたデッド達は、またも魔女達に囲まれ、魔法陣を大量に展開される。
デッドも中腰になり、戦闘態勢に入る。
リングはいつも通り鎌を魔力で生成し、両手でしっかり握って戦闘態勢に入る。
しかし、ワンダーだけがいつも通りにはいかない。
「ふう…」
猛烈な特訓が祟ったのか、ディスードを抜く動きが鈍い。
「ワンダー、大丈夫か?」
「だい、じょうぶだよ…」
(こいつ……ここまでなるほどやるなんて…」

その時、一枚の葉っぱが地面に落ちた。

「撃てッ!!」

落ちたと同時に、サナリーの怒鳴り声が響く。
そして、大量の魔法陣から、黒紫色の魔力の奔流が次々と放たれて行く。
そいつらはまるで水流のように三人に襲いかかる。
「うおっとッ!」
デッドは空高くジャンプし、そいつらを避ける。
「くッ!」
リングは鎌を振り回し、奔流をかき消して行く。
ワンダーもディスードで受け流していくが、やはり動きが鈍い。
「ワンダー、危ないッ!」
そんなワンダーに左から襲いかかる奔流をリングは見逃さず、ワンダーを突き飛ばす。
「リングッ!」
ワンダーはすぐにリングの方を向く。
幸い、リングはそれもかき消した。

「エイッ!ダアッ!」
デッドの小型レッダーが魔女達へ次々と撃たれていく。
レッダーを一人また一人と喰らい、魔女達は気絶していく。
「ちいっ!」
サナリーは鋭い舌打ちを放ち、地面に手をかざす。

「m)@sja)7%;@‘’ッ!!」

最早聞き取れやしない呪文を唱えると、手をかざされた地面が黒紫色の腐食した色に変わっていく。
そしてそれは、デッドに向かって一直線に、左右に広がりながら新品の大砲から発せられた砲弾の如く突き進んでいった!
「うおッ!」
デッドはすかさずそれを避ける。
しかし、デッドの視線の先には…

「避けろ!リングッ!」

「えっ」

デッドの声がリングの耳に突き刺さると同時に、その腐食した地面はリングの足をあっという間に通過した。

ジョワアアアアアアアアア………

すると、リングの足が薄黒紫色に変化していく。
「くうッ…」
リングは地に足をついてしまった。
「リングッ!」
空中で奔流の相手をしていたワンダーもリングの方を向く。
「構わないでッ」
リングはそう言い放った。
その言葉を受け止めた二人は、すぐに戦闘態勢に戻る。
「野郎ッ」
デッドは小型レッダーをサナリーに向けて放つ。

「甘いわねッ」
ドガンッ!!
しかし、それはサナリーが腕を横一文字に広げ展開した、五角形の防御結界によって防がれた。

ピシャ!ピシャ!ピシャ!

しかも結界は三度雷の如く光った。
すると、デッドの周りで雷が落ちたかの様に、白い閃光が頻発する。

ピシャンッ!!ピシャンッ!!
ボワァッ!!ボワァッ!!

そしてそこには炎が立ち上がった。
「くっ!」
デッドは思いがけず動きを封じられてしまう。
「里の実力者の肩書きは伊達じゃねえってかッ!」
デッドは空を突く様にジャンプし、空中から飛び掛かる事を試みた。
しかし…

「かかったわねッ」
バアッ!!!

デッドに照準が合わされた結界から、無数の細い電撃………いわば光の矢と言うべき魔法弾が飛んできた!

ピシュンッ!ピシュンッ!
その内二本がデッドの腹と腕を擦り、焦げ跡を残していった。
「ぐああッ!?」
デッドはバランスを崩し、地面に墜落してしまう。

「デッ、ドッ」
奔流かき消しに手間取っていたワンダーは、デッドを見に振り返る。
「あなたもよッ」
ピシュンッ!ピシュンッ!
サナリーはワンダーにも結界を向け、光の矢を発射する。
ガキンッ!ガキンッ!
疲弊しているとはいえ、ワンダーは光の矢の軍団をディスードで受け流していく。

ドバアッ!!

その時新たな奔流が放たれ…

ジュワアッ!!!

