「[漢字]功[/漢字][ふりがな]こう[/ふりがな]さん!!!!!!!!!!」
功助が襖を開けようと『失礼します』と声をかけた[漢字]途端[/漢字][ふりがな]とたん[/ふりがな]、部屋の中にいた少女がそう叫び、彼の胸に飛び込んできた。16歳にしては小柄で、[漢字]華奢[/漢字][ふりがな]きゃしゃ[/ふりがな]な体つき。その姿は可憐でありながら、瞳にはどこか気の強そうな光を宿している。少女を受け止め、功助は言った。
「申し訳ありません姫様、突然このような⋯⋯」
「ううんいいのよ、会いたかった!やっぱりさっき言っていた助っ人というのは私のことだったのね!!」
そう、彼が訪ねたのは、城の離れで暮らす、[漢字]晴信[/漢字][ふりがな]はるのぶ[/ふりがな]様の妹君だったのだ。
功助は苦笑した。
「1話読んだんですか」
「勿論!で、私は何を手伝えばいいの?」
いや、違うのだ――実は助っ人というのはこの姫様ではない。しかし、その目はキラキラしていて、[漢字]功助[/漢字]こうすけ[ふりがな][/ふりがな]は一瞬言葉に詰まった。
「助っ人の助っ人ですよ、姫様は。さ、離れてくださいね」
「何その微妙なポジション!!??」
自分が助っ人ではない、ということに姫は衝撃を受けたようだった。
「誰なの?その助っ人というのは。他の女性ならいくら功さんでも許さないわよ」
「女性ではありません。男性です」
功助は笑顔で姫をなだめる。彼は姫と9年間共に過ごしてきただけあって、彼女の扱いをよく心得ていた。機嫌の取り方も、泣き出したときのの抑え方も熟知している。
「あなたさまのお兄様ですよ」
姫の口からえっ、と声が[漢字]漏[/漢字][ふりがな]も[/ふりがな]れる。「晴信兄様⋯?」
「『のため』の助っ人ですね。さぁ誰でしょうか?」
「⋯⋯ごめんなさいうちの[漢字]兄様[/漢字][ふりがな]にいさま[/ふりがな]が」
小さく漏らした一言に功助は吹き出しそうになった。今の一言を殿に聞かせてやりたいものだ。その間に、姫は答えが分かったようだった。
「!分かったわ功さん!![漢字]景虎[/漢字][ふりがな]かげとら[/ふりがな]兄様でしょう!」
「大正解です」
やったー!と姫から歓声が上がる。
「でも、景虎兄様は晴信兄様が殿になったときに既に出家してしまっているのよ。どう功さん達の力になるというの?」
「⋯⋯。いずれ分かりますよ」
功助が姫の扱い方をよくよく心得ているように、姫も功助のことをよく知っていた。彼がいつもの笑顔で首を右にかしげたときには、これ以上彼に何を聞いても無駄なのだと。しかし、功助の頭にはきちんとした考えがあるのだ。だから彼女は「そう」とだけ答えた。
「それで姫様、景虎様のいらっしゃる寺の名前を教えていただけませんか。身内の者とよほど古参の家臣にしか知らされていなかったらしく」
「あら、そうだったのね」
その古参の家臣というのは全員奇病で死んでしまった。だから功助は姫に景虎の居場所を聞きに来たのだった。
「まぁいいわ功さんなら。だって私の将来の旦那様ですもの!」
「えっ」
「[漢字]前竜寺[/漢字][ふりがな]ぜんりゅうじ[/ふりがな]よ。[漢字]朱雀山[/漢字][ふりがな]すざくざん[/ふりがな]の麓にあるわ。そうだ!私も連れて行っ」
「ありがとうございます姫様今度良い[漢字]婿殿[/漢字][ふりがな]むこどの[/ふりがな]を見つけて参りますねでは失礼します」
一息で言うと、功助は矢の如く去っていった。
「⋯⋯最後まで名前、呼ばれなかった⋯⋯」
名称姫様って。そうだけれども。
ぽつりと漏らす姫の呟きが、しんとした離れに溶けていった。
どうやら功助という男は、人を置き去りにする癖があるらしい。
