夜は二人だけ(タビヴェン)
夜は、暗い。
だが、彼ら吸血鬼にとってはそれこそがあかるさだ。
そんな夜に、私は吸血鬼を狙う。
正確には、吸血鬼の履いている靴下を。
(…あのパーカーくん、無防備だな)
目を細めると、ビルとビルの隙間から一気に距離を詰める。
「へっ!?お姉さ…」
「スキあり!」
相手が驚いている隙に地味に紐の結び方の違うスニーカーを脱がせ、靴下を取る。
「えぇっ、え!?」
パーカーくんはフードに手をやって驚いている。
「我が名は人間、靴下コレクション!」
言い終わるとすぐに咥えた。
なんとも言い表せぬ興奮が広がる。
「……グッドテイスト。素材だけでこれは、なかなかやるな」
「ふぇっ、お姉さん、えっ、僕の…!?」
「ふふっ、お前の靴下、悪くない味だな。後で家でもじっくり堪能させてもらうぞ」
言いたいことは言った。
ひらりと飛び上がり、さっきのビルとビルの間に走り去る。
室外機、電柱の出っ張り、窓についた小さな屋根、看板。
これから足をつけることになる足場たちを見据え、飛び上がってトッ、トッ、トッ、トッとふたつのビルについた足場を往復しながら上に上がる。
片方の屋根の上に登り、新たなターゲットを見据える。
「………」
これは、場所が悪かったな。
パーカーくんと、後は数人の人間が疲れた顔をして歩いているだけだ。
少し奥過ぎた。多分、ほとんどの吸血鬼はもっと街の方を出歩いている。
さっきのパーカーくんがスニーカーを履いているのが見える。
時間帯は完璧だが、わざわざ市街地の方へ行くと[漢字]退治人[/漢字][ふりがな]ハンター[/ふりがな]に捕まる。
今日は、遅れられない。
ビルの屋根の上から草地を探して見回す。
案外近くに草地を見つけ、またさっきの足場から降りた。
こんなことをしなくてもスマホのマップで普通に歩いていけばいいのだが、スマホを家に忘れてしまった。
腕時計を見ると、時間が押している。走って草地へ向かう。
見えた草地の看板が「新横浜憩いの草原公園」であることを確認し、中に入った。
目印にしろと言われていた上の方だけ葉があまりついていない木へ向かう。
木の方がよく見えるようになると、愛する人の姿を見つけ、スピードを上げた。
「…ヴェントルー。来たぞ」
高揚する気持ちを抑え、冷静に言う。
ヴェントルーは元々常に不満げに見える顔をさらに不満げに歪めた。
むう、とでも言い出しそうな顔になると、ヴェントルーはようやく口を開く。
「こんな[漢字]辺鄙[/漢字][ふりがな]ヘンピ[/ふりがな]な場所でいいのか?」
「いいさ。それに、私は豪華なディナーやゴテゴテした宝石のついた飾りを求めているんじゃあない。」
お前と一緒に過ごしたいと思って来たんだ、と続けるとヴェントルーは向こうを向いてしまった。
尖った耳の先が赤くなっている。
「…そもそも、一緒に過ごしたいなら普通に家に帰ってくればよかっただろう。我が輩の誘いなど断って」
「断るわけないだろ。お前が誘ってきてくれたんだぞ?あのお前がだ」
「…ふん」
ヴェントルーの声は、私を否定してはいなかった。
月明かりで、草が少し青く見えた。
草原には、本当に私とヴェントルーしかいない。
そりゃそうだ。この時間にうろつく人間は大体の場合こんな公園には来ないし、それを悟った吸血鬼も来ない。
夜は、二人だけ。
するっ、と手を伸ばし、ヴェントルーの指に指を絡ませた。
恋人繋ぎ、と言うやつだ。
「なっ………!?」
ヴェントルーの手が一気に熱くなる。
離させはしないとばかりに指に力を入れると、ヴェントルーもそのうち絡ませてきた。
「………」
そのことに対して深い満足感から吐息を漏らすと、ヴェントルーがこちらを向いた。
「……………っ、あ、我が輩も、お前のことは………えっと、その……愛してる、からな…」
ヴェントルーの手がまた熱くなった。
「……ふふっ」
心臓がうるさく鳴っている。
すぐに、ヴェントルーの少し震えている唇に唇を重ねた。
「!?んっ……ぐっ………ん…」
ヴェントルーもすぐに私の頬に手を添え、やがてそれは濃いキスへと変わった。
息継ぎのために口を離すと、ヴェントルーは酸欠のためだけでない荒い息を口から漏らした。
「…私も、愛してるよ。ヴェントルー」
そして、また濃いキスをした。
まだ舌を入れる時ではない。
それでも今すぐに入れてしまいたいと思うくらいには、私はヴェントルーのことを愛していた。
