贅肉の気配すら許さないとばかりに細く華奢な体の上に乗るのは小さすぎるお顔。
小さいけどツンッとしら鼻、まつ毛がびっしり生えたタレ気味な大きな目、意志の強そうな眉、桜の唇。それらが素ん晴らく完璧な配置で顔に置かれていた。
完璧なパーツが完璧な位置にある。これつまり、どえらい美人の爆誕ってわけだ。
そして、冷たさすら感じるターコイズブルーの瞳を横に向ければ、糸師家の血統を感じる流し目爆美女が鏡に映った。
雑誌でもテレビでもなく自宅の鏡。そう……この美女、私なんです。何を言ってるのか分からない?安心しろ、私もそんなに分かってない。
分かっているのは推しを抱いて(※健全)この体になる前の記憶、いわゆる前世の記憶を思い出したって事だけだ。前世は推しは多ければ多いほどヨシ!をモットーにオタ活に励んでいたオタク陰キャ、今世はアニメも漫画大好きな口下手な元サッカー少女。前世を思い出した結果、この二つの記憶が合わさって現在の私になった。
中身は前世も今世も大差ない性格なので家族ですら「赤ちゃん見てテンション上がってるんだろうな〜」で済ませてる。違う、推しの生まれたての姿にはテンション爆上がりで、義姉さんと兄さん除いて一番抱けたから舞い上がり過ぎて前世の記憶を思い出したんだって!とは、言えないので推しの叔母さんポジションにソワソワしながら日々を過ごした。
だって人生2周目で顔も糸師の血を満遍なく継いだ爆美女なんだもん、前世の失敗を繰り返さないようにしたら勝ち組人生を歩んで友達100人も夢じゃない!!もしかしたら、彼氏だって出来たりしたり……?
「糸師さんって、クールだよね〜正に高嶺の花って感じ」「分かる〜、めっちゃヒマラヤの青いケシ感ある」「青いケシ??もっと他にないの?」「花言葉が「神秘的」「果てない魅力」「底知れぬ魅力をたたえた」なんだよ」「それは糸師さんだわ」
と、友達100人も夢じゃ……
「勉強も出来るしスポーツ万能、しかもあの美しすぎる顔!!ほんっと、もう別世界の人間だよね」「なんだろ、人間界に間違えて転生しちゃった女神感あるよ」
彼氏だって出来たり……、………
「完全に観賞用って感じ。糸師さんって話しかけないと喋らないし、こっちも綺麗過ぎて喋れない」「お前、糸師さんとのペアワークの話し合いのときめっちゃ吃ってたもんな」「うるせぇ」
出来たり………、……しなかった………。
そりゃそうだよね、なんたって前世を思い出しても家族にちょっとテンション高いぐらいにしか認識されてないんだもん、どうせ中身は陰キャオタクだよ。転生したってオタク度が加速したってだけだもんね。自分で言って悲しくなっちゃったよ……。
それに、美人なんだから可愛くしないと勿体無い精神が発動してしまってお手入れとか、お化粧とか頑張った結果、美貌に磨きが掛かってしまって余計に人が遠ざかっていった。
なまじか顔がいいばっかりに私が陰キャすぎて友達がいないのも、緊張し過ぎて人に話しかけられないのも、周りは孤高でクールな人間だと解釈しているらしい。おかげで前世を思い出す前も後も私は学校では高嶺の花だ。んなわけないじゃ〜ん〜!?孤高でクール?私は孤独でオタクな陰キャなんだが。
顔がいいと人が自動的に寄ってくると思って顔のいい陽キャを恨んでる時期もあったけど、違うと分かった。どんなに顔が良くたってコミュニケーション能力がないと人は寄ってこないんだね、身を持って体験しました。
だからと言って人と関わる努力をするわけでもなく、全力で関わりを避けて一人でオタ活したり、勉強したり、体動かすために一人でサッカー練習したり、オタ活したり、オタ活したり。
話しかける努力すらせずに人で時間を浪費して人に話変えられるのを待つだけのクズです。誰かがアクションを起こすのを期待して自分からは何もせずにいるクズです………。
ダメだ、メンタル脆弱すぎて自分で自分を虐めるの向いてない。ネットでしかイキれない陰キャすぎてしんどい。あーもーダメだーわ。
「死にたい………」
『まだボス倒してないから死なれると困るんだけど……』
「あっごめん、全然関係ない。友達いないのを気にしてるくせに作る努力をしない自分に絶望してただけだから。あっ、エナドリ余ったのいる?」
『いる。別に絶望するほどでもないでしょ、そろそろフィーバータイムくるよ』
「わードンピシャ。でもさぁ、クラスメイトがグループでわいわいしてる教室に居るのが辛くて脳内で架空の友達と喋ってる学校生活がそろそろ辛いんだよ。林檎くんだって一人で給食食べるのつらいでしょ?
