朝の教室は 、 まだ少し静かだった 。
その静けさの中で 、 柳木 天音はひとり自分の席に座っていた 。
背筋はちゃんと伸びている 。
表情も 、 いつも通り堂々としている 。
けれど机の下では 、 なぜか小さく足を揺らしていた 。
「 …… 」
何かを待っている顔だった 。
隣の席に来た白夢 優羽が 、 それを見てすぐに気づく 。
「 おはよう 」
「 っ 、 あ 、 優羽か 。 我は別に待ってなどいない 」
「 待ってた顔してた 」
「 してない! 」
声だけは元気だった 。
天音はすぐに胸を張る 。
だが 、 目線は少しだけ泳いでいる 。
優羽は何も言わず 、 自分の席に座った 。
しばらくして 、 後ろの席からひそひそ声が聞こえる 。
「 ねえ 、 天音ちゃん今日ちょっと静かじゃない? 」
「 え 、 ほんとだ 。 なんかおとなしい 」
「 熱でもあるのかな 」
その言葉に天音は 、 ぴくっと肩を揺らした 。
「 聞こえているぞ! 」
「 ごめんね! 」
「 悪いことは言っていないだろう!? 」
勢いよく振り返ったものの 、 言い返したあとで少しだけ気まずくなる 。
そのまま天音は机の上に置いていたノートを 、 そっと閉じた 。
優羽が横目で見る 。
「 なにしてたんだ 」
「 ……別に 」
「 別に 、 じゃない顔してる 」
「 してない! 」
「 またそれ 」
優羽がそう言うと 、 天音は少しだけ目を逸らした 。
「 ……我は今朝 、 少しだけ準備をしていたのだ 」
「 準備? 」
「 部長として 、 朝の挨拶をな 」
「 今さら? 」
「 今さらではない 。 我の挨拶は 、 部を導く重要なものだからな 」
そう言い切る声はやたら立派だった 。
でも 、 天音の耳は少し赤い 。
優羽は一拍置いてから 、 短く言った 。
「 練習前に言えばいいだろ 」
「 ……それは 、 そうだが 」
「 何をそんなに悩んでたんだ 」
天音は 、 机の端を指でとんとん叩く 。
「 みんなの前で 、 ちゃんと格好よく言う言葉が思いつかなかったのだ 」
「 …… 」
「 部長なのだから 、 当然完璧であるべきだろう 」
優羽は少しだけ目を細めた 。
完璧 、 という言葉を口にするわりに 、 天音はいつも少し不器用だ 。
大きなことを言うのに 、 意外と中身は気にしすぎる 。
そのくせ 、 悩んでいるところを見せるのは嫌らしい 。
「 天音 」
「 なんだ 」
「 別に 、 そんな完璧じゃなくていい 」
「 は? 」
「 朝からかっこつけなくても 、 部は回る 」
天音はむっとした顔をした 。
けれどすぐに 、 少しだけ声が小さくなる 。
「 ……でも 、 我は部長だぞ 」
「 知ってる 」
「 なら 、 ちゃんと見られたい 」
その一言は 、 いつもより少しだけ素直だった 。
優羽はそれを聞いて 、 しばらく黙っていた 。
そして 、 ふっと小さく息をつく 。
「 見られてるよ 」
「 ……え 」
「 みんな 、 お前のことちゃんと見てる 」
天音は固まった 。
「 変な意味じゃなくてな 」
「 わ 、 分かっている! 」
「 顔 、 真っ赤 」
「 真っ赤ではない! 」
そう言いながら 、 天音は机に顔を突っ伏した 。
さっきまでの威勢はどこへやら 、 耳まで赤い 。
後ろの席から 、 また小さな声がする 。
「 天音ちゃん、もしかして照れてる? 」
「 かわいい…… 」
「 聞こえていると言っているだろうがぁ! 」
天音は勢いよく顔を上げる 。
でもその直後 、 しゅんと肩を落とした 。
「 ……もうだめだ 。 我は今日は静かに生きる 」
「 急に陰キャみたいになったな 」
「 うるさい 」
「 今の顔 、 完全に拗ねてる 」
「 拗ねてなどいない! 」
「 じゃあ何してるんだ 」
「 ……省エネだ 」
優羽は吹き出しそうになるのをこらえた 。
天音はこういうとき 、 妙に引っ込みがちになる 。
普段はあれだけ堂々としているのに 、 褒められると急に挙動不審になるのだ 。
少しして 、 昼休み 。
天音はひとり 、 教室の隅で何かを書いていた 。
ノートには 、 挨拶の文言らしきものが何度も書き直されている 。
「 我が導く! 」
「 我と共に進め! 」
「 今日も勝利をつかむぞ! 」
どれも大げさすぎて 、 少し暑苦しい 。
その横で 、 優羽が覗き込む 。
「 なにこれ 」
「 見るな! 」
「 遅い 」
「 うるさい! 」
天音はノートを抱え込んだ 。
「 ……どうせ我のセンスは凡人には理解できぬ 」