まるで炎で焼き上げられたかの様に、ワンダーの左腕に命中した。
そして、体全体を覆っていく。
「うぐッ!ううッ!あっ!」
ワンダーはついにディスードを落としてしまい、頭に激しい痛みを覚える。
そんな激痛と共に、過去の記憶が蘇る。



「………………」
焼け跡や倒壊した木々が無数にある森の中で、ワンダーは一人佇んでいる。
地面には、顔ぐらいの大きさである妖精達の焼死体が散乱している。
ただ記憶を呼び起こされているだけなのに、不自然な程感触が鋭い。
風がまるで頬を慰める様に触って去っていく。
それに対抗するかの様に、焼けた匂いが鼻に侵入していく。
ワンダーは一人、そんな地獄を歩いていく。

ワンダーは、一人のダークエルフの死体に辿り着く。
ワンダーは、何も言わない。
ただ、その地面に仰向けに、倒れているダークエルフをじっと見ている。
ダークエルフの瞳は、心なしかワンダーを、見ている様な、気がする。
そうして、永遠、とも、言える、時間が、過ぎて、いく。

突然、後頭、部に、強い衝撃を、覚え、た…………



「…はあッ!?」
ワンダーは突然、現実に帰還した。
すぐに周りを見る。

デッドが、痙攣しながら倒れている。
リングが、足が薄黒紫色のまま、膝をついて、まるで気力を吸い取られたかの様に動かない。
自分は、まだ頭の中で微かに痛みを覚えながら倒れている。

「……くっ…」
ワンダーはディスードを拾おうとする。

ガッ
その手に、サナリーが非情に足を乗せる。
「勝負あったわね?」
奔流を放っていた魔女達が、一人残ったワンダーを取り囲んで見下ろす。
「………さ、負け犬はお家に帰ったら?」
クスクスと、周りから嫌悪すべき嘲笑をワンダーは感じた。


「………………」
ワンダーは何も言わずサナリーの足を払いのけ、ディスードを取る。
「ん?」
サナリーの目が微かに細くなる。
魔女達の視線が鋭くなる。

ワンダーの手は、震えてない。


しばしの沈黙の後、ワンダーは言った。
「………ウィルークを助けるために、僕は……お前達の相手をしてる暇はないんだ………

どけよ、弱い魔女ども」

「………」
サナリーは何も言わず、ローブから杖を取り出す。
そして、杖を握りしめて魔力を送り、先端の水晶玉を紫色に光らせた。
「………これねえ、この水晶玉に魔力を閉じ込めて、一種の爆弾みたいにしてるのよねえ…」
サナリーは口角を上げ、だけど目は笑わず、そう呟く。


「…うああッ!!!」
サナリーは突然叫び声を上げたかともうと、杖を振り上げて水晶玉をワンダーに当てんと振り下ろす!

その瞬間、細かったワンダーの目はバッと勢いよく開かれた。

ザシュッッッ………

サナリーの腹を横一文字に、サンダーディスードで一閃を入れたのはその次の瞬間の事であった。


ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!
ワンダーはサナリーを気絶させると、サンダースラッシュを三発放った。
そして三人の魔女に命中して地面に伏せさせていく。
残っている魔女達は慌てて奔流を撃っていく。
バシャンッ!バシャンッ!バシャンッ!
しかし、ことごとくディスードで受け流されていく。

魔女達の悲鳴と焦燥の声が支配する山道で、ワンダーは魔女達の中へ走っていく。
バシャンッ!ザシュッ!ザシュッ!バシャンッ!ザシュッ!
奔流を受け流しながら、ダッシュで近くにいる魔女達をサンダーディスードで斬り伏せていく。

ジュワアッ!!
「きゃあああああああッ!!!!」
ワンダーの斜め後ろで、一人の魔女が仲間が放った奔流に誤って当たり悲鳴を上げたりもしていく。
しかし、ワンダーはそんな悲鳴を耳から耳へと受け流し、仲間に奔流を当ててしまった魔女に対して間髪入れずにサンダーディスードを当てていく。
いや、正確に言えば『聞こえていなかった』。
ワンダーの耳には奔流が放たれる音だけが聞こえ、目には奔流と魔女しか映ってない。
そして脳は、『魔女達を全滅させろ』という命令それだけをワンダーの指一本にまで轟かせていた。

魔女達のありとあらゆる感情など、ワンダーには眼中ならぬ脳中になかったのだ。

「ワン、ダー…」
デッドは赤くなってしまった腹を抱えながら、無双と言うべき立ち回りをしているワンダーを見る。
「…あいつ、あんな目してたっけなあ……」
ずれたサングラスの下から、ワンダーの瞳をデッドはじっと見ていた。


「ひッ、ひッ…」
最後まで残った一人の魔女は、口から蚊の鳴く様な嗚咽を吐いている。
前方には、ディスードを振りかぶるワンダー。
「やっ、やめ」

ズバッ!!!

