我らは変遷と共に歩むことを強要される
#1
Doctor
私は、自分で言うのもなんだけど、
[太字]人より頭がいい。[/太字]
でも、それだけ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
定期テストの日の夜。
打ち上げ感覚で友達と遠くまで行って外食してそのあとカラオケ。
もう遅い時間。電車から降りて帰る準備をする。
「今日はわざわざありがとー!またいつかどっか行こー!」
今日の主催者がコールする。
「うん!また明日ー!」
「また行こうねー!」
「じゃあねー!」
「バイバーイ!」
各々コールがあがる。
夜の8時、現在地は最寄り駅。
みんなは東口へ、
私だけ方向が違うので駅の西口へ。
人通りは東口も西口も変わらない。
仕事終わりの偉そうなサラリーマンも
バイト終わりの友達と連む高校生も
ギャルのようなメイクをした女の人もいた。
これに比べれば一切平凡なのかもしれない私だが、
それであっても幸せだ。
なんて考えながら階段を降りてる場合ではなかったのかもしれない。
朱色の髪のスラッとしたお姉さんが物凄い形相で近づく。
[小文字]「見つけた、リネットだ。」[/小文字]
無線で報告しているのか、呟いている。
リネット。私の名。
探されていたのか?
そんなこと考える間もなく、私はお姉さんに全身を押さえつけられて動けなくなった。
「ちょっとごめんね…」
情のない謝罪。
「なんでっ…!なにしてっ……」
咄嗟に口を押さえつけられ喋れない。
必死に藻掻くも周りにはさっきまでいた人もいなくなっていた。
電車の本数はあまり多くないこの駅じゃこうなるか…
んなこと考えてる場合じゃない。
一刻も早く逃げ出さないと……
(!?)
お姉さんが口に手を突っ込んできた。
何をする気…!?
心做しか金属の味がする…
まさか……!?
シュウゥゥゥ…
催眠スプレー。
もう無理だ…
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて……
頼まれたリネットは回収できた…
あとは“輸送”か…
かったりぃ……
リネット…相当頭が良いらしいね…
理事長があれだけ欲しがってた……
リネットが完了したら、もう逃げてやろうかな……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
はぁ………
やっと着いた……
行く時も思ったけどさ…?
片道が車で1時間半弱はどうかしてるよ………
わざわざ私じゃなくてもいいじゃんか…?
軽自動車しか持ってないのに……
もう0時………予定通りだけど。
[小文字]「着いた。運搬の援護求む。」
『了解。今すぐ行く。』
『私も行かせてもらう。』
「手術班。準備はどうだ?」
『大丈夫だ。できている。』[/小文字]
あとは待つのみ……
「キャシー、待たせたか?」
早い。もう来た。
「全く?今着いて準備していたところ。」
「それなら良かった。今すぐ行くぞ。」
無言で後部座席のドアを開ける。
担架を持ってリネットを載せる。
もうほとんど任務は終わりだ……
「キャシー、テストの待機ができてる。システム回してくれないか?」
まだか。もう寝させてくれよ。朝型なんだよ……
もう逃げるからいいか。
「ああ、任せろ。」
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この仕事、
めんどくせぇけど、おもしれぇんだよな。
医療の道に進んで、
スカウト形式で選ばれてここに来て、
おもろいことやらせてくれるじゃねぇか。
んでも、それ以外はただの学校の先生みたいなもん。
これのために雑務も色々やってんだ。
よーし、リネットくん……
ゆっくり身を任せるだけでいい……
まぁ、そんなこと言ったって、
[太字]麻酔かかってんだから通じねぇか…[/太字]
「ジェフリーさん、失礼します」
「どうした?」
「何度も聞いていると思うんですが、また理事長が。」
「ああ、把握した。」
「はは、もう分かりますよね……理事長、あれだけ言ってるのに忘れると思うなんて」
「念の為聞いておく……」
もう何十回言われたことか。
[大文字]「リネットは絶対に殺すなよ……だろ?」[/大文字]
「もちろん、そうですよ」
「始めるぞ、サディアス。」
サディアスが頷く。
俺らが手術するのは、
[大文字]頭のいい子供らの[太字]脳[/太字]だ。[/大文字]
まずは感情をなくし、
知能以外の記憶を飛ばす。
記憶を飛ばす作業がめんどくせぇ。
これで、手術後に起きた時のパニックをなくす。
起きた時には状況説明をして、記憶に入れる。
その後、もう一度手術をして、感情を戻す。
簡単な手順だが、極めてめんどくさい。
なんなら2人でできる。
でも、それがおもしろい。
