体育館の空気が 、 少しだけ重かった 。
「 ……ごめんなさい 」
[漢字]森永[/漢字][ふりがな]もりなが[/ふりがな] [漢字]叶芽[/漢字][ふりがな]かなめ[/ふりがな]の声は 、 小さくて床に落ちるみたいだった 。
誰に向けたものでもないその謝罪を 、 本人だけが何度も繰り返している 。
さっきの練習試合で 、 レシーブをこぼした 。
たった一つのミスだった 。
でも叶芽には 、 それがひどく大きな失敗に思えていた 。
丸メガネの奥の目が 、 不安そうに揺れている 。
ボールを拾う手も 、 少し震えていた 。
「 ……またやるかも 」
ぽつりと漏れた呟きは 、 ほとんど独り言だった 。
誰かが「 気にするな 」と言えば 、 かえって気にする 。
誰かが「 大丈夫 」と言えば 、 そんなはずないと思ってしまう 。
叶芽はそういうところがあった 。
そのとき 。
「 はあ? 」
鋭い声が 、 空気を切った 。
[漢字]月森[/漢字][ふりがな]つきもり[/ふりがな] [漢字]彩夢[/漢字][ふりがな]あやめ[/ふりがな]が 、 ベンチの端から顔を上げる 。
いつものように 、 口調はきつい 。
目つきも険しい 。
けれど 、 その視線はまっすぐ叶芽を見ていた 。
「 一回落としたくらいで 、 そんな顔すんなよ 。見ててイライラする 」
「 ……っ 」
叶芽はびくっと肩を揺らす 。
やっぱり怒られた 、 と縮こまった 、 その次の瞬間 。
「 ていうか 、 下向いてる暇があるなら拾え 。 次のボール来るだろ 」
彩夢は立ち上がって 、 無遠慮な足取りで叶芽の隣まで来た 。
「 お前 、 ミスしたあとが一番使えない 。 さっさと切り替えろ 」
言葉だけなら 、 完全に悪口だった 。
叶芽は唇を噛む 。
やっぱり 、 自分はだめなんだ 。
そう思いかけた 、 そのときだった 。
「 ……でも 」
彩夢が 、 少しだけ声の温度を落とす 。
「 お前が落としたの 、 あれだけだろ 」
叶芽は顔を上げる 。
彩夢は眉をひそめたまま 、 続けた 。
「 周りがちゃんとカバーしてた 。 お前のせいで全部終わったみたいな顔すんな 」
「 ……でも 、 私が…… 」
「 だからうるさいって 」
ぴしゃりと言ってから 、 彩夢は叶芽の前に立った 。
その体が 、 ほんの少しだけ叶芽を隠す 。
コートの向こうで 、 他の部員が次の練習の準備をしている 。
まだ少しだけ 、 叶芽に視線を向ける子もいる 。
でも彩夢がそこに立っただけで 、 妙な空気はすっと薄れた 。
「 叶芽 」
名前を呼ぶ声は 、 さっきよりずっと低くて 、 静かだった 。
「 お前は、ミスしたから終わりの人間じゃない 」
叶芽は息を止めた 。
彩夢は不機嫌そうな顔のまま 、 でも目だけは逸らさない 。
「 一回落としたくらいで壊れるなら 、 とっくに今までやってねえだろ 」
「 ……彩夢さん 」
「 泣きそうな顔すんな 。 気持ち悪い 」
「 き 、 気持ち悪いって……… 」
思わず小さく言い返した叶芽に 、 彩夢はようやく鼻で笑った 。
「 そうやって喋れるなら大丈夫だろ 」
その言い方は雑で 、 乱暴で 、 優しさなんて一切ないみたいだった 。
でも叶芽にはわかった 。
彩夢は 、 叶芽がこれ以上縮こまらないようにわざときつく言っている 。
逃がさないために 。
一人にしないために 。
「 ……でも 、 また失敗したら 」
叶芽が弱々しく言うと 、 彩夢は即答した 。
「 そのときはまた拾えばいい 」