魔女の言葉が聞こえてないワンダーは、容赦なく剣を振り下ろし、サンダーディスードを命中させた。
ドサッ…
体に電気を帯びらされたまま、最後の魔女は力無く倒れた。

「………」
魔女達を倒したワンダーは、デッドとリングの方を見る。
その瞳は広く開けられており、まるで瞳二人を抱擁するかのような穏やかさを秘めてる様だった。
ワンダーは、ただ一言言った。
「もう大丈夫だよ、さあ、いこうよ」



サナリー達を倒した今、残るはウィルーク。
しかし、光の矢で負傷したデッドと、気力を吸われたリングは木の下で座り込んでいる。
「悪い、ワンダー、俺ら二人とも動けねえ…」
「心配無用じゃ」
その時、隠れていた老婆が戻ってきた。
「この程度、治せるわ」
老婆はデッドとリングに杖を向け、薄緑色をしている粒子状の治癒魔法をかけていく。
すると、みるみる内に、皮膚の傷どころから骨の芯までそれが行き届く様な感覚を二人は味わう。
「…すごいわ、もう動けてる」
リングは元通りになったであろう足で、すっくと立ち上がる。
「……ありがとうございます、最高ですよ、長老」
デッドもすっかり傷が消えた様だ。
「…ワンダーとリングもありがとな、さあ、いこうぜ!」



キロルル街 郊外付近の森
ウィルークは一人、先にキロルルに着く様サナリーから命令されていた。

「魔カラスからの報告で邪魔者が来てるわ、あなただけ先に言ってなさい、すぐ邪魔者を片付けてくるから…」

サナリーの命令が頭の中を右往左往する。
いつまで経ってもサナリー達は来ない。
まさか、見捨てられたのか。
「またか…」
ウィルークは唇を震わせ、目は無を見ているかの様な色をしながら呟く。
記憶が、フラッシュバックする。

幼かったウィルークの鼻にとって血生臭すぎた臭いを発していた、両親の死体。
シスター達の思いを振り払うかの様に抜け出したあの日の夜。
狙われて追われて、安息なんてなかった日々。
そんな中、あの里にたどり着いた。
しかし、そこでも…

「…ふうーッ……」
小さくため息をつくウィルーク。
握り拳がわなわなと震えている。
それに応じるかの様に、霧が徐々に徐々に、周りを取り囲んでいく。
足元の地面も腐食を始めている。

こんな能力を、サナリー達に利用されるだけされて自分では制御できない事への怒りと情けなさ。
いっそ、また全てを捨てて、この体のままどこかへと消えてしまおうかという、投げやりな絶望。
ウィルークの心はそれに蝕まれていく。
そしてますます霧は強くなる…


「もう霧が出ちまってるな…」
そんなウィルークを、ついにキロルルに着いていたデッド達が遠目から見据えていた。
「…今度こそ、今度こそよ」
リングはそう呟き、自身の足と生成した鎌手に持って見つめる。
「………」
ワンダーは何も言わない。
ただ、腰の鞘に収められているディスードの柄をぎゅっと、握りしめる。
「まずは私が説得をしにいくよ」
老婆はデッド達と部下の魔女達を置いて、一人ウィルークの方へ足を動かしていった。



「…ウィルークや」
老婆はウィルークと対峙する。
「はあッ……」
ウィルークの目はがっと見開かれ、体全体の筋肉はおろか神経すら締まっているようだ。
「……今まで、本当にすまなかったねえ」
「……やっぱり、僕なんか…」
「そういう事じゃない」
ウィルークの言葉を、老婆は優しく、しかし力強く制する。
「………確かにいくら長老と言ったって、お前の心を察することが、こうなる前に手を打つことができなかった、私はその程度だったというのはそりゃそうだよ……でも」