一方その頃、晴信の部屋の前。そこでじゃ真衣が今まさに、自分の推理を[漢字]披露[/漢字][ふりがな]ひろう[/ふりがな]しようとしていた。
「真衣さん、考えというのは」
「待て平八」
天音が甥を制する。視線の先には、とても話を聞いていて良いとは思えない、新入りの侍女がいた。ちなみに名を[漢字]琴[/漢字][ふりがな]こと[/ふりがな]と言うらしい。
その視線に気づいた琴は慌てて頭を下げる。
「あ、私下がります!!」
「いいえ。せっかくだから、あなたも聞いていってくださいよ」
「はいっ」
真衣のこういうときの笑顔には、[漢字]有無[/漢字][ふりがな]うむ[/ふりがな]を言わせぬ迫力がある。
大河はその横顔を見て、(この人が一番怖い)と心の中でつぶやいた。
そして彼女は、右手の人差し指で自分の頬をトントンと叩きながら、話し始めた。
「まず、殿は恐らく⋯市中にいらっしゃいます」
「え⋯⋯」
「市中に!?5ヶ月間ずっとか」
天音の声が上ずる。真衣が頷く。
「いえ。琴さんが言っていた『先日』⋯⋯私の記憶では7日前ですね。とわが[漢字]侍女頭[/漢字][ふりがな]じじょがしら[/ふりがな]である私にお役を辞する許可を頂きにきました。きっとその時からでしょう」
「どうしてですか?そもそも殿とそのとわが辞めたのとは関係があるのですか」
今度は平八郎が尋ねる。真衣はうーんと首をかしげると、「言葉で説明しづらいんですよね」と言い、おもむろに天音と大河を指さした。
「じゃあ、イメージしてもらいましょうか。天音様が殿役。大河が――とわ役です」
「ウチも!?」
「あーもうすげェ嫌な予感」
真衣はにっこりと笑った。それは『覚悟しなさい』の笑みだった。
晴信が引き籠もり3日ほど。彼は早くも人肌恋しくなっていた。
「一番したくねェ役きた」
殿役の天音は、部屋のなかで大の字に転がるよう指示されていた。
そこに、いつもの侍女が食事を届けにくる。[漢字]襖越[/漢字][ふりがな]ふすまご[/ふりがな]しに声が聞こえた。
「失礼致します。殿、[漢字]朝餉[/漢字][ふりがな]あさげ[/ふりがな]置いときますえ」
晴信はその侍女⋯⋯とわに手をだしてしまったのだ。
「うわマジかサイテー。ってうおぉぉぉぉぉ何だこれェェェ!?」
何かに操られるように体が勝手に動き、襖を引いて開けてしまった天音は、眼の前にいる『とわ』を見て驚愕した。
「⋯⋯大河サン?」
つややかな髪、形の良い唇。そしてまつげの長いぱちっとした二重の目。彼は完全に化粧まで[漢字]施[/漢字][ふりがな]ほどこ[/ふりがな]されて、女性風にされていた。
「どうです天音様。私の作品は!!」
真衣が天音にドヤ顔で話しかける。
「ドヤ顔すんな!お前、2話にしてあんな黒歴史つくられたアイツの身にもなってみろや!!!」
さすがに可哀想だろうと彼は付け加えた。しかし大河はと言うと、
「ええんどす、あまっ⋯⋯殿」
「役に入りこまなくていいから」
「この後腹を切る覚悟はできとります」
役に入り込むどころでなく、いろいろな責任を取ろうとしていた。
「安心しろ。儂が[漢字]介錯[/漢字][ふりがな]かいしゃく[/ふりがな]を務めてやる」
平八郎はそれにツッコむどころかまともに受け取り、しかも殺そうとする始末。既に彼の手には刀が構えられていた。
「やめろ本格派俳優!!!」
そして自分が元凶の真衣は、「まぁいいや。続き行きましょう」と指をパチンと鳴らした。
「魔女かおめェは」
そしてとわは何と妊娠してしまいました。
「一時停止ィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!」
天音が全力で叫ぶ。それに対し真衣はどこか飄々とした様子だ。
「もー何ですかぁ天音様。せっかく良いところだったのに」
「よくねェよ。この話社会的に消されるわ!