「 え 」
「 一回ミスした奴が終わりなら 、 バレーなんか成立しねえだろ 。 何回でも取り返せ 」
彩夢はそう言って 、 くいっと顎を上げた 。
「 お前は失敗しがちでも 、 逃げてねえ 。 そこは評価してやる 」
叶芽は目を見開く 。
それは褒め言葉にしては 、 あまりにも乱暴で 。
でも 、 確かに褒められていた 。
「 ……逃げてないですか 」
「 逃げてるやつは 、 今みたいに立ってねえ 」
短い沈黙が落ちる 。
叶芽の胸の奥で 、 さっきまで絡まっていたものが少しずつほどけていく 。
怖いのは 、 ミスそのものじゃなかった 。
ミスした自分がもう必要ないと思われることだった 。
でも彩夢は 、 そんなふうには扱わない 。
毒舌で 、 ぶっきらぼうで 、 口は悪い 。
なのに 、 叶芽が下を向いたままになるのは許さない 。
それが 、 彩夢なりの守り方だった 。
「 ……次 、 いけるか 」
「 ……はい 」
小さく返すと 、 彩夢は満足したみたいに口の端を上げた 。
「 よし 。 じゃあ次は落とすな 。 落としたらまた文句言う 」
「 それ 、 励ましてますか……? 」
「 うるせえ 。 聞けるなら十分だろ 」
そう言って 、 彩夢は先にコートへ戻っていく 。
その背中は 、 少しも頼りなくない 。
むしろ 、 前を切り開くみたいにまっすぐだった 。
叶芽はその背中を見つめて 、 そっと拳を握る 。
「 はいっ 」
今度はさっきより少しだけ強い声だった 。
ボールが上がる 。
次のラリーが始まる 。
叶芽は少しだけ震えながらも 、 前に出た 。
その近くにはもう 、 彩夢がいる 。
「 ほら 、 見てろ 」
不機嫌そうな声が飛ぶ 。
でもその声は確かに叶芽を支えていた 。
「 ……ごめんなさい 」
[漢字]森永[/漢字][ふりがな]もりなが[/ふりがな] [漢字]叶芽[/漢字][ふりがな]かなめ[/ふりがな]の声は 、 小さくて床に落ちるみたいだった 。
誰に向けたものでもないその謝罪を 、 本人だけが何度も繰り返している 。
さっきの練習試合で 、 レシーブをこぼした 。
たった一つのミスだった 。
でも叶芽には 、 それがひどく大きな失敗に思えていた 。
丸メガネの奥の目が 、 不安そうに揺れている 。
ボールを拾う手も 、 少し震えていた 。
「 ……またやるかも 」
ぽつりと漏れた呟きは 、 ほとんど独り言だった 。
誰かが「 気にするな 」と言えば 、 かえって気にする 。
誰かが「 大丈夫 」と言えば 、 そんなはずないと思ってしまう 。
叶芽はそういうところがあった 。
そのとき 。
「 はあ? 」
鋭い声が 、 空気を切った 。
[漢字]月森[/漢字][ふりがな]つきもり[/ふりがな] [漢字]彩夢[/漢字][ふりがな]あやめ[/ふりがな]が 、 ベンチの端から顔を上げる 。
いつものように 、 口調はきつい 。
目つきも険しい 。
けれど 、 その視線はまっすぐ叶芽を見ていた 。
「 一回落としたくらいで 、 そんな顔すんなよ 。見ててイライラする 」
「 ……っ 」
叶芽はびくっと肩を揺らす 。
やっぱり怒られた 、 と縮こまった 、 その次の瞬間 。
「 ていうか 、 下向いてる暇があるなら拾え 。 次のボール来るだろ 」
彩夢は立ち上がって 、 無遠慮な足取りで叶芽の隣まで来た 。
「 お前 、 ミスしたあとが一番使えない 。 さっさと切り替えろ 」
言葉だけなら 、 完全に悪口だった 。
