子の刻。
真夜中。
ミッドナイト。
幻想的な言い方はいくつかあるが、現実的な時刻で表すと、現在は7月5日0時31分。
噂の大災害まであと4時間を切った時間帯に、私は一人、廃れたベンチに腰掛けていた。ニュースキャスターが言った通りの熱帯夜で、ぬるい風が頬の腫れを撫でる。
数時間前までジンジンと焼くように痛かったが、だいぶマシになってきた。でも、それでも痛い。
「ったく、あのクソ親父、手加減しろよ」
誰もいない公園に、私の悪態だけが響いた。
これを本人の前で言えたらいいのに。でも、言ってもまた殴られるだけだ。
あの家で、私の存在意義はサンドバッグと変わらない。流れるままに身を任せ、黙って、耐える。タバコの煙が染み込んだ黄色い壁紙の皺を数えていれば、いつかは終わる。
でも、殴られたら痛いし、年頃の女子として顔に傷は付けたくない。
熱くて、少し張っている頬を、また指先で撫でる。
母からくすねたファンデーションを塗っても、若作りのやけに明るい色は、きっと肌に馴染まないだろう。いやだなぁ、明日バイトなのに。
……そうだ、私、明日バイトだ。
親孝行という意味の分からない理由で高校を休まされて以来、ずっとバイト入れてたんだった。
労働基準法なんて知らないとばかりに、土方からレジ打ちまで一日中全部入れられている。そして、稼いだお金は全部あの男の、父親の酒代とタバコ代に消えていっている。
なんで働いているんだろう。
何度もそう思った。
でも、私には父に従うという選択肢しかないのだ。外に助けを求めるなんて、意味はない。
通報?福祉?冗談を。
何も変わらないことも、誰も助けてなんてくれないことも、もうわかってるのだ。
私は夜のベンチに座ったまま、足元の砂を指でいじる。ジャリッとした感触が爪に入り込むたび、どうしようもなく虚しくなる。
カラスの鳴き声が、どこか遠くで聞こえた。
時間は、0時47分。
誰かの予言から始まった“世界が崩壊する日”まで残り3時間13分。
世界が滅ぶ原因はウイルスとも言われてるし、彗星の衝突とも言われているけど、誰も断言しない。結局よくあるネットミームだ。
1999年も世界が滅ばなかったように、今回も滅ばないんだろうけど……心の底で、こんな世界が滅んだらいいのにと思う。
……いや、違うな。
私は誰でもいいから、この呪縛を解き放って欲しいんだ。
自分でやるのは殴られそうだから、誰かに、この状況をなんとかして欲しい。欲を言うなら、特定できてしまったら、その人をどう思うか分からなくて怖いから特定できない何か、特定出来てもどうしようもない何かに殺してほしい。
たとえば、大災害、とか。
「……」
現実を見るのも嫌で、ネットの住民達の与太話を流し見る。
大災害から飛躍して、世界が終わると騒いでいる。最初のウイルスと隕石はどうした。……そんなツッコミも、一種のお祭りになっている現在には意味を成さない。
画面がバキバキに割れたスマホが表示する時間は1時丁度。充電は21%、世界の終わりまで持つだろうか。
湿った風が熱を運んできて、背中の汗がじっとりとシャツに張り付く。
コンビニの袋をぶら下げて歩く酔っぱらいの声が、遠くで消えた。公園の空気はまた、私ひとりだけになったと思った。_____そう思った時だ。
「あれ、[漢字]鈴[/漢字][ふりがな]すず[/ふりがな]ちゃんだ」
足音がなかったくせに、妙に声だけが響いていた、
反射的に振り返ると、公園の入り口に、ひとりの男が立っていた。
制服姿。うちの高校の、夏服。胸元の校章、ネクタイの色。私が、行けない高校の男子制服。制服の上にあるその顔は、見覚えがある。
同級生だ。
小学校から同じで、過疎化が進んだ田舎町じゃクラス替えはないし、中学受験なんてする金持ちもいないから、ずっと中学まで同じだった。
でも、アイツとは進路は別々だ。
アイツは………[漢字]晴登[/漢字][ふりがな]はると[/ふりがな]は、高校に行かなかった。いや、行けなかった。
だって、晴登は死んだのだから。
生きているはずがない。
お葬式で、学級委員長として、棺桶にクラス全員分の手紙を私が入れた。その時に顔も確認したんだ、交通事故で下半身がぐちゃぐちゃだというのが信じられないぐらい、綺麗な顔で眠っていた。
覚えている、アイツは死んだ。
じゃあ、目の前にいるのはなんだ?
