__『あの女が、彼を奪ったのっ!!』
__『友達?ふざけないで、あ、あんな女……あんな女っ!』
__『だっ、だってあんな優しい彼が私を振るわけないわ、きっと、あの女が唆したに違いないわっ。そうに決まってる』
話すのも憚られるが、簡単に言うと、殺人の動機は痴情の絡れが原因らしい。
加害者である店員の女性と交際していた男性が居たが、半年前に「重すぎる」「そろそろ耐えられない」「別れよう」というラインだけ残して破局。加害者は何度も対話と復縁を願ったそうだが、ブロックされて叶わない。
住所も変わっていて、とうとう諦めかけたその時、友人が別れた男性と歩いているところを発見。
調べていけば、友人と彼との交際期間が自分と被っていた事が判明。
3人それぞれに面識があり、男性と付き合っていた事を知っていたのに、なぜ男性と付き合うのか……。復讐の炎が燃え上がった女性は、今回の強行に至ったらしい。
それをポツポツとこぼしながら連行されていく彼女の後ろ姿は物悲しい。
泣き叫ぶでもなく、取り乱すでもなく、ただ自分に言い聞かせるように言葉をこぼす様子に、霧空は小さく唇を噛んだ。
刑事たちの視線も、日向の無表情も、その時の彼女には入っていない。
「……あの」
声をかけると、女性は振り返りかけ、しかしすぐに視線を逸らした。
霧空はそれでも一歩踏み出して、力なく微笑む。
「好きって気持ちが強すぎると、苦しくなることって……ありますよね」
「……っ」
女性の瞳が一瞬だけ揺れた。
霧空は続ける。
「でも……だからって、友達や自分まで壊しちゃったら……きっと、もっと苦しくなるだけです」
「……」
返事はなかった。
ただ、連行されていく女性の背が、ほんの一瞬だけ止まったように見えた。
霧空はそこで言葉を切り、両手を胸の前で組んだ。その表情は悲しみと優しさが入り混じっていた。
[中央寄せ]⌘[/中央寄せ]
事件が解決する頃にはすっかり日が沈んでいた。
殺人がいけない事だとは分かっているけど、そこまで追い詰められたあの女性がどこか哀れで、虚しい。
しんみりとした空気感の中、霧空のスマホから着信音……いや、絶対権力者からの調が響く。
《私よ。今すぐ出なさい》
シーンっと静まり返った店内で、ここには居ないはずの人物の声が聞こえた。
我らが氷室沢家のお姉様からの電話だと一発で分かる声。なんで霧空のスマホの着信音が勝手にを設定されているかは、詳しくは「氷室沢家のお正月 〜百人一首編〜」の説明をしなきゃいけないので一旦パス。
今はとにかく姉からの電話に出る事が最優先だ。
軽口も言うし、喧嘩もするけど、最終的に姉に姉に逆らえない。多分、そういう遺伝子がうちには組み込まれているのだと、霧空は勝手に思っている。
コナン達はポカンとし、霧空は顔を青くしつつも、ほぼ反射で音が鳴った自分のスマホを手に取った。
「はいっ、もしもし霧空ですっ!」
《それは知ってるわ。それよりあなた、今何時だと思ってるの?》
「えっ、ァ…………ろ、6時半、デス……」
《6時43分ね。11時までが、あなた達の門限よ。学生だもの、補導されないように適度に羽目を外して存分に遊びなさい。……でもね、》
電話の声が不自然に途切れる。
なんだろう、この無性に不安になる間は……。霧空は可哀想なくらい、慌てたり顔を青くしたりと忙しい。日向は相変わらず変わらないが、時計を見てため息をついた。
《6時半過ぎるなら、連絡寄越しなさいって言ってるでしょうが》
「うぅ、う〜。ーだ、だってぇ……」
《毒殺事件に巻き込まれたからこそ、連絡しなさい。心配するでしょう》
「な、なんで姉さん知ってるの!?」
《直継から聞いたの。……危ないことはしてないでしょうね?》
