空を見上げて、泣いて笑って。
限りなく広い夏空の下、彼女を探す。わかってるんだ、もう彼女はいないって。
なのに、気がつけば目が彼女の影を追っている。見つかるわけないのにね。
……一言でもいい、彼女に謝りたいんだ。最後に見た君の涙が頭からこびりついて離れないから。
あの夏、一緒にアイスを食べたベンチに座ってみる。彼女の温もりはどこにも残ってない。
空を見上げると、爽やかなシアン色に真っ白な入道雲が溶けている。彼女のネックレスに閉じ込められていた模様とそっくりで、懐かしさに思わず目を細める。
その拍子に、涙がこぼれた。
さっきまで目に涙が溜まっていたなんて、気が付かなかった。頬を伝う透明な雫に、彼女がいない世界が映り込んでいる。
……初めてだな。彼女がいなくなってから、泣いたことなんて。
彼女がいなくなったそのときから、僕は心を殺してたんだ。何を見ても、心を動かさないように。
彼女が死んでからは、笑うこともなくことも、今まで以上にしなくなっていた。
死んでいたんだ、僕の心は。
空を見上げて涙を流すなんて、まるで何かの小説みたい。彼女みたいな清々しい空が、僕の心を生き返らせてくれたのかな。
ピコン、とスマホの通知が鳴り響く。メッセージアプリが、彼女の誕生日を知らせていた。
今日は、彼女の誕生日だったんだな。忘れていた。いや、忘れたふりをしていた。
忘れたふりをしながら、この日に彼女の軌跡をたどっていたんだ。
遅れて2回、また通知が鳴る。
その瞬間、心臓が跳ねた。
表示されたのは、彼女の名前。死んだ人からメッセージなんて来るわけがない、ありえない。
震える指で画面をタップすると、それはたしかに、彼女から僕への、メッセージ。送信されたのは、約一年前。
〈天音、ひさしぶりだね!っていっても私は今、君とのデートから帰ってすぐにこの文章を書いています。もう私のお母さんから聞いたと思うけど、改めて言うね。実は私一年前、お医者さんから余命宣告されたんだ。心臓の病気でね、もともと長くなかったんだけど。余命、一年だって。ごめんね、こんな大事なこと秘密にしてて。なんとなくわかるんだ、ああ私、もうすぐ死ぬんだなって。天音、今日ひどいこといっぱい言っちゃってごめん。このまま私の気持ちを伝えられないまま死んじゃうのだけは絶対にいやなの。勇気がないから、このメッセージが君の元に届くのは今から約一年後。天音、きっと今、泣いてるでしょ?泣いてるよね?泣かないでほしいけど、泣いてなかったとしたらそれはそれでやだな。でもね、泣いていいのは今日まで!天音には、笑っててほしいからさ。約束だよ。天音はこれから、私が人生で笑うはずだったぶんまで、ずっとずっと笑っててほしいんだ。私が人生で一番大好きだった、ううん、大好きな人は天音なんだから。これからも、ずっとずっと大好きだよ〉
涙が、止まってくれなかった。ケンカして別れて、それからすぐ次の日。彼女の家から電話がかかってきた。彼女が、死んだ、って。そして思ったんだ。
彼女はきっと、僕のことが大嫌いになっただろうなって。だって、そうでしょ?
いつも明るく笑ってる彼女と、暗い顔で沈んでる僕。何から何まで、真逆なんだからさ。
蒸し暑い夏の空気が肌にまとわりついていたあの日。
彼女は僕に言った。
「天音はさ、もっと笑ってようよ。明るい顔で過ごしていたら、きっと未来も明るくなるよ!」
あのとき僕は、頭に血が昇っていた。いつも楽しそうに生きている君に、僕の何がわかるんだって。だから、言ってしまったんだ。
「わかってるだろ、僕は父さんが死んでるんだよ。なのに明るい顔で過ごすなんてさ、、、できるわけない!なんの悩みもなく生きている君にはわからないだろうけど!」
彼女の置かれていた状況も考えずに、そんなひどいことを。あの後彼女のお母さんから彼女の病気のことを知らされた時は血の気が引いた。
「っ、、、私だって、、!じつは、さ」
あの時君は、病気のことを打ち明けようとしてたんだよね。涙に震えた声で、それでも必死に。なのに僕は。
「ごめん、今日はもう帰る」
そう言って突き放したんだ。視界の端に映った彼女の手は、細かく震えていた。
あんな最低なことを言って、嫌われて当然だ。だけど心のどこかで、嫌われてませんようにと願う僕がいた。
こんな日にさ、あんなことをした僕に、大好きだって言ってくれるなんて、、、。涙が、止まらないじゃないか。約束も、守れそうにないよ。手のひらで拭った涙は温かかった。いつもいつも笑顔だった君のぶんまで笑って過ごすなんて、根暗な僕にはハードルが高いよ。
父さんが死んだ時でも、こんなには泣かなかったのにさ。
いつのまにか空は茜色に染まっていた。天高いところで一番星が瞬いている。
もう一件メッセが来ていたのを思い出して、僕はもう一度スマホを開く。
