ソファの向かいにちょこんと座った彼は、ずっとにこにこしている。
見た目は普通の子供、けれど目つきだけは大人そのもの。無邪気さの裏に、冷静な分析と観察が張りついていて、まるで____どこぞの探偵のようだと思った。
工藤 新一。
過去に私の作品を模倣した犯人が起こした事件で、関わった高校探偵。……を、小さくしたような子供。
「で、お姉さんはどうしてここに?」
当たり前の質問だったけれど、その声にはさりげない誘導の気配がある。
私は少し肩をすくめて答えた。
「仕事よ。小説家だから、取材を兼ねて。近くに美術館があるでしょ?あそこに珍しい絵があってね。それを見に行くために」
「えっ!お姉さんの名前って確か………」
「森谷 茶子よ。実名で本出してるし、どこかで聞いた事あるかもね」
「僕知ってる!『カミの棺』とか『明日、私が死ぬとして』とかって本書いてる人だよね!すっごく怖いけど、でも面白い作家さんだもん」
「あら、もしかしてミステリーが好きなのかしら」
上げた作品が全部ミステリー系なので思わず聞くと、少年はまたにっこりと笑って頷いた。
なんでもシャーロック・ホームズに憧れて探偵を目指しているらしい。なら、この事情聴取染みた会話も、探偵になるための修行の一貫なのだろうか。
私は、コナンくん(仮)に向かって軽く頷いた。
「ホームズに憧れて探偵、ね。私もホームズにはずいぶんとお世話になったわ。読みすぎて、語彙までヴィクトリア朝に引っ張られた時期があるくらい」
「へぇ〜、やっぱり作家さんっていっぱい本読むんだね!」
「読むし、調べるし、たまに怪しまれるし、ね」
「怪しまれる……って、たとえば?」
「ミステリーを書くときは基本的に精神疾患、自殺、過去の殺人事件、犯罪心理学、毒物。その辺を買ったり、借りたりするから、店員さんとかに怪しまれるのよねぇ。作家って言ったら納得してくれるけど」
一番酷い時は過去の事件の模倣犯だと思われて通報されたりした。
そう言うと、少年の目がまんまるに見開かれる。反応が、年相応に素直で、思わず私は少しだけ笑ってしまう。
「えええ!? ホントに!?」
「ほんとよ。だから、毎回検索履歴消してるんだけど、そしたら余計に怪しまれてしまってね」
「やっぱり、作家って大変なんだねぇ……でもちょっと、楽しそうでもあるな」
「まぁ、嫌いじゃないわね。こんな風に、事件に巻き込まれるのも、もう慣れたものだし」
「……じゃあ、今回の事件も、巻き込まれただけってこと?」
目に鋭い光が灯った。
この子、やっぱり只者じゃない。私や露伴と“同類”というわけではないが、妙だ。
子供らしくないどころではなく、子供のふりをする大人………いや、大人にしては狡猾さがあまり感じられないな。大学生、高校生ぐらいが子供のふりをしている感覚だ。
もしかして、この子、本当に……。
私はソファの背にもたれながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうね」
「ふぅんじゃあ、お姉さん、過去に何回も事件に巻き込まれて、被害者の人とも何かあったったというのも全部偶然?」
「過去に事件に関しては私から飛び込んでいったりいったのもあるから偶然とは言えないわ。でも、あの評論家と同じ旅館で、直前に話したっていうのは偶然よ。本当に、ね」
少年は、にこにこしたまま頷いた。が、その目は笑っていなかった。
探っている。
明らかに、私の言葉の中から“嘘”や“ほころび”を引き出そうとしているのが分かる。
ホームズに憧れる少年が、純粋な憧れだけでここにいるとは思えない。この旅館で起きた事件と、何らかの関係を持っているのは間違いない。
私はそう確信し、コーヒーに手を伸ばしかけた──そのときだった。
