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夕焼け空は変わるけど

試験前の高校生のリュックはずっしり重い。肩に重みがのしかかってきてミシミシ言うくらい。
だけど、こんなにため息が出るのはきっと荷物のせいだけじゃない。

おもむろにスマホを取り出すと、中学時代の親友がストーリーを投稿しているのが目に入った。
別に、たいしたことはないんだ。
そのストーリーに写ってる人が私が全然知らない子だというだけで。別の親友のLINEプロフィールの私が写っている写真も、高校で新しくできたであろう友達とのツーショットに変わってるだけで。

だって、私たちが中学を卒業してからもうすぐ初めての夏がやってくる。人間関係が入れ替わるのには十分な時間。
キラキラ眩しい投稿から目を逸らして、私はパタンとスマホを閉じた。心なしか息が詰まってる。

今だってそれなりに楽しい。多くはないけど新しく友達もできたし、部活だって充実してる。
それでも、あのころの日々を毎日擦り切れるほど思い出してるのは私だけなのかな。みんな今が最高で、思い出なんて忘れていて、もう戻れないのかななんて。
みんなで見た夕日の柔らかいピンクとオレンジのグラデーションだって、今見てもなんにも思わない。

世界に一人だけ取り残されたみたい。

俯いて歩いている私の頬を透明な汗が伝った。初夏の日差しは、じりじりと私を焦がしている。
信号待ちに立ち止まってふと空を見上げると思ったよりも太陽が照っていて、眩しさに目を細めた。


高校に入学してから私は、思いっきり笑う感覚を忘れてしまった。作り笑いを顔に貼り付けて、他人からの評価ばかり気にして。
いつも重い荷物を背負っているように肩が強張るんだ。


駅を通り過ぎると、そこには高校生がたくさんいた。鮮やかなお揃いのTシャツを着ている。
修学旅行でもあったのかな。でもこんな田舎に旅行に来る学校なんてないはず。
みんな心からの楽しそうな笑顔を浮かべていて、思わず私は俯いた。

ふと、聞き慣れた声が耳に入る。さっきの鮮やかな黄色いTシャツを着た女の子と、おしゃれな制服を着た女の子がまっすぐにこっちを見ていた。
「あれ、[漢字]葵凪[/漢字][ふりがな]なぎ[/ふりがな]?!」
「ぇ、、、、、[漢字]向夏[/漢字][ふりがな]こなつ[/ふりがな]?と、[漢字]日花[/漢字][ふりがな]ひばな[/ふりがな]、、?」

向夏と日花は中学時代、部活終わりにいつも一緒に帰っていた親友。
あのころは、彼女たちとなら何時間でも喋っていられた。夕焼けを背に、毎日のようにまたねと手を振って家に帰った日々が懐かしい。
私たち3人の名前の一文字目を並べると向日葵になるから、みんな自分たちのことを『向日葵トリオ』と呼んでいた(なんなら向夏は周りの人にもそう呼ばせていた)。

でも今の私は、彼女たちの目をまっすぐに見られなかった。

「久しぶりだね!わたしと日花もついさっき会ったばっかりなんだ!!」
「そう、なんだ。久しぶり!」

それでも、抱き合った二人の体温は温かい。
胸の中で何かがカチリとハマった音がした。

ああ、やっぱり私にとっての居場所はここなんだ。少しだけ、息がしやすくなった。
「ね、あの頃みたいに3人で喋らない?」
「日花天才!!せっかく向日葵トリオが揃ったんだもんね」
「そうだね!」

ーーーーーーーーーーーーーーー

鮮やかな、だけど透き通った夏空の下、私たちはお互いの近況を話していた。
場所は、中学時代毎日使っていた公園。ここはなんにも変わっていなくて、過去に戻ったみたい。
楽しい話し声が途切れることはなかった。
「それでさー、クラスの友達とあんまり気が合わないんだよね〜」
「あの向夏でもそうなんだ、、、。大変だね」
向夏はあの頃と同じようにカラッと笑って言った。
「やっぱり美術部は楽しかったな〜。あそこが1番わたしがわたしらしくいられるところだったからね」
「わかるー。戻りたいなぁ、美術部に」
日花も目を細めて頷いている。

