翌朝 、 二人は時計塔の屋上にいた 。
ここは学園でもっとも風が強く 、 もっとも景色がよく 、 そしてもっとも落ち着かない場所だった 。
下を見れば中庭 、 遠くを見れば雲の切れ目 、 そして真ん中に、 なぜか置かれている丸いテーブル 。
紅茶でも飲めと言わんばかりの配置だが 、 もちろんそんな優雅さはない 。
「 で 、 同盟名どうするよ 」
黒髪の男の子が 、 テーブルに頬杖をついて言った 。
「 え 、 今決めるの 」
「 昨日 、 保健室の人が言ってたろ。名前は大事だって 」
「 たしかに 」
「 で 、 どうする 」
白い紙を前にして 、 二人はしばらく黙った 。
名前 。
それは、失くしたものの中でも 、 とくに手触りのあるものだった 。
自分が自分であるために必要なのに 、 思い出そうとするとするりと逃げる 。
「 ……“記憶回収同盟” 」
「 ダサい 」
「 即答やめろ 」
「 “失われし者たちの集い” 」
「 長い 」
「 “ぼくらはまだ人間になれる” 」
「 恥ずかしい 」
「 うるさいな 」
しばらく言い合ったあと 、 二人は同時にため息をついた 。
「 じゃあ、いっそ…… 」
黒髪の男の子が 、 紙の端を指でつつく 。
「 人間失格同盟 」
「 ……それ 、 最悪じゃない? 」
「 でも覚えやすい 」
「 自分で最悪って言ったよね今 」
「 言った 」
「 なんでちょっと誇らしげなの 」
けれど 、 言葉にした瞬間 、 妙にしっくりきてしまった 。
失格 。
その響きは確かに冷たい 。
でも 、 二人で言えば 、 少しだけ滑稽で 、 少しだけ救いがあった 。
「 ……まあ 、 ありかも 」
「 だろ 」
「 じゃあ 、 決まり 」
そのときだった 。
パラ 、 と紙の上に影が落ちる 。
見上げると 、 頭上を一羽の奇妙な鳥が飛んでいた 。
いや 、 鳥というより 、 紙でできた鳥だった 。
羽ばたくたびに 、 体の端が文字みたいにほどけている 。
「 なにあれ 」
「 お知らせ鳥 」
「 そんな雑な名前? 」
「 この学園 、 だいたいそう 」
紙鳥は二人の前に降りると 、 くちばしの代わりに封筒を落とした 。
封筒には 、 たった一文 。
――今日から“記憶の欠片”収集を開始せよ 。
「 ……何それ 」
「 わからない 」
「 またかよ 」
「 でも 、 たぶん行く場所がある 」
黒髪の男の子は 、 封筒の裏をひっくり返した 。
そこには地図が雑に描かれている 。
学園の奥 、 閉ざされた温室 、 立入禁止の文字 。
その下に 、 薄い鉛筆書きでこうあった 。
“忘れ物は、花の中にある”
「 花の中? 」
「 意味わかんない 」
「 でも行くしかない 」
二人は立ち上がった 。
時計塔の鐘が 、 遠くでひとつ鳴る 。
空の色が少しだけ変わった気がした 。
まるで学園そのものが、二人の決意を聞いていたみたいに 。
温室へ向かう途中 、 廊下の壁に貼られた鏡が 、 ふいに二人を映した 。
その中の自分たちは 、 少しだけ違って見えた 。
まだ何も思い出していない 。
けれど 、 昨日よりも少しだけ 、 ひとりではなかった 。
「 ねえ 」
「 ん? 」
「 お前 、 名前あると思う? 」
「 ……知らない 。 でも 、 呼ばれた気はする 」
「 俺も 」
黒髪の男の子は 、 少しだけ歩く速度をゆるめた 。
「 じゃあさ 」
「 ん 」
「 思い出せるまで 、 仮の名前つける? 」
「 仮? 」
「 そう 。 すぐ忘れてもいいやつ 」
「 ……いいかも 」
