[漢字]町崎[/漢字][ふりがな]まちざき[/ふりがな][漢字]永美梨[/漢字][ふりがな]えみり[/ふりがな]は変人であった。具体的に何がどう変人なのかと言うと、趣味が『人間観察』なのである。本当に。そのような人間はしばしば中二病と関連付けられるが、彼女にはそのような傾向はほとんど無かった。受け答えも普通だし痛い言葉遣いもしない。模範的中学生と言っても良かった。しかし変人である。全てがその言葉で無に帰す程度にはどうしようもないのである。
時間帯は昼休み。彼女は今日も今日とてといった様子で中学校の屋上に上り、フェンスに完全には体を預けないように注意しながら寄り掛かり、下の景色を眺める。しかし校庭を慌てて駆けていく、遅刻したらしき少女の他には通行人も外に出ている人もいない。代わりに上を見る。
「いい天気だなぁ……」
呟いた声には本心か漏れていた。月並みな表現をすれば、『幸せそう』な顔をしながら……雲一つない空を数十秒ほど眺める。その青空のキャンバスを真っ白な鳩が横切った。これでその鳩がクローバーでも咥えていたら何かの平和団体のポスターにも使えそうな絵面である。そして別の方向から見れば、屋上で空を眺める金髪美少女・永美梨の図。これはこれで画になるというものだ。
……彼女はやや浮いていた。趣味とは関係ない方面である。金髪に黒い瞳の美少女。髪は地毛、純日本人ではなかなか珍しい容姿と名前をした彼女は、やはりというかハーフの人間であった。決して虐めなどの対象になっている訳ではないものの、高嶺の花か単純に奇異なのか。進んで関わろうとする人間は片手で十分すぎるほどに足りる。そのような具合なので、彼女の性質も少しづつ歪みつつある。陽から陰へと。
とはいえ、外から見れば未だに繕えている範囲ではある。少なくとも『悲惨』ではないのだから。
「……?」
そのまましばし何も考えずに遠くを眺めていたかと思えば、彼女はおもむろにゆっくりと振り向いた。視線の先には扉がある。屋上へ通じている扉は一つしかなく、そこから足音のようなものが聞こえてきたからである。そしてそれは階段を上る音だと確信できる程に大きくなり、やがて扉を開けるがちゃりという音で一種の極点に達した。屋上に入ってきた、いや出てきたのは永美梨と知り合いらしき少女だった。今初めて互いの姿を確認したにも関わらず驚かないのが証拠である。
「……また人間観察?」
「うん。正確には『これから』だけど」
「ふーん。隣いい?」
「どーぞ」
返答を待たずに永美梨の隣に向けて歩き始めていた彼女の名前は[漢字]中村[/漢字][ふりがな]なかむら[/ふりがな][漢字]萌果[/漢字][ふりがな]もか[/ふりがな]という。制服を着ていなければ高校生に間違えられかねない身長と整った顔立ちから『クールビューティー』と渾名されている、永美梨とはまたベクトルが違った浮き方をした少女であった。
「いい天気だなーって眺めてたんだよね。真っ白な鳩が横切ってったよ」
「人間観察はしないの?」
「うん?……うーん」
永美梨は柵の棒と棒の間から下の景色をちらりと見るが、首を振る。
「誰もいないんだよ。お昼だから」
「じゃあ何の為に屋上来たの……?人間観察から自然観察にでも鞍替えした?」
「少なくとも今は人間観察できてるよ」
中村さんの観察、とは明言しない永美梨であった。
……このやり取りで察せられるだろうが、萌果はやや性格に難がある。しかし前述の通り外面が良い上一般には優等生と通っている。それら全ての事情を諒解している同級生は敬して遠ざけるというか、触らぬ神に祟りなしというか、まあそんな感じな暗黙のルールの下距離を置くようになったのである。
永美梨は追及される前に一旦切った言葉を続ける。
「それにしても本当にいい天気だねぇ。変に暑かったり寒かったりじゃなくて……ずっとこんな感じだったらいいのに」
「うん……ところでさ」
「なに?」
「この辺にあんな真っ白な鳩いたっけ?」
すわ先ほどのことで追及されるかと身構えた彼女に対し、萌果は全く逆の方を指差す。その方向には、ついさっき永美梨の前を通り過ぎて行った、あの真っ白な鳩が柵に止まって日向ぼっこをしている姿があった。
「あぁ、あの鳩……そんなに鳩なんて観察してないからわからないけど……確かに見たことない気がするね」
「この辺にいるのはドバトって言うんだよ。でも時々いる白い鳩よりもっと白い。アルビノでもない気がするし種類も違う……?」
「私はわかんないなぁ。もしかして捕まえるの?」
「普通に考えたら無理でしょ。だって飛べないし」
萌果は鳩を睨みつけてため息をついた。……睨まれた鳩の方はというと、ある時点から二人のやり取りに関心を持っていると見え――――顔を向けてきてから微動だにしない。
「……」
「……」
「……」
数十秒が過ぎた。いつの間にか二人も無言で、鳩を見詰めている。その視線は単なる興味ではない。自分たちと同じく浮いているのではないか、という同族意識。目を逸らしたら負けな気がする、という意味不明な対抗心。そして、どことなく奇妙なものを感じる――――という、説明不能の異物感。エネルギーは根気か体力か。無言の戦いがしばし続く。
やがて先に音を上げたのは鳩のほうであった。顔ごと視線を逸らしてから飛び立つ早さに、静寂に慣れていた二人が目を回しそうになったほどである。
「……何だったんだろう」
「悪い知らせだったり?」
永美梨の呟きに萌果が軽口で応じる。しかし言った方はすぐにそれを後悔した。永美梨の表情は晴れない。それどころか、「先に戻ってるね」と言って屋上から去ってしまったのである。まだ昼休みは半分以上残されているにも関わらず。