あとさ、やっぱ俺と大河で例えるのやめないか?意味もないと思う」
「あれ?天音様もこんな経験あるって言ってませんでしたっけ?」
天音は怒るどころか[漢字]呆然[/漢字][ふりがな]ぼうぜん[/ふりがな]とすることしかできなかった。
「⋯⋯言ってねェよ。そもそも俺の話じゃねーだろうよこの話。誰だよそんなこと言ったの」
琴がどこか気遣うような顔をしてこちらを見ている。天音はもう一度言った。
「俺じゃない」
「かまいまへんよ。誰かて間違いの一つや二つは[漢字]犯[/漢字][ふりがな]おか[/ふりがな]してしまわはりますさかいに」
「いやだから俺の話じゃねェって。殿の話だろ」
「何ィ!?見損なったぞ叔父上!!!!!」
「俺の話じゃねェってんだろーがぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
掴みかかってきた平八郎に全力で頭突きをくらわせ、ようやく彼は少しクールダウンした。平八郎は痛みのあまり声を出せずに悶絶している。
それを見やった真衣は、やっと落ち着いたかという様子で「よし、まぁここまできたので、あとは私から説明しますね」と言った。
「たった数行のあの茶番は何のためだったんだよ」
俺と大河の[漢字]自尊心[/漢字][ふりがな]じそんしん[/ふりがな]に謝ってほしい。天音は心からそう思った。
「ま、それはおいといて。恐らくとわは自分の妊娠に気づいていましたが、それを殿に伝えたのはつい最近のことだと思われます。通常、殿の[漢字]御子[/漢字][ふりがな]おこ[/ふりがな]を孕むことはめでたいことです。が、彼女は殿の正室でも側室でもないただの下女。中絶すべきか迷っている内に、後戻りできないところまでいってしまった。こう考えるのが妥当かと」
そこで、黙って2つ年上の先輩の話を聞いていた平八郎が口を挟んだ。
「真衣さん。どうして『妊娠』だと思ったんですか?」
「ああ、彼女5ヶ月で心配になるほど太ったんですよ〜。多分妊娠太りです。それか、妊娠を他人に勘付かせないようにするための。」
一度そこで言葉を切る。
「ーで、もう赤子を産み育てるしかないと決めた彼女は、1人で育てていくこともできたはずですが、急にそうするとなると相手は誰なのかなど、周りの人に勘ぐられかねない。それで殿にお話になってしまったんでしょうね」
所詮は[漢字]他人事[/漢字][ふりがな]ひとごと[/ふりがな]、というように真衣が言う。
「重圧に耐えきれはらへんたこともあるんやろうなぁ。殿てば、ほんまに⋯⋯」
「で、それが殿が市中にいることとどう関係があるんだ?」
天音が尋ねる。自分なりにいろいろ考えては見たものの、明確な答えは見つからなかったようだ。真衣が不敵な笑顔で答える。
「殿は急な出来事に対処するのが苦手でしたからねぇ。さんざんパニクった挙句自分がおらずともまわる国を捨て、とわを選んだのでしょうよ。ですから今はとわとその腹の赤子と共に市中のどこかに潜んでおられるはずです。」
やれやれ、と天音はため息混じりに呟いた。
「国外逃亡なんてのは金と人脈がないとできねェしな。とりあえず市中にいることが分かったのはいいが⋯⋯。ったくアイツは⋯。」
「女性をほっぽりださなくてよかったが、国をほっぽりだすとは。もう殿失格だろ」
「とりあえず、市中を[漢字]内密[/漢字][ふりがな]ないみつ[/ふりがな]で探すしかあらしまへんなぁ」
不平不満をもらす家臣たち。このままだと永遠に出てきそうだ。なんなら天音は数年前の、まだ晴信が殿になる前の話まで持ち出してきている。