「 俺は 、 そうだな 。 黒いからクロでいい 」
「 雑! 」
「 じゃあそっちは? 」
白い紙を持っていたほうの男の子は 、 少し考えてから答えた 。
「 ……シロ 、 でいいんじゃない 」
「 雑じゃん 」
「 お前が言うな 」
そう言って 、 二人は初めて少し笑った 。
笑ったあとで、なぜか胸の奥があたたかくなる 。
その感覚が 、 すごく久しぶりな気がした 。
温室の扉は 、 固く閉ざされていた 。
つる草が鍵穴まで巻きつき 、 ガラスの内側には 、 見たことのない白い花が咲いている 。
クロがドアノブに手をかける 。
「 開くかな 」
「 開かなかったら 、 殴る 」
「 物騒 」
「 失格同盟だからな 」
「 今のでちょっと納得したの悔しい 」
ぎい 、 と古い扉が開く 。
中から流れてきたのは 、 土と花の匂いだった 。
それに混じって 、 かすかに甘い 、 懐かしい匂いがする 。
シロは足を止めた 。
「 ……この匂い 」
「 思い出した? 」
「 いや 、 でも…… 」
胸の奥が 、 ずきりと鳴った 。
何か大事なものが 、 すぐそこにある気がする 。
届きそうで 、 届かない 。
その感覚に 、 なぜか涙が出そうになる 。
温室の奥で 、 白い花が一斉に揺れた 。
そして、その中央に――
ひとつだけ 、 黒い花が咲いていた 。
「 ……あれ 」
クロが息をのむ 。
花の中心に 、 小さな札がぶら下がっていた 。
[中央寄せ] “最初の欠片”[/中央寄せ]
ふたりは顔を見合わせる 。
この学園で 、 何かが始まろうとしている 。
そしてそれは 、 きっとただの記憶集めじゃない 。
人間失格同盟は 、 名前を決めたばかりだ 。
けれど 、 もう戻れないほど深く 、 物語は動き出していた 。
ここは学園でもっとも風が強く 、 もっとも景色がよく 、 そしてもっとも落ち着かない場所だった 。
下を見れば中庭 、 遠くを見れば雲の切れ目 、 そして真ん中に、 なぜか置かれている丸いテーブル 。
紅茶でも飲めと言わんばかりの配置だが 、 もちろんそんな優雅さはない 。
「 で 、 同盟名どうするよ 」
黒髪の男の子が 、 テーブルに頬杖をついて言った 。
「 え 、 今決めるの 」
「 昨日 、 保健室の人が言ってたろ。名前は大事だって 」
「 たしかに 」
「 で 、 どうする 」
白い紙を前にして 、 二人はしばらく黙った 。
名前 。
それは、失くしたものの中でも 、 とくに手触りのあるものだった 。
自分が自分であるために必要なのに 、 思い出そうとするとするりと逃げる 。
「 ……“記憶回収同盟” 」
「 ダサい 」
「 即答やめろ 」
「 “失われし者たちの集い” 」
「 長い 」
「 “ぼくらはまだ人間になれる” 」
「 恥ずかしい 」
「 うるさいな 」
しばらく言い合ったあと 、 二人は同時にため息をついた 。
「 じゃあ、いっそ…… 」
黒髪の男の子が 、 紙の端を指でつつく 。
「 人間失格同盟 」
「 ……それ 、 最悪じゃない? 」
「 でも覚えやすい 」
「 自分で最悪って言ったよね今 」
「 言った 」
「 なんでちょっと誇らしげなの 」
けれど 、 言葉にした瞬間 、 妙にしっくりきてしまった 。
失格 。
その響きは確かに冷たい 。
でも 、 二人で言えば 、 少しだけ滑稽で 、 少しだけ救いがあった 。
「 ……まあ 、 ありかも 」
「 だろ 」
「 じゃあ 、 決まり 」
そのときだった 。
パラ 、 と紙の上に影が落ちる 。
