UI ON
『UI OFF』
その5.5文字は、今まで数多の人間に見られてきた。
場合によっては数多の動物にも見られたかもしれない。
『UI OFF』
だが、その5.5文字は、見てきた人間のいずれからもいいとは言えない扱いを受けた。
「あ、この周りのうにゃうにゃオフにできるんだ。」
「このUI OFFってさ、この表示だけでちょっと画面の邪魔してんだよな」
これくらいの反応が来ればまだいいものだ。
大多数は無言でUIをオフにするか、見てすらいないかだ。
健気にUIをオフにできることだけを伝える『UI OFF』。
そして、UIがオフにされてからは謙虚に自分もいなくなる『UI OFF』。
この健気な思いに、誰も気づかなくていいのだろうか?
目を向けなくて良いのだろうか?
これは、誰もが『それ自体』は見なかった『UI OFF』に目を向けた男の物語だ。
「…………」
ドサッ。
薄暗い部屋で、高校生が鞄をベッドに降ろした。
彼の名はハル。
学校を含む外で全く話せない彼は、家だけを唯一の居場所としていた。
堅く、伸びず、苦しい制服から安物のパーカーとジーンズに着替え、彼はゲーム機のスイッチを入れた。
ピコン、と音が鳴る。
昨日の夜、ダウンロードを始めておいたゲームのダウンロードが終わったのだ。
ハルはゲームのタイトルを見遣った。
『きっと街カフェ』
主人公の猫が、飼い主である着物の謎の男性に連れられてさまざまな街のさまざまなカフェを回り、
男性についての謎を紐解いていくノベルゲームだ。
ハルは外で話せない分、普通のゲームよりも雄弁なノベルゲームと色々な外の世界が描かれたゲームに惹かれる。
だが、外の世界が描かれたゲームは多いが、ノベルゲームはハルの探し方が悪いのか恋愛ゲームやあまり面白いと思わないゲーム、怖いゲームしか出てこない。
ハルは怖いのは苦手だ。だからと言って、恋愛も好きじゃない。
女の子と話すなんて、たとえゲームでもゾッとする。
きっと話す時は優しくしてくれる。でも、話した後、女の子たちだけで自分の悪口を言うんだ。
ハルは少し想像して、青ざめた顔を振り払うように画面に目をやった。
『ゲーム紹介:きっと街カフェ あなたは猫です。さあ、飼い主の男性と共にカフェ巡りへ出かけましょう。
カフェだけでなく道中でも見つけるものがあるはずです。
あなたならきっと、男性の本当の笑顔を見ることができるでしょう。 』
『きっと街カフェ』は、ハルにぴったりのゲームだった。
ハルは胸を躍らせながらゲームを開始した。
『………やあ、君かい』
「んっ!?」
急にゲーム機から優しげな男性の声がして、ハルは肩をびくっと跳ねさせた。
「ああ………」
ハルは画面を見て穏やかに息を吐いた。
ゲーム紹介の映像を見ても出てきた男性がこちらに向かって優しげに手をこまねいている。
小さなグループが作ったゲームだから予算はないはずなのに、どうやらボイス付きらしい。
浮かべた薄い笑みが本物の笑顔じゃ無いことをハルは悟った。
『press L R』
タイトル画面に表示された文字の通り、LボタンとRボタンを押す。
すると、ノベルゲームらしいテキストボックスが出てきた。
「………!!」
『今日は心地がいいね。君の毛並みもどこかいい気がするよ。……ああ、俺がさっき整えたんだったかな』
男性の優しい声も、ハルの耳には入らなかった。
この[漢字]瞬間[/漢字][ふりがな]とき[/ふりがな]だった。ハルと、それの『目が合った』のは。
『UI OFF』
「……………………」
いや、目が合ったと言って良いのだろうか。
何しろ相手には目はない。
それでも相手と何かが合って、合った何かは目な気がする。そんな気がした。
そして、目が合った相手は、視界に写っているのはさまざまだけど、絶対に『UI OFF』だった。
____長いこと、そうしていた。
今まで感じたことのない衝撃にも近いそんな感覚に、ハルは動くことができなかった。
…………げーむ、しないんですか?
不意に、声と言っていいのかわからない声がハルの脳に響いた。
その言葉はたどたどしく、元々あまり話せないのに長らく話していなかった………そんな感じがした。
「………」
ハルは、『UI OFF』と目を合わせたまま考えた。
……あっ、ごめんなさい、げーむの、じゃま、しましたよね。ごめんなさい、ごめんなさい………………
またハルの脳にそんな言葉が響く。
「えっ、違うっ、よ……」
咄嗟にハルはそう呟いた。
「ちょっとっ、なんて言ったらいいかわかんなくて……!」
脳に響いた言葉の主が悪い人じゃないことくらいはハルにもわかった。
……ほんとに?
