君が悪いんだよ
放課後の教室には 、 雨の音だけが残っていた 。
窓ガラスを叩く水滴が 、 誰かの指先みたいに見える 。
とん 、 とん 、 とん 。
規則正しく 、 僕を呼んでいる 。
「 ……まだ帰らないの? 」
背後から声がした 。
振り返らなくても 、 誰だかわかる 。
「 澪が帰るまで 、 帰れないよ 」
彼女――[漢字]白石[/漢字][ふりがな]しらいし[/ふりがな][漢字]澪[/漢字][ふりがな]みお[/ふりがな]は 、 僕の机の隣に立っていた 。
濡れた黒髪 。
青白い顔 。
制服の袖から覗く手首には 、 細い赤い線がいくつも走っている 。
あの日から 、 彼女は毎日現れる 。
僕が一人になると 、 必ず 。
「 澪 、 もうやめてくれよ 」
「 やめるって 、 何を? 」
「 その顔 。 そうやって 、 僕を責めるの 」
澪は 、 悲しそうに笑った 。
「 責めてないよ 」
「 じゃあ 、 なんでいるんだ 」
「 君が呼んだから 」
雨音が 、 急に大きくなった 。
僕は耳を塞ぐ 。
「 呼んでない 」
「 呼んだよ 」
「 呼んでない! 」
机を叩くと 、 教室中に乾いた音が響いた 。
澪は怯えたように肩を揺らした 。
それから 、 ゆっくりと僕を見上げる 。
「 ……あの日も 、 そう言ったよね 」
あの日 。
その言葉を聞いた瞬間 、 喉の奥がひどく乾いた 。
一週間前 。
僕は澪を屋上に呼び出した 。
理由は 、 彼女が僕の親友――[漢字]悠真[/漢字][ふりがな]ゆうま[/ふりがな]に告白したからだ 。
澪が 、 僕はずっと好きだった 。
けれど 、 言えなかった 。
言ってしまえば 、 すべてが壊れる気がした 。
だから 、 代わりに悠真へ向けられた彼女の気持ちを 、 僕は笑った 。
『 悠真が 、 澪のことなんか好きになるわけないだろ? 』
『 ……え? 』
『 勘違いしてるんだよ 。 誰にでも優しいだけ 。 迷惑だから 、 もう近づくな 』
本当は 、 悠真が澪を好きだと知っていた 。
でも 、 そんなことは言わなかった 。
言えるはずがなかった 。
『 澪が悪いんだよ 』
最後にそう言ったのは 、 僕だった 。
澪は黙って屋上の柵の向こうを見つめていた 。
そして 、 僕が目を逸らしたほんの数秒後 。
彼女は消えた 。
「 僕のせいじゃない 」
僕は 、 もう一度呟いた 。
「 僕のせいじゃないんだ 。 澪が勝手に…… 」
「 うん 」
澪は頷いた 。
「 私が勝手に落ちた 」
その瞬間 、 教室の扉が勢いよく開いた 。
「 [漢字]蓮[/漢字][ふりがな]れん[/ふりがな]! 」
悠真だった 。
息を切らし 、 濡れた髪から水を滴らせている 。
「 先生たちが探してる!早く来い! 」
「 ……悠真 」
「 なんでこんなところにいるんだよ 」
悠真は僕の隣を見た 。
そこには誰もいない 。
澪の姿は 、 もう消えていた 。
「 澪が…… 」
僕が言いかけると 、 悠真の顔が歪んだ 。
「 澪の名前を 、 口にするな 」
「 でも 、 澪がそこに― 」
「 もう死んだんだよ! 」
叫び声が 、 教室に響いた 。
僕は一歩後ずさる 。
悠真は拳を握りしめ 、 泣きそうな顔で続けた 。
「 お前が屋上に呼び出したんだろ 。 お前が 、 澪に酷いことを言ったんだろ 」
「 違う 」
「 何が違うんだよ! 」
「 僕は、ただ…… 」
悠真は 、 震える声で笑った 。
「 ただ 、 澪を追い詰めただけ? 」
窓の外で雷が鳴った 。
その音に混じって 、 誰かの笑い声が聞こえた 。
澪の声だった 。
[中央寄せ][太字][太字]『 君が悪いんだよ 』[/太字][/太字][/中央寄せ]
「 違う…… 」
[中央寄せ][太字][太字]『 君が悪いんだよ 』[/太字][/太字][/中央寄せ]
「 違う! 」
[中央寄せ][太字][太字]『 君が悪いんだよ 』[/太字][/太字][/中央寄せ]
「 僕は悪くない! 」
叫びながら 、 僕は窓ガラスを殴った 。
赤いものが手から流れ落ちる 。
悠真が何かを叫んでいる 。
でも 、 もう聞こえない 。