見上げると 、 頭上を一羽の奇妙な鳥が飛んでいた 。
いや 、 鳥というより 、 紙でできた鳥だった 。
羽ばたくたびに 、 体の端が文字みたいにほどけている 。
「 なにあれ 」
「 お知らせ鳥 」
「 そんな雑な名前? 」
「 この学園 、 だいたいそう 」
紙鳥は二人の前に降りると 、 くちばしの代わりに封筒を落とした 。
封筒には 、 たった一文 。
――今日から“記憶の欠片”収集を開始せよ 。
「 ……何それ 」
「 わからない 」
「 またかよ 」
「 でも 、 たぶん行く場所がある 」
黒髪の男の子は 、 封筒の裏をひっくり返した 。
そこには地図が雑に描かれている 。
学園の奥 、 閉ざされた温室 、 立入禁止の文字 。
その下に 、 薄い鉛筆書きでこうあった 。
“忘れ物は、花の中にある”
「 花の中? 」
「 意味わかんない 」
「 でも行くしかない 」
二人は立ち上がった 。
時計塔の鐘が 、 遠くでひとつ鳴る 。
空の色が少しだけ変わった気がした 。
まるで学園そのものが、二人の決意を聞いていたみたいに 。
温室へ向かう途中 、 廊下の壁に貼られた鏡が 、 ふいに二人を映した 。
その中の自分たちは 、 少しだけ違って見えた 。
まだ何も思い出していない 。
けれど 、 昨日よりも少しだけ 、 ひとりではなかった 。
「 ねえ 」
「 ん? 」
「 お前 、 名前あると思う? 」
「 ……知らない 。 でも 、 呼ばれた気はする 」
「 俺も 」
黒髪の男の子は 、 少しだけ歩く速度をゆるめた 。
「 じゃあさ 」
「 ん 」
「 思い出せるまで 、 仮の名前つける? 」
「 仮? 」
「 そう 。 すぐ忘れてもいいやつ 」
「 ……いいかも 」
「 俺は 、 そうだな 。 黒いからクロでいい 」
「 雑! 」
「 じゃあそっちは? 」
白い紙を持っていたほうの男の子は 、 少し考えてから答えた 。
「 ……シロ 、 でいいんじゃない 」
「 雑じゃん 」
「 お前が言うな 」
そう言って 、 二人は初めて少し笑った 。
笑ったあとで、なぜか胸の奥があたたかくなる 。
その感覚が 、 すごく久しぶりな気がした 。
温室の扉は 、 固く閉ざされていた 。
つる草が鍵穴まで巻きつき 、 ガラスの内側には 、 見たことのない白い花が咲いている 。
クロがドアノブに手をかける 。
「 開くかな 」
「 開かなかったら 、 殴る 」
「 物騒 」
「 失格同盟だからな 」
「 今のでちょっと納得したの悔しい 」
ぎい 、 と古い扉が開く 。
中から流れてきたのは 、 土と花の匂いだった 。
それに混じって 、 かすかに甘い 、 懐かしい匂いがする 。
シロは足を止めた 。
「 ……この匂い 」
「 思い出した? 」
「 いや 、 でも…… 」
胸の奥が 、 ずきりと鳴った 。
何か大事なものが 、 すぐそこにある気がする 。
届きそうで 、 届かない 。
その感覚に 、 なぜか涙が出そうになる 。
温室の奥で 、 白い花が一斉に揺れた 。
そして、その中央に――
ひとつだけ 、 黒い花が咲いていた 。
「 ……あれ 」
クロが息をのむ 。
花の中心に 、 小さな札がぶら下がっていた 。
[中央寄せ] “最初の欠片”[/中央寄せ]
ふたりは顔を見合わせる 。
この学園で 、 何かが始まろうとしている 。
そしてそれは 、 きっとただの記憶集めじゃない 。
人間失格同盟は 、 名前を決めたばかりだ 。
けれど 、 もう戻れないほど深く 、 物語は動き出していた 。