分からなかったけれど
愛する殿下。
私は後どれくらいあなたの隣に立てるでしょうか。
私が、あなたに愛される日は来るのでしょうか。
分からない。分かりません。
あなたの憂いを帯びたブルーの瞳も、あなたの輝かんばかりの金髪も、何百回も、何千回も見てきたし、きっとあなたを知っている人で誰より愛しく思っているのに。
あなたを幼い頃からずっと、一番見ているのは私だと言うのに。
分からない。分からない……………。
本当にーーー?
いいえ。分からないのではない。
分からないフリをしているのだ。
本当は、もう潮時なのだと分かっている。
本当は、あなたが私を愛することがないってことくらい、分かっている。
本当は、本当は…………
憂いを帯びたブルーの瞳が見つめる先を知っている。
だって、あなたを一番見てきたのは私だから。
婚約者として将来妻になる予定の私は、10年経っても、殿下、ことーーー
アレク・リシクドア王太子に名前を呼ぶ許可を得ていない。
それどころか、家の命令で行なっている月に一度のお茶会では、いつも仕事の話ばかり。
まるで上司と部下の執務室での会話。
これが王族では普通なのは分かっている。
これで殿下が他の人にもそんな態度ならば、問題なかったのかもしれない。
けれど殿下は、態度には極力出さないようにしているけれど、けれど…子爵令嬢のアリア・スピリアを愛してる。
きっと周りの人は気づかない。
例えば眉毛が少し上がったり、一瞬口角が上がったり、鋭い切れ目が、すこしなだらかになったり。
私にはいつも、険しい顔をしてるのに。
そんな些細な変化。
本当は身を引いて、修道院にでも行って、あなたの幸せを見届けたい。
心は苦しいけど、きっと時が解決してくれる。
でも、王室の秘密や隣国の貿易の重要案など、さまざまな情報を知ってしまった私は、殿下に嫁がなければ、毒を飲んで自害するしかない。
私が原因で情報が漏洩する可能性があるからだ。
私は弱い。
公爵令嬢としても、殿下の婚約者としても、マリア・アストリッド、1人の人間としても。
自分が愛する人は違う人を愛するのを分かっていながらその人と結婚し生涯を添い遂げるなんて、神の前で一生愛するなんて嘘を、彼の口から出させるなんて………
弱い私にはできない。
妃教育のお陰で無駄に知識があり、感が鋭い私には分かる。
多分私が死んでも、いい具合に事が運ぶようになっている。
多分お父様は私と同スペックか、少し劣るかのスペアを1人は用意している。
もし私が自害を図っても、アストリッド家の息のかかった令嬢を殿下に嫁がせるために。
殿下は私が死んだら多少の悲しみはするだろうが、愛とかそんな曖昧なものからではなく、己の立場や責任感からの悲しみだ。
彼は強い。愛する彼女を妃にし、幸せな家庭を築くかもしれない。
こんな私を頼りにしてくれている文官達も、殿下よりかは悲しむかもしれないけれど、同スペックの違う令嬢が来れば、時と共に忘れるだろう。
そう考えてみると、私の人生はなんだったのだろう。
私がいなくても困らない人たちだけで構成されている人生。
No.1じゃなければせめて、Only1でありたかった。
なんて………………どっちも叶わなかったけど。
まぁ、そんな人生だった訳で。
私そろそろ死のうかしら。
寝室横のベットの棚から、眠るように死ねるという毒を取り出す。
決して禍々しい色ではなくて、透き通るような虹色。
不思議と心は軽い。
こんなに心が軽いのはいつぶりだろう。
あの張り裂けそうな胸の痛みも、いつもツンと痛くなる鼻の奥の痛みも、何も感じない。
こんなにも穏やかな最期。
思い切って瓶に入ったその薬を飲み込む。
それは初めて感じる味で、美味しいのか、はたまた不味いのか。
いまいち分からなかったけれど、なんだか和やかな味がした。
死ぬのも案外悪くないのかもしれない。
さようなら殿下。
私はあなたを愛していました。お元気で。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
婚約者である、マリア・アストリッド公爵令嬢が自害した。
その報告を受け聞いた時は信じられなかった。
心に穴が空いたような、そんな感覚。
彼女の動機が分からなかった。
なぜ。
友人?
いや、彼女に友人と呼べる人物はいないと認識している。
勉学に嫌気が…?
いや、彼女は非常に勉学を好んでいたためその可能性は考えにくい。
じゃあーー何なのだ…?