どれ……やるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あぁ……
もう午前5時。
長かった……
相変わらずだ……
俺はリネットのこと何も知らねぇんだけどな……
まぁ、いっか…
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……白い天井。
白いベッド。
6時27分。
まるで病院。
頭がズキズキする。
私は……
そうだ、あのお姉さんに攫われ…
外が騒がしい。
息を殺す。
[小文字]「そういや、リネットの手術は成功か?」
「大丈夫だ。問題ないはずだ。」
「まっさか、記憶残したとか感情取りきれてねぇとか言わねぇよな?」
「そんなこと俺がしくじると思ってんのか?」
「ははっ、そうだな。てか、ここリネットの病室の目の前だけど大丈夫か?これ……」
「まぁ、あんな手術で1時間半なんかで起きることはないさ」[/小文字]
なるほどね……
もう少し寝ておくか……
いや、寝なくても数十分何もせずにいれば。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
6時53分。
ガラガラ…
病室のドアが開く。
息を吸う音が聞こえる。
「起きた?」
あの朱色の髪のお姉さん。
首から下げている名札には『[漢字]Ramirez Cassie[/漢字][ふりがな]ラミレス キャシー[/ふりがな]』の名。
何も言わないように。
「……怖くなっちゃった?気づいたら病院だもんね……」
何も考えず朱色の髪を見つめる。
「…何か覚えてることはある?」
ここは黙る。
「そっか…ないか……」
意図してやったくせに。
「記憶喪失、かもしれないね……」
そうだよね、知ってたよ…その言い訳。
「君がね、交通事故に遭ってたんだよ…」
遭ってない。
「その現場を見てね、私がすぐ近くのこの病院の看護師だから今すぐ助けなきゃって。」
本当に看護師…なのか?
「すぐ運んで、頭打ちつけてたから縫い付けて…」
そっと頭を触る。
これはきっと手術の跡。
「まだ痛かった?できるだけ安静にしてて。今日、また手術するから。」
……なるほどね。
何をされるか知らないけど、脳の手術だ。
「あ、そうだ…君の名前は、『マーティン・リネット』。身分証明書に書いてあった。」
…そんなこと知ってる。
「じゃあ、もう少しで手術だから、待っててねー」
……明らかに棒読みだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……はぁ…」
信憑性のない、あまり筋道の通らない話だ。
午後0時16分。
再び手術は終わり、更なる状況説明が従業員と思われるジェフリーさんから。
だが、
「交通事故に遭わせたのは、君の親と思われていて…」
「このまま帰すと君の居場所がないんだ…」
「この病院は大学病院で付属の学校と寮が併設されていて…」
「寮では孤児院のような働きもしていて…」
……全く。
白衣だから手術関連の人だろうと推測はできるが。
更に襟に金バッジがついているから身分は上と思われる。
にしても文系のカケラもない完全理系だな…
従業員増やした方がいいって。
まぁ、こんな場合じゃないんですけど。
「んで、リネットちゃん、その寮の方に移動するんだけど、動ける?」
軽く頷き、ゆっくり立つ。
さて、嫌な予感しかしないが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうやら、普通の病院のようだ。
…見せかけかもしれないが。
でも、寮なんて言葉は既に信憑性がない。
「こっち。同じ歳の仲間ももう、たくさんいるよ。」
これは事実っぽそう。
警戒心は強めで。ジェフリーさんにも分かるように。
「…そんなに怖がらなくてもいいんだよ?」
……そうじゃないけどね。
「ほら、着いたよ。」
目の前には、白い建物が。
ここが寮かどうかは知らない。
でも、明らかなる“施設”という雰囲気は出ている。
大きなガラス張りの引き戸、その先には幼稚園のような大きい玄関。
恐る恐る“寮”に入る。
「今はみんな昼ごはんの時間だから、集まってる。みんなにあいさつしに行こう。」
頷き、再びジェフリーさんに着いていく。
重厚なドア。金の取っ手。食堂なのだろう。
「入るよ。」
なぜか少し緊張する。
重そうなドアが開けられる。
全員の視線がこちらに向く。
「みんなー!新しい友達の紹介だよー!」
「わーい!」
「ジェフリーさんだ!」
「やったー!」
「こんな時間にジェフリーさん珍しいね」
年齢は問わない。
小学生ぐらいの幼い子から20歳ほどと思われる大人まで。
黒いシャツに黒いズボン。
両手首には金色のブレスレットのようなリング。
きっとずっと進んできたこの日常を何も気にしていない。
「今日から仲間入りするリネットちゃんです!仲良くしてあげてねー!」
