朝の風は 、 少しだけひんやりしていた 。
校門の近くで 、 小さな影がひとつ 、 きょろきょろと辺りを見回している 。
琳寧 燈だった 。
「 ……叶芽ちゃん 、 まだかな 」
そうつぶやいた 、 そのすぐあと 。
「 ご 、 ごめん……! 」
少し息の上がった声といっしょに 、 森永 叶芽が走ってくる 。
丸メガネが少しずれていて 、 髪も少しだけ乱れていた 。
「 寝坊した…… 」
「 だいじょうぶ 。 ぼくも 、 今来たとこ 」
「 ほんとに? 」
「 ほんと 」
叶芽はほっとしたように肩を落とす 。
「 よかった……燈ちゃん待たせたら申し訳ないし 」
「 待つの 、 平気 」
「 ……そういうとこ 、 優しいよね 」
「 叶芽ちゃんも 」
その言葉に、 、 叶芽は少しだけ目をそらした 。
朝の光の中で 、 丸メガネの奥の目がやわらかく揺れる 。
叶芽は音に少し敏感で 、 朝の校庭のざわめきや 、 自転車のブレーキ音にもびくっとしてしまう 。
でも 、 燈の前では少しだけ落ち着いていられる 。
それが 、 燈にはなんとなくうれしかった 。
「 今日 、 体育あるんだよね 」
校舎へ向かいながら 、 叶芽が言う 。
「 うん 」
「 ……ちょっと怖い 」
「 大きい音? 」
「 うん 。 あと 、 ボールの音とか 」
「 そっか 」
燈は短く返す 。
それ以上は無理に聞かない 。
叶芽がどんなふうに感じているか 、 少しだけ知っているから 。
叶芽は、気を張っているように見えて 、 実はかなり頑張っている 。
苦手な音があっても逃げずにちゃんと学校へ来る 。
失敗しそうでも最後までやろうとする 。
そういうところを 、 燈はずっと知っていた 。
「 ねえ叶芽ちゃん 」
「 ん? 」
「 今日 、 がんばったら 、 帰りにあったかいの買お 」
「 え 、 なにそれ 」
「 ほっとするやつ 」
叶芽は少し考えて 、 それからふっと笑う 。
「 いいね 。 そういうの 、 好き 」
「 うん 」
「 ……燈ちゃんと一緒だと 、 ちょっと安心する 」
その言葉に 、 燈はほんの少しだけ足を止めた 。
「 ……そう? 」
「 うん 」
「 じゃあ 、 ぼくも安心してる 」
「 え 、 ほんと? 」
「 ほんと 」
叶芽は一瞬きょとんとして 、 それから照れたように笑った 。
「 なんか 、 嬉しい 」
「 ぼくも 」
短いやり取りだったけれど 、 ふたりにはそれで十分だった 。
昼休み 。
叶芽は教室の隅で 、 音を立てないようにそっとお弁当を広げていた 。
隣の席の子たちはにぎやかで 、 笑い声が少し高い 。
そのたびに叶芽は 、 丸メガネを押さえながら肩をすくめる 。
そんな様子を見て 、 燈はこっそり叶芽の前の席に座った 。
「 ……来た 」
叶芽が小さく言う 。
「 うん 」
「 今日も一緒に食べるの? 」
「 うん 」
叶芽は少しだけ安心した顔になった 。
「 よかった…… 」
「 音 、 気になる? 」
「 ちょっとだけ 」
「 じゃあ 、 ここでいい 」
燈はそう言って 、 自分のお弁当を開く 。
どこか落ち着いた空気が 、 その場にふわっと広がった 。
叶芽はおかずをひとつ口に入れてから 、 ぽつりとつぶやく 。
「 たまに思うんだ 」
「 なに? 」
「 もっと 、 平気な人になれたらいいのにって 」
燈は箸を止めた 。
叶芽は視線を落としたまま続ける 。
「 音でびっくりしたり 、 失敗したあとに引きずったり 、 ちょっと面倒だなって 」
「 …… 」
「 でも 、 そういうのなおらないから 」
少しだけ笑ってみせるけれど 、 声は小さい 。
燈はしばらく黙って 、 それからまっすぐ言った 。
「 なおさなくていい 」
叶芽は顔を上げる 。
「 え? 」
「 叶芽ちゃんは 、 叶芽ちゃんのままでいい 」
「 ……でも 」
「 でもじゃない 」
燈の声は静かだったけれど 、 揺らがなかった 。
「 びっくりするのも 、 こわがるのも 、 ちゃんと見てるってことだと思う 」
「 ……見てる? 」
「 うん 。 だから 、 努力してるのもわかる 」
叶芽は言葉を失う 。
そんなふうに言われたのは 、 あまりなかった 。