「…嘘だッ!!」
ウィルークの叫びが辺りを包む。
「だと、しても、もっと早くさ…」
声が掠れながら、そんな恨み節を漏らす。
「……いいよ、いいですよッ」
「ウィルーク」
老婆は口調を少しばかし強める。
しかし、既に小さな地割れが老婆の足元で起きている。

「僕なんかッ!いいんでしょッ!?」
バキバキッ、バキイッ!!
それは突然、ウィルークの怒りが込められた叫び声に呼応するかのように、老婆の足元周辺をすっかり覆ってしまった!

バッ!
老婆がそのまま奈落の底へ落とされるのを、我らがワンダーが見逃すはずがなかった。
ワンダーは間一髪、空中で老婆を背後からキャッチし、ウィルークから距離を取って皆がいる所へ飛んで連れ戻した。
そこの君も、老人への敬意は忘れないよーに。

「長老、危なかったですね、もう大丈夫ですよ!僕たちに任せてください!」
「おお、助かったよ…」
「ワンダー、こいつは不味いな」
「大丈夫、僕、やってみせるよ」
「でも、ワンダー」
リングはワンダーを心配してるようだ。
「あなた…疲れは大丈夫?さっきの戦いでどこか…」
「ありがとう、リング、でも、大丈夫、大丈夫だよ…
いや、ここまできたんだ、やらなきゃダメなんだ」



バッ!
ワンダーはまた空中へと舞い上がる。
目は今やすっかり霧に覆われたウィルークを見据えている。
(生半可な攻撃は意味がない……いくか!)
ビュウンッ!!
ワンダーはウィルークの霧へ、いや、霧の中にいるウィルークへ一直線に飛行をかます!

バリバリバリバリバリバリバリバリッッッッッッ!!!!!!

ワンダーの伸ばした手が霧が触れた瞬間、凄まじい風圧と痺れが手を伝ってワンダーの体中を襲う。
「ーーーーーーーッ!!!」
しかし、ワンダーは飛行を止めない。
しかも、両腕を広げて、まるでウィルークを抱きしめんと突進していく。

「じっと見てるわけにはいかないわッ」
「ああ!!」
デッドとリングも加勢しようとする。
「いや、待てリング」
そこで、ワンダーの元へ駆けつけようとするリングをデッドが呼び止めた。
「もしかしたら、俺はお前らが霧を突破しようとするのと別に、別方向からレッダーを放ち続ける方がいいかもしれねえ」
「それはどう言う事?」

デッドは持ち前の分析力から弾き出した考えを述べる。
「もし、あの霧を構成する魔力が俺のレッダーを無効化し、コピーを作ってそれを飛ばしてきたら、必ずその分だけ魔力が無くなる、つまり霧が薄くなるかもしれないんだ、だから、俺がレッダーを放ち霧にそのコピーを作らせ、霧から魔力を失わせていって、そしてその分ワンダーとお前が霧を突破できる可能性が上がるかもしれないって事だ」
「…そうか、そうね」
リングは頭の中で膝を打った。
「良い考えよ、じゃあ、それについてはお願いねッ」
リングはそう言い、今度こそ霧とぶつかっているワンダーに対して駆けていった。



ワンダーはなおも霧を突き破らんと進む。

バリバリバリバリバリバリバリバリッッッッッッ!!!!!!

その瞬間、鋭い風圧が肌を刺し、非情な痺れが体中を駆け巡る。
霧がそうやって容赦なく拒絶する中、少しづつ、少しづつ、ワンダーは突き進んでいっている。
(手ごたえはッ、あるッ…!)
ワンダーはこの勢いを殺すつもりはない。

対するウィルークは、恐怖を感じていた。
「あ、ああ……!!」
霧を展開し、ワンダーを拒絶しながら、ウィルークは恐れの声を上げた。
少しづつ、少しずつ自分へ向かってきているワンダー。
それも、両手を広げて。
しかし、ウィルークの目にはそれは単なる拒絶すべき外敵にしか映っていなかったのだ。
「く、くるな、くるな、くるな…!!」

「手を貸すわッ」
リングはワンダーの元に駆け寄ると、すかさず鎌を伸ばす。
そして鎌の先端が一直線に、ワンダーが突き破ろうとしている辺りに接触し、押し付けられる。

バリバリバリバリバリバリバリバリッッッッッッ!!!!!!