周りがガヤガヤし始める。
「じゃあリネットちゃん、服用意してあるから着替えよう。キャシー先生が向こうの更衣室で待ってるから。」
女性用更衣室を指さして説明する。
小さく頷いて、足早に移動する。
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あぁ……
リネットへの説明が終わったら逃げる。
リネットへの説明が終わったら逃げる……
[漢字]リネット[/漢字][ふりがな]真の天才[/ふりがな]の目の前で逃げてやる。
もう何十年もいるここから逃げる。
少しも怖くは無い。
…ジェフリーには見つからないように。
ギィィィ…
「失礼します…」
リネットだ。
指さして答える
「この制服みたいな黒シャツと黒ズボンが基本の服装。今の羽織ってるのを脱いで、下着の上にこれで大丈夫。あとはこの金のリングを両手首にはめる。ちょっと緩いけど気にしなくて大丈夫だよ。」
理解した表情で着替え始めるリネット。
意外にもここの服装はかっこいい。
ここで育った私も未だに着けているこの服装。
かなりのお気に入り。
……リングはキラキラしてる。
着替える服もない。このまま逃げてしまおうか。
もうリネットが着替え終わっている。
キラキラした目で鏡を見ている。
その純粋な赤みがかった茶色の瞳で。
……この印象、壊してしまえ。
「……ハハ…」
どよめきの顔でリネットがこちらを見る。
「…大人しく待ってな。」
玄関は近い。このシューズで十分走れる。
引き戸を勢いよく開けて玄関から外へ向かって走る。
視線を感じる。後を追ってリネットがこちらを見ている。
グサッ…
手首から血が流れる。
頭がふらふらする。
[大文字]毒[/大文字]が回る。
……知ってるよ、こんなの。
死ぬために今出たのに。
リネットが絶望の目で見ている。
もう視界もままならない。
あと数分したら私は死ぬだろう。
リネット、やってくれ。
私がやりたかったこと…
そう、[大文字]ここからの脱獄。[/大文字]
成し遂げてみせろよ、リネット。
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
キャシーさんが倒れた。
全部見えたよ。
リングから棘が刺さったのも、
死にたくないという顔も、
反対に死んでやるという顔も、
目から涙が零れたのも。
キャシーさん、分かったよ。
全部やる。
[太字]人より頭がいい。[/太字]
でも、それだけ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
定期テストの日の夜。
打ち上げ感覚で友達と遠くまで行って外食してそのあとカラオケ。
もう遅い時間。電車から降りて帰る準備をする。
「今日はわざわざありがとー!またいつかどっか行こー!」
今日の主催者がコールする。
「うん!また明日ー!」
「また行こうねー!」
「じゃあねー!」
「バイバーイ!」
各々コールがあがる。
夜の8時、現在地は最寄り駅。
みんなは東口へ、
私だけ方向が違うので駅の西口へ。
人通りは東口も西口も変わらない。
仕事終わりの偉そうなサラリーマンも
バイト終わりの友達と連む高校生も
ギャルのようなメイクをした女の人もいた。
これに比べれば一切平凡なのかもしれない私だが、
それであっても幸せだ。
なんて考えながら階段を降りてる場合ではなかったのかもしれない。
朱色の髪のスラッとしたお姉さんが物凄い形相で近づく。
[小文字]「見つけた、リネットだ。」[/小文字]
無線で報告しているのか、呟いている。
リネット。私の名。
探されていたのか?
そんなこと考える間もなく、私はお姉さんに全身を押さえつけられて動けなくなった。
「ちょっとごめんね…」
情のない謝罪。
「なんでっ…!なにしてっ……」
咄嗟に口を押さえつけられ喋れない。
必死に藻掻くも周りにはさっきまでいた人もいなくなっていた。
電車の本数はあまり多くないこの駅じゃこうなるか…
んなこと考えてる場合じゃない。
一刻も早く逃げ出さないと……
(!?)
お姉さんが口に手を突っ込んできた。
何をする気…!?
心做しか金属の味がする…
まさか……!?
シュウゥゥゥ…
催眠スプレー。
もう無理だ…
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて……
頼まれたリネットは回収できた…
あとは“輸送”か…
かったりぃ……
リネット…相当頭が良いらしいね…
理事長があれだけ欲しがってた……
リネットが完了したら、もう逃げてやろうかな……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
はぁ………
やっと着いた……
行く時も思ったけどさ…?
片道が車で1時間半弱はどうかしてるよ………
わざわざ私じゃなくてもいいじゃんか…?