『俺の学校弁当だし、幼馴染居るから分かんない』
「お、お、幼馴染と一緒……!?林檎くんの裏切り者!!あっ、そっちに将軍行ったよ。ニンジャは引き受けるから後は頼んだ」
『りょ』
話ながらもキーボードを叩く手は止まらない。
学校から帰った私は現在オンラインゲームに勤しんでいる。通話相手はPvPで知り合った林檎くん。ゲームの腕前もさる事ながら自分と同じく人見知りらしくて、チャットの陰キャあるあるに親近感が湧いたのがきっかけで、通話しながらレベル上げに付き合う程度に仲良くなった。
最初は名前だけで女の子だと判断していたけど、男の子だった。家族以外の男子が苦手な私は最初ビビったけど、アップルパイが好物だからアップルから取ってこのペンネームにしたと聞いたときは吹き飛んだで「もしかして:かわいいのでは?」となった。
通話とチャットだけから顔とか知らないけど、多分かわいいスウィーツ男子だ。かわいい。家族以外の男の人は苦手(2回目)だけどかわいい草食系男子なら話すぐらいはできる。対面は不透明のボードを話せば多分いける。それが果たして対面かどうかはアレだけど。
可愛くてゲームが上手い以外にもアップルパイくんは聞き上手で、私のどうしようもない愚痴を聞いてくれて適度に雑に扱ってくれるから大好き。現実では一生会えないと思うけど心の中では君のことを一生親友だと思ってるから!アイラブユー!
誰に向けてか分からない林檎くんの紹介と愛の叫びが終わった頃に、レベル上げもひと段落ついた。
「んードロップ品は銃は豊作、他はまぁまぁって感じかな。林檎くんは?」
『似た感じ。そういえば欲しいって言ってたおじゴンの斧あったよ、いる?』
おじゴンの斧………正式名称は「オリヴィエ・ジュニア・サンチェスモン・ディエール・クリスチアーヌ・ルネ・プランタジネット=ヴェルノンとゴンザレスによる共作の混合金(オリハルコン)の斧に見せかけただの鉈」である。
長すぎるのでプレイヤーからはそれぞれの名前の頭文字を取っておじゴンの斧と呼ばれていたが、最近はカップリング名っぽいという理由でBLの斧とか好き勝手言われている。一応、斧に見せかけただの鉈なので斧ではない。
だがこの斧(鉈)、人型の敵だったりPvPとかだったらランキング上位を独占しているゲーム廃人相手でも喰らい付いていけるぐら結構有能だ。欠点としてはキャラクターの筋肉量に合わないと重過ぎて効果を発揮できないのと、特定の敵キャラからしかドロップしないしドロップ率も驚異の0.00000000000035%という点。運営はどういう気持ちで作って名づけたのか知りたくなる超絶レアアイテムである。
そんなアイテムをくれるって言うならゲーマーとして貰わない他ないだろう。私は林檎くんの言葉に直ぐに食い付いた。
「めっちゃ欲しい」
『いいよ』
「本当に?こんなレアアイテム貰っちゃって大丈夫??」
『俺のキャラクター、アサシンタイプだしあんあり重いのダメなんだよね』
「わっわー!!ありがとう神様仏様林檎様、これからは家の神棚に祀って毎日手を合わせます」
『そういうのはいいから受け取って』
「わぁああ!本当におじゴンの斧じゃんっ!!!ありがとう!!林檎くん大好き!!!さっきは裏切り者とか言ってごめんね、私はこれからも一人でイマジナリーフレンドと給食食べるから林檎くんは幼馴染とイチャイチャしながら食べてね」
『ドウイタシマシテ………あと別にイチャイチャしないから』
またまた〜可愛いスウィーツ男子の林檎くん幼馴染なんだし、どうせ可愛い子なんでしょ?可愛い子の友達は可愛いって鉄則じゃん、私の予想ではちょっぴり意地悪な黒髪の世話焼きお姉さんなんだけど合ってる?
そう聞こうとした途端、床を割りそうな勢いの泣き声が聞こえた。私は林檎くんに「呼ばれたから抜けるね〜」と一声掛けてから、通話を切った。事情を知っている林檎くんは気にした様子もなく、『行ってら』と言ってからランキング戦に潜っていった。
泣き声の聞こえる1階に降りれば怪獣のように泣く冴と、それをあやす義姉さんがいた。
「義姉さん、変わります」
「あ〜凊ちゃんっ!冴く〜ん、凊ちゃんが来てくれたよ〜」
「おはよ冴。抱っこするからちょっと待ってね」
そっと義姉さんから冴を受け取って、横抱きにする。生まれたての時より体はしっかりして来ているとはいえ、まだまだ首のすわってない赤ん坊なのでしっかり頭を支えて胸元に引き寄せる。そうするとあら不思議!さっきまで大きな声で泣いていた冴が大人しくなるではありませんか!!