ヴェントルーと手を繋いでいない方の手でヴェントルーの首の後ろへ手を回す。
そっと触れた首の感触が、自分の肌とは違った。
(…吸血鬼の、ヴェントルーの首の感触なんて、知ってる人間は私だけかな)
吸血鬼だけなら触ったことのある人間はいるかもしれない。
でも、ヴェントルーだけは…
私だけが触っていると信じたかった。
そのまま、長らく二人とも動かなかった。
正確には、動きたくなかった。
真夜中の、二人きりの空間。
家でも二人きりではあるが、外だとやはり特別感がある。
ヴェントルーが息が苦しくなったようで、唇の端を少しだけ離した。
その時だった。
視界の端から、忌まわしい太陽の光が走ってきた。
「……う、ぐっ…!」
しまった。
始めた時間が2時くらいだっただろうか。
日の出が早い夏だったから、1時間半もすれば立派に日の出だ。
ヴェントルーは陽光に弱い方で、死にはしないが具合が悪くなる。
それだけでなく、やはり明るい場所は落ち着かないようで、苦しげに袖で目を隠している。
「ヴェントルー、あそこだ」
建物の影になっている所を指差してヴェントルーの手を引き、走る。
建物の影へ到着すると、ヴェントルーがかなり苦しそうだった。
「…ごめんな、私が………」
謝る気持ちはあるが、何に対して謝ったらいいのかわからずに戸惑っていると、ヴェントルーが私の肩に手を置いた。
「………タビコは…、悪く、ない………」
「…でも、苦しいだろ」
「………」
ヴェントルーは答えなかった。
ただ、少し微笑んでいた。
そして、私の手を掴んできた。
「…?」
「……タビコ」
私の手の甲にヴェントルーがそっと唇を落とす。
「なっ……」
急に体温が上がったのを感じる。
「……………また、夜になったら二人きりになれる。太陽の光も、人間どももいない。ならば、夜を待とう。」
ヴェントルーが私の手から顔を上げて笑う。
夜は、本当に二人だけ。
私も、ヴェントルーの言う通り、二人になれる夜を待ち続けるだけだ。
ヴェントルーが朝になった眠気からか寄りかかってきた。
「…さっきはあんなに粋なこと言ってくれたのにな」
微笑んで、ヴェントルーの肩を抱く。
空を見上げると、忌まわしいが悪くない桃色の空があった。
だが、彼ら吸血鬼にとってはそれこそがあかるさだ。
そんな夜に、私は吸血鬼を狙う。
正確には、吸血鬼の履いている靴下を。
(…あのパーカーくん、無防備だな)
目を細めると、ビルとビルの隙間から一気に距離を詰める。
「へっ!?お姉さ…」
「スキあり!」
相手が驚いている隙に地味に紐の結び方の違うスニーカーを脱がせ、靴下を取る。
「えぇっ、え!?」
パーカーくんはフードに手をやって驚いている。
「我が名は人間、靴下コレクション!」
言い終わるとすぐに咥えた。
なんとも言い表せぬ興奮が広がる。
「……グッドテイスト。素材だけでこれは、なかなかやるな」
「ふぇっ、お姉さん、えっ、僕の…!?」
「ふふっ、お前の靴下、悪くない味だな。後で家でもじっくり堪能させてもらうぞ」
言いたいことは言った。
ひらりと飛び上がり、さっきのビルとビルの間に走り去る。
室外機、電柱の出っ張り、窓についた小さな屋根、看板。
これから足をつけることになる足場たちを見据え、飛び上がってトッ、トッ、トッ、トッとふたつのビルについた足場を往復しながら上に上がる。
片方の屋根の上に登り、新たなターゲットを見据える。
「………」
これは、場所が悪かったな。
パーカーくんと、後は数人の人間が疲れた顔をして歩いているだけだ。
少し奥過ぎた。多分、ほとんどの吸血鬼はもっと街の方を出歩いている。
さっきのパーカーくんがスニーカーを履いているのが見える。
時間帯は完璧だが、わざわざ市街地の方へ行くと[漢字]退治人[/漢字][ふりがな]ハンター[/ふりがな]に捕まる。
今日は、遅れられない。
ビルの屋根の上から草地を探して見回す。
案外近くに草地を見つけ、またさっきの足場から降りた。
こんなことをしなくてもスマホのマップで普通に歩いていけばいいのだが、スマホを家に忘れてしまった。
腕時計を見ると、時間が押している。走って草地へ向かう。
見えた草地の看板が「新横浜憩いの草原公園」であることを確認し、中に入った。
目印にしろと言われていた上の方だけ葉があまりついていない木へ向かう。
木の方がよく見えるようになると、愛する人の姿を見つけ、スピードを上げた。
「…ヴェントルー。来たぞ」
高揚する気持ちを抑え、冷静に言う。
