体育館の空気は 、 少しだけ張り詰めていた 。
「 ナイスカバー!いいよ翠ちゃん! 」
明るい声が響く 。
[漢字]菜乃花[/漢字][ふりがな]なのはな[/ふりがな] [漢字]柚月[/漢字][ふりがな]ゆづき[/ふりがな]は 、 太陽みたいに笑いながらボールを拾い上げた 。
その視線の先で 、 [漢字]山下[/漢字][ふりがな]やました[/ふりがな] [漢字]翠[/漢字][ふりがな]みどり[/ふりがな]は小さく頷く 。
「 ……はい 」
声はかすかで 、 ほとんど聞こえない 。
それでも柚月は 、 ちゃんと聞こえたみたいに笑った 。
「 今の良かったよ!反応速かった! 」
「 ……いえ 、 あの……たまたま 、 で 」
「 たまたまでも取れたらすごいって! 」
翠は 、 どう返せばいいのかわからなくなる 。
褒められるのも 、 話しかけられるのも 、 まだ慣れない 。
周りの声も 、 視線も 、 全部が少し怖い 。
そんな中で 、 柚月だけが 、 まっすぐに向かってくる 。
眩しいくらいに 。
「 次いくよー! 」
トスが上がる 。
高く 、 綺麗な弧 。
それを見た瞬間 、 柚月の表情が変わる 。
踏み込んで 、 跳んで 、 振り抜く 。
乾いた音が 、 体育館に響いた 。
ボールは一直線にコートへ突き刺さる 。
「 ……っ 」
翠は思わず息を呑んだ 。
速い 。
強い 。
迷いがない 。
同じ一年なのに 、 まるで違う 。
遠い存在みたいで——少しだけ 、 怖い 。
「 翠ちゃん! 」
「 っ 、 はい! 」
名前を呼ばれて 、 びくっとする 。
柚月はもう 、 次のボールを構えていた 。
「 次 、 翠ちゃんに上げるね! 」
「 え…… 」
一瞬 、 思考が止まる 。
「 で 、 でも 、 私…… 」
「 大丈夫! 」
即答だった 。
迷いも 、 疑いもない声 。
「 さっきみたいにやればいいよ 」
「 ……でも 」
「 私が見るから 」
その一言で 、 逃げ場がなくなる 。
けれど——同時に 、 少しだけ安心した 。
トスが上がる 。
自分に向かってくる 。
逃げたい 、 と思うのに 、 足は動いてしまう 。
跳ぶ 。
タイミングは 、 少し遅れた 。
当たりも 、 綺麗じゃない 。
それでも 、 ボールは相手コートに落ちた 。
「 ……あ 」
静かな音 。
それだけの 、 小さな成功 。
「 ナイス!!!! 」
誰よりも大きな声で 、 柚月が笑う 。
翠は 、 目を見開いたまま固まる 。
「 今の良かったよ!ちゃんと前見てた! 」
「 ……あの 、 私…… 」
「 うん 、 できてた 」
当たり前みたいに言われる 。
その言葉が、胸にじんわり広がる。
怖さが 、 少しだけ薄れる 。
練習が終わる頃には、翠の呼吸は少し落ち着いていた 。
ボールを片付けながら 、 柚月が隣に来る 。
「 疲れた? 」
「 ……少し 、 だけ 」
「 そっか 。 頑張ってたもんね 」
さらっと言われて 、 また言葉に詰まる 。
柚月は気にした様子もなく 、 続けた 。
「 翠ちゃん、ちゃんと強いよ 」
「 ……え 」
「 まだ慣れてないだけで 、 動きいいし 。 絶対伸びる 」
翠は 、 視線を落とす 。
そんなふうに言われたこと 、 ほとんどない 。
「 ……私 、 人と話すのも苦手で 」
ぽつりと 、 こぼれる 。
「 迷惑、かけるし…… 」
「 ううん 」
被せるように 、 柚月が言った 。
「 迷惑じゃないよ 」
その声は 、 やっぱり明るい 。
でも 、 さっきより少しだけ静かで 、 優しい 。
「 むしろさ 」
少しだけ身をかがめて 、 目線を合わせる 。
「 頼ってくれたら嬉しい 」
翠は 、 言葉を失う 。
こんなふうに言われるなんて 、 思っていなかった 。
「 一緒に強くなろ? 」
差し出された言葉は 、 シンプルで 、 逃げ場がない 。
けれど今度は 、 怖くなかった 。
少しだけ 、 勇気を出して 。
「 ……はい 」
小さく頷く 。
柚月は 、 それを見て嬉しそうに笑った 。
その笑顔は 、 やっぱり眩しかったけど——
もう 、 目を逸らさなくてもいい気がした 。