「あの日の地震」を経て…
[中央寄せ][太字]グラッ[/太字][/中央寄せ]
あの日
[中央寄せ][太字]グラグラグラグラ…[/太字][/中央寄せ]
あの揺れは
[中央寄せ][太字](嘘…やよね?)[/太字][/中央寄せ]
多くの命を奪い、多くの人の人生を変えた。
電気は消え
家はぐちゃぐちゃに
地面はひび割れ
[中央寄せ][太字]「皆大丈夫け!?」[/太字][/中央寄せ]
[中央寄せ][大文字][太字]「当たり前」だと思っていた生活が、当たり前じゃなくなった[/太字][/大文字][/中央寄せ]
余震も続いた。
何事も無かったかのように、いつも通り辺りは暗くなる。
それでも、上には満天の星空が輝いていた。
[中央寄せ][太字]まるで、無情な時の流れを察して、空が私達に味方してくれたかのように[/太字][/中央寄せ]
そのおかげか、私達は焚き火に辿り着いた。
辺りには、まだ雪が残っていた。
寒い外
満足にできない夕食
いつ来るとも分からない余震。
色々な不安が脳と心を駆け巡り、その日はほとんど眠れなかった。
やがて、夜が明けた。
私達は、小学校に向かった。
斜める電柱が並ぶ道路
根元から倒れている自販機
小学校前に停められている多数の車。
そして、いつの間にか親戚の1人が泣いていた。
今まで、泣いてるところなんか見たことなかったけど
「大人も泣くんだな」と、改めて実感した瞬間だった。
数日が過ぎ、私達は小学校で過ごしていた。
[中央寄せ][太字]「皆さん、できるだけスペースを空けてください!公民館が沈んでいるそうで、200人ほどがこちらに来ます!」[/太字][/中央寄せ]
[太字]…公民館が沈んでいる??[/太字]
生まれて初めて、聞いた言葉だった。
私達は、そそくさと荷物を奥に寄せた。
さらに数日が過ぎ、色々な問題が発生した。
体を洗いたい
お風呂に入りたい
服を変えたい。
つい最近まで当たり前にできていたことが当たり前じゃなくなり、求めるようになった。
当たり前だったから、気づかなかった。知らなかった。考えなかった。
[中央寄せ][太字]出来なくなると、こんなにも不便なんだという事を。[/太字][/中央寄せ]
ー更に数日が経ち、大ニュースが訪れた。
[中央寄せ][太字]「金沢に行く道路、1部やけど直ったんやって!」[/太字][/中央寄せ]
私達は加賀地方に住んでいたので、「やっと帰れる」と安堵した。
一緒にいた親戚達は、能登に残る人もいれば、私達と同じように加賀地方に向かう人もいた。
なんとか家に着き、私と母は銭湯に向かった。
久しぶりに浴びるお湯
久しぶりの入浴
久しぶりの着替え。
その日から、いつものように当たり前の生活ができるようになった。
[中央寄せ][太字]ーでも、それで終わりじゃないー[/太字][/中央寄せ]
私は、加賀地方に戻ってきてから、[太字]能登のために何かできないか[/太字]と考えた。
そして、思いついた。
募金すること
ボランティアに行くこと
[太字]被災経験を、県外の人々に伝えること[/太字]。
応援・支援としては、一般的な事かもしれない。
それでも、被災地やその場所の人達にとっては、大きな事で嬉しい事なんだ。
それからというもの、私は能登の募金箱を見たら、必ず募金するようになった。
そして、今の時代だからこその方法も考えた。
ネットだ。
私にとっては勇気がいるし、情報選びに気をつけないといけない。
それでも、能登のために動こうと思う。
この物語を見ている貴方にも、ぜひ協力してほしい。
どんな形でもいい。
募金でも
旅行でも
仕事でも。
そして、騙されないでほしい。
能登半島地震は、人工地震なんかじゃない。
「理由は?」
そんなのない。ただ、被災者として、そう思う・思いたいだけ。
「世界の誰かが仕掛けた地震」だなんて、思いたくないから。
加賀地方民は、能登を見捨ててなんかない。
「本当に?」
これもまた、被災者として、そう思いたいだけ。
加賀地方民としても。
表に出ていないだけで、能登を応援・支援してくれている人達は、きっとたくさんいる。
そう、信じてる。
そして、能登は「全部の地域が旅行できない」わけじゃない。
[太字]「今行ける能登」[/太字]というWebサイトを見てほしい。
少なからず、行ける場所はあるはずだから。
そして、「輪島朝市」も全滅はしていない。
[太字]「出張輪島朝市」[/太字]というイベントがある。
のとじま水族館も、1部営業している。
「能登は[太字]終わり[/太字]」じゃない。
[太字]始まった[/太字]ばかりだ。
この想いと文章が、少しでも全国に届きますように…
〜Finish~
あの日
