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 「 人間失格同盟 」

#1

名前のない2人

目が覚めたとき 、 彼は自分の名前を思い出せなかった 。

まっ白な天井 。

まっ白なシーツ 。

カーテンの向こうで揺れる風の音だけが 、 やけにやさしい 。

「 ……ここ 、 どこ 」

声を出したのに 、 その声が自分のものみたいに感じられない 。

舌の先に 、 なにか大事なものの跡が残っている気がした 。

けれど 、 思い出そうとするとするりと逃げる 。

窓の外には 、 大きな時計塔が見えた 。

その針は 、 午後三時で止まっている 。

空は薄い水色なのに 、 世界の端だけが少し歪んで見えた 。

「 やっと起きた 」

声がした 。

振り向くと 、 窓際の椅子に座っていたのは 、 同じくらいの年の男の子だった 。

黒い髪 。

細い肩 。

眠たそうな目 。

でも 、 どこか不機嫌そうで 、 近づきにくい 。

「 ……きみ 、 誰 」

「 それ 、 こっちのセリフ 」

男の子は短く答えて 、 ベッドの横に置いてあった紙を指さした 。

そこには 、 たった一行だけ書かれている 。

――記憶喪失者 、 保護中 。

「 きおくそうしつ……? 」

「 たぶんね 」

「 多分? 」

「 僕も忘れたから 」

「 え? 」

男の子は少しだけ目をそらした 。

「 自分の名前も 、 ここに来た理由も 、 全部 。 気づいたらこの部屋にいた 。 それで 、 あんたもいた 」

「 ……じゃあ 、 俺たちどこから来たの 」

「 知らない 」

「 じゃあ 、 どうしてここにいるの 」

「 それも知らない 」

「 …… 」

「 …… 」

沈黙が落ちる 。

なのに 、 なぜか気まずくはなかった 。

それが余計に変だった 。

「 とりあえず 、 外に出てみる? 」

男の子が立ち上がる 。

「 出て 、 なにするの? 」

「 思い出す 」

「 それだけ? 」

「 それだけど 」

あまりにも雑な答えだった 。

でも 、 今の彼にはそれくらいしかなかった 。

ベッドから降りると 、 足元が少しふらつく 。

その瞬間 、 机の上に置かれていた小さな鏡が目に入った 。

そこに映っていたのは 、 知らない顔だった 。

いや 、 知らないはずなのに 、 完全には知らないとも言い切れない顔 。

自分の顔なのに 、 自分じゃないみたいで 、 胸の奥がきゅっと痛んだ 。

「 ……俺 、 こんな顔してたっけ 」

「 知らない 。 たぶんしてた 」

「 たぶんで済ませるなよ 」

「 だって本当に知らないし 」

男の子は少しだけ口元をゆるめた 。

ほんの一瞬だけど 、 それが妙に印象に残った 。

そのときだった 。

[明朝体][中央寄せ]コン 、 コン 。[/中央寄せ][/明朝体]

扉がノックされた 。

「 失礼します 。 新しい“未登録者”のお目覚めですね 」

入ってきたのは 、 白衣みたいなローブを着た女性だった 。

年齢はわからない 。

でも 、 やけに声が落ち着いていて 、 笑っているのかいないのか判別しづらい 。

「 ここは 、 時計塔の保健室です 。 あなたたちは 、 記憶の一部が抜け落ちたままここへ流れ着きました 」

「 流れ着いた……? 」

「 ええ 。 まるで 、 最初から何かを落としに来たみたいに 」

男の子が眉をひそめる 。

「 何を落としたんですか? 」

「 それを探すために 、 貴方達はここにいるのです 」

「 答えになってない 」

「 ええ 、 わざとですから笑 」

女性はさらりと言ったあと 、 二人の間に視線を移した 。

「 あなたたち 、 相性がいいみたいですね 」

「「 は? 」」

声が重なった 。

「 忘れているものの種類が近い 。 ひとりでは戻れないけれど 、 ふたりなら戻れる可能性がある 」

そう言って 、 彼女は机の上に小さな箱を置いた 。

中には 、 二つの古びた指輪が入っていた 。

金でも銀でもない 、 不思議な色の輪 。

「これは“同盟印”です 。 持つ者同士は 、 互いの記憶の欠片を感じ取れます 」

「 そんな便利なもの 、 あるんだ 」

「 ええ 。 あるんです 。 ただし 、 使い方を間違えると 、 相手の恥ずかしい記憶まで拾います 」

「 最悪じゃん 」

「 でも 、 たぶん必要です 」

男の子はしばらく黙ってから 、 箱の中の指輪を見つめた 。

そして 、 ぽつりと言った 。

「 俺たち 、 ほんとに戻れるのかな 」

その言い方が 、 少しだけ弱かった 。

さっきまでの不機嫌さの奥に 、 迷子みたいな不安があった 。

もうひとりの男の子は 、 なぜかその声を聞いて胸が痛んだ 。

初めて会ったはずなのに 、 ずっと前から知っているような気がした 。

「 ……戻れなくても 」

自分でも意外なほど 、 まっすぐな声が出た 。

「 一緒なら 、 なんとかなる気がする 」

男の子が 、 少し目を見開く 。

「 何それ 。 根拠なさすぎ 」

「 でも 、 嫌じゃないだろ 」

「 ……まあ? 」

女性は満足そうに頷いた 。

「 決まりですね 。 今日からあなたたちは 、 同盟を組みなさい 」

「 同盟? 」

「 名前はどうでもいいです 。 大事なのは 、 “ひとりで自分を探さない”こと 」

時計塔の針が 、 かすかに動いた 。

止まっていた午後三時が 、 ほんの少しだけ未来へ進む 。

窓の外で風が鳴る 。

それはまるで 、 忘れていた何かが扉を叩く音みたいだった 。

「 ……じゃあ 、 同盟ってことで 」

最初にそう言ったのは 、 黒髪の男の子だった 。

「 うん 」

「 名前 、 ないけど 」

「 ないなら 、 今から作ればいい 」

そう答えたとき 、 二人の指先がほんの少しだけ触れた 。

その瞬間 、 片方の胸の奥で 、 鈴の音みたいな記憶が鳴った気がした 。

――知らない誰かが 、 笑っている 。

けれどその笑顔は 、 なぜだかとても大事なものに思えた 。

こうして、名前を失くした二人は 、 “人間失格同盟”を結成する 。

人間に戻るため 。

自分を思い出すため 。

そしていつか 、 無理に誰かの形に合わせなくても 、 自分たちのままで生きていいのだと知るために 。

作者メッセージ

肩筋肉痛で死ぬ 。

毎日部活とか死なせてきてんの ? 泣

2026/07/26 13:40

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