軽自動車しか持ってないのに……
もう0時………予定通りだけど。
[小文字]「着いた。運搬の援護求む。」
『了解。今すぐ行く。』
『私も行かせてもらう。』
「手術班。準備はどうだ?」
『大丈夫だ。できている。』[/小文字]
あとは待つのみ……
「キャシー、待たせたか?」
早い。もう来た。
「全く?今着いて準備していたところ。」
「それなら良かった。今すぐ行くぞ。」
無言で後部座席のドアを開ける。
担架を持ってリネットを載せる。
もうほとんど任務は終わりだ……
「キャシー、テストの待機ができてる。システム回してくれないか?」
まだか。もう寝させてくれよ。朝型なんだよ……
もう逃げるからいいか。
「ああ、任せろ。」
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この仕事、
めんどくせぇけど、おもしれぇんだよな。
医療の道に進んで、
スカウト形式で選ばれてここに来て、
おもろいことやらせてくれるじゃねぇか。
んでも、それ以外はただの学校の先生みたいなもん。
これのために雑務も色々やってんだ。
よーし、リネットくん……
ゆっくり身を任せるだけでいい……
まぁ、そんなこと言ったって、
[太字]麻酔かかってんだから通じねぇか…[/太字]
「ジェフリーさん、失礼します」
「どうした?」
「何度も聞いていると思うんですが、また理事長が。」
「ああ、把握した。」
「はは、もう分かりますよね……理事長、あれだけ言ってるのに忘れると思うなんて」
「念の為聞いておく……」
もう何十回言われたことか。
[大文字]「リネットは絶対に殺すなよ……だろ?」[/大文字]
「もちろん、そうですよ」
「始めるぞ、サディアス。」
サディアスが頷く。
俺らが手術するのは、
[大文字]頭のいい子供らの[太字]脳[/太字]だ。[/大文字]
まずは感情をなくし、
知能以外の記憶を飛ばす。
記憶を飛ばす作業がめんどくせぇ。
これで、手術後に起きた時のパニックをなくす。
起きた時には状況説明をして、記憶に入れる。
その後、もう一度手術をして、感情を戻す。
簡単な手順だが、極めてめんどくさい。
なんなら2人でできる。
でも、それがおもしろい。
どれ……やるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あぁ……
もう午前5時。
長かった……
相変わらずだ……
俺はリネットのこと何も知らねぇんだけどな……
まぁ、いっか…
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……白い天井。
白いベッド。
6時27分。
まるで病院。
頭がズキズキする。
私は……
そうだ、あのお姉さんに攫われ…
外が騒がしい。
息を殺す。
[小文字]「そういや、リネットの手術は成功か?」
「大丈夫だ。問題ないはずだ。」
「まっさか、記憶残したとか感情取りきれてねぇとか言わねぇよな?」
「そんなこと俺がしくじると思ってんのか?」
「ははっ、そうだな。てか、ここリネットの病室の目の前だけど大丈夫か?これ……」
「まぁ、あんな手術で1時間半なんかで起きることはないさ」[/小文字]
なるほどね……
もう少し寝ておくか……
いや、寝なくても数十分何もせずにいれば。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
6時53分。
ガラガラ…
病室のドアが開く。
息を吸う音が聞こえる。
「起きた?」
あの朱色の髪のお姉さん。
首から下げている名札には『[漢字]Ramirez Cassie[/漢字][ふりがな]ラミレス キャシー[/ふりがな]』の名。
何も言わないように。
「……怖くなっちゃった?気づいたら病院だもんね……」
何も考えず朱色の髪を見つめる。
「…何か覚えてることはある?」
ここは黙る。
「そっか…ないか……」
意図してやったくせに。
「記憶喪失、かもしれないね……」
そうだよね、知ってたよ…その言い訳。
「君がね、交通事故に遭ってたんだよ…」
遭ってない。
「その現場を見てね、私がすぐ近くのこの病院の看護師だから今すぐ助けなきゃって。」
本当に看護師…なのか?