「うん。全然邪魔じゃ、ないよ。」
………ほんとの、ほんとに?
「ほんとのほんとに、邪魔してないよ。君と目が合ったの」
ハルは、驚くほどすらすら言葉が出てきた理由を家だからと結論づけた。
…………ぼくのこと、[漢字]満[/漢字][ふりがな]み[/ふりがな]てくれたの、あなたがはじめてです………
脳に響く言葉は、嬉しそうにそう言った。
「……見てくれた、じゃないの?」
ハルは言った。
脳に響く言葉は、見えてるわけじゃないのになぜかどういう字で書いてあるのかわかる。
あっ……っと…………だれかがみてくれることは……ぼくに…とって…………あっ、ごめんなさい!まちがえてただけ!
「そうなの?いいの?」
いいの!ほんとにいいの!……きにしてくれて、ありがとうございます!
「んー、そうならいいけど…」
ハルは煮え切らない相手に苦笑いしながらそう言った。
「そういえば、君は『UI OFF』なの?」
あ、そうです!ぼくは、UI OFFです!…あっ、げーむにもどりたいですよね!ごめん………なさい……………
「…いや、もうちょっと君と話したい」
ありがとう………?あなたみたいなひと、ほんとにはじめて…………
心のままにそう言うと、UI OFFは不思議そうに言った。
ハルは、急に湧き出てきた疑問をそのまま口に出す。
「君は、このゲームにしかいないの?」
いいえ…?えっと、UI OFFがあるげーむにはぼくはいます。
「えっと、じゃあ、俺がプレイするゲームにしか、いないの?」
いいえ。UI OFFがあるげーむぜーんぶにいます。あっと、UI OFFだけじゃなくて、UIひひょうじとかにもいます。
とにかく、このまわりのUIをださなくできるひょうじにはいます。
「えっ!ごめん、ちょっと待ってね!消えないでね!」
はい!まちます!
ハルはスマホを取り出し、『UI OFF しゃべる』と検索した。
………少なくとも、この話しかけてくる『UI OFF』についての情報は見当たらない。
大体、こんな現象が『UI OFF』のある全てのゲームをやった全ての人に当てはまるなら、とうの昔に自分も知っていただろう。でも、この『UI OFF』が嘘をついている感じはしない。
「………えーっと、僕以外君と話せてないみたいだけど?」
それは、あなたしかぼくのこと満てくれなかったからです。
また、『満た』か。
ハルはそのことは指摘せず、黙ってこの状況を受け入れることに決めた。
うだうだ言っても現実が変わるわけじゃないし、この『UI OFF』と話すのはなんだか心地いい。
「…そういえば、君の名前は?」
ぼくになまえはありません。はなしたのだって、あなたがはじめてだから………
「……そう、なの?じゃあ、俺が名前つけてもいい?」
ええっ!!いいんですか!!………あっ、ごめんなさい、おおきなこえだしちゃって…………
「はは、いいよいいよ。えっと、それよりー……何にしよっかなー………」
自然にいつぶりかわからない笑みがこぼれたことに、ハル自身も気づかなかった。
「えっと、[漢字]満[/漢字][ふりがな]みちる[/ふりがな]!」
み、ち、る…?
「そう。君が言う『満る』から取った。…なんか、君って、今まで俺以外の人と話したことなかったり、失礼かもしれないけど幸せじゃなかったのかなぁって思ったから、これからずっと君が満たされますようにって意味。」
ハルは心のままに言葉を紡いだ。
『これからずっと君が満たされますように』
そんなことをハルが本気で思ったのは初めてだった。
…………っ、………う…………っ、……
「……えっ?泣いてる…?」
ハルは恐る恐る聞いた。
『UI OFF』と話す幸福感から、一気に現実に引き戻される。
ああ、泣かせてしまった。
嫌な気分にさせてしまった。
嫌われる。
嫌われる。
嫌われる。
嫌われる。
いやだ。
ああ、ああ………
「……………ごめん、ごめんなさい…」
口からこぼれ出た言葉は、どうにもならない謝罪だった。
ハルは目を泳がせた。
だが、相手が次に言った言葉は、ハルの想像もつかない物だった。
ありが、とうっ……ございます……………
「…えっ?」
うれしかったです…………すっごく……
「…………」
涙声でそう言われて、ハルの目にもじわりと涙が浮かぶのを感じた。
「……いや、俺は………」
………へへ、ぼくは、満。
「……かぁいい」
無意識に言った直後にすぐにハルは自分の口を押さえた。
自分の身体中の温度が上がっているのを感じる。
「い、いや、もご、その、ちがく、て」
パニックになって口を押さえたまま話しているからうまく話せていない。
ふぇっ!?ぼ、ぼく、そ、その、かぁいー、ですか…!?