「殿下、遺書がございます。殿下宛に。」
遺言?それに彼女の動機も記されているのだろうか。
「そうなのか。見せてくれ」
[斜体]愛する殿下へ。
これを読んでいる頃、私はこの世にいないでしょう。
私が自害した理由は至って簡単です。
私があなたを愛してしまったから。
ごめんなさい。
多少の迷惑がかかることは承知の上です。
もう耐えられなかったのです。
殿下、子爵令嬢のアリア・スピリアを愛してるでしょう?
わたしの愛する人が違う人を愛してる
そんな事実がどうしても耐えられなかった。
身勝手なことだと分かっています。
王族の結婚に愛を求められないことも分かっています。
分かっていますとも。
でも私は弱いから……。
どうか最期まで迷惑をかけた私を許してください。
愛する殿下の幸せを心から願っております。
マリア・アストリッドーーーー[/斜体]
これは本当に彼女が書いた手紙なのか。
そんな事が頭をよぎったが、少し癖のある右に流れる美しい文字は彼女のもの。
子爵令嬢マリア・スピリア
彼女のことを愛しているー?
俺が?
ありえない。
彼女は妹のような、そんな存在だった。
恋愛感情など抱いた事もないし、向こうなんて俺に恋愛相談をしてくるくらいだ。
俺が1番愛していたのはっ…………!
愛していた………?
俺は………
彼女を…愛していたの…か……?
そう考えた瞬間、全てのパズルのピースが一度にピタッと嵌まるような、するすると自分の中の絡まった糸が解けていくような感覚に襲われた。
なぜ彼女が自分以外の男と話しているともやもやするのか。
月に一度の茶会では仕事の話しかしていなかったけど、それでも彼女の声が聞けることがなぜあんなに嬉しかったのか。
彼女の形のいい唇から殿下、と敬称で呼ばれるのが他人行儀で苦しかったのに、どうにも照れて名前で呼んでくれとも言えなかったのはなぜなのか。
なぜ彼女の綺麗な紫の瞳に見つめられると顔がこわばってしまうのか。
分からなかった。
そうか。
そうだったのか。
私は、君を、愛していたのか。
君が死んでようやく気づくなんて。
馬鹿な男だと、君は笑うかな?
誰よりも勤勉で、真面目で、こんな俺を愛してくれた人。
あぁ、マリア。
愛している。
この世の誰より君を。
私は、マリアの少し癖のある字が滲んでいくのを、ぼやけた視界で見つめることしかできなかった。
私は後どれくらいあなたの隣に立てるでしょうか。
私が、あなたに愛される日は来るのでしょうか。
分からない。分かりません。
あなたの憂いを帯びたブルーの瞳も、あなたの輝かんばかりの金髪も、何百回も、何千回も見てきたし、きっとあなたを知っている人で誰より愛しく思っているのに。
あなたを幼い頃からずっと、一番見ているのは私だと言うのに。
分からない。分からない……………。
本当にーーー?
いいえ。分からないのではない。
分からないフリをしているのだ。
本当は、もう潮時なのだと分かっている。
本当は、あなたが私を愛することがないってことくらい、分かっている。
本当は、本当は…………
憂いを帯びたブルーの瞳が見つめる先を知っている。
だって、あなたを一番見てきたのは私だから。
婚約者として将来妻になる予定の私は、10年経っても、殿下、ことーーー
アレク・リシクドア王太子に名前を呼ぶ許可を得ていない。
それどころか、家の命令で行なっている月に一度のお茶会では、いつも仕事の話ばかり。
まるで上司と部下の執務室での会話。
これが王族では普通なのは分かっている。
これで殿下が他の人にもそんな態度ならば、問題なかったのかもしれない。
けれど殿下は、態度には極力出さないようにしているけれど、けれど…子爵令嬢のアリア・スピリアを愛してる。
きっと周りの人は気づかない。
例えば眉毛が少し上がったり、一瞬口角が上がったり、鋭い切れ目が、すこしなだらかになったり。
私にはいつも、険しい顔をしてるのに。
そんな些細な変化。
本当は身を引いて、修道院にでも行って、あなたの幸せを見届けたい。
心は苦しいけど、きっと時が解決してくれる。
でも、王室の秘密や隣国の貿易の重要案など、さまざまな情報を知ってしまった私は、殿下に嫁がなければ、毒を飲んで自害するしかない。
私が原因で情報が漏洩する可能性があるからだ。
私は弱い。
公爵令嬢としても、殿下の婚約者としても、マリア・アストリッド、1人の人間としても。
自分が愛する人は違う人を愛するのを分かっていながらその人と結婚し生涯を添い遂げるなんて、神の前で一生愛するなんて嘘を、彼の口から出させるなんて………
弱い私にはできない。
妃教育のお陰で無駄に知識があり、感が鋭い私には分かる。