「 それに 」
燈は少しだけ首をかしげる 。
「 こわがりなのにちゃんと来てる 。 えらい 」
叶芽は 、 丸メガネの奥で目を瞬かせた 。
「 ……えらい 、 かな 」
「 うん 」
「 ほんとに? 」
「 ほんと 」
その返事だけで 、 叶芽の表情が少しずつやわらかくなる 。
「 燈ちゃんって 、 そういうの 、 さらっと言うよね 」
「 そう? 」
「うん 。 すごく助かる 」
燈は少しだけ照れたように目をそらした 。
「 ……言いたいから言ってるだけ 」
「 そっか 」
叶芽はくすっと笑う 。
その笑い方は 、 さっきまでよりずっと軽かった 。
放課後 。
教室を出ると 、 廊下には帰る生徒たちの足音が響いていた 。
叶芽は少しだけ立ち止まる 。
「 ……今日の体育 、 ちょっと不安だった 」
「 ぼく 、 近くにいる 」
「 ほんとに? 」
「 うん 」
「 じゃあ 、 少し安心 」
燈はうなずく 。
体育の時間 、 もし大きな音がしても 、 隣に誰かがいるだけで違う 。
叶芽にとって 、 それはとても大きいことだった 。
校舎の外へ出ると 、 夕方の光が少しだけやわらかい 。
「 ねえ 、 叶芽ちゃん 」
「 何? 」
「 帰り 、 あったかいの買おう 」
「 うん 」
「 甘いのにする? 」
「 ……甘いやつ 、 好き 」
「 知ってる 」
「 え 、 なんで? 」
「 そういう顔するから 」
叶芽は少しだけ笑って 、 丸メガネを指で直した 。
「 燈ちゃん 、 わたしのことけっこう見てるよね 」
「 うん 」
「 即答 」
「 幼なじみだから 」
その返しに 、 叶芽はちょっとだけ赤くなる 。
「 ……そういうの 、 ずるい 」
「 ずるくないよ 」
「 ずるい 」
「 じゃあ 、 ずるいままでいく 」
「 なにそれ 」
ふたりの笑い声が 、 夕方の廊下に小さく溶けていく 。
クラスは違っても 、 毎日同じ場所にいなくても 、 こうして会えば自然に元の距離に戻れる 。
それが幼なじみで 、 それが 、 燈と叶芽のちょうどいい日常だった 。
校門の近くで 、 小さな影がひとつ 、 きょろきょろと辺りを見回している 。
琳寧 燈だった 。
「 ……叶芽ちゃん 、 まだかな 」
そうつぶやいた 、 そのすぐあと 。
「 ご 、 ごめん……! 」
少し息の上がった声といっしょに 、 森永 叶芽が走ってくる 。
丸メガネが少しずれていて 、 髪も少しだけ乱れていた 。
「 寝坊した…… 」
「 だいじょうぶ 。 ぼくも 、 今来たとこ 」
「 ほんとに? 」
「 ほんと 」
叶芽はほっとしたように肩を落とす 。
「 よかった……燈ちゃん待たせたら申し訳ないし 」
「 待つの 、 平気 」
「 ……そういうとこ 、 優しいよね 」
「 叶芽ちゃんも 」
その言葉に、 、 叶芽は少しだけ目をそらした 。
朝の光の中で 、 丸メガネの奥の目がやわらかく揺れる 。
叶芽は音に少し敏感で 、 朝の校庭のざわめきや 、 自転車のブレーキ音にもびくっとしてしまう 。
でも 、 燈の前では少しだけ落ち着いていられる 。
それが 、 燈にはなんとなくうれしかった 。
「 今日 、 体育あるんだよね 」
校舎へ向かいながら 、 叶芽が言う 。
「 うん 」
「 ……ちょっと怖い 」
「 大きい音? 」
「 うん 。 あと 、 ボールの音とか 」
「 そっか 」
燈は短く返す 。
それ以上は無理に聞かない 。
叶芽がどんなふうに感じているか 、 少しだけ知っているから 。
叶芽は、気を張っているように見えて 、 実はかなり頑張っている 。
苦手な音があっても逃げずにちゃんと学校へ来る 。
失敗しそうでも最後までやろうとする 。
そういうところを 、 燈はずっと知っていた 。
「 ねえ叶芽ちゃん 」
「 ん? 」
「 今日 、 がんばったら 、 帰りにあったかいの買お 」
「 え 、 なにそれ 」
「 ほっとするやつ 」
叶芽は少し考えて 、 それからふっと笑う 。
「 いいね 。 そういうの 、 好き 」
「 うん 」
「 ……燈ちゃんと一緒だと 、 ちょっと安心する 」
その言葉に 、 燈はほんの少しだけ足を止めた 。