霧空は電話を耳から少し離しながら、顔を青くして小さく呻いた。
その横で、日向が「……終わった」と呟いたのが、蘭たちにもはっきり聞こえる。
「(え、終わったって……?)」
蘭はぽかんと日向を見たが、彼はそれ以上何も言わなかった。
《……まあいいわ。あなた達が無事でよかった。それが一番大事》
不意に声色が柔らかくなる。霧空の緊張が一瞬だけ緩みかけた___が、次の瞬間。
《でも日向。あなたは帰ってきたらお説教よ。覚悟しておきなさい》
「っ……」
無表情のはずの日向の目が、わずかに揺れた。霧空は「わぁ……」と情けない声を漏らす。
コナンはそのやりとりをじっと見つめ、日向が、こんあ風にあんな風に黙ってしまうのかと、内心驚いた。電話越しの声だけで、この双子を完全に掌握している氷室沢家の“お姉ちゃん”の存在が気になった。
《編集者との打ち合わせは終わったから、今から行くわ。そこで大人しく待ってなさい》
「「……はい」」
双子が同時に答える。反射的に。条件反射に近い。
通話が切れると、霧空は机に突っ伏し、日向は無表情に見える顔で額に手を当てた。
園子が首をかしげながら、今の電話について聞いて来た。
「えっと……今のは?」
「お姉ちゃん……です……
「えっ、あれで姉?」蘭が目を丸くする。
「……香澄姉さんだよ。例の紅茶好きの長女。そして、氷室沢家の絶対権者」
「ぜったいけんりょくしゃ……?」
蘭と園子、そして刑事たちが顔を見合わせる。
氷室沢家の名前を聞いた目暮警部の顔には、どこか引き攣ったような苦笑が浮かんでいた。
10分後、喫茶店の前に一台の車が止まる。
ダークグリーンの車体が夜になり掛けている街を反射して、上品に輝いている。旧車特有の長いボンネット部分も、野暮ったい事はなく、むしろ優雅で美しい。
そんな車の運転席から現れたのは、一人の女。
長い髪を綺麗に巻き上げ、艶やかな黒が街灯を受けて光を返す。
深い緑のタイトスカートは露出が控えめにもかかわらず、その身のこなしだけで視線を奪う。
颯然とドアを閉める仕草にすら気品が漂い、歩くたびにスリットから覗く白い足は、目を逸らそうとしても自然と視線を引き寄せられる。
ただの「美人」ではない。
ただの「大人の女性」でもない。
「迎えに来たわよ、かわい子ちゃん共」
そこに立っていたのは──氷室沢家の絶対権者、氷室沢 香澄だった。
「か、香澄姉さん」
「なあに、霧空」
760番のルージュが笑う。
霧空は香澄を見ながらあわあわと冷や汗を垂らすが、日向は香澄の方を全く見ずに虚空を見つめている。
これが、二人の姉。氷室沢家の長女。
コナンは彼女の雰囲気に呑まれ、刑事達ですら入って来た瞬間に姿勢をただした。
「あ、あの……今日は事件に巻き込まれた……だけ、でして……」
「それ自体は別に起こらないわよ。これは不可抗力だもの。私が怒ってるのは、巻き込まれた上で危ないことをしたのに起こっているの」
香澄は日向の前で立ち止まり、細い指を伸ばした。
コツン、と額を弾く。
「しっかり場所を考えて、その能力を使いなさい」
乾いた音が小さく響いた。
霧空は「ひぃ……」と肩をすくめ、日向は黙って受け止める。
「日向、あなたにとって人生はどうでもいいのかもしれない。でもね、私達にとっては違う。氷室沢日向の死因は――老衰以外、絶対に許さないような連中しか、我が家にはいないのよ」
張り詰めた空気に、誰も言葉を挟めなかった。
しかし次の瞬間、香澄はふっと笑みを浮かべた。艶やかな唇がやわらかに弧を描き、双子を見下ろす。
「さっき連絡が来たわ。被害者の女性は一命を取りとめたそうよ」
「……っ!」
霧空の目が潤み、日向はただ静かに瞼を伏せる。
「よくやったわ。二人とも」
叱責と褒美。
その両方を巧みに操る彼女こそ、氷室沢家の女帝だった。