素手で触れてないと言うのに、凄まじい痺れと震えが鎌を伝ってリングを襲う。
刃の部分にすらも、それが伝わってるかの様に震えている。
しかし、リングは体が震えようが、脳が『霧から離れろ』という命令を出そうが、ただひたすら、鎌を霧に、グリグリと腕が震える程押し付けている。
最早リングの腕の神経が悲鳴を上げている。
「お願いッ…!」
リングの視線が、鎌と霧の結合部を指していた。

「皆さん、お願いしますッ」
一方デッドは、老婆の部下である魔女達と共に、別方向から霧を攻撃しようとする。
「主に俺がやるんで、皆さんはちまちま撃ってくれるだけでいいです、コピーが返ってきたら充分避けられる感じで大丈夫です」
「わかりました、皆、準備はいい?」
一人の魔女の掛け声に、他全員が頷く。
「ようしッ」
デッドは早速、手に魔法陣を現し、レッダーを召喚する。
そしてそれがみるみるうちに巨大になり、最大サイズ…デッドの身長のおよそ3倍以上はあるであろう巨大レッダーになる。
ブオォンッ!!!
デッドはそれを、霧に向かって一直線にぶん投げた!

ジュワアアアアアアアッ………!

案の定、レッダーは霧に触れて消滅し、コピーが返ってきた。

グワアンッ!!!
偽巨大レッダーが、空気を押し除けながらデッドに突進してくる。
だが、デッドはそれを横跳びで難なく避けていく。
地面に転がり着地したデッドは、攻撃の手を緩めない。

ボワアッ!ボワアアアッ!
ビュンッ、ビュンッ!
ブォンッ!!
また、魔女達の火炎弾や、ジグザグな軌道をしながら突き進んでいく電撃、氷の槍などが霧に飛んでいく。
そのコピー達も魔女達に返されるが、魔女達はあくまでもコピーを避けられる体力と距離を保ちながら撃っていたため避ける事ができていた。

このデッドと魔女達の地道な努力が功を奏しているのか、霧が薄くなってくる感触をワンダーは両手を伝ってかすかに感じ取っている。
リングも鎌越しに、それを確かに感じていた。
その努力、無駄にしてなるものかと言わんばかりに、ワンダーとリングは少しづつ、少しずつ足で土を後ろに押し除けながら進んでいく。
その二人の突き進みに、霧は確かに押されていた。



ウィルークは震えていた。
かつてない程震えていた。
今まさに、拒絶対象が迫りこようとしている。
周りでは、複数の拒絶対象が、この自身にとって絶対的存在であった霧を、何が何でも消そうとしてくる。
そんな奴らを拒絶する程、ますます近づいて、ますますこの震えを活性化させてくる。
自分の、この心に、鎖を巻きつけてくるのだ。
最早声を出す気にもなれない。
ただただ、拒絶したい。
拒否したい。
もし、その両手で抱きつこうとしてくるなら、思いっきり殴ってやりたいものだ。
拒否したい。

今更この腐った心を、開きたくなんかない。

ウィルークの心に、鉄の鎖が何重にも、絡みついていく。



それが、その震え、その鎖が何だと言うのだろうか。
ワンダーに、デッドに、リングに、老婆に、部下の魔女達に。
何を語るのか。
それは何の意味も成さなかった。
ただ、彼らの心に、導火線を追加していくだけだった。

ワンダーには、特に。

「……ッ!これ、邪魔だッ!」
ワンダーはそう叫ぶと、霧と激突しながら腰に掛けてあるディスードを左手で掴み、丸ごと投げ捨てる。
「ワンダーッ…!」
リングはワンダーのその行為に、ほんの一瞬だけ見惚れた。
しかしすぐに集中を取り戻し、視線を押し付けてる鎌の先端に戻す。
「…抱く事に武器はいらないとかあッ……良い、考えねッ…」