「すぐ運んで、頭打ちつけてたから縫い付けて…」
そっと頭を触る。
これはきっと手術の跡。
「まだ痛かった?できるだけ安静にしてて。今日、また手術するから。」
……なるほどね。
何をされるか知らないけど、脳の手術だ。
「あ、そうだ…君の名前は、『マーティン・リネット』。身分証明書に書いてあった。」
…そんなこと知ってる。
「じゃあ、もう少しで手術だから、待っててねー」
……明らかに棒読みだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……はぁ…」
信憑性のない、あまり筋道の通らない話だ。
午後0時16分。
再び手術は終わり、更なる状況説明が従業員と思われるジェフリーさんから。
だが、
「交通事故に遭わせたのは、君の親と思われていて…」
「このまま帰すと君の居場所がないんだ…」
「この病院は大学病院で付属の学校と寮が併設されていて…」
「寮では孤児院のような働きもしていて…」
……全く。
白衣だから手術関連の人だろうと推測はできるが。
更に襟に金バッジがついているから身分は上と思われる。
にしても文系のカケラもない完全理系だな…
従業員増やした方がいいって。
まぁ、こんな場合じゃないんですけど。
「んで、リネットちゃん、その寮の方に移動するんだけど、動ける?」
軽く頷き、ゆっくり立つ。
さて、嫌な予感しかしないが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうやら、普通の病院のようだ。
…見せかけかもしれないが。
でも、寮なんて言葉は既に信憑性がない。
「こっち。同じ歳の仲間ももう、たくさんいるよ。」
これは事実っぽそう。
警戒心は強めで。ジェフリーさんにも分かるように。
「…そんなに怖がらなくてもいいんだよ?」
……そうじゃないけどね。
「ほら、着いたよ。」
目の前には、白い建物が。
ここが寮かどうかは知らない。
でも、明らかなる“施設”という雰囲気は出ている。
大きなガラス張りの引き戸、その先には幼稚園のような大きい玄関。
恐る恐る“寮”に入る。
「今はみんな昼ごはんの時間だから、集まってる。みんなにあいさつしに行こう。」
頷き、再びジェフリーさんに着いていく。
重厚なドア。金の取っ手。食堂なのだろう。
「入るよ。」
なぜか少し緊張する。
重そうなドアが開けられる。
全員の視線がこちらに向く。
「みんなー!新しい友達の紹介だよー!」
「わーい!」
「ジェフリーさんだ!」
「やったー!」
「こんな時間にジェフリーさん珍しいね」
年齢は問わない。
小学生ぐらいの幼い子から20歳ほどと思われる大人まで。
黒いシャツに黒いズボン。
両手首には金色のブレスレットのようなリング。
きっとずっと進んできたこの日常を何も気にしていない。
「今日から仲間入りするリネットちゃんです!仲良くしてあげてねー!」
周りがガヤガヤし始める。
「じゃあリネットちゃん、服用意してあるから着替えよう。キャシー先生が向こうの更衣室で待ってるから。」
女性用更衣室を指さして説明する。
小さく頷いて、足早に移動する。
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あぁ……
リネットへの説明が終わったら逃げる。
リネットへの説明が終わったら逃げる……
[漢字]リネット[/漢字][ふりがな]真の天才[/ふりがな]の目の前で逃げてやる。
もう何十年もいるここから逃げる。
少しも怖くは無い。
…ジェフリーには見つからないように。
ギィィィ…
「失礼します…」
リネットだ。
指さして答える
「この制服みたいな黒シャツと黒ズボンが基本の服装。今の羽織ってるのを脱いで、下着の上にこれで大丈夫。あとはこの金のリングを両手首にはめる。ちょっと緩いけど気にしなくて大丈夫だよ。」
理解した表情で着替え始めるリネット。
意外にもここの服装はかっこいい。
ここで育った私も未だに着けているこの服装。
かなりのお気に入り。
……リングはキラキラしてる。
着替える服もない。このまま逃げてしまおうか。
もうリネットが着替え終わっている。
キラキラした目で鏡を見ている。
その純粋な赤みがかった茶色の瞳で。
……この印象、壊してしまえ。
「……ハハ…」
どよめきの顔でリネットがこちらを見る。
「…大人しく待ってな。」
玄関は近い。このシューズで十分走れる。
引き戸を勢いよく開けて玄関から外へ向かって走る。
視線を感じる。後を追ってリネットがこちらを見ている。
グサッ…
手首から血が流れる。
頭がふらふらする。
[大文字]毒[/大文字]が回る。
……知ってるよ、こんなの。
死ぬために今出たのに。
リネットが絶望の目で見ている。
もう視界もままならない。
あと数分したら私は死ぬだろう。
リネット、やってくれ。
私がやりたかったこと…
そう、[大文字]ここからの脱獄。[/大文字]
成し遂げてみせろよ、リネット。
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
キャシーさんが倒れた。
全部見えたよ。
リングから棘が刺さったのも、
死にたくないという顔も、
反対に死んでやるという顔も、
目から涙が零れたのも。
キャシーさん、分かったよ。
全部やる。