〈天音は忘れっぽいからね。おまじないをかけてあげる!今日、家に帰ったらポストの中を覗いてみてね〉
これだけ?と思うほど簡潔で短いメッセージ。
おまじないって、なんだろう?僕は彼女のことだけを考えながら、君との思い出が詰まった帰り道を歩いて行った。
ーーーーーーーーーーーー
夏の夜は意外に寒いのか、ポストはひんやりしている。熱がこもった身体に心地よくて、思わず手を押し当てる。
ポストの中を覗くと、そこにはかわいらしくラッピングされた小さな段ボール。向日葵のイラストが書いてあって頬がゆるむ。向日葵はまるで彼女みたいな花だ。
中身を取り出すと、そこには。
彼女愛用の、夏空を閉じ込めたネックレス。それから、小さな小さなメッセージカード。柄はやっぱり向日葵。
〈天音が私のことを向日葵見たいって言ってくれたからこの柄にしたよ。これで、このネックレスを見るたびに私との約束、思い出してくれるよね?ずっとずっと、天音のことが大好きだよ〉
彼女らしい丸文字でそう書かれていた。
おまじないってそういうことか。
君は僕のことをよくわかってるね。たしかに、これなら毎日約束を思い出せそうだよ。
あんなに辛い病気にかかっても、君は朗らかに笑ってたんだ。大切な人の死を言いわけになんてできないな。きっと、きっとだけど、僕にだってできるはず。君が笑えなかったぶんまで、僕が笑い尽くしてやる。
だけど、ごめんね。ときどきは君のことを思い出して泣いてしまうかもしれない。でもそんな時も、泣けるだけ泣いたらまた笑えるかな。君みたいな爽やかな夏空のように。
空はすっかり暗くなって、夏の大三角が僕らを見下ろしている。満点の星空の下、彼女のネックレスを握りしめたまま、僕は泣いて、それから不器用に笑った。
まだまだ笑顔には慣れないけどさ、これからどんどん笑っていくから見守っててよ。
うん、がんばれ、と頷いてくれたかのように、青い星が一つ瞬いた。
なのに、気がつけば目が彼女の影を追っている。見つかるわけないのにね。
……一言でもいい、彼女に謝りたいんだ。最後に見た君の涙が頭からこびりついて離れないから。
あの夏、一緒にアイスを食べたベンチに座ってみる。彼女の温もりはどこにも残ってない。
空を見上げると、爽やかなシアン色に真っ白な入道雲が溶けている。彼女のネックレスに閉じ込められていた模様とそっくりで、懐かしさに思わず目を細める。
その拍子に、涙がこぼれた。
さっきまで目に涙が溜まっていたなんて、気が付かなかった。頬を伝う透明な雫に、彼女がいない世界が映り込んでいる。
……初めてだな。彼女がいなくなってから、泣いたことなんて。
彼女がいなくなったそのときから、僕は心を殺してたんだ。何を見ても、心を動かさないように。
彼女が死んでからは、笑うこともなくことも、今まで以上にしなくなっていた。
死んでいたんだ、僕の心は。
空を見上げて涙を流すなんて、まるで何かの小説みたい。彼女みたいな清々しい空が、僕の心を生き返らせてくれたのかな。
ピコン、とスマホの通知が鳴り響く。メッセージアプリが、彼女の誕生日を知らせていた。
今日は、彼女の誕生日だったんだな。忘れていた。いや、忘れたふりをしていた。
忘れたふりをしながら、この日に彼女の軌跡をたどっていたんだ。
遅れて2回、また通知が鳴る。
その瞬間、心臓が跳ねた。
表示されたのは、彼女の名前。死んだ人からメッセージなんて来るわけがない、ありえない。
震える指で画面をタップすると、それはたしかに、彼女から僕への、メッセージ。送信されたのは、約一年前。
〈天音、ひさしぶりだね!っていっても私は今、君とのデートから帰ってすぐにこの文章を書いています。もう私のお母さんから聞いたと思うけど、改めて言うね。実は私一年前、お医者さんから余命宣告されたんだ。心臓の病気でね、もともと長くなかったんだけど。余命、一年だって。ごめんね、こんな大事なこと秘密にしてて。なんとなくわかるんだ、ああ私、もうすぐ死ぬんだなって。天音、今日ひどいこといっぱい言っちゃってごめん。このまま私の気持ちを伝えられないまま死んじゃうのだけは絶対にいやなの。勇気がないから、このメッセージが君の元に届くのは今から約一年後。天音、きっと今、泣いてるでしょ?泣いてるよね?泣かないでほしいけど、泣いてなかったとしたらそれはそれでやだな。でもね、泣いていいのは今日まで!天音には、笑っててほしいからさ。約束だよ。天音はこれから、私が人生で笑うはずだったぶんまで、ずっとずっと笑っててほしいんだ。私が人生で一番大好きだった、ううん、大好きな人は天音なんだから。これからも、ずっとずっと大好きだよ〉
涙が、止まってくれなかった。ケンカして別れて、それからすぐ次の日。彼女の家から電話がかかってきた。彼女が、死んだ、って。そして思ったんだ。
彼女はきっと、僕のことが大嫌いになっただろうなって。だって、そうでしょ?