萌果は常の彼女には似合わない不安そうな表情を消そうと努めた。しかし、別の少女が屋上にやって来た時にはまだ完全に消せてはいなかったのである。
時間帯は昼休み。彼女は今日も今日とてといった様子で中学校の屋上に上り、フェンスに完全には体を預けないように注意しながら寄り掛かり、下の景色を眺める。しかし校庭を慌てて駆けていく、遅刻したらしき少女の他には通行人も外に出ている人もいない。代わりに上を見る。
「いい天気だなぁ……」
呟いた声には本心か漏れていた。月並みな表現をすれば、『幸せそう』な顔をしながら……雲一つない空を数十秒ほど眺める。その青空のキャンバスを真っ白な鳩が横切った。これでその鳩がクローバーでも咥えていたら何かの平和団体のポスターにも使えそうな絵面である。そして別の方向から見れば、屋上で空を眺める金髪美少女・永美梨の図。これはこれで画になるというものだ。
……彼女はやや浮いていた。趣味とは関係ない方面である。金髪に黒い瞳の美少女。髪は地毛、純日本人ではなかなか珍しい容姿と名前をした彼女は、やはりというかハーフの人間であった。決して虐めなどの対象になっている訳ではないものの、高嶺の花か単純に奇異なのか。進んで関わろうとする人間は片手で十分すぎるほどに足りる。そのような具合なので、彼女の性質も少しづつ歪みつつある。陽から陰へと。
とはいえ、外から見れば未だに繕えている範囲ではある。少なくとも『悲惨』ではないのだから。
「……?」
そのまましばし何も考えずに遠くを眺めていたかと思えば、彼女はおもむろにゆっくりと振り向いた。視線の先には扉がある。屋上へ通じている扉は一つしかなく、そこから足音のようなものが聞こえてきたからである。そしてそれは階段を上る音だと確信できる程に大きくなり、やがて扉を開けるがちゃりという音で一種の極点に達した。屋上に入ってきた、いや出てきたのは永美梨と知り合いらしき少女だった。今初めて互いの姿を確認したにも関わらず驚かないのが証拠である。
「……また人間観察?」
「うん。正確には『これから』だけど」
「ふーん。隣いい?」
「どーぞ」
返答を待たずに永美梨の隣に向けて歩き始めていた彼女の名前は[漢字]中村[/漢字][ふりがな]なかむら[/ふりがな][漢字]萌果[/漢字][ふりがな]もか[/ふりがな]という。制服を着ていなければ高校生に間違えられかねない身長と整った顔立ちから『クールビューティー』と渾名されている、永美梨とはまたベクトルが違った浮き方をした少女であった。
「いい天気だなーって眺めてたんだよね。真っ白な鳩が横切ってったよ」
「人間観察はしないの?」
「うん?……うーん」
永美梨は柵の棒と棒の間から下の景色をちらりと見るが、首を振る。
「誰もいないんだよ。お昼だから」
「じゃあ何の為に屋上来たの……?人間観察から自然観察にでも鞍替えした?」
「少なくとも今は人間観察できてるよ」
中村さんの観察、とは明言しない永美梨であった。
……このやり取りで察せられるだろうが、萌果はやや性格に難がある。しかし前述の通り外面が良い上一般には優等生と通っている。それら全ての事情を諒解している同級生は敬して遠ざけるというか、触らぬ神に祟りなしというか、まあそんな感じな暗黙のルールの下距離を置くようになったのである。
永美梨は追及される前に一旦切った言葉を続ける。
「それにしても本当にいい天気だねぇ。変に暑かったり寒かったりじゃなくて……ずっとこんな感じだったらいいのに」
「うん……ところでさ」
「なに?」
「この辺にあんな真っ白な鳩いたっけ?」
すわ先ほどのことで追及されるかと身構えた彼女に対し、萌果は全く逆の方を指差す。その方向には、ついさっき永美梨の前を通り過ぎて行った、あの真っ白な鳩が柵に止まって日向ぼっこをしている姿があった。
「あぁ、あの鳩……そんなに鳩なんて観察してないからわからないけど……確かに見たことない気がするね」
「この辺にいるのはドバトって言うんだよ。でも時々いる白い鳩よりもっと白い。アルビノでもない気がするし種類も違う……?」
「私はわかんないなぁ。もしかして捕まえるの?」
「普通に考えたら無理でしょ。だって飛べないし」
萌果は鳩を睨みつけてため息をついた。……睨まれた鳩の方はというと、ある時点から二人のやり取りに関心を持っていると見え――――顔を向けてきてから微動だにしない。
「……」
「……」
「……」
数十秒が過ぎた。いつの間にか二人も無言で、鳩を見詰めている。その視線は単なる興味ではない。自分たちと同じく浮いているのではないか、という同族意識。目を逸らしたら負けな気がする、という意味不明な対抗心。そして、どことなく奇妙なものを感じる――――という、説明不能の異物感。エネルギーは根気か体力か。無言の戦いがしばし続く。
やがて先に音を上げたのは鳩のほうであった。顔ごと視線を逸らしてから飛び立つ早さに、静寂に慣れていた二人が目を回しそうになったほどである。
「……何だったんだろう」
「悪い知らせだったり?」
永美梨の呟きに萌果が軽口で応じる。しかし言った方はすぐにそれを後悔した。永美梨の表情は晴れない。それどころか、「先に戻ってるね」と言って屋上から去ってしまったのである。まだ昼休みは半分以上残されているにも関わらず。
萌果は常の彼女には似合わない不安そうな表情を消そうと努めた。しかし、別の少女が屋上にやって来た時にはまだ完全に消せてはいなかったのである。