世界一美しいキミと 、 世界一腐った恋 。
#1
いち
雨の日の校舎は 、 少しだけ腐っている 。
濡れた上履きの匂い 。
窓枠に溜まった黒い水 。
誰も触らない花瓶の中で 、 茎だけになった花 。
そういうものを見ていると 、 私はいつも思う 。
きれいなものは 、 きれいなままではいられない 。
「 ふあちゃん 、 また一人? 」
背後から声をかけられて 、 私は振り返った 。
廊下の先に 、 [漢字]星野[/漢字][ふりがな]ほしの[/ふりがな] [漢字]空子[/漢字][ふりがな]あこ[/ふりがな]が立っていた 。
雨の光を背負って 、 空子は笑っていた 。
この学校で 、 彼女を知らない人はいない 。
長い黒髪 。
白い肌 。
濡れた睫毛 。
名前の通り 、 夜空みたいな瞳 。
空子は 、 世界一美しい女の子だった 。
少なくとも 、 私はそう思っている 。
「 ……一人だよ 」
「 そっか 。 じゃあ 、 私も1人 」
空子はそう言って 、 私の隣に並んだ 。
彼女からは 、 甘い匂いがした 。
香水ではなくて 、 雨に濡れた花のような 、 少し青臭い匂い 。
「 ふあちゃんって 、 変な子だよね 」
「 よく言われる 」
「 傷つかないの? 」
「 もう腐ったから 」
冗談のつもりだった 。
でも空子は 、 少しだけ目を細めた 。
「 腐ったって 。 どんな味? 」
「 知らないよ 」
「 じゃあ 、 確かめてみる? 」
そのときの空子の笑顔を 、 私は一生忘れないと思う 。
きれいだった 。
きれいすぎて 、 怖かった 。
事件が起きたのは 、 その日の放課後だった 。
旧校舎の音楽室から 、 ピアノの音が聞こえる 。
誰も使っていないはずの音楽室 。
古い校舎の端にあり 、 雨漏りのせいで床板まで腐っている 。
立入禁止の札が下がっているけれど 、 鍵はいつも壊れていた 。
私は音の正体を確かめるため、廊下を歩いた 。
ポーン 。
また一音 。
下手な演奏だった 。
同じ音を何度も繰り返している 。
まるで 、 誰かを呼んでいるみたいに 。
音楽室の扉を開けると 、 空子がいた 。
古いアップライトピアノの前に座り 、 白い指で鍵盤を押している 。
「 星野さん……何してるの? 」
「 ふあちゃんを待ってたの 」
空子は振り向かなかった 。
「 どうして私を? 」
「 だって 、 見つけたのはふあちゃんだもん 」
「 何を? 」
空子は答えず 、 ピアノの下を指さした 。
そこには 、 赤い封筒が落ちていた 。
雨のせいか 、 端が濡れて黒く変色している 。
私はしゃがみ込み 、 封筒を拾った 。
表には 、 乱れた字でこう書かれていた 。
『 星野 空子へ 』
空子宛てだった 。
「 開けて 」
「 私が? 」
「 うん 。 ふあちゃんが開けて 」
「 自分で開ければいいじゃん 」
「 怖いから 」
空子は笑った 。
世界一美しい顔で 、 そんな嘘をつく 。
封筒の中には 、 一枚の写真が入っていた 。
そこには 、 去年の文化祭の写真が写っていた 。
舞台袖に立つ空子 。
その背後に 、 見知らぬ女の子がいる 。
ただし 、 その女の子の顔だけが黒く塗りつぶされていた 。
写真の裏には 、 短い文章がある 。
『 [大文字][大文字]空子は 、 誰かを殺した[/大文字][/大文字] 』
私は息を止めた 。
「 ……これ 、 何? 」
「 ふあちゃんは 、 信じる? 」
「 何を? 」
「 私が人を殺したってこと 」
空子が 、 初めてこちらを向いた 。
その瞳には 、 雨の光ではなく 、 底の見えない暗闇があった 。
「 信じない 」
私は答えた 。
なぜそう答えたのか 、 自分でもわからなかった 。
写真のことも 、 空子のことも 、 私は何も知らない 。
なのに 、 信じないと言った 。
空子は嬉しそうに微笑んだ 。
「 よかった 」
「 ……何が? 」
「 ふあちゃんだけは 、 私を疑わないと思ってたんだ 」
その言葉に 、 背中が冷たくなった 。
私だけは 。
まるで 、 他の誰かはみんな疑っているみたいだった 。