「あの」
そこに、琴が口を挟んだ。一同がそちらを振り向く。
「皆様、ご存知でしょうか。今、私たち侍女や他の家臣の方々の中で、[漢字]謀反[/漢字][ふりがな]むほん[/ふりがな]を企てていることを」
「⋯?謀反?」大河が鸚鵡返しする。はい、と琴は答えた。
「殿を殺め、その血を引かれる方々も全て亡き者と致します。その後私達で新たな殿を選ぶのです。さすればこの混乱は収めることができるでしょう!!民たちへの政策も[漢字]捗[/漢字][ふりがな]はかど[/ふりがな]り、彼らの不満も減るはずです」
今までは全く見せなかった笑顔を、今彼女は浮かべていた。黒い笑みだった。
「そりゃまた大層な⋯⋯。どうして儂らに話した?密告してくれたと思っていいのか」
平八郎が声を低くする。しかし琴はそれを気にする様子もなく、「いえ、どうやら殿への不満が募っていらっしゃるようでしたので。それに、皆様にお力になっていただければ私達としても心強い限りです。」と答えた。
「⋯⋯はぁ。本当にな。俺たちゃアイツに不満しかねぇよ」
賛同したのは、天音だった。しかし、彼が言いたいのはそういうことではなかった。
「勝手に自分を犠牲にするなんてな」
琴の頭にクエスチョンマークが浮かぶのが見て取れた。
「⋯⋯汚れ仕事は儂らに任せてくださればよかったのに」
平八郎の声が震える。天音はその肩をぽんと叩き、言った。
「そうだ。だからあの方のためにも、[漢字]俺等[/漢字][ふりがな]おれら[/ふりがな]はこの国を裏切るわけには行かねェんだ」
彼らの目は、燃えていた。
功助が襖を開けようと『失礼します』と声をかけた[漢字]途端[/漢字][ふりがな]とたん[/ふりがな]、部屋の中にいた少女がそう叫び、彼の胸に飛び込んできた。16歳にしては小柄で、[漢字]華奢[/漢字][ふりがな]きゃしゃ[/ふりがな]な体つき。その姿は可憐でありながら、瞳にはどこか気の強そうな光を宿している。少女を受け止め、功助は言った。
「申し訳ありません姫様、突然このような⋯⋯」
「ううんいいのよ、会いたかった!やっぱりさっき言っていた助っ人というのは私のことだったのね!!」
そう、彼が訪ねたのは、城の離れで暮らす、[漢字]晴信[/漢字][ふりがな]はるのぶ[/ふりがな]様の妹君だったのだ。
功助は苦笑した。
「1話読んだんですか」
「勿論!で、私は何を手伝えばいいの?」
いや、違うのだ――実は助っ人というのはこの姫様ではない。しかし、その目はキラキラしていて、[漢字]功助[/漢字]こうすけ[ふりがな][/ふりがな]は一瞬言葉に詰まった。
「助っ人の助っ人ですよ、姫様は。さ、離れてくださいね」
「何その微妙なポジション!!??」
自分が助っ人ではない、ということに姫は衝撃を受けたようだった。
「誰なの?その助っ人というのは。他の女性ならいくら功さんでも許さないわよ」
「女性ではありません。男性です」
功助は笑顔で姫をなだめる。彼は姫と9年間共に過ごしてきただけあって、彼女の扱いをよく心得ていた。機嫌の取り方も、泣き出したときのの抑え方も熟知している。
「あなたさまのお兄様ですよ」
姫の口からえっ、と声が[漢字]漏[/漢字][ふりがな]も[/ふりがな]れる。「晴信兄様⋯?」
「『のため』の助っ人ですね。さぁ誰でしょうか?」
「⋯⋯ごめんなさいうちの[漢字]兄様[/漢字][ふりがな]にいさま[/ふりがな]が」
小さく漏らした一言に功助は吹き出しそうになった。今の一言を殿に聞かせてやりたいものだ。その間に、姫は答えが分かったようだった。