ヴェントルーは元々常に不満げに見える顔をさらに不満げに歪めた。
むう、とでも言い出しそうな顔になると、ヴェントルーはようやく口を開く。
「こんな[漢字]辺鄙[/漢字][ふりがな]ヘンピ[/ふりがな]な場所でいいのか?」
「いいさ。それに、私は豪華なディナーやゴテゴテした宝石のついた飾りを求めているんじゃあない。」
お前と一緒に過ごしたいと思って来たんだ、と続けるとヴェントルーは向こうを向いてしまった。
尖った耳の先が赤くなっている。
「…そもそも、一緒に過ごしたいなら普通に家に帰ってくればよかっただろう。我が輩の誘いなど断って」
「断るわけないだろ。お前が誘ってきてくれたんだぞ?あのお前がだ」
「…ふん」
ヴェントルーの声は、私を否定してはいなかった。
月明かりで、草が少し青く見えた。
草原には、本当に私とヴェントルーしかいない。
そりゃそうだ。この時間にうろつく人間は大体の場合こんな公園には来ないし、それを悟った吸血鬼も来ない。
夜は、二人だけ。
するっ、と手を伸ばし、ヴェントルーの指に指を絡ませた。
恋人繋ぎ、と言うやつだ。
「なっ………!?」
ヴェントルーの手が一気に熱くなる。
離させはしないとばかりに指に力を入れると、ヴェントルーもそのうち絡ませてきた。
「………」
そのことに対して深い満足感から吐息を漏らすと、ヴェントルーがこちらを向いた。
「……………っ、あ、我が輩も、お前のことは………えっと、その……愛してる、からな…」
ヴェントルーの手がまた熱くなった。
「……ふふっ」
心臓がうるさく鳴っている。
すぐに、ヴェントルーの少し震えている唇に唇を重ねた。
「!?んっ……ぐっ………ん…」
ヴェントルーもすぐに私の頬に手を添え、やがてそれは濃いキスへと変わった。
息継ぎのために口を離すと、ヴェントルーは酸欠のためだけでない荒い息を口から漏らした。
「…私も、愛してるよ。ヴェントルー」
そして、また濃いキスをした。
まだ舌を入れる時ではない。
それでも今すぐに入れてしまいたいと思うくらいには、私はヴェントルーのことを愛していた。
ヴェントルーと手を繋いでいない方の手でヴェントルーの首の後ろへ手を回す。
そっと触れた首の感触が、自分の肌とは違った。
(…吸血鬼の、ヴェントルーの首の感触なんて、知ってる人間は私だけかな)
吸血鬼だけなら触ったことのある人間はいるかもしれない。
でも、ヴェントルーだけは…
私だけが触っていると信じたかった。
そのまま、長らく二人とも動かなかった。
正確には、動きたくなかった。
真夜中の、二人きりの空間。
家でも二人きりではあるが、外だとやはり特別感がある。
ヴェントルーが息が苦しくなったようで、唇の端を少しだけ離した。
その時だった。
視界の端から、忌まわしい太陽の光が走ってきた。
「……う、ぐっ…!」
しまった。
始めた時間が2時くらいだっただろうか。
日の出が早い夏だったから、1時間半もすれば立派に日の出だ。
ヴェントルーは陽光に弱い方で、死にはしないが具合が悪くなる。
それだけでなく、やはり明るい場所は落ち着かないようで、苦しげに袖で目を隠している。
「ヴェントルー、あそこだ」
建物の影になっている所を指差してヴェントルーの手を引き、走る。
建物の影へ到着すると、ヴェントルーがかなり苦しそうだった。
「…ごめんな、私が………」
謝る気持ちはあるが、何に対して謝ったらいいのかわからずに戸惑っていると、ヴェントルーが私の肩に手を置いた。
「………タビコは…、悪く、ない………」
「…でも、苦しいだろ」
「………」
ヴェントルーは答えなかった。
ただ、少し微笑んでいた。
そして、私の手を掴んできた。
「…?」
「……タビコ」
私の手の甲にヴェントルーがそっと唇を落とす。
「なっ……」
急に体温が上がったのを感じる。
「……………また、夜になったら二人きりになれる。太陽の光も、人間どももいない。ならば、夜を待とう。」
ヴェントルーが私の手から顔を上げて笑う。
夜は、本当に二人だけ。
私も、ヴェントルーの言う通り、二人になれる夜を待ち続けるだけだ。
ヴェントルーが朝になった眠気からか寄りかかってきた。
「…さっきはあんなに粋なこと言ってくれたのにな」
微笑んで、ヴェントルーの肩を抱く。
空を見上げると、忌まわしいが悪くない桃色の空があった。
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