「 星野さん 、 本当に何も知らないの? 」
「 知ってるよ 」
空子は立ち上がり 、 私の目の前まで歩いてきた 。
近い 。
逃げようと思えば逃げられる距離なのに 、 足が動かなかった 。
「 この写真の子は 、 もう死んでる 」
「 ……え? 」
「 去年の冬に 、 屋上から落ちたの 」
空子の指が 、 私の手に触れた 。
冷たかった 。
「 でも 、 私が殺したんじゃない 」
「 じゃあ 、 誰が? 」
「 ふあちゃん 」
空子は 、 私の名前を呼んだ 。
まるで愛しいものに触れるみたいに 。
「 これから 、 ふあちゃんが殺すの 」
窓の外で 、 雷が鳴った 。
その瞬間 、 音楽室の照明が消えた 。
真っ暗な部屋の中で 、 何かが落ちる音がした 。
次に明かりが戻ったとき 、 空子は私の手を握っていた 。
そして 、 ピアノの上には新しい写真が置かれていた 。
今撮られたばかりの写真 。
そこには 、 私と空子が写っていた 。
誰もいないはずの音楽室で 。
空子が私の手を握り 、 私が逃げられずに立っている姿 。
写真の裏には 、 こう書かれていた 。
『 世界一美しい空子を 、 ふあが壊す 』
「 …どういうこと? 」
震える声で尋ねると 、 空子は私の耳元で囁いた 。
「 ねえ 、 ふあちゃん 」
吐息が触れる 。
「 私を壊してよ 」
その声は 、 お願いではなかった 。
呪いだった 。
「 私も 、 ふあちゃんを壊すから 」
廊下のどこかで 、 誰かが走っていった 。
濡れた足音が 、 遠ざかっていく 。
私は空子の手を振りほどけなかった 。
怖かった 。
なのに 、 彼女の手を離したくなかった 。
そのとき私は 、 まだ知らなかった 。
恋は 、 花のように咲くものだと思っていた 。
でも本当は違う 。
[斜体][太字]恋は 、 閉じ込めた箱の中で腐っていく 。[/太字][/斜体]
甘く 、 黒く 、 誰にも見つからない場所で 。
そして一度腐った恋は 、 もう二度と 、 元には戻れない 。
空子は笑った 。
私はその笑顔を見つめた 。
世界一美しい 、 私の共犯者を 。
濡れた上履きの匂い 。
窓枠に溜まった黒い水 。
誰も触らない花瓶の中で 、 茎だけになった花 。
そういうものを見ていると 、 私はいつも思う 。
きれいなものは 、 きれいなままではいられない 。
「 ふあちゃん 、 また一人? 」
背後から声をかけられて 、 私は振り返った 。
廊下の先に 、 [漢字]星野[/漢字][ふりがな]ほしの[/ふりがな] [漢字]空子[/漢字][ふりがな]あこ[/ふりがな]が立っていた 。
雨の光を背負って 、 空子は笑っていた 。
この学校で 、 彼女を知らない人はいない 。
長い黒髪 。
白い肌 。
濡れた睫毛 。
名前の通り 、 夜空みたいな瞳 。
空子は 、 世界一美しい女の子だった 。
少なくとも 、 私はそう思っている 。
「 ……一人だよ 」
「 そっか 。 じゃあ 、 私も1人 」
空子はそう言って 、 私の隣に並んだ 。
彼女からは 、 甘い匂いがした 。
香水ではなくて 、 雨に濡れた花のような 、 少し青臭い匂い 。
「 ふあちゃんって 、 変な子だよね 」
「 よく言われる 」
「 傷つかないの? 」
「 もう腐ったから 」
冗談のつもりだった 。
でも空子は 、 少しだけ目を細めた 。
「 腐ったって 。 どんな味? 」
「 知らないよ 」
「 じゃあ 、 確かめてみる? 」
そのときの空子の笑顔を 、 私は一生忘れないと思う 。
きれいだった 。
きれいすぎて 、 怖かった 。
事件が起きたのは 、 その日の放課後だった 。
旧校舎の音楽室から 、 ピアノの音が聞こえる 。
誰も使っていないはずの音楽室 。
古い校舎の端にあり 、 雨漏りのせいで床板まで腐っている 。
立入禁止の札が下がっているけれど 、 鍵はいつも壊れていた 。
私は音の正体を確かめるため、廊下を歩いた 。
ポーン 。
また一音 。
下手な演奏だった 。
同じ音を何度も繰り返している 。
まるで 、 誰かを呼んでいるみたいに 。
音楽室の扉を開けると 、 空子がいた 。