そして、ワンダーは確実に、霧の中に自身の体を押し込ませていった。

「…今だッ!!!」
デッドはそう叫ぶとレッダーを撃つのを止め、その超人的ジャンプで霧を飛び越えて、ワンダーの背後にシュタッと降り立つ。
そして、霧に押し入っているワンダーの両肩を、左後ろから両手で押し始めた。
それは横から見ればさながら水泳中の講師と生徒だったが、こっちは一人の人生がかかっていた。
「ワンダーッ!俺が押してやるッ、だからッ……このままいくぞッ!!」
「うんッ!!」
ワンダーはデッドの頼もしい追い風を両肩越しに感じながら、突き進む。

その時だった。
パリンッ!
パリンッ!
霧の圧力に耐えられなくなったワンダーの両羽が、自壊してしまった!
「くそおッ!」
仕方なくワンダーは地面に降り立つ。
しかし、それでもデッドに背中を押してもらいながら霧の中へと歩んでいく。

ビリビリッ!!!バリリッ!!!!
「これ以上は無理だッ…!!」
デッドはこれ以上は先に進めないと感じている。
「ワンダーッ、後は頼んだぞッ!!」

ドンッ!!
デッドは最後の力を振り絞って、ワンダーを霧の中へ勢いよく押した。
そして、半ば霧に押し出される様に、デッドは吹き飛ばされた。
ドサアッ!
デッドは勢いよく、草むらの感触と匂いを感じながら地面に転がり落ちた。

「……私もッ、これくらいねッ…!」
リングも既に限界を感じていた。
すると、魔力で生成された鎌が、まるで魔力を消費したかの様にみるみるうちに消滅していく。
そして鎌が完全消滅し、リングは霧からの風圧で吹き飛ばされた。

バサッ!
しかし、飛んできたリングをデッドは受け止めた。
お姫様抱っこで。
「大丈夫か?後はワンダーに任せるぞ」
「あ…えっと…」
デッドの両腕から、温かみがほんのりと伝わってくる。
リングの頬が赤くなる。

「デッドさん!こっちももう撃てません!」
別方向で霧を薄めていた魔女達も、もう魔力切れの様だ。
「ありがとうございますッ!後はワンダーがやってくれますッ!さあ、安全な所へ行って!」
デッドは魔女達への感謝とワンダーへの信頼を込めて、そう叫んだ。



「ふうううううッ………!!!くううッ……!!」
霧の中に入り込めたワンダーは、全方向から体への圧力を感じながら、両手を広げてウィルークへ歩み寄る。
悪寒、風圧、電流、吐き気、目まいが全方向から襲ってくる。
全身の皮膚がぐちゃぐちゃになりそうだ。
目もチカチカして良く見えなくなった。
身体中の神経が金切り声の悲鳴を上げている。

ワンダーは悲鳴の一つも上げたくなった。
だが、上げれなかった。
だって上げたいのは、ウィルークも同じだからだ。

ワンダーの瞳が、ウィルークをガッチリと見据える。
ウィルークの瞳も、ワンダーを恐る恐る認識していく。

自分の霧が、今まさに破られそうになっている事実と共に。

「あっ、あっ、あああ…」
ウィルークは最早動けない。
ワンダーがこの霧に耐えられなくなるのを待つ事しか出来なかった。



だが、ワンダーは諦めなかった。
諦めきれず、叫んだ。

「…君にこんな霧なんかッ……必要ないんだあッ!!!」

ワンダーは、走り出した。
全身に降り注ぐ苦痛の雨の中、ウィルークに向かって。

タッ
タッ
タッッッッ………

ワンダーの走る足音が、ウィルークにくっきり、はっきりと聞こえた。



「……ウィルークウウウッ!!!!!!」
ワンダーは、ウィルークの名を叫んで、ウィルークに飛びかかった。



バッッッッ!!!
ワンダーは、ウィルークに、真正面から抱きついた。

シュワアアアアアアアアアアアアアッ…………………

霧が、消えていく。
残ったのは、ウィルークに抱きついているワンダーだけだった。

「……………君に何があったかなんて………よく知らない、知ることもできないけどさ………」
ワンダーは、目から大粒の涙を流しながら、霧の中で培った思いを吐露する。

「……自分なんかッ…………どうでもいいッてッ……思う必要ないよ……だからッ………もうやめようよッ………君はッ………」
ワンダーの瞳が、遠くにいる老婆と、魔女達を見据える。
「……あの人達の、あの人達のおッ………」