叶芽は唇を噛む 。
やっぱり 、 自分はだめなんだ 。
そう思いかけた 、 そのときだった 。
「 ……でも 」
彩夢が 、 少しだけ声の温度を落とす 。
「 お前が落としたの 、 あれだけだろ 」
叶芽は顔を上げる 。
彩夢は眉をひそめたまま 、 続けた 。
「 周りがちゃんとカバーしてた 。 お前のせいで全部終わったみたいな顔すんな 」
「 ……でも 、 私が…… 」
「 だからうるさいって 」
ぴしゃりと言ってから 、 彩夢は叶芽の前に立った 。
その体が 、 ほんの少しだけ叶芽を隠す 。
コートの向こうで 、 他の部員が次の練習の準備をしている 。
まだ少しだけ 、 叶芽に視線を向ける子もいる 。
でも彩夢がそこに立っただけで 、 妙な空気はすっと薄れた 。
「 叶芽 」
名前を呼ぶ声は 、 さっきよりずっと低くて 、 静かだった 。
「 お前は、ミスしたから終わりの人間じゃない 」
叶芽は息を止めた 。
彩夢は不機嫌そうな顔のまま 、 でも目だけは逸らさない 。
「 一回落としたくらいで壊れるなら 、 とっくに今までやってねえだろ 」
「 ……彩夢さん 」
「 泣きそうな顔すんな 。 気持ち悪い 」
「 き 、 気持ち悪いって……… 」
思わず小さく言い返した叶芽に 、 彩夢はようやく鼻で笑った 。
「 そうやって喋れるなら大丈夫だろ 」
その言い方は雑で 、 乱暴で 、 優しさなんて一切ないみたいだった 。
でも叶芽にはわかった 。
彩夢は 、 叶芽がこれ以上縮こまらないようにわざときつく言っている 。
逃がさないために 。
一人にしないために 。
「 ……でも 、 また失敗したら 」
叶芽が弱々しく言うと 、 彩夢は即答した 。
「 そのときはまた拾えばいい 」
「 え 」
「 一回ミスした奴が終わりなら 、 バレーなんか成立しねえだろ 。 何回でも取り返せ 」
彩夢はそう言って 、 くいっと顎を上げた 。
「 お前は失敗しがちでも 、 逃げてねえ 。 そこは評価してやる 」
叶芽は目を見開く 。
それは褒め言葉にしては 、 あまりにも乱暴で 。
でも 、 確かに褒められていた 。
「 ……逃げてないですか 」
「 逃げてるやつは 、 今みたいに立ってねえ 」
短い沈黙が落ちる 。
叶芽の胸の奥で 、 さっきまで絡まっていたものが少しずつほどけていく 。
怖いのは 、 ミスそのものじゃなかった 。
ミスした自分がもう必要ないと思われることだった 。
でも彩夢は 、 そんなふうには扱わない 。
毒舌で 、 ぶっきらぼうで 、 口は悪い 。
なのに 、 叶芽が下を向いたままになるのは許さない 。
それが 、 彩夢なりの守り方だった 。
「 ……次 、 いけるか 」
「 ……はい 」
小さく返すと 、 彩夢は満足したみたいに口の端を上げた 。
「 よし 。 じゃあ次は落とすな 。 落としたらまた文句言う 」
「 それ 、 励ましてますか……? 」
「 うるせえ 。 聞けるなら十分だろ 」
そう言って 、 彩夢は先にコートへ戻っていく 。
その背中は 、 少しも頼りなくない 。
むしろ 、 前を切り開くみたいにまっすぐだった 。
叶芽はその背中を見つめて 、 そっと拳を握る 。
「 はいっ 」
今度はさっきより少しだけ強い声だった 。
ボールが上がる 。
次のラリーが始まる 。
叶芽は少しだけ震えながらも 、 前に出た 。
その近くにはもう 、 彩夢がいる 。
「 ほら 、 見てろ 」
不機嫌そうな声が飛ぶ 。
でもその声は確かに叶芽を支えていた 。