古いアップライトピアノの前に座り 、 白い指で鍵盤を押している 。
「 星野さん……何してるの? 」
「 ふあちゃんを待ってたの 」
空子は振り向かなかった 。
「 どうして私を? 」
「 だって 、 見つけたのはふあちゃんだもん 」
「 何を? 」
空子は答えず 、 ピアノの下を指さした 。
そこには 、 赤い封筒が落ちていた 。
雨のせいか 、 端が濡れて黒く変色している 。
私はしゃがみ込み 、 封筒を拾った 。
表には 、 乱れた字でこう書かれていた 。
『 星野 空子へ 』
空子宛てだった 。
「 開けて 」
「 私が? 」
「 うん 。 ふあちゃんが開けて 」
「 自分で開ければいいじゃん 」
「 怖いから 」
空子は笑った 。
世界一美しい顔で 、 そんな嘘をつく 。
封筒の中には 、 一枚の写真が入っていた 。
そこには 、 去年の文化祭の写真が写っていた 。
舞台袖に立つ空子 。
その背後に 、 見知らぬ女の子がいる 。
ただし 、 その女の子の顔だけが黒く塗りつぶされていた 。
写真の裏には 、 短い文章がある 。
『 [大文字][大文字]空子は 、 誰かを殺した[/大文字][/大文字] 』
私は息を止めた 。
「 ……これ 、 何? 」
「 ふあちゃんは 、 信じる? 」
「 何を? 」
「 私が人を殺したってこと 」
空子が 、 初めてこちらを向いた 。
その瞳には 、 雨の光ではなく 、 底の見えない暗闇があった 。
「 信じない 」
私は答えた 。
なぜそう答えたのか 、 自分でもわからなかった 。
写真のことも 、 空子のことも 、 私は何も知らない 。
なのに 、 信じないと言った 。
空子は嬉しそうに微笑んだ 。
「 よかった 」
「 ……何が? 」
「 ふあちゃんだけは 、 私を疑わないと思ってたんだ 」
その言葉に 、 背中が冷たくなった 。
私だけは 。
まるで 、 他の誰かはみんな疑っているみたいだった 。
「 星野さん 、 本当に何も知らないの? 」
「 知ってるよ 」
空子は立ち上がり 、 私の目の前まで歩いてきた 。
近い 。
逃げようと思えば逃げられる距離なのに 、 足が動かなかった 。
「 この写真の子は 、 もう死んでる 」
「 ……え? 」
「 去年の冬に 、 屋上から落ちたの 」
空子の指が 、 私の手に触れた 。
冷たかった 。
「 でも 、 私が殺したんじゃない 」
「 じゃあ 、 誰が? 」
「 ふあちゃん 」
空子は 、 私の名前を呼んだ 。
まるで愛しいものに触れるみたいに 。
「 これから 、 ふあちゃんが殺すの 」
窓の外で 、 雷が鳴った 。
その瞬間 、 音楽室の照明が消えた 。
真っ暗な部屋の中で 、 何かが落ちる音がした 。
次に明かりが戻ったとき 、 空子は私の手を握っていた 。
そして 、 ピアノの上には新しい写真が置かれていた 。
今撮られたばかりの写真 。
そこには 、 私と空子が写っていた 。
誰もいないはずの音楽室で 。
空子が私の手を握り 、 私が逃げられずに立っている姿 。
写真の裏には 、 こう書かれていた 。
『 世界一美しい空子を 、 ふあが壊す 』
「 …どういうこと? 」
震える声で尋ねると 、 空子は私の耳元で囁いた 。
「 ねえ 、 ふあちゃん 」
吐息が触れる 。
「 私を壊してよ 」
その声は 、 お願いではなかった 。
呪いだった 。
「 私も 、 ふあちゃんを壊すから 」
廊下のどこかで 、 誰かが走っていった 。
濡れた足音が 、 遠ざかっていく 。
私は空子の手を振りほどけなかった 。
怖かった 。
なのに 、 彼女の手を離したくなかった 。
そのとき私は 、 まだ知らなかった 。
恋は 、 花のように咲くものだと思っていた 。
でも本当は違う 。
[斜体][太字]恋は 、 閉じ込めた箱の中で腐っていく 。[/太字][/斜体]
甘く 、 黒く 、 誰にも見つからない場所で 。
そして一度腐った恋は 、 もう二度と 、 元には戻れない 。
空子は笑った 。
私はその笑顔を見つめた 。
世界一美しい 、 私の共犯者を 。