「 凡人に見せるものだろ 」
「 ……それも 、 そうだが 」
優羽は少し考えてから 、 さらっと言った 。
「 もっと普通でいいんじゃない? 」
「 普通? 」
「 『 今日も頑張ろう 』とか 」
「 ……普通すぎる 」
「 お前が言うとちょうどいい 」
天音はしばらく黙った 。
そして 、 机の上にノートを置き直す 。
「 ……それでは 、 少しだけ普通にするか 」
「 うん 」
「 『 今日も 、 我と一緒に頑張ろう 』 」
「やっぱり我は入れるんだな」
「 当然だ 」
「 そこは譲らないのか 」
「 部長だからな 」
優羽はもう笑っていた 。
そんなやり取りをしているうちに 、 昼休みのざわざわした音が、少しずつ心地よくなっていく 。
天音はまだ少しだけ気まずそうだったが 、 それでもいつもの調子を取り戻しつつあった 。
放課後 。
体育館に向かう廊下で 、 天音はひとつ深呼吸をした 。
「 ……よし 」
「 なにが 」
「 本日の我は 、 完全復活だ 」
「 さっきまで沈んでたのに 」
「 気のせいだ 」
「 分かりやすいな 」
天音はふんと鼻を鳴らした 。
「 我は 、 強く見えるようにしているだけだ 」
「 本音出たな 」
「 出ていない! 」
そう言い返しながらも 、 天音の足取りは少し軽い 。
たぶん 、 さっき優羽に少しだけ受け止めてもらえたからだ 。
体育館の扉の前で 、 天音は立ち止まる 。
「 優羽 」
「 ん? 」
「 我はやはり 、 部長らしく振る舞えているか 」
優羽は少しだけ考えてから 、 答えた 。
「 うるさいけど 、 ちゃんとしてる 」
「 褒めてるのかそれは 」
「 褒めてる 」
天音は一瞬だけきょとんとして 、 それからぱっと笑った 。
その笑顔は 、 さっきまでの不安を全部忘れたみたいに 、 いつも通りまぶしかった 。
「 ふふ 、 当然だな! 」
「 やっと戻ったか 」
「 我は最初からこうだ! 」
「 いや 、 だいぶ陰キャっぽかったけど 」
「 言うな! 」
廊下に 、 2人の笑い声が響く 。
天音は 、 たしかに部長で 、 たしかにカリスマがある 。
でもその中身は意外と不器用で 、 ちょっと考えすぎて 、 そして少しだけ陰キャっぽい
だからこそ 、 みんなは目を離せないのだった 。
その静けさの中で 、 柳木 天音はひとり自分の席に座っていた 。
背筋はちゃんと伸びている 。
表情も 、 いつも通り堂々としている 。
けれど机の下では 、 なぜか小さく足を揺らしていた 。
「 …… 」
何かを待っている顔だった 。
隣の席に来た白夢 優羽が 、 それを見てすぐに気づく 。
「 おはよう 」
「 っ 、 あ 、 優羽か 。 我は別に待ってなどいない 」
「 待ってた顔してた 」
「 してない! 」
声だけは元気だった 。
天音はすぐに胸を張る 。
だが 、 目線は少しだけ泳いでいる 。
優羽は何も言わず 、 自分の席に座った 。
しばらくして 、 後ろの席からひそひそ声が聞こえる 。
「 ねえ 、 天音ちゃん今日ちょっと静かじゃない? 」
「 え 、 ほんとだ 。 なんかおとなしい 」
「 熱でもあるのかな 」
その言葉に天音は 、 ぴくっと肩を揺らした 。
「 聞こえているぞ! 」
「 ごめんね! 」
「 悪いことは言っていないだろう!? 」
勢いよく振り返ったものの 、 言い返したあとで少しだけ気まずくなる 。
そのまま天音は机の上に置いていたノートを 、 そっと閉じた 。
優羽が横目で見る 。
「 なにしてたんだ 」
「 ……別に 」
「 別に 、 じゃない顔してる 」
「 してない! 」
「 またそれ 」
優羽がそう言うと 、 天音は少しだけ目を逸らした 。
「 ……我は今朝 、 少しだけ準備をしていたのだ 」
「 準備? 」
「 部長として 、 朝の挨拶をな 」
「 今さら? 」
「 今さらではない 。 我の挨拶は 、 部を導く重要なものだからな 」
そう言い切る声はやたら立派だった 。
でも 、 天音の耳は少し赤い 。
優羽は一拍置いてから 、 短く言った 。
「 練習前に言えばいいだろ 」
「 ……それは 、 そうだが 」
「 何をそんなに悩んでたんだ 」
天音は 、 机の端を指でとんとん叩く 。
「 みんなの前で 、 ちゃんと格好よく言う言葉が思いつかなかったのだ 」
「 …… 」
「 部長なのだから 、 当然完璧であるべきだろう 」
優羽は少しだけ目を細めた 。
完璧 、 という言葉を口にするわりに 、 天音はいつも少し不器用だ 。