窓ガラスに映った僕の顔の後ろに 、 澪が立っていた 。
濡れた髪 。
青白い肌 。
そして 、 首に残った赤い痕 。
彼女は僕の肩に顎を乗せ 、 耳元で囁いた 。
「 ねえ 、 蓮 」
「 私 、 悠真くんに告白なんてしてないよ? 」
呼吸が止まった 。
「 じゃあ 、 誰に? 」
「 君に 」
澪は 、 鏡の中で笑った 。
「 あの日 、 屋上で言ったよね 」
『 好きです 』
『 ずっと 、 蓮くんが好きでした 』
僕は思い出した 。
澪が泣きながら 、 僕を見ていたこと 。
僕は 、 聞こえないふりをしたこと 。
そして 、 彼女の告白をなかったことにするために 、 悠真の名前を出したこと 。
「 ……違う 」
「 君が悪いんだよ 」
「 違う! 」
「 私を好きだったくせに 」
「 やめろ! 」
「 私に好きって言わせたくせに 」
「 やめろ! 」
「 私が死んだら、全部忘れられると思ったくせに 」
僕は耳を塞いだ 。
けれど、 、 は頭の中から響いてくる 。
窓ガラスに映った澪の姿が 、 ゆっくりと僕の首へ腕を回した 。
冷たい指が 、 皮膚に触れる 。
「 ねえ 、 蓮 」
澪の声は 、 今までで一番優しかった 。
「 今度は 、 君が言ってよ 」
「 ……何を 」
「 好きって 」
教室の扉の向こうで 、 先生たちの足音が近づいてくる 。
悠真が僕の腕を掴む 。
「 蓮 、 そこから離れろ! 」
でも 、 僕は動けなかった 。
目の前の窓ガラスに 、 澪と僕が映っている 。
澪は笑っていた 。
僕の首に手をかけながら 。
「 ちゃんと 、 私だけを見て? 」
そして僕は 、 彼女の望みどおりに囁いた 。
「 ……好きだよ 」
その瞬間 、 窓ガラスが内側から大きくひび割れた 。
教室中に 、 澪の笑い声が響く 。
『 遅いよ 。 蓮 』
最後に見えたのは 、 窓ガラスの向こう側で手を振る彼女の姿だった 。
その足元には 、 屋上から続くはずのない 、 濡れた靴跡がいくつも並んでいた 。
窓ガラスを叩く水滴が 、 誰かの指先みたいに見える 。
とん 、 とん 、 とん 。
規則正しく 、 僕を呼んでいる 。
「 ……まだ帰らないの? 」
背後から声がした 。
振り返らなくても 、 誰だかわかる 。
「 澪が帰るまで 、 帰れないよ 」
彼女――[漢字]白石[/漢字][ふりがな]しらいし[/ふりがな][漢字]澪[/漢字][ふりがな]みお[/ふりがな]は 、 僕の机の隣に立っていた 。
濡れた黒髪 。
青白い顔 。
制服の袖から覗く手首には 、 細い赤い線がいくつも走っている 。
あの日から 、 彼女は毎日現れる 。
僕が一人になると 、 必ず 。
「 澪 、 もうやめてくれよ 」
「 やめるって 、 何を? 」
「 その顔 。 そうやって 、 僕を責めるの 」
澪は 、 悲しそうに笑った 。
「 責めてないよ 」
「 じゃあ 、 なんでいるんだ 」
「 君が呼んだから 」
雨音が 、 急に大きくなった 。
僕は耳を塞ぐ 。
「 呼んでない 」
「 呼んだよ 」
「 呼んでない! 」
机を叩くと 、 教室中に乾いた音が響いた 。
澪は怯えたように肩を揺らした 。
それから 、 ゆっくりと僕を見上げる 。
「 ……あの日も 、 そう言ったよね 」
あの日 。
その言葉を聞いた瞬間 、 喉の奥がひどく乾いた 。
一週間前 。
僕は澪を屋上に呼び出した 。
理由は 、 彼女が僕の親友――[漢字]悠真[/漢字][ふりがな]ゆうま[/ふりがな]に告白したからだ 。
澪が 、 僕はずっと好きだった 。
けれど 、 言えなかった 。
言ってしまえば 、 すべてが壊れる気がした 。
だから 、 代わりに悠真へ向けられた彼女の気持ちを 、 僕は笑った 。
『 悠真が 、 澪のことなんか好きになるわけないだろ? 』
『 ……え? 』
『 勘違いしてるんだよ 。 誰にでも優しいだけ 。 迷惑だから 、 もう近づくな 』
本当は 、 悠真が澪を好きだと知っていた 。
でも 、 そんなことは言わなかった 。
言えるはずがなかった 。
『 澪が悪いんだよ 』