[中央寄せ][太字]グラグラグラグラ…[/太字][/中央寄せ]
あの揺れは
[中央寄せ][太字](嘘…やよね?)[/太字][/中央寄せ]
多くの命を奪い、多くの人の人生を変えた。
電気は消え
家はぐちゃぐちゃに
地面はひび割れ
[中央寄せ][太字]「皆大丈夫け!?」[/太字][/中央寄せ]
[中央寄せ][大文字][太字]「当たり前」だと思っていた生活が、当たり前じゃなくなった[/太字][/大文字][/中央寄せ]
余震も続いた。
何事も無かったかのように、いつも通り辺りは暗くなる。
それでも、上には満天の星空が輝いていた。
[中央寄せ][太字]まるで、無情な時の流れを察して、空が私達に味方してくれたかのように[/太字][/中央寄せ]
そのおかげか、私達は焚き火に辿り着いた。
辺りには、まだ雪が残っていた。
寒い外
満足にできない夕食
いつ来るとも分からない余震。
色々な不安が脳と心を駆け巡り、その日はほとんど眠れなかった。
やがて、夜が明けた。
私達は、小学校に向かった。
斜める電柱が並ぶ道路
根元から倒れている自販機
小学校前に停められている多数の車。
そして、いつの間にか親戚の1人が泣いていた。
今まで、泣いてるところなんか見たことなかったけど
「大人も泣くんだな」と、改めて実感した瞬間だった。
数日が過ぎ、私達は小学校で過ごしていた。
[中央寄せ][太字]「皆さん、できるだけスペースを空けてください!公民館が沈んでいるそうで、200人ほどがこちらに来ます!」[/太字][/中央寄せ]
[太字]…公民館が沈んでいる??[/太字]
生まれて初めて、聞いた言葉だった。
私達は、そそくさと荷物を奥に寄せた。
さらに数日が過ぎ、色々な問題が発生した。
体を洗いたい
お風呂に入りたい
服を変えたい。
つい最近まで当たり前にできていたことが当たり前じゃなくなり、求めるようになった。
当たり前だったから、気づかなかった。知らなかった。考えなかった。
[中央寄せ][太字]出来なくなると、こんなにも不便なんだという事を。[/太字][/中央寄せ]
ー更に数日が経ち、大ニュースが訪れた。
[中央寄せ][太字]「金沢に行く道路、1部やけど直ったんやって!」[/太字][/中央寄せ]
私達は加賀地方に住んでいたので、「やっと帰れる」と安堵した。
一緒にいた親戚達は、能登に残る人もいれば、私達と同じように加賀地方に向かう人もいた。
なんとか家に着き、私と母は銭湯に向かった。
久しぶりに浴びるお湯
久しぶりの入浴
久しぶりの着替え。
その日から、いつものように当たり前の生活ができるようになった。
[中央寄せ][太字]ーでも、それで終わりじゃないー[/太字][/中央寄せ]
私は、加賀地方に戻ってきてから、[太字]能登のために何かできないか[/太字]と考えた。
そして、思いついた。
募金すること
ボランティアに行くこと
[太字]被災経験を、県外の人々に伝えること[/太字]。
応援・支援としては、一般的な事かもしれない。
それでも、被災地やその場所の人達にとっては、大きな事で嬉しい事なんだ。
それからというもの、私は能登の募金箱を見たら、必ず募金するようになった。
そして、今の時代だからこその方法も考えた。
ネットだ。
私にとっては勇気がいるし、情報選びに気をつけないといけない。
それでも、能登のために動こうと思う。
この物語を見ている貴方にも、ぜひ協力してほしい。
どんな形でもいい。
募金でも
旅行でも
仕事でも。
そして、騙されないでほしい。
能登半島地震は、人工地震なんかじゃない。
「理由は?」
そんなのない。ただ、被災者として、そう思う・思いたいだけ。
「世界の誰かが仕掛けた地震」だなんて、思いたくないから。
加賀地方民は、能登を見捨ててなんかない。
「本当に?」
これもまた、被災者として、そう思いたいだけ。
加賀地方民としても。
表に出ていないだけで、能登を応援・支援してくれている人達は、きっとたくさんいる。
そう、信じてる。
そして、能登は「全部の地域が旅行できない」わけじゃない。
[太字]「今行ける能登」[/太字]というWebサイトを見てほしい。
少なからず、行ける場所はあるはずだから。
そして、「輪島朝市」も全滅はしていない。
[太字]「出張輪島朝市」[/太字]というイベントがある。
のとじま水族館も、1部営業している。
「能登は[太字]終わり[/太字]」じゃない。
[太字]始まった[/太字]ばかりだ。
この想いと文章が、少しでも全国に届きますように…
〜Finish~
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