__『友達?ふざけないで、あ、あんな女……あんな女っ!』
__『だっ、だってあんな優しい彼が私を振るわけないわ、きっと、あの女が唆したに違いないわっ。そうに決まってる』
話すのも憚られるが、簡単に言うと、殺人の動機は痴情の絡れが原因らしい。
加害者である店員の女性と交際していた男性が居たが、半年前に「重すぎる」「そろそろ耐えられない」「別れよう」というラインだけ残して破局。加害者は何度も対話と復縁を願ったそうだが、ブロックされて叶わない。
住所も変わっていて、とうとう諦めかけたその時、友人が別れた男性と歩いているところを発見。
調べていけば、友人と彼との交際期間が自分と被っていた事が判明。
3人それぞれに面識があり、男性と付き合っていた事を知っていたのに、なぜ男性と付き合うのか……。復讐の炎が燃え上がった女性は、今回の強行に至ったらしい。
それをポツポツとこぼしながら連行されていく彼女の後ろ姿は物悲しい。
泣き叫ぶでもなく、取り乱すでもなく、ただ自分に言い聞かせるように言葉をこぼす様子に、霧空は小さく唇を噛んだ。
刑事たちの視線も、日向の無表情も、その時の彼女には入っていない。
「……あの」
声をかけると、女性は振り返りかけ、しかしすぐに視線を逸らした。
霧空はそれでも一歩踏み出して、力なく微笑む。
「好きって気持ちが強すぎると、苦しくなることって……ありますよね」
「……っ」
女性の瞳が一瞬だけ揺れた。
霧空は続ける。
「でも……だからって、友達や自分まで壊しちゃったら……きっと、もっと苦しくなるだけです」
「……」
返事はなかった。
ただ、連行されていく女性の背が、ほんの一瞬だけ止まったように見えた。
霧空はそこで言葉を切り、両手を胸の前で組んだ。その表情は悲しみと優しさが入り混じっていた。
[中央寄せ]⌘[/中央寄せ]
事件が解決する頃にはすっかり日が沈んでいた。
殺人がいけない事だとは分かっているけど、そこまで追い詰められたあの女性がどこか哀れで、虚しい。
しんみりとした空気感の中、霧空のスマホから着信音……いや、絶対権力者からの調が響く。
《私よ。今すぐ出なさい》
シーンっと静まり返った店内で、ここには居ないはずの人物の声が聞こえた。
我らが氷室沢家のお姉様からの電話だと一発で分かる声。なんで霧空のスマホの着信音が勝手にを設定されているかは、詳しくは「氷室沢家のお正月 〜百人一首編〜」の説明をしなきゃいけないので一旦パス。
今はとにかく姉からの電話に出る事が最優先だ。
軽口も言うし、喧嘩もするけど、最終的に姉に姉に逆らえない。多分、そういう遺伝子がうちには組み込まれているのだと、霧空は勝手に思っている。
コナン達はポカンとし、霧空は顔を青くしつつも、ほぼ反射で音が鳴った自分のスマホを手に取った。
「はいっ、もしもし霧空ですっ!」
《それは知ってるわ。それよりあなた、今何時だと思ってるの?》
「えっ、ァ…………ろ、6時半、デス……」
《6時43分ね。11時までが、あなた達の門限よ。学生だもの、補導されないように適度に羽目を外して存分に遊びなさい。……でもね、》
電話の声が不自然に途切れる。
なんだろう、この無性に不安になる間は……。霧空は可哀想なくらい、慌てたり顔を青くしたりと忙しい。日向は相変わらず変わらないが、時計を見てため息をついた。
《6時半過ぎるなら、連絡寄越しなさいって言ってるでしょうが》
「うぅ、う〜。ーだ、だってぇ……」
《毒殺事件に巻き込まれたからこそ、連絡しなさい。心配するでしょう》
「な、なんで姉さん知ってるの!?」
《直継から聞いたの。……危ないことはしてないでしょうね?》
霧空は電話を耳から少し離しながら、顔を青くして小さく呻いた。