最後にそう言ったのは 、 僕だった 。
澪は黙って屋上の柵の向こうを見つめていた 。
そして 、 僕が目を逸らしたほんの数秒後 。
彼女は消えた 。
「 僕のせいじゃない 」
僕は 、 もう一度呟いた 。
「 僕のせいじゃないんだ 。 澪が勝手に…… 」
「 うん 」
澪は頷いた 。
「 私が勝手に落ちた 」
その瞬間 、 教室の扉が勢いよく開いた 。
「 [漢字]蓮[/漢字][ふりがな]れん[/ふりがな]! 」
悠真だった 。
息を切らし 、 濡れた髪から水を滴らせている 。
「 先生たちが探してる!早く来い! 」
「 ……悠真 」
「 なんでこんなところにいるんだよ 」
悠真は僕の隣を見た 。
そこには誰もいない 。
澪の姿は 、 もう消えていた 。
「 澪が…… 」
僕が言いかけると 、 悠真の顔が歪んだ 。
「 澪の名前を 、 口にするな 」
「 でも 、 澪がそこに― 」
「 もう死んだんだよ! 」
叫び声が 、 教室に響いた 。
僕は一歩後ずさる 。
悠真は拳を握りしめ 、 泣きそうな顔で続けた 。
「 お前が屋上に呼び出したんだろ 。 お前が 、 澪に酷いことを言ったんだろ 」
「 違う 」
「 何が違うんだよ! 」
「 僕は、ただ…… 」
悠真は 、 震える声で笑った 。
「 ただ 、 澪を追い詰めただけ? 」
窓の外で雷が鳴った 。
その音に混じって 、 誰かの笑い声が聞こえた 。
澪の声だった 。
[中央寄せ][太字][太字]『 君が悪いんだよ 』[/太字][/太字][/中央寄せ]
「 違う…… 」
[中央寄せ][太字][太字]『 君が悪いんだよ 』[/太字][/太字][/中央寄せ]
「 違う! 」
[中央寄せ][太字][太字]『 君が悪いんだよ 』[/太字][/太字][/中央寄せ]
「 僕は悪くない! 」
叫びながら 、 僕は窓ガラスを殴った 。
赤いものが手から流れ落ちる 。
悠真が何かを叫んでいる 。
でも 、 もう聞こえない 。
窓ガラスに映った僕の顔の後ろに 、 澪が立っていた 。
濡れた髪 。
青白い肌 。
そして 、 首に残った赤い痕 。
彼女は僕の肩に顎を乗せ 、 耳元で囁いた 。
「 ねえ 、 蓮 」
「 私 、 悠真くんに告白なんてしてないよ? 」
呼吸が止まった 。
「 じゃあ 、 誰に? 」
「 君に 」
澪は 、 鏡の中で笑った 。
「 あの日 、 屋上で言ったよね 」
『 好きです 』
『 ずっと 、 蓮くんが好きでした 』
僕は思い出した 。
澪が泣きながら 、 僕を見ていたこと 。
僕は 、 聞こえないふりをしたこと 。
そして 、 彼女の告白をなかったことにするために 、 悠真の名前を出したこと 。
「 ……違う 」
「 君が悪いんだよ 」
「 違う! 」
「 私を好きだったくせに 」
「 やめろ! 」
「 私に好きって言わせたくせに 」
「 やめろ! 」
「 私が死んだら、全部忘れられると思ったくせに 」
僕は耳を塞いだ 。
けれど、 、 は頭の中から響いてくる 。
窓ガラスに映った澪の姿が 、 ゆっくりと僕の首へ腕を回した 。
冷たい指が 、 皮膚に触れる 。
「 ねえ 、 蓮 」
澪の声は 、 今までで一番優しかった 。
「 今度は 、 君が言ってよ 」
「 ……何を 」
「 好きって 」
教室の扉の向こうで 、 先生たちの足音が近づいてくる 。
悠真が僕の腕を掴む 。
「 蓮 、 そこから離れろ! 」
でも 、 僕は動けなかった 。
目の前の窓ガラスに 、 澪と僕が映っている 。
澪は笑っていた 。
僕の首に手をかけながら 。
「 ちゃんと 、 私だけを見て? 」
そして僕は 、 彼女の望みどおりに囁いた 。
「 ……好きだよ 」
その瞬間 、 窓ガラスが内側から大きくひび割れた 。
教室中に 、 澪の笑い声が響く 。
『 遅いよ 。 蓮 』
最後に見えたのは 、 窓ガラスの向こう側で手を振る彼女の姿だった 。
その足元には 、 屋上から続くはずのない 、 濡れた靴跡がいくつも並んでいた 。
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