「まったく、くだらない話ばかり聞きやっがて……。おかげでプロットを作る時間が減ったじゃあないか」
聞き覚えのある呆れ声とともに、ラウンジの扉が開いた。
現れたのは、やはり岸辺露伴だった。
相変わらず、漫画の世界から飛び出してきたような装い。
ギザギザのヘアバンドと、ラインの入ったジャケット。片手に紙袋、もう片方の手には今しがたまで使っていたのだろうペンを握っている。
視線をラウンジに滑らせ、私と少年を見つけると、露骨に眉をひそめた。
「……茶子、お前、まさか子供を相手に口説いてるんじゃないだろうな」
いきなりそれか。
「言っておくけど、私にそんな趣味はないわよ」
「じゃあその“探り合い”みたいな空気はなんなんだ。……ん、君は……」
露伴は少年に目を向け、じっと見つめた。
ただの子供を見る目ではない。
創作者としての本能で、少年を観察しているにがわかった。たった数秒の静寂。その中で、二人の間に、言葉ではない何かが交わされたような気がした。
少年は笑顔を崩さないまま、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、露伴先生。ボク、江戸川コナンっていいます」
「……は?」
「“ピンクダークの少年”が大好きで、いっつも呼んでるです!ファンなんで、よければサインとか……」
少年___コナンがそう言うと、露伴は盛大に顔を顰めた。
まぁ、そうだろうなと納得しながらまたコーヒーに手を伸ばして一口飲む。既に冷めてしまっておいしくない。
「悪いが___いや、悪くもなんともないが、僕はな、“ピンクダークの少年”を一冊もまともに読んだことがないような奴をファンとは認めていない。表紙を見ただけで読んだ気になるな。中身を知らずに“好きです”なんて言葉を投げてくるその軽薄さ――創作に命を懸けてる僕にとって、何よりも腹立たしい態度だ」
「あ、えぇっと」
「僕の漫画はな、ただの娯楽じゃない。線一本、セリフ一つ、間の取り方に至るまで、神経をすり減らして創り出してる、いわざ芸術だ。それを“ちょっと知ってる”程度でファン面されるのは、冒涜に近い。作品に対する冒涜であり、創作者である僕自身に対する無礼でもあるんだ。それを分かって、僕のファンというのかい?それはなんとも面の皮が厚いガキだ。将来有望でまったく嬉しい限りだ」
怒涛の囃し立てである。
相手に反論の隙すら与えないのはやや大人気ないが、私も創作者だ。
彼の気持ちが分からないでもないが、このままでは「この岸部露伴が直々にその面の顔を少し薄くしてやろう」とか言い出しそうなので、そろそろ止めるか。
「だいたいなァ、」
「露伴」
「………なんだい、茶子。まさかと思うがこのガキを庇おうと言うのかい?お前も作家の端くれなら、読んだこともないのに自分の作品のファンを語られる侮辱は分かるだろ」
「そうね。……わかるわ。でも、ね」
私は、コーヒーのカップをテーブルに戻しながら、軽く首を傾げた。
「それでも彼の『こんにちは、ファンです』には、嘘がなかったと思うのよ」
「……は?」
露伴の目が細くなり、苛立ちと訝しみが交じった視線を向けてくる。
「読んだことがないにしても、“ああ言えば機嫌が良くなる”と言ったのは、機嫌を良くするのと、興味を引くため、あるいは距離を詰めるための戦略よ。自己紹介の一環に近い」
「つまり、社交辞令ってことか。ふんっ、心のこもらない褒め言葉は、この岸部露伴には必要ないな」
「まっ、露伴の場合はお世辞も社交辞令も地雷になるときがあるからね。彼に何かある時は直球で言った方がいいわよ」
私がそう付け加えると、少年――コナンくんは困ったように頭をかきながら、それでも目は笑っていた。