その横で、日向が「……終わった」と呟いたのが、蘭たちにもはっきり聞こえる。
「(え、終わったって……?)」
蘭はぽかんと日向を見たが、彼はそれ以上何も言わなかった。
《……まあいいわ。あなた達が無事でよかった。それが一番大事》
不意に声色が柔らかくなる。霧空の緊張が一瞬だけ緩みかけた___が、次の瞬間。
《でも日向。あなたは帰ってきたらお説教よ。覚悟しておきなさい》
「っ……」
無表情のはずの日向の目が、わずかに揺れた。霧空は「わぁ……」と情けない声を漏らす。
コナンはそのやりとりをじっと見つめ、日向が、こんあ風にあんな風に黙ってしまうのかと、内心驚いた。電話越しの声だけで、この双子を完全に掌握している氷室沢家の“お姉ちゃん”の存在が気になった。
《編集者との打ち合わせは終わったから、今から行くわ。そこで大人しく待ってなさい》
「「……はい」」
双子が同時に答える。反射的に。条件反射に近い。
通話が切れると、霧空は机に突っ伏し、日向は無表情に見える顔で額に手を当てた。
園子が首をかしげながら、今の電話について聞いて来た。
「えっと……今のは?」
「お姉ちゃん……です……
「えっ、あれで姉?」蘭が目を丸くする。
「……香澄姉さんだよ。例の紅茶好きの長女。そして、氷室沢家の絶対権者」
「ぜったいけんりょくしゃ……?」
蘭と園子、そして刑事たちが顔を見合わせる。
氷室沢家の名前を聞いた目暮警部の顔には、どこか引き攣ったような苦笑が浮かんでいた。
10分後、喫茶店の前に一台の車が止まる。
ダークグリーンの車体が夜になり掛けている街を反射して、上品に輝いている。旧車特有の長いボンネット部分も、野暮ったい事はなく、むしろ優雅で美しい。
そんな車の運転席から現れたのは、一人の女。
長い髪を綺麗に巻き上げ、艶やかな黒が街灯を受けて光を返す。
深い緑のタイトスカートは露出が控えめにもかかわらず、その身のこなしだけで視線を奪う。
颯然とドアを閉める仕草にすら気品が漂い、歩くたびにスリットから覗く白い足は、目を逸らそうとしても自然と視線を引き寄せられる。
ただの「美人」ではない。
ただの「大人の女性」でもない。
「迎えに来たわよ、かわい子ちゃん共」
そこに立っていたのは──氷室沢家の絶対権者、氷室沢 香澄だった。
「か、香澄姉さん」
「なあに、霧空」
760番のルージュが笑う。
霧空は香澄を見ながらあわあわと冷や汗を垂らすが、日向は香澄の方を全く見ずに虚空を見つめている。
これが、二人の姉。氷室沢家の長女。
コナンは彼女の雰囲気に呑まれ、刑事達ですら入って来た瞬間に姿勢をただした。
「あ、あの……今日は事件に巻き込まれた……だけ、でして……」
「それ自体は別に起こらないわよ。これは不可抗力だもの。私が怒ってるのは、巻き込まれた上で危ないことをしたのに起こっているの」
香澄は日向の前で立ち止まり、細い指を伸ばした。
コツン、と額を弾く。
「しっかり場所を考えて、その能力を使いなさい」
乾いた音が小さく響いた。
霧空は「ひぃ……」と肩をすくめ、日向は黙って受け止める。
「日向、あなたにとって人生はどうでもいいのかもしれない。でもね、私達にとっては違う。氷室沢日向の死因は――老衰以外、絶対に許さないような連中しか、我が家にはいないのよ」
張り詰めた空気に、誰も言葉を挟めなかった。
しかし次の瞬間、香澄はふっと笑みを浮かべた。艶やかな唇がやわらかに弧を描き、双子を見下ろす。
「さっき連絡が来たわ。被害者の女性は一命を取りとめたそうよ」
「……っ!」
霧空の目が潤み、日向はただ静かに瞼を伏せる。
「よくやったわ。二人とも」
叱責と褒美。
その両方を巧みに操る彼女こそ、氷室沢家の女帝だった。