……バタッ

言い切る前に、ワンダーは倒れた。

ウィルークは、倒れているワンダーと、こちらを真っ直ぐ見ている老婆を、交互に見た。
何度も見た。
いつの間にか、湿った瞳で。
その瞳に込められているのは、霧を突破された故の恐怖か、それとも、あの忌々しかった霧から解放された嬉しさか。
それは、ウィルーク自身も分からなかった。













「…う、うん…?」
ワンダーは、ベッドの上で目を覚ました。
「………起きたか」
隣の椅子には、デッドが座っている。
「こ、ここは…」
「ルースニラ帝国立大病院だ」
「ル、ルースニラ…!?」
ワンダーはその名を聞いて驚いた。
何故かって、ルースニラはこのアスラ帝国の首都であるからだ。
ウィルークと戦った場所からは中々距離がある。
「あの時お前が倒れて、近くにあった病院沢山ハシゴしたんだ、でも、あまりの重症度合いで最終的にここさ」
「そんなに、酷かっ……」
ワンダーは動こうとするが、その瞬間ピリリと腰が痛む。
ベッドに預けている体に目をやると、両手や腰、足などとにかく全身に包帯が巻かれていた。
「あっ、僕こんなにッ、イタタタ…」
「そういう具合だからな、ま、ここに任せときゃ安心だ、なんたって帝国の大病院だからなどんな種族でもご歓迎だ」
「そうなんだ…」


ガチャンッ
そこに、茶色い木製の扉を開いてリングが入ってきた。
「ワンダー、目覚めたのね、これ、買ってきたわ」
リングは革バッグからスライムドリンクを取り出して、ワンダーが寝ているベッドの横にある机に置く。
「これはスライムの他に、先日北アスラ海のどっかで討伐された人魚の鱗を粉状にした物や、ユニコーンの角に込められてる魔力の素も追加されてるやつらしいのよ、飲んでみて」
「え?そうなの?スライムに加えて人魚ならまだしもユニコーンの角って………大丈夫なの?これ…」
「普通に大病院の周りの露店で売ってたわ、ここに入院してる人達に人気らしいし、しかもサラマンダーの火吹きで加熱されてるのを生で見れたわ」
「へえ〜…」

ワンダーはスライムドリンクを飲みながら、横にいる二人に聞く。
「そういえば、ウィルークは…」
「ああ、それについてだがな…」





「…ルーク、ウィルーク」


「………んえ?」


ウィルークは、ベッドの上で目を覚ました。
見覚えのある天井と壁と床だ。

黄色く輝いている光の玉を何個も抱えているシャンデリア。
紫と黄緑の絵の具がかき混ぜられて水の如く混じり合っている色を持ち、優しい木の匂いを放つ木目調の壁。
そして、床一面に敷かれている、黒と紫が混ざり合った様な色合いをしている大きなカーペット。

紛れもない、ウィルークの部屋だった。
「…戻ってきた、のか……」
「戻ってきたねえ」
「ん?ん!?え!?あ!?」
ウィルークは声がした方向を見た。

ベッドの隣の椅子に、老婆が腰掛けている。

「あ…あ…」
「何も言わんでええ」
老婆はカップ一杯のコーヒーを、ウィルークに手渡す。
ウィルークはそれを受け取った。
両手がほんのりと温かくなる。
両手がそう感じると、布団が掛けられている下半身にも同じ様な温かみがあったのに気づいた。
「………あんた、ここにいたいかい?」
老婆はポツリと、そう語りかける。
「え…」
「いつその難病を治せるかは分からないし、私だってあんたの心が読めるわけじゃない、でも……あんたを見守りたいって気持ちは誰にも負けたくない、いや、二度と負けたくないし、無くしたくもない」
「長老…」
「あんたの心に正直になって決めとくれ、あんたはもうサナリーに支配された時のあんたじゃない、新しいウィルークさ」
老婆の言葉が、ウィルークの心に入り込んでいく。