「う〜ん……たしかに、先生の作品、ボクも途中までしか読んでないです。でも、だからこそ興味が湧いて……ちゃんと読んでみたいって思ってます」
「ほう。途中まで、ね」
露伴の口元がわずかに歪む。
嘲笑とも、興味とも取れる曖昧な表情。だが、その目には警戒と、好奇心が宿っていた。
「まあいい。僕の作品に興味を持つ人間が増えるのは悪くない。だが、二度と“ファン”などと軽々しく言うな。言葉は刃物だ。適当に振り回すと自分の首を斬るぞ」
「はぁい、気をつけます……」
少年は素直に頭を下げた。
こうして見ると、まるで教師と生徒のようにも見えるが、露伴は気を抜いてはいない。むしろ、ますますその目は鋭くなっていた。
と、いうより、完全にコナンくんをロックオンした。
やれやれ、また始まったわね。興味があることに全力で突っ走るんだから……っと、私が軽く溜め息をついたところで、露伴が何かを思い出したようにパチンと指を鳴らす。
「そうだ茶子。さっき警察に明日あたりにもう一度お前の事情聴取をすると言っていたぞ。さすが伊達に11回も容疑者をやってるだけあるな」
「褒め言葉として受け取れないレベルね。まぁ、もう慣れてきたし別にいいわ」
「あと、殺された佐藤とかいう評論家、お前の作品を酷評したらしいじゃないか。それを動機にした可能性だとさ。___で、実際のところどうなんだ?お前がやったのか?」
「そんな訳ないでしょ。あと、佐藤じゃなくて後藤ね。あの人、自分が関わった作品以外は全部こき下ろしてるし、殺すほど憎んだとしても殺すメリットとデメリットが釣り合わないわ」
「あァ〜、確かにな。じゃあ、犯人はお前以外とすると、どんな人物だと思う?」
聞いてくると思ったよ。
殺人事件に遭遇するたびに聞いてくるので、いい加減慣れてきたこのセリフ。こう聞いてくるときは、推理とかじゃなくて犯人は何を考えて、殺したのか……この考察を聞きたがる。
露伴はこうなると引かない。
仕方ないので、さわりだけ気かけることにした。
「確か、後藤さんの死因って、絞殺だったかしら」
「うん。紐状のもので後ろから首を絞めたことによる窒息死だよ」
補足するようにコナンくんは言ったが………どこから聞いたのかしら。
盗み聞きは私も何度かやったことあるし、基本家で暇な時は警察無線を垂れ流ししてるし、人のことは言うつもりないけど……。無邪気に言うことではないよねっと、軽くコナンくんに微笑みかける。
コナンくんは意図に気がついたようで「って、鑑識の人が言ってた!」と付け加えた。
だから無邪気に言うなって。露伴も「へェ〜」とか言ってニマニマしながらペンを動かさないの。
「まず、考えるべき事は後藤の殺し方よね。紐で相手の首を絞めて、殺すってだいぶ面倒な事をする犯人よね」
「め、面倒って…」
「実際そうでしょう?首を絞めるには道具とそのれなりの力が要るわけだし、相手の背後に回れるぐらい油断させないといけない。それにね、相手が死んでいく様子を間近で見ないといけないのよ」
息が詰まり、目が見開かれ、もがき、やがて動かなくなるまで、手を放してはいけない。
そんなやり方、激情だけでは無理だ。それなりの覚悟と憎しみが要る。
私はカップをくるりと回しながら、目を細める。
「殺すのが目的ならナイフで一突き……とまではいかないけど、急所を複数箇所刺せば終わる。でも、そうせずにわざわざトリックを作って、殺した。密室ってことは計画性のある犯行よね?」
「つまり、犯人にとって殺しは手段であって目的ではなかったと」
「じゃあ犯人の目的って……」
コナンくんがこぼした呟きに、私は笑って答えた。
「さぁそれは犯人に直接聞くしかないわね」
どれだけ推理を重ね言葉にしても、所詮は仮説。
考えるのは好きだけど、最後に語るべきは探偵でも作家でもなく、犯人だもの。