満もパニックになっている。
その姿を再び愛らしく感じながら、ハルはやっとのことで手を口から離した。
「………うん、かぁいい」
今度ははっきり言うことができた。
なぜだかここで言っておかないともう二度と満に言えないような気がしたから。
……ありがとう、ございます………あなたも、かぁいー、です……………
満は少し性的な内容が含まれるゲームでも『UI OFF』がある限りいるので、「可愛い」を性的な意味と誤解している。
だが、ハルも満もそれが勘違いだと気づくことはなく、ただ少し衣擦れが起きただけだった。
「…俺、さ」
はい?
「ゲームするたびに、『UI OFF』のこと……満のこと、なんか、健気というか、優しいと思ってた。
あ、ゲームに集中するためにあんま今日みたいにじっくり見たりはしなかったけど、たまにチラッと見てた。
なんかさ、満ってさ、ただただ黙って伝えてくれてるじゃん。それで、周りのをオフにしてからも、オンにするにはこのボタンを押したらいいよとか伝えてくれたり、素直に自分もいなくなったり。でも、セリフじゃないから、あんま見られることもないし、気づかれずに終わることもあるし、なんならうざがられることだってあるかも。…ある?」
…………あり、ます。
「だよね。…………でも、満は文句ひとつ言わず仕事してる。それってなんか、変だよね。俺らもなんか返さなきゃ。
………ねえ、満。」
……はい。
「ありがとう。今まで満がいたゲームをやった全部のプレイヤーを代表して言うわ。………ガラじゃないけどさ」
…………………ふふっ、へんなの。
その言葉に、ハルはビャッと体を震わせた。
「もう、変なのとか言わないでよ〜。めっちゃ恥ずかしかったんだから」
ゲーム機から片手を離し、真っ赤な耳に手を伸ばす。
……こちらこそ、ありがとうございます。……あっ、そうだ。あなたのおなまえは?
「……ハル。真田[漢字]墾[/漢字][ふりがな]ハル[/ふりがな]。」
………ハル、さん。
「……うん。満。」
ハルは今まで満と話していて、漠然と常にあったが逃げてきた感覚に目を向けた。
「…………もう、さよならかな?」
……なんでわかったんですか…?ぼく、なんにもいってないのに……
「君の声でわかるよ。」
………っ!……
「はは、泣かないで……」
そう言いつつも自分の頬を流れる涙を、ハルは無視した。
会ったばかりなのに、ここまで好きになれた。
もういつぶりかわからない笑顔を、涙を、思い出せた。
……ハルさん…
「なぁに?」
…満てくれる、っていうのは、ぼくのことをただみてくれるだけじゃないんです。だれかのめにうつるだけじゃない。
ハルさんみたいに、ちゃんと、ぼくのことをおもって、しっかりみてくれたら、それは満てくれたってことなんです。
ハルさんは、まえからぼくのこと、やさしいっておもっててくれた。だから、ぼくとハルさんはあえたんです。
満の声は震えていた。
音として満の声が聞こえるわけじゃないけど、そんな気がした。
「……そっかぁ。………俺、満に会えてよかった。」
心からハルはそう思っていた。
人と話すことは、自分が思っているよりも苦じゃない。
自分が気を遣えば、優しい人は向こうも気を遣ってくれる。
そして、その中には、満みたいに自分が好きになれるような人だっているかもしれない。
明日、学校で、一言でも先生でもいいから誰かに話しかけてみよう。
ハルはそう思って、そう思わせてくれた満に心から感謝した。
……ぼくも、ハルさんにあえて、ハルさんが満てくれてよかったです………
ハルは漠然とある『二度と会えない』をかき消すために笑った。
…ごめんなさい、もう…存在が、だめ…!
「あっ、満!!…大好きだよ!」
………は…る…さ………すき、で…
「……」
突然に訪れた静寂がうるさかった。
画面はとうに暗い。
ハルはスティックをそっと動かして画面に明るさを取り戻した。
『UI OFF』
どれだけ見ても、もう彼は来ない。
…彼は、満たされただろうか。
ちゃんと、自分が名付けた時に願った願いは叶っただろうか。
………いや、きっと叶ったに違いない。
ハルはそっと、Aボタンを押して長いこと時が止まっていた物語を始めた。
不意に、デフォルメされた猫が画面に映る。
きっとこれが主人公で、自分のこのゲームの中での姿なのだろう。
ハルはその猫を可愛いと思い、じっくり見たくなった。
画面の下の方に目を落とすと、『UI OFF』と書いてあった。
スティックを長押しすると、テキストボックスが消え、猫が画面の中で目立った。
「…………ありがとう」
そっと呟いた言葉は、部屋の薄暗い中に吸い込まれた。でも、消えはしなかった。
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