みんな、、、そうなんだ。あの場所を、あの時間を宝物のように思っているのは私だけじゃなかった。
みんなにとっての大事な場所なんだ。
思ってるよりもずっと、時間は空いてないんだ。

卒業して以来ずっと心にたまっていた切ない感情が、水に溶かした絵の具みたいに透明になっていった。
「ほんと、そうだよね、、、!」
出した声が頼りなく震える。さっきまで俯いていた顔が、太陽を追う向日葵みたいに上を向いた。
「ちょっとちょっと葵凪〜、何泣きそうになってんの〜!」
「葵凪は部活大好きだったもんね」
「だった、じゃなくて今もだよ!」

3人で声を立てて笑う。ああ、これだ。思い切り笑ったときの感覚。
爽やかな風が私たちの間に夏の匂いを運んで吹き抜けていった。

夏は私たちにとって特別な季節。だって、夏の大会に向けて全てを懸けてがんばったから。
それに、向日葵は夏の花だからね。
胸いっぱいにワクワクが広がっていく。

「よかった、葵凪元気になったね」
「え?」
どういうこと?
「だって葵凪、あの頃よりもおとなしくなってたんだもん」
「元気ないなって思ってたんだ」

なんだ、気づかれてたんだ。安心したように頬を緩める2人の輪郭を、さっきまで真上にいた太陽が斜めから照らしていた。
みんなの顔が赤く染められている。
これなら私の目が赤くなってるのはバレないかな。

私は、肩の上の重みを振り払うみたいにリュックをアスファルトの上に投げ捨てた。
ふっと肩が軽くなった。ずっと溜まっていた黒いモヤモヤが風に吹かれて消えていく。

「あ、葵凪いいね!今更だけど、わたしもリュック下そ〜っと!」
「ていうか、そろそろ帰る時間だけどね」
日花が時計に目を落としてつぶやく。
「えぇ〜、もうそんな時間か〜!もうちょっとだけ、ね!」
「しょうがないなぁ、もう少しだけだよ!」

ほんと、あの頃のまんまだな。私は思わずくすっと笑う。
向夏がまだ帰りたくないってごねて、日花が冷静になだめて。私はそれを見ていつも笑ってたっけ。

もう少し、もう少しと空いたページを埋めるみたいに話し尽くす。伝えたいことが溢れて止まらないんだ。

「、、、そろそろ本当に帰ろうか」
「そうだね〜!めっちゃ寂しいけど」
「うん、、、。また会って話そうね!」
そう言うと向夏は、絶対だよ!と言って首をこれでもかと縦に振った。日花も笑顔で頷いてくれる。

「あ、最後に写真撮ろうよ!」
「いいね名案!!」
中学の時は学校にスマホは禁止だったから、こうして写真を撮ることもなかったな。たった今写真フォルダに増えた3人での写真を見て頬が緩む。

「じゃあ、またね!」
「絶対にまた会おうね!!」
群青の割合が増えてきた空を背景に、ふたりに手を振る。
まだ名残惜しそうにこっちを振り返っている2人の姿が、あの頃と重なってハッとする。
また明日も会えるのに寂しくて、別れてすぐなのにもう会いたいって思ってた。その気持ちが今でも変わらないのは私だけじゃない。
その光景も気持ちもあの頃となんにも変わってなくて、でもやっぱり向夏が前より垢抜けてたり、日花に彼氏ができてたりして。

今年の夏が去年と全く同じなわけじゃない。夕焼けだって一秒前とは違う色。
全部が流れていく。
だけどその中でもきっと、根っこの部分は変わらないままだって信じていいのかな。

もう一度重たいリュックを背負う。だけどもう、肩に食い込んでくるような重みじゃない。
空を見上げると、首が気持ちいい痛みとともに音を鳴らした。

一秒前とは違う、だけどあの頃と変わらない夕焼けを仰いだ。隣に美術部のみんながいればいいのにな。自然に口角が上がっていた。

群青の空には一番星が青く輝いていた。

2026/06/23 22:38

ぱっぱ
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