見た目は普通の子供、けれど目つきだけは大人そのもの。無邪気さの裏に、冷静な分析と観察が張りついていて、まるで____どこぞの探偵のようだと思った。
工藤 新一。
過去に私の作品を模倣した犯人が起こした事件で、関わった高校探偵。……を、小さくしたような子供。
「で、お姉さんはどうしてここに?」
当たり前の質問だったけれど、その声にはさりげない誘導の気配がある。
私は少し肩をすくめて答えた。
「仕事よ。小説家だから、取材を兼ねて。近くに美術館があるでしょ?あそこに珍しい絵があってね。それを見に行くために」
「えっ!お姉さんの名前って確か………」
「森谷 茶子よ。実名で本出してるし、どこかで聞いた事あるかもね」
「僕知ってる!『カミの棺』とか『明日、私が死ぬとして』とかって本書いてる人だよね!すっごく怖いけど、でも面白い作家さんだもん」
「あら、もしかしてミステリーが好きなのかしら」
上げた作品が全部ミステリー系なので思わず聞くと、少年はまたにっこりと笑って頷いた。
なんでもシャーロック・ホームズに憧れて探偵を目指しているらしい。なら、この事情聴取染みた会話も、探偵になるための修行の一貫なのだろうか。
私は、コナンくん(仮)に向かって軽く頷いた。
「ホームズに憧れて探偵、ね。私もホームズにはずいぶんとお世話になったわ。読みすぎて、語彙までヴィクトリア朝に引っ張られた時期があるくらい」
「へぇ〜、やっぱり作家さんっていっぱい本読むんだね!」
「読むし、調べるし、たまに怪しまれるし、ね」
「怪しまれる……って、たとえば?」
「ミステリーを書くときは基本的に精神疾患、自殺、過去の殺人事件、犯罪心理学、毒物。その辺を買ったり、借りたりするから、店員さんとかに怪しまれるのよねぇ。作家って言ったら納得してくれるけど」
一番酷い時は過去の事件の模倣犯だと思われて通報されたりした。
そう言うと、少年の目がまんまるに見開かれる。反応が、年相応に素直で、思わず私は少しだけ笑ってしまう。
「えええ!? ホントに!?」
「ほんとよ。だから、毎回検索履歴消してるんだけど、そしたら余計に怪しまれてしまってね」
「やっぱり、作家って大変なんだねぇ……でもちょっと、楽しそうでもあるな」
「まぁ、嫌いじゃないわね。こんな風に、事件に巻き込まれるのも、もう慣れたものだし」
「……じゃあ、今回の事件も、巻き込まれただけってこと?」
目に鋭い光が灯った。
この子、やっぱり只者じゃない。私や露伴と“同類”というわけではないが、妙だ。
子供らしくないどころではなく、子供のふりをする大人………いや、大人にしては狡猾さがあまり感じられないな。大学生、高校生ぐらいが子供のふりをしている感覚だ。
もしかして、この子、本当に……。
私はソファの背にもたれながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうね」
「ふぅんじゃあ、お姉さん、過去に何回も事件に巻き込まれて、被害者の人とも何かあったったというのも全部偶然?」
「過去に事件に関しては私から飛び込んでいったりいったのもあるから偶然とは言えないわ。でも、あの評論家と同じ旅館で、直前に話したっていうのは偶然よ。本当に、ね」
少年は、にこにこしたまま頷いた。が、その目は笑っていなかった。
探っている。
明らかに、私の言葉の中から“嘘”や“ほころび”を引き出そうとしているのが分かる。
ホームズに憧れる少年が、純粋な憧れだけでここにいるとは思えない。この旅館で起きた事件と、何らかの関係を持っているのは間違いない。
私はそう確信し、コーヒーに手を伸ばしかけた──そのときだった。