「 ……そう? 」
「 うん 」
「 じゃあ 、 ぼくも安心してる 」
「 え 、 ほんと? 」
「 ほんと 」
叶芽は一瞬きょとんとして 、 それから照れたように笑った 。
「 なんか 、 嬉しい 」
「 ぼくも 」
短いやり取りだったけれど 、 ふたりにはそれで十分だった 。
昼休み 。
叶芽は教室の隅で 、 音を立てないようにそっとお弁当を広げていた 。
隣の席の子たちはにぎやかで 、 笑い声が少し高い 。
そのたびに叶芽は 、 丸メガネを押さえながら肩をすくめる 。
そんな様子を見て 、 燈はこっそり叶芽の前の席に座った 。
「 ……来た 」
叶芽が小さく言う 。
「 うん 」
「 今日も一緒に食べるの? 」
「 うん 」
叶芽は少しだけ安心した顔になった 。
「 よかった…… 」
「 音 、 気になる? 」
「 ちょっとだけ 」
「 じゃあ 、 ここでいい 」
燈はそう言って 、 自分のお弁当を開く 。
どこか落ち着いた空気が 、 その場にふわっと広がった 。
叶芽はおかずをひとつ口に入れてから 、 ぽつりとつぶやく 。
「 たまに思うんだ 」
「 なに? 」
「 もっと 、 平気な人になれたらいいのにって 」
燈は箸を止めた 。
叶芽は視線を落としたまま続ける 。
「 音でびっくりしたり 、 失敗したあとに引きずったり 、 ちょっと面倒だなって 」
「 …… 」
「 でも 、 そういうのなおらないから 」
少しだけ笑ってみせるけれど 、 声は小さい 。
燈はしばらく黙って 、 それからまっすぐ言った 。
「 なおさなくていい 」
叶芽は顔を上げる 。
「 え? 」
「 叶芽ちゃんは 、 叶芽ちゃんのままでいい 」
「 ……でも 」
「 でもじゃない 」
燈の声は静かだったけれど 、 揺らがなかった 。
「 びっくりするのも 、 こわがるのも 、 ちゃんと見てるってことだと思う 」
「 ……見てる? 」
「 うん 。 だから 、 努力してるのもわかる 」
叶芽は言葉を失う 。
そんなふうに言われたのは 、 あまりなかった 。
「 それに 」
燈は少しだけ首をかしげる 。
「 こわがりなのにちゃんと来てる 。 えらい 」
叶芽は 、 丸メガネの奥で目を瞬かせた 。
「 ……えらい 、 かな 」
「 うん 」
「 ほんとに? 」
「 ほんと 」
その返事だけで 、 叶芽の表情が少しずつやわらかくなる 。
「 燈ちゃんって 、 そういうの 、 さらっと言うよね 」
「 そう? 」
「うん 。 すごく助かる 」
燈は少しだけ照れたように目をそらした 。
「 ……言いたいから言ってるだけ 」
「 そっか 」
叶芽はくすっと笑う 。
その笑い方は 、 さっきまでよりずっと軽かった 。
放課後 。
教室を出ると 、 廊下には帰る生徒たちの足音が響いていた 。
叶芽は少しだけ立ち止まる 。
「 ……今日の体育 、 ちょっと不安だった 」
「 ぼく 、 近くにいる 」
「 ほんとに? 」
「 うん 」
「 じゃあ 、 少し安心 」
燈はうなずく 。
体育の時間 、 もし大きな音がしても 、 隣に誰かがいるだけで違う 。
叶芽にとって 、 それはとても大きいことだった 。
校舎の外へ出ると 、 夕方の光が少しだけやわらかい 。
「 ねえ 、 叶芽ちゃん 」
「 何? 」
「 帰り 、 あったかいの買おう 」
「 うん 」
「 甘いのにする? 」
「 ……甘いやつ 、 好き 」
「 知ってる 」
「 え 、 なんで? 」
「 そういう顔するから 」
叶芽は少しだけ笑って 、 丸メガネを指で直した 。
「 燈ちゃん 、 わたしのことけっこう見てるよね 」
「 うん 」
「 即答 」
「 幼なじみだから 」
その返しに 、 叶芽はちょっとだけ赤くなる 。
「 ……そういうの 、 ずるい 」
「 ずるくないよ 」
「 ずるい 」
「 じゃあ 、 ずるいままでいく 」
「 なにそれ 」
ふたりの笑い声が 、 夕方の廊下に小さく溶けていく 。
クラスは違っても 、 毎日同じ場所にいなくても 、 こうして会えば自然に元の距離に戻れる 。
それが幼なじみで 、 それが 、 燈と叶芽のちょうどいい日常だった 。