どういう訳か冴は私が居ないとぐずって義姉さんを困らせる。生まれたては私が抱っこしただけで泣いてたのに、今は逆に抱っこしないと泣き止んでくれない。前世も今世もつるんぺたんな私の何がいいのかさっぱり分からないが、めっつぁ可愛いのでもうどうでもいいです。
私の抱っこ以外に普通にお腹すいたとか、オムツのときもあるけど例の5種類以外の泣き声のときは大体私の抱っこを求めている。私の中のオタクが自惚れそうになるのを感じながらほんっっっっとに可愛いな〜っと、ポンポンしたり軽く揺らしたりしてあやす。
よおしよし、叔母ちゃんが抱っこしてあげるから泣き止もうなぁ。
「いやぁ毎回毎回ごめんねぇ……。なんでか凊ちゃんが抱っこしないと泣き止まなくて」
いやいやほんっっとに大丈夫です。むしろご褒美ですっ!だから義姉さんは気にせずゆっくり休んでください。
そう言いたいんだけどいかんせん私は対人になると途端に口下手になるポンコツ。なんとか「大丈夫」「ゆっくり休んでください」とだけ伝えた。二文はあったはずの言葉がたった二語に省略されてしまう自分の言葉足らず具合に呆れてしまうが、義姉さんは糸師検定一級なのでそれだけで伝わったみたいだ。ゆったりと微笑んで、私に頭を撫でた。
「ありがとうねぇ。じゃあお言葉に甘えて、ちょっとゆっくりさせて貰おうかしら」
わぁ、これが糸師 冴と糸師 凛の母になる人の器か………やべぇ眩しい。
義姉さんの後光を浴びて焼けていたが、義姉さんが仮眠しに行ったのでちゃんと冴の世話をしないといけなくなった。義姉さんは一日中休まずに冴の世話をしているんだもん、少しでも休まないとやっていけないよ。
そもそも、義姉さんがうちに来てるのは休んでもらうためだ。
兄は現役モデル兼会社の社長という一年中最繁忙期のような人だからあまり育児には参加できていないのを負い目を感じて、少しでも楽に出来ないだろうかと母に提案したのが始まり。子育ての大先輩こと我が母が言うには初めても育児で大変なのは赤ちゃんが生まれて2〜6ヶ月あたりらしく、その間はうちで義姉さんと冴を見守ろう!となったわけだ。
兄さんが建てた家は神奈川で、義姉さんの実家よりかは近いけど、毎日通える距離ではない。だから義姉さんにこっちに来てもらった。予定ではあと半年、だいたい4月ぐらいまでうちに居る予定だ。
兄からは目を離すとすぐに働こうとする義姉さんをちゃんと休ますことと、冴の面倒を見るのを頼まれている。
ふふふっ、冴の世話は任せてくださいな!私はこのために図書館で育児本を読み漁ってオムツもミルクも完璧……とは言えないけど、一時的に代われます!いざとなれば最終兵器(母親)を出すのでご安心を。義姉さんのメンタルケアは糸師家に嫁いできた母さんに丸投げした。
まぁ義姉さんも、彼氏もいたことのない中学生の小娘にアドバイスされても困るだろうし、個人的にはこれが正解だと思っている。
さてと、現状説明もほどほどに冴の話をしようか。現在の冴はさっきの泣き声が嘘のように泣き止んで、パッチリお目目で私を見ている。ぎゃんきゃわ〜〜〜本当この子可愛いな。
はぁとため息をつきながら、なんとなくのリズムで冴の背中を優しく叩くと、うぃーというなんとも言えない声を上げた。なんだこの生物……かわいいぞ。
ぽんぽん、ぽん。
ぽん、ぽんぽん、ぽん、ぽん。
しっかし冴って見れば見るほどに可愛い。小豆色の細い産毛に、私や兄と同じターコイズブルーの瞳。そして最近主張が激しくなってきた下まつ毛の赤ん坊は、確かに前世の記憶にある“ブルーロックの糸師 冴”の面影があった。でも、今は書店で17巻の表紙として並んでいたキャラというより、可愛い甥っ子という印象が勝っていた。
確かに前世のミーハーな自分も居て「糸師 冴の赤ちゃん時代尊い」とか「私が抱っこした時だけ泣き止むの愉悦〜」とか「叔母さんポジサイコー!!!」って思ってる。
だけど、それより多く考えてしまうのが「一才のお誕生プレゼントはどうしよう」とか「可愛すぎて誘拐されないか真面目に心配」とか「あったかい命。絶対に守らないと」とか。そいうのを、いっぱい考えちゃうの。
なんだ、この湧き上がる感情は。絶対に守りたいし大切にしたい、でもめっちゃ甘やかしてお小遣い上げたい……。
甘やかすだけではなく、ダメなところはダメだと叱って一人の人間として生きていけるように育てたくなる母性とはまた違うこの感情。
………………ハッ!まさかこれが巷で聞く叔母性か!?
母ではなく叔母。
姉ではなく叔母。
なるほど、この感情はこの体が叔母になったということと、前世で冴を推していた記憶がヒュージョンッ!した結果、爆発的に叔母性が溢れたのが原因か。
「うっあ!」
考えすぎて手が止まっていたらしい、冴の不満そうな声で一気に現実に引き戻された。
翻訳するなら「手が止まっているぞ!」って出そうなぐらい太々しいけど、可愛らしかった。これが18年後に自分より得点力のないやつにはパスしねぇとか言い放つエゴいMFになるんだ……将来って本当にわかんないね。