「まったく、くだらない話ばかり聞きやっがて……。おかげでプロットを作る時間が減ったじゃあないか」
聞き覚えのある呆れ声とともに、ラウンジの扉が開いた。
現れたのは、やはり岸辺露伴だった。
相変わらず、漫画の世界から飛び出してきたような装い。
ギザギザのヘアバンドと、ラインの入ったジャケット。片手に紙袋、もう片方の手には今しがたまで使っていたのだろうペンを握っている。
視線をラウンジに滑らせ、私と少年を見つけると、露骨に眉をひそめた。
「……茶子、お前、まさか子供を相手に口説いてるんじゃないだろうな」
いきなりそれか。
「言っておくけど、私にそんな趣味はないわよ」
「じゃあその“探り合い”みたいな空気はなんなんだ。……ん、君は……」
露伴は少年に目を向け、じっと見つめた。
ただの子供を見る目ではない。
創作者としての本能で、少年を観察しているにがわかった。たった数秒の静寂。その中で、二人の間に、言葉ではない何かが交わされたような気がした。
少年は笑顔を崩さないまま、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、露伴先生。ボク、江戸川コナンっていいます」
「……は?」
「“ピンクダークの少年”が大好きで、いっつも呼んでるです!ファンなんで、よければサインとか……」
少年___コナンがそう言うと、露伴は盛大に顔を顰めた。
まぁ、そうだろうなと納得しながらまたコーヒーに手を伸ばして一口飲む。既に冷めてしまっておいしくない。
「悪いが___いや、悪くもなんともないが、僕はな、“ピンクダークの少年”を一冊もまともに読んだことがないような奴をファンとは認めていない。表紙を見ただけで読んだ気になるな。中身を知らずに“好きです”なんて言葉を投げてくるその軽薄さ――創作に命を懸けてる僕にとって、何よりも腹立たしい態度だ」
「あ、えぇっと」
「僕の漫画はな、ただの娯楽じゃない。線一本、セリフ一つ、間の取り方に至るまで、神経をすり減らして創り出してる、いわざ芸術だ。それを“ちょっと知ってる”程度でファン面されるのは、冒涜に近い。作品に対する冒涜であり、創作者である僕自身に対する無礼でもあるんだ。それを分かって、僕のファンというのかい?それはなんとも面の皮が厚いガキだ。将来有望でまったく嬉しい限りだ」
怒涛の囃し立てである。
相手に反論の隙すら与えないのはやや大人気ないが、私も創作者だ。
彼の気持ちが分からないでもないが、このままでは「この岸部露伴が直々にその面の顔を少し薄くしてやろう」とか言い出しそうなので、そろそろ止めるか。
「だいたいなァ、」
「露伴」
「………なんだい、茶子。まさかと思うがこのガキを庇おうと言うのかい?お前も作家の端くれなら、読んだこともないのに自分の作品のファンを語られる侮辱は分かるだろ」
「そうね。……わかるわ。でも、ね」
私は、コーヒーのカップをテーブルに戻しながら、軽く首を傾げた。
「それでも彼の『こんにちは、ファンです』には、嘘がなかったと思うのよ」
「……は?」
露伴の目が細くなり、苛立ちと訝しみが交じった視線を向けてくる。
「読んだことがないにしても、“ああ言えば機嫌が良くなる”と言ったのは、機嫌を良くするのと、興味を引くため、あるいは距離を詰めるための戦略よ。自己紹介の一環に近い」
「つまり、社交辞令ってことか。ふんっ、心のこもらない褒め言葉は、この岸部露伴には必要ないな」
「まっ、露伴の場合はお世辞も社交辞令も地雷になるときがあるからね。彼に何かある時は直球で言った方がいいわよ」
私がそう付け加えると、少年――コナンくんは困ったように頭をかきながら、それでも目は笑っていた。