大きなことを言うのに 、 意外と中身は気にしすぎる 。
そのくせ 、 悩んでいるところを見せるのは嫌らしい 。
「 天音 」
「 なんだ 」
「 別に 、 そんな完璧じゃなくていい 」
「 は? 」
「 朝からかっこつけなくても 、 部は回る 」
天音はむっとした顔をした 。
けれどすぐに 、 少しだけ声が小さくなる 。
「 ……でも 、 我は部長だぞ 」
「 知ってる 」
「 なら 、 ちゃんと見られたい 」
その一言は 、 いつもより少しだけ素直だった 。
優羽はそれを聞いて 、 しばらく黙っていた 。
そして 、 ふっと小さく息をつく 。
「 見られてるよ 」
「 ……え 」
「 みんな 、 お前のことちゃんと見てる 」
天音は固まった 。
「 変な意味じゃなくてな 」
「 わ 、 分かっている! 」
「 顔 、 真っ赤 」
「 真っ赤ではない! 」
そう言いながら 、 天音は机に顔を突っ伏した 。
さっきまでの威勢はどこへやら 、 耳まで赤い 。
後ろの席から 、 また小さな声がする 。
「 天音ちゃん、もしかして照れてる? 」
「 かわいい…… 」
「 聞こえていると言っているだろうがぁ! 」
天音は勢いよく顔を上げる 。
でもその直後 、 しゅんと肩を落とした 。
「 ……もうだめだ 。 我は今日は静かに生きる 」
「 急に陰キャみたいになったな 」
「 うるさい 」
「 今の顔 、 完全に拗ねてる 」
「 拗ねてなどいない! 」
「 じゃあ何してるんだ 」
「 ……省エネだ 」
優羽は吹き出しそうになるのをこらえた 。
天音はこういうとき 、 妙に引っ込みがちになる 。
普段はあれだけ堂々としているのに 、 褒められると急に挙動不審になるのだ 。
少しして 、 昼休み 。
天音はひとり 、 教室の隅で何かを書いていた 。
ノートには 、 挨拶の文言らしきものが何度も書き直されている 。
「 我が導く! 」
「 我と共に進め! 」
「 今日も勝利をつかむぞ! 」
どれも大げさすぎて 、 少し暑苦しい 。
その横で 、 優羽が覗き込む 。
「 なにこれ 」
「 見るな! 」
「 遅い 」
「 うるさい! 」
天音はノートを抱え込んだ 。
「 ……どうせ我のセンスは凡人には理解できぬ 」
「 凡人に見せるものだろ 」
「 ……それも 、 そうだが 」
優羽は少し考えてから 、 さらっと言った 。
「 もっと普通でいいんじゃない? 」
「 普通? 」
「 『 今日も頑張ろう 』とか 」
「 ……普通すぎる 」
「 お前が言うとちょうどいい 」
天音はしばらく黙った 。
そして 、 机の上にノートを置き直す 。
「 ……それでは 、 少しだけ普通にするか 」
「 うん 」
「 『 今日も 、 我と一緒に頑張ろう 』 」
「やっぱり我は入れるんだな」
「 当然だ 」
「 そこは譲らないのか 」
「 部長だからな 」
優羽はもう笑っていた 。
そんなやり取りをしているうちに 、 昼休みのざわざわした音が、少しずつ心地よくなっていく 。
天音はまだ少しだけ気まずそうだったが 、 それでもいつもの調子を取り戻しつつあった 。
放課後 。
体育館に向かう廊下で 、 天音はひとつ深呼吸をした 。
「 ……よし 」
「 なにが 」
「 本日の我は 、 完全復活だ 」
「 さっきまで沈んでたのに 」
「 気のせいだ 」
「 分かりやすいな 」
天音はふんと鼻を鳴らした 。
「 我は 、 強く見えるようにしているだけだ 」
「 本音出たな 」
「 出ていない! 」
そう言い返しながらも 、 天音の足取りは少し軽い 。
たぶん 、 さっき優羽に少しだけ受け止めてもらえたからだ 。
体育館の扉の前で 、 天音は立ち止まる 。
「 優羽 」
「 ん? 」
「 我はやはり 、 部長らしく振る舞えているか 」
優羽は少しだけ考えてから 、 答えた 。
「 うるさいけど 、 ちゃんとしてる 」
「 褒めてるのかそれは 」
「 褒めてる 」
天音は一瞬だけきょとんとして 、 それからぱっと笑った 。
その笑顔は 、 さっきまでの不安を全部忘れたみたいに 、 いつも通りまぶしかった 。
「 ふふ 、 当然だな! 」
「 やっと戻ったか 」
「 我は最初からこうだ! 」
「 いや 、 だいぶ陰キャっぽかったけど 」
「 言うな! 」
廊下に 、 2人の笑い声が響く 。
天音は 、 たしかに部長で 、 たしかにカリスマがある 。
でもその中身は意外と不器用で 、 ちょっと考えすぎて 、 そして少しだけ陰キャっぽい
だからこそ 、 みんなは目を離せないのだった 。