「!分かったわ功さん!![漢字]景虎[/漢字][ふりがな]かげとら[/ふりがな]兄様でしょう!」
「大正解です」
やったー!と姫から歓声が上がる。
「でも、景虎兄様は晴信兄様が殿になったときに既に出家してしまっているのよ。どう功さん達の力になるというの?」
「⋯⋯。いずれ分かりますよ」
功助が姫の扱い方をよくよく心得ているように、姫も功助のことをよく知っていた。彼がいつもの笑顔で首を右にかしげたときには、これ以上彼に何を聞いても無駄なのだと。しかし、功助の頭にはきちんとした考えがあるのだ。だから彼女は「そう」とだけ答えた。
「それで姫様、景虎様のいらっしゃる寺の名前を教えていただけませんか。身内の者とよほど古参の家臣にしか知らされていなかったらしく」
「あら、そうだったのね」
その古参の家臣というのは全員奇病で死んでしまった。だから功助は姫に景虎の居場所を聞きに来たのだった。
「まぁいいわ功さんなら。だって私の将来の旦那様ですもの!」
「えっ」
「[漢字]前竜寺[/漢字][ふりがな]ぜんりゅうじ[/ふりがな]よ。[漢字]朱雀山[/漢字][ふりがな]すざくざん[/ふりがな]の麓にあるわ。そうだ!私も連れて行っ」
「ありがとうございます姫様今度良い[漢字]婿殿[/漢字][ふりがな]むこどの[/ふりがな]を見つけて参りますねでは失礼します」
一息で言うと、功助は矢の如く去っていった。
「⋯⋯最後まで名前、呼ばれなかった⋯⋯」
名称姫様って。そうだけれども。
ぽつりと漏らす姫の呟きが、しんとした離れに溶けていった。
どうやら功助という男は、人を置き去りにする癖があるらしい。
一方その頃、晴信の部屋の前。そこでじゃ真衣が今まさに、自分の推理を[漢字]披露[/漢字][ふりがな]ひろう[/ふりがな]しようとしていた。
「真衣さん、考えというのは」
「待て平八」
天音が甥を制する。視線の先には、とても話を聞いていて良いとは思えない、新入りの侍女がいた。ちなみに名を[漢字]琴[/漢字][ふりがな]こと[/ふりがな]と言うらしい。
その視線に気づいた琴は慌てて頭を下げる。
「あ、私下がります!!」
「いいえ。せっかくだから、あなたも聞いていってくださいよ」
「はいっ」
真衣のこういうときの笑顔には、[漢字]有無[/漢字][ふりがな]うむ[/ふりがな]を言わせぬ迫力がある。
大河はその横顔を見て、(この人が一番怖い)と心の中でつぶやいた。
そして彼女は、右手の人差し指で自分の頬をトントンと叩きながら、話し始めた。
「まず、殿は恐らく⋯市中にいらっしゃいます」
「え⋯⋯」
「市中に!?5ヶ月間ずっとか」
天音の声が上ずる。真衣が頷く。
「いえ。琴さんが言っていた『先日』⋯⋯私の記憶では7日前ですね。とわが[漢字]侍女頭[/漢字][ふりがな]じじょがしら[/ふりがな]である私にお役を辞する許可を頂きにきました。きっとその時からでしょう」
「どうしてですか?そもそも殿とそのとわが辞めたのとは関係があるのですか」
今度は平八郎が尋ねる。真衣はうーんと首をかしげると、「言葉で説明しづらいんですよね」と言い、おもむろに天音と大河を指さした。
「じゃあ、イメージしてもらいましょうか。天音様が殿役。大河が――とわ役です」
「ウチも!?」
「あーもうすげェ嫌な予感」
真衣はにっこりと笑った。それは『覚悟しなさい』の笑みだった。
晴信が引き籠もり3日ほど。彼は早くも人肌恋しくなっていた。
「一番したくねェ役きた」
殿役の天音は、部屋のなかで大の字に転がるよう指示されていた。