真夜中。
ミッドナイト。
幻想的な言い方はいくつかあるが、現実的な時刻で表すと、現在は7月5日0時31分。
噂の大災害まであと4時間を切った時間帯に、私は一人、廃れたベンチに腰掛けていた。ニュースキャスターが言った通りの熱帯夜で、ぬるい風が頬の腫れを撫でる。
数時間前までジンジンと焼くように痛かったが、だいぶマシになってきた。でも、それでも痛い。
「ったく、あのクソ親父、手加減しろよ」
誰もいない公園に、私の悪態だけが響いた。
これを本人の前で言えたらいいのに。でも、言ってもまた殴られるだけだ。
あの家で、私の存在意義はサンドバッグと変わらない。流れるままに身を任せ、黙って、耐える。タバコの煙が染み込んだ黄色い壁紙の皺を数えていれば、いつかは終わる。
でも、殴られたら痛いし、年頃の女子として顔に傷は付けたくない。
熱くて、少し張っている頬を、また指先で撫でる。
母からくすねたファンデーションを塗っても、若作りのやけに明るい色は、きっと肌に馴染まないだろう。いやだなぁ、明日バイトなのに。
……そうだ、私、明日バイトだ。
親孝行という意味の分からない理由で高校を休まされて以来、ずっとバイト入れてたんだった。
労働基準法なんて知らないとばかりに、土方からレジ打ちまで一日中全部入れられている。そして、稼いだお金は全部あの男の、父親の酒代とタバコ代に消えていっている。
なんで働いているんだろう。
何度もそう思った。
でも、私には父に従うという選択肢しかないのだ。外に助けを求めるなんて、意味はない。
通報?福祉?冗談を。
何も変わらないことも、誰も助けてなんてくれないことも、もうわかってるのだ。
私は夜のベンチに座ったまま、足元の砂を指でいじる。ジャリッとした感触が爪に入り込むたび、どうしようもなく虚しくなる。
カラスの鳴き声が、どこか遠くで聞こえた。
時間は、0時47分。
誰かの予言から始まった“世界が崩壊する日”まで残り3時間13分。
世界が滅ぶ原因はウイルスとも言われてるし、彗星の衝突とも言われているけど、誰も断言しない。結局よくあるネットミームだ。
1999年も世界が滅ばなかったように、今回も滅ばないんだろうけど……心の底で、こんな世界が滅んだらいいのにと思う。
……いや、違うな。
私は誰でもいいから、この呪縛を解き放って欲しいんだ。
自分でやるのは殴られそうだから、誰かに、この状況をなんとかして欲しい。欲を言うなら、特定できてしまったら、その人をどう思うか分からなくて怖いから特定できない何か、特定出来てもどうしようもない何かに殺してほしい。
たとえば、大災害、とか。
「……」
現実を見るのも嫌で、ネットの住民達の与太話を流し見る。
大災害から飛躍して、世界が終わると騒いでいる。最初のウイルスと隕石はどうした。……そんなツッコミも、一種のお祭りになっている現在には意味を成さない。
画面がバキバキに割れたスマホが表示する時間は1時丁度。充電は21%、世界の終わりまで持つだろうか。
湿った風が熱を運んできて、背中の汗がじっとりとシャツに張り付く。
コンビニの袋をぶら下げて歩く酔っぱらいの声が、遠くで消えた。公園の空気はまた、私ひとりだけになったと思った。_____そう思った時だ。
「あれ、[漢字]鈴[/漢字][ふりがな]すず[/ふりがな]ちゃんだ」
足音がなかったくせに、妙に声だけが響いていた、
反射的に振り返ると、公園の入り口に、ひとりの男が立っていた。
制服姿。うちの高校の、夏服。胸元の校章、ネクタイの色。私が、行けない高校の男子制服。制服の上にあるその顔は、見覚えがある。
同級生だ。
小学校から同じで、過疎化が進んだ田舎町じゃクラス替えはないし、中学受験なんてする金持ちもいないから、ずっと中学まで同じだった。
でも、アイツとは進路は別々だ。
アイツは………[漢字]晴登[/漢字][ふりがな]はると[/ふりがな]は、高校に行かなかった。いや、行けなかった。
だって、晴登は死んだのだから。
生きているはずがない。
お葬式で、学級委員長として、棺桶にクラス全員分の手紙を私が入れた。その時に顔も確認したんだ、交通事故で下半身がぐちゃぐちゃだというのが信じられないぐらい、綺麗な顔で眠っていた。
覚えている、アイツは死んだ。
じゃあ、目の前にいるのはなんだ?