いつも明るく笑ってる彼女と、暗い顔で沈んでる僕。何から何まで、真逆なんだからさ。
蒸し暑い夏の空気が肌にまとわりついていたあの日。
彼女は僕に言った。
「天音はさ、もっと笑ってようよ。明るい顔で過ごしていたら、きっと未来も明るくなるよ!」
あのとき僕は、頭に血が昇っていた。いつも楽しそうに生きている君に、僕の何がわかるんだって。だから、言ってしまったんだ。
「わかってるだろ、僕は父さんが死んでるんだよ。なのに明るい顔で過ごすなんてさ、、、できるわけない!なんの悩みもなく生きている君にはわからないだろうけど!」
彼女の置かれていた状況も考えずに、そんなひどいことを。あの後彼女のお母さんから彼女の病気のことを知らされた時は血の気が引いた。
「っ、、、私だって、、!じつは、さ」
あの時君は、病気のことを打ち明けようとしてたんだよね。涙に震えた声で、それでも必死に。なのに僕は。
「ごめん、今日はもう帰る」
そう言って突き放したんだ。視界の端に映った彼女の手は、細かく震えていた。
あんな最低なことを言って、嫌われて当然だ。だけど心のどこかで、嫌われてませんようにと願う僕がいた。
こんな日にさ、あんなことをした僕に、大好きだって言ってくれるなんて、、、。涙が、止まらないじゃないか。約束も、守れそうにないよ。手のひらで拭った涙は温かかった。いつもいつも笑顔だった君のぶんまで笑って過ごすなんて、根暗な僕にはハードルが高いよ。
父さんが死んだ時でも、こんなには泣かなかったのにさ。
いつのまにか空は茜色に染まっていた。天高いところで一番星が瞬いている。
もう一件メッセが来ていたのを思い出して、僕はもう一度スマホを開く。
〈天音は忘れっぽいからね。おまじないをかけてあげる!今日、家に帰ったらポストの中を覗いてみてね〉
これだけ?と思うほど簡潔で短いメッセージ。
おまじないって、なんだろう?僕は彼女のことだけを考えながら、君との思い出が詰まった帰り道を歩いて行った。
ーーーーーーーーーーーー
夏の夜は意外に寒いのか、ポストはひんやりしている。熱がこもった身体に心地よくて、思わず手を押し当てる。
ポストの中を覗くと、そこにはかわいらしくラッピングされた小さな段ボール。向日葵のイラストが書いてあって頬がゆるむ。向日葵はまるで彼女みたいな花だ。
中身を取り出すと、そこには。
彼女愛用の、夏空を閉じ込めたネックレス。それから、小さな小さなメッセージカード。柄はやっぱり向日葵。
〈天音が私のことを向日葵見たいって言ってくれたからこの柄にしたよ。これで、このネックレスを見るたびに私との約束、思い出してくれるよね?ずっとずっと、天音のことが大好きだよ〉
彼女らしい丸文字でそう書かれていた。
おまじないってそういうことか。
君は僕のことをよくわかってるね。たしかに、これなら毎日約束を思い出せそうだよ。
あんなに辛い病気にかかっても、君は朗らかに笑ってたんだ。大切な人の死を言いわけになんてできないな。きっと、きっとだけど、僕にだってできるはず。君が笑えなかったぶんまで、僕が笑い尽くしてやる。
だけど、ごめんね。ときどきは君のことを思い出して泣いてしまうかもしれない。でもそんな時も、泣けるだけ泣いたらまた笑えるかな。君みたいな爽やかな夏空のように。
空はすっかり暗くなって、夏の大三角が僕らを見下ろしている。満点の星空の下、彼女のネックレスを握りしめたまま、僕は泣いて、それから不器用に笑った。
まだまだ笑顔には慣れないけどさ、これからどんどん笑っていくから見守っててよ。
うん、がんばれ、と頷いてくれたかのように、青い星が一つ瞬いた。
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