そこに、いつもの侍女が食事を届けにくる。[漢字]襖越[/漢字][ふりがな]ふすまご[/ふりがな]しに声が聞こえた。
「失礼致します。殿、[漢字]朝餉[/漢字][ふりがな]あさげ[/ふりがな]置いときますえ」
晴信はその侍女⋯⋯とわに手をだしてしまったのだ。
「うわマジかサイテー。ってうおぉぉぉぉぉ何だこれェェェ!?」
何かに操られるように体が勝手に動き、襖を引いて開けてしまった天音は、眼の前にいる『とわ』を見て驚愕した。
「⋯⋯大河サン?」
つややかな髪、形の良い唇。そしてまつげの長いぱちっとした二重の目。彼は完全に化粧まで[漢字]施[/漢字][ふりがな]ほどこ[/ふりがな]されて、女性風にされていた。
「どうです天音様。私の作品は!!」
真衣が天音にドヤ顔で話しかける。
「ドヤ顔すんな!お前、2話にしてあんな黒歴史つくられたアイツの身にもなってみろや!!!」
さすがに可哀想だろうと彼は付け加えた。しかし大河はと言うと、
「ええんどす、あまっ⋯⋯殿」
「役に入りこまなくていいから」
「この後腹を切る覚悟はできとります」
役に入り込むどころでなく、いろいろな責任を取ろうとしていた。
「安心しろ。儂が[漢字]介錯[/漢字][ふりがな]かいしゃく[/ふりがな]を務めてやる」
平八郎はそれにツッコむどころかまともに受け取り、しかも殺そうとする始末。既に彼の手には刀が構えられていた。
「やめろ本格派俳優!!!」
そして自分が元凶の真衣は、「まぁいいや。続き行きましょう」と指をパチンと鳴らした。
「魔女かおめェは」
そしてとわは何と妊娠してしまいました。
「一時停止ィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!」
天音が全力で叫ぶ。それに対し真衣はどこか飄々とした様子だ。
「もー何ですかぁ天音様。せっかく良いところだったのに」
「よくねェよ。この話社会的に消されるわ!
あとさ、やっぱ俺と大河で例えるのやめないか?意味もないと思う」
「あれ?天音様もこんな経験あるって言ってませんでしたっけ?」
天音は怒るどころか[漢字]呆然[/漢字][ふりがな]ぼうぜん[/ふりがな]とすることしかできなかった。
「⋯⋯言ってねェよ。そもそも俺の話じゃねーだろうよこの話。誰だよそんなこと言ったの」
琴がどこか気遣うような顔をしてこちらを見ている。天音はもう一度言った。
「俺じゃない」
「かまいまへんよ。誰かて間違いの一つや二つは[漢字]犯[/漢字][ふりがな]おか[/ふりがな]してしまわはりますさかいに」
「いやだから俺の話じゃねェって。殿の話だろ」
「何ィ!?見損なったぞ叔父上!!!!!」
「俺の話じゃねェってんだろーがぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
掴みかかってきた平八郎に全力で頭突きをくらわせ、ようやく彼は少しクールダウンした。平八郎は痛みのあまり声を出せずに悶絶している。
それを見やった真衣は、やっと落ち着いたかという様子で「よし、まぁここまできたので、あとは私から説明しますね」と言った。
「たった数行のあの茶番は何のためだったんだよ」
俺と大河の[漢字]自尊心[/漢字][ふりがな]じそんしん[/ふりがな]に謝ってほしい。天音は心からそう思った。
「ま、それはおいといて。恐らくとわは自分の妊娠に気づいていましたが、それを殿に伝えたのはつい最近のことだと思われます。通常、殿の[漢字]御子[/漢字][ふりがな]おこ[/ふりがな]を孕むことはめでたいことです。が、彼女は殿の正室でも側室でもないただの下女。中絶すべきか迷っている内に、後戻りできないところまでいってしまった。こう考えるのが妥当かと」