「う〜ん……たしかに、先生の作品、ボクも途中までしか読んでないです。でも、だからこそ興味が湧いて……ちゃんと読んでみたいって思ってます」
「ほう。途中まで、ね」
露伴の口元がわずかに歪む。
嘲笑とも、興味とも取れる曖昧な表情。だが、その目には警戒と、好奇心が宿っていた。
「まあいい。僕の作品に興味を持つ人間が増えるのは悪くない。だが、二度と“ファン”などと軽々しく言うな。言葉は刃物だ。適当に振り回すと自分の首を斬るぞ」
「はぁい、気をつけます……」
少年は素直に頭を下げた。
こうして見ると、まるで教師と生徒のようにも見えるが、露伴は気を抜いてはいない。むしろ、ますますその目は鋭くなっていた。
と、いうより、完全にコナンくんをロックオンした。
やれやれ、また始まったわね。興味があることに全力で突っ走るんだから……っと、私が軽く溜め息をついたところで、露伴が何かを思い出したようにパチンと指を鳴らす。
「そうだ茶子。さっき警察に明日あたりにもう一度お前の事情聴取をすると言っていたぞ。さすが伊達に11回も容疑者をやってるだけあるな」
「褒め言葉として受け取れないレベルね。まぁ、もう慣れてきたし別にいいわ」
「あと、殺された佐藤とかいう評論家、お前の作品を酷評したらしいじゃないか。それを動機にした可能性だとさ。___で、実際のところどうなんだ?お前がやったのか?」
「そんな訳ないでしょ。あと、佐藤じゃなくて後藤ね。あの人、自分が関わった作品以外は全部こき下ろしてるし、殺すほど憎んだとしても殺すメリットとデメリットが釣り合わないわ」
「あァ〜、確かにな。じゃあ、犯人はお前以外とすると、どんな人物だと思う?」
聞いてくると思ったよ。
殺人事件に遭遇するたびに聞いてくるので、いい加減慣れてきたこのセリフ。こう聞いてくるときは、推理とかじゃなくて犯人は何を考えて、殺したのか……この考察を聞きたがる。
露伴はこうなると引かない。
仕方ないので、さわりだけ気かけることにした。
「確か、後藤さんの死因って、絞殺だったかしら」
「うん。紐状のもので後ろから首を絞めたことによる窒息死だよ」
補足するようにコナンくんは言ったが………どこから聞いたのかしら。
盗み聞きは私も何度かやったことあるし、基本家で暇な時は警察無線を垂れ流ししてるし、人のことは言うつもりないけど……。無邪気に言うことではないよねっと、軽くコナンくんに微笑みかける。
コナンくんは意図に気がついたようで「って、鑑識の人が言ってた!」と付け加えた。
だから無邪気に言うなって。露伴も「へェ〜」とか言ってニマニマしながらペンを動かさないの。
「まず、考えるべき事は後藤の殺し方よね。紐で相手の首を絞めて、殺すってだいぶ面倒な事をする犯人よね」
「め、面倒って…」
「実際そうでしょう?首を絞めるには道具とそのれなりの力が要るわけだし、相手の背後に回れるぐらい油断させないといけない。それにね、相手が死んでいく様子を間近で見ないといけないのよ」
息が詰まり、目が見開かれ、もがき、やがて動かなくなるまで、手を放してはいけない。
そんなやり方、激情だけでは無理だ。それなりの覚悟と憎しみが要る。
私はカップをくるりと回しながら、目を細める。
「殺すのが目的ならナイフで一突き……とまではいかないけど、急所を複数箇所刺せば終わる。でも、そうせずにわざわざトリックを作って、殺した。密室ってことは計画性のある犯行よね?」
「つまり、犯人にとって殺しは手段であって目的ではなかったと」
「じゃあ犯人の目的って……」
コナンくんがこぼした呟きに、私は笑って答えた。
「さぁそれは犯人に直接聞くしかないわね」
どれだけ推理を重ね言葉にしても、所詮は仮説。
考えるのは好きだけど、最後に語るべきは探偵でも作家でもなく、犯人だもの。