ウィルークはしばし黙っていたが、口を開いた。
「……僕は…僕は…」
「…いいよ、言っとくれ」

「……………あなた達と、一緒にいたいです、この病が治る、その日まで」
ウィルークは、言い切った。
初めて、心に正直になれた。

それを確かに聞いた老婆は、一言だけ言った。
「……おかえり、ウィルーク」





「…だとさ」
デッドは顛末を話し終え、リングからスライムドリンクを貰う。
「ワンダー、ボロボロになった甲斐があったな、やっぱりお前みたいに、自分の心に正直になれるやつが一番強いんだよ」
「…私もそう思うわ、ワンダー、あなた本当にすごかったわ
リングもそう言ってくれる。

ワンダーは、包帯が巻かれている両手に目をやる。
ジリジリと痛みが蠢いてるが、今のワンダーにはそんなのはどうでも良いと思えた。
「……僕は、確かにあの霧を破ったんだよね……」
「ああ、そうだとも」
デッドがそう、力強く肯定してくれた。
「……僕、確かに正直だったんだなあ………でも、二人もそうだったと思う」
ワンダーは二人を交互に見る。
「はは、よしてくれ、ま、でも確かにそうだったな」
「照れるわよ……あなたは私達より頑張ったんだから、しばらく安静にね、これ、暇つぶし用、置いとくわ」
リングはそう言って机に本を置き、そそくさと部屋から出ていった。
「全く、あいつは照れっていう感情には正直じゃねえなあ……じゃあな、ワンダー、また」
デッドもリングの後を追って部屋を出ていく。



ワンダーは机に置かれた本に手をやって、表紙を見た。
剣を持っている騎士のキャラが一人と、後ろに魔法使いであろうエルフの女性キャラが一人。
そして背景にはご立派な巨体を誇る、見るからに悪そうなドラゴンが一体。
表紙から典型的な冒険活劇である事を知るのは容易だった。
リングはこれがワンダーの好みに合うと思ったのだろうか。
確かに、ワンダーはこの手の物語は嫌いではなかった。

(王道な冒険モノかあ………欲言えば、この国の地図でも良かったなあ)
しかしここで暴露してしまうと、世界地図を眺めるのが好きなタイプであった。
世界を股に掛ける魔物退治屋という仕事柄も関係してるのか、ワンダーはそっち方面の地図や図鑑を眺める事が性に合うのだ。
読者の君らもいっぺん地図とかをボーッと眺めてご覧なさい、意外と楽しいかもよ?
え?んな事よりその情報この話に必要かだって?
アハハ、まあ、こういう細かい設定とかを隙を見てネジコムのを、作者は最近になってようやくアリかと思ったんだから、もーしょうがないやつだよネ。
これからも隙を見てこういうのを入れてくかもしれないから、覚悟しておきな。



(まあ、リングが選んでくれたからね)

そして、本のタイトルはこんな物だった。

『自由の英雄』



「……自由、ね」
ワンダーはその単語に、思わず、少しだけ口角を上げた。

(ウィルークも、今の僕も………体は自分の自由に出来ないけどね………体は、ね)



ゲストキャラ解説
サナリー
アスラ帝国のどこかに存在する魔女の里の有力者である魔女。ウィルークの魔力を改造し、ウィルークを利用して自作自演の魔物頻出騒ぎを引き起こし、それを収集する事で魔女の里の勢力圏を広げようとした。大人数の部下を抱えており、長老を蹴落とそうともした。多彩な攻撃魔法や魔術を使いワンダー達と戦った。
ウィルーク
生まれつき体内で無限に魔力が生成される難病を持ったエルフの青年。人生への絶望の最中、魔女の里に逃げ込んだが、そこでサナリーに魔力を改造され陰謀に利用される。敵と対峙すると霧を展開する体質がある。この霧は、霧に触れたあらゆる遠隔攻撃を蒸発させ、コピーを撃ち返す。霧の中に入るのは愚か触れ続けるのも容易ではない。その他、改悪された魔力で拒絶対象を近づけさせない。これらの性能は初戦でワンダートリオを撃退する程凶悪であった。
長老
魔女の里の長老である老婆。サナリーの陰謀を見抜いて止める事が出来なかった。そこで魔カラスを助けてくれたのを見込んでワンダー達に助けを求めた。長老なだけあって治癒魔法など多彩な魔法、魔術の使い手である。
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