多分私が死んでも、いい具合に事が運ぶようになっている。
多分お父様は私と同スペックか、少し劣るかのスペアを1人は用意している。
もし私が自害を図っても、アストリッド家の息のかかった令嬢を殿下に嫁がせるために。
殿下は私が死んだら多少の悲しみはするだろうが、愛とかそんな曖昧なものからではなく、己の立場や責任感からの悲しみだ。
彼は強い。愛する彼女を妃にし、幸せな家庭を築くかもしれない。
こんな私を頼りにしてくれている文官達も、殿下よりかは悲しむかもしれないけれど、同スペックの違う令嬢が来れば、時と共に忘れるだろう。
そう考えてみると、私の人生はなんだったのだろう。
私がいなくても困らない人たちだけで構成されている人生。
No.1じゃなければせめて、Only1でありたかった。
なんて………………どっちも叶わなかったけど。
まぁ、そんな人生だった訳で。
私そろそろ死のうかしら。
寝室横のベットの棚から、眠るように死ねるという毒を取り出す。
決して禍々しい色ではなくて、透き通るような虹色。
不思議と心は軽い。
こんなに心が軽いのはいつぶりだろう。
あの張り裂けそうな胸の痛みも、いつもツンと痛くなる鼻の奥の痛みも、何も感じない。
こんなにも穏やかな最期。
思い切って瓶に入ったその薬を飲み込む。
それは初めて感じる味で、美味しいのか、はたまた不味いのか。
いまいち分からなかったけれど、なんだか和やかな味がした。
死ぬのも案外悪くないのかもしれない。
さようなら殿下。
私はあなたを愛していました。お元気で。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
婚約者である、マリア・アストリッド公爵令嬢が自害した。
その報告を受け聞いた時は信じられなかった。
心に穴が空いたような、そんな感覚。
彼女の動機が分からなかった。
なぜ。
友人?
いや、彼女に友人と呼べる人物はいないと認識している。
勉学に嫌気が…?
いや、彼女は非常に勉学を好んでいたためその可能性は考えにくい。
じゃあーー何なのだ…?
「殿下、遺書がございます。殿下宛に。」
遺言?それに彼女の動機も記されているのだろうか。
「そうなのか。見せてくれ」
[斜体]愛する殿下へ。
これを読んでいる頃、私はこの世にいないでしょう。
私が自害した理由は至って簡単です。
私があなたを愛してしまったから。
ごめんなさい。
多少の迷惑がかかることは承知の上です。
もう耐えられなかったのです。
殿下、子爵令嬢のアリア・スピリアを愛してるでしょう?
わたしの愛する人が違う人を愛してる
そんな事実がどうしても耐えられなかった。
身勝手なことだと分かっています。
王族の結婚に愛を求められないことも分かっています。
分かっていますとも。
でも私は弱いから……。
どうか最期まで迷惑をかけた私を許してください。
愛する殿下の幸せを心から願っております。
マリア・アストリッドーーーー[/斜体]
これは本当に彼女が書いた手紙なのか。
そんな事が頭をよぎったが、少し癖のある右に流れる美しい文字は彼女のもの。
子爵令嬢マリア・スピリア
彼女のことを愛しているー?
俺が?
ありえない。
彼女は妹のような、そんな存在だった。
恋愛感情など抱いた事もないし、向こうなんて俺に恋愛相談をしてくるくらいだ。
俺が1番愛していたのはっ…………!
愛していた………?
俺は………
彼女を…愛していたの…か……?
そう考えた瞬間、全てのパズルのピースが一度にピタッと嵌まるような、するすると自分の中の絡まった糸が解けていくような感覚に襲われた。
なぜ彼女が自分以外の男と話しているともやもやするのか。
月に一度の茶会では仕事の話しかしていなかったけど、それでも彼女の声が聞けることがなぜあんなに嬉しかったのか。
彼女の形のいい唇から殿下、と敬称で呼ばれるのが他人行儀で苦しかったのに、どうにも照れて名前で呼んでくれとも言えなかったのはなぜなのか。
なぜ彼女の綺麗な紫の瞳に見つめられると顔がこわばってしまうのか。
分からなかった。
そうか。
そうだったのか。
私は、君を、愛していたのか。
君が死んでようやく気づくなんて。
馬鹿な男だと、君は笑うかな?
誰よりも勤勉で、真面目で、こんな俺を愛してくれた人。
あぁ、マリア。
愛している。
この世の誰より君を。
私は、マリアの少し癖のある字が滲んでいくのを、ぼやけた視界で見つめることしかできなかった。
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