そこで、黙って2つ年上の先輩の話を聞いていた平八郎が口を挟んだ。
「真衣さん。どうして『妊娠』だと思ったんですか?」
「ああ、彼女5ヶ月で心配になるほど太ったんですよ〜。多分妊娠太りです。それか、妊娠を他人に勘付かせないようにするための。」
一度そこで言葉を切る。
「ーで、もう赤子を産み育てるしかないと決めた彼女は、1人で育てていくこともできたはずですが、急にそうするとなると相手は誰なのかなど、周りの人に勘ぐられかねない。それで殿にお話になってしまったんでしょうね」
所詮は[漢字]他人事[/漢字][ふりがな]ひとごと[/ふりがな]、というように真衣が言う。
「重圧に耐えきれはらへんたこともあるんやろうなぁ。殿てば、ほんまに⋯⋯」
「で、それが殿が市中にいることとどう関係があるんだ?」
天音が尋ねる。自分なりにいろいろ考えては見たものの、明確な答えは見つからなかったようだ。真衣が不敵な笑顔で答える。
「殿は急な出来事に対処するのが苦手でしたからねぇ。さんざんパニクった挙句自分がおらずともまわる国を捨て、とわを選んだのでしょうよ。ですから今はとわとその腹の赤子と共に市中のどこかに潜んでおられるはずです。」
やれやれ、と天音はため息混じりに呟いた。
「国外逃亡なんてのは金と人脈がないとできねェしな。とりあえず市中にいることが分かったのはいいが⋯⋯。ったくアイツは⋯。」
「女性をほっぽりださなくてよかったが、国をほっぽりだすとは。もう殿失格だろ」
「とりあえず、市中を[漢字]内密[/漢字][ふりがな]ないみつ[/ふりがな]で探すしかあらしまへんなぁ」
不平不満をもらす家臣たち。このままだと永遠に出てきそうだ。なんなら天音は数年前の、まだ晴信が殿になる前の話まで持ち出してきている。
「あの」
そこに、琴が口を挟んだ。一同がそちらを振り向く。
「皆様、ご存知でしょうか。今、私たち侍女や他の家臣の方々の中で、[漢字]謀反[/漢字][ふりがな]むほん[/ふりがな]を企てていることを」
「⋯?謀反?」大河が鸚鵡返しする。はい、と琴は答えた。
「殿を殺め、その血を引かれる方々も全て亡き者と致します。その後私達で新たな殿を選ぶのです。さすればこの混乱は収めることができるでしょう!!民たちへの政策も[漢字]捗[/漢字][ふりがな]はかど[/ふりがな]り、彼らの不満も減るはずです」
今までは全く見せなかった笑顔を、今彼女は浮かべていた。黒い笑みだった。
「そりゃまた大層な⋯⋯。どうして儂らに話した?密告してくれたと思っていいのか」
平八郎が声を低くする。しかし琴はそれを気にする様子もなく、「いえ、どうやら殿への不満が募っていらっしゃるようでしたので。それに、皆様にお力になっていただければ私達としても心強い限りです。」と答えた。
「⋯⋯はぁ。本当にな。俺たちゃアイツに不満しかねぇよ」
賛同したのは、天音だった。しかし、彼が言いたいのはそういうことではなかった。
「勝手に自分を犠牲にするなんてな」
琴の頭にクエスチョンマークが浮かぶのが見て取れた。
「⋯⋯汚れ仕事は儂らに任せてくださればよかったのに」
平八郎の声が震える。天音はその肩をぽんと叩き、言った。
「そうだ。だからあの方のためにも、[漢字]俺等[/漢字][ふりがな]おれら[/ふりがな]はこの国を裏切るわけには行かねェんだ」
彼らの目は、燃えていた。