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いつか、いなくなるキミへ。

#4

~その約束は受け取らない~

[太字][大文字]♡諦めさせない[/大文字][/太字]




「だからね、2人にお願いがあるの。……私と、最後の約束、してくれない?」
深山さんは溢れそうになる涙をグッと堪え、顔を上げてにっこりと笑った。
その笑顔は、学校でいつも見せてくれていた太陽のような眩しさとは違っていた。まるで、自分の人生の幕引きを綺麗に飾り立てようとするかのような、どこか儚くて、酷く完成された、作り物の笑顔だった。
部屋の中に、ピー、ピー、という機械の音だけが虚しく響く。
俺と龍也は、言葉を失ったまま彼女の次の言葉を待つしかなかった。
深山さんは小さく息を吸い込み、自分の細い胸の上に置いた手をきゅっと握りしめて、こう言った。
「私の代わりに、2人で最高の青春を過ごしてほしいの。……そして、その話を私にたくさん聞かせて?」
それは、残される俺たちのことを気遣った、彼女なりの精一杯の優しさだった。
自分が死んだ後も、俺たちが暗い顔をして立ち止まってしまわないように。自分という存在が、2人の未来の足枷(あしかせ)にならないように。
彼女は、自らを「思い出」の箱の中に閉じ込め、俺たちの背中を強引に押そうとしていた。
(……何言ってるんだ、この人は)
俺の脳裏に、この数ヶ月の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
3人で食べたお弁当の味。放課後のどうしようもない雑談。夕暮れの教室で、西日に照らされながら笑っていた深山さんの横顔。
ずっと独りだった俺の世界を、強引に、でも優しく色鮮やかに変えてくれたのは、間違いなく目の前にいる彼女だった。
それなのに、彼女は今、その世界から自分だけを消そうとしている。
「……何言ってんだよ」
沈黙を破ったのは、龍也だった。
いつもおちゃらけていて、クラスの空気を一瞬で明るくするあいつの顔から、完全に笑みが消えていた。
龍也は俯いたまま、拳をギチギチと握りしめている。その肩が、怒りと悔しさで小さく震えていた。
「ふざけんなよ、深山さん。何が『代わりに』だよ。冗談じゃねぇぞ……!」
「伊吹くん……?」
深山さんが戸惑ったように小首を傾げる。
龍也はガタッと丸椅子を鳴らして立ち上がると、一歩、ベッドの傍へと踏み込んだ。
「俺たちの青春は、お前が隣で笑ってなきゃ、1ミリも最高なんかじゃねぇんだよ! お前のいない学校で、俺と葉瑠の2人だけでバカやって、それを病室のお前に報告する? そんな寂しいことできるわけねぇだろ! 誰がそんな話、喜んで聞くんだよ!」
「でも、私はもう……っ」
「諦めるなよ!」
龍也の叫びが、静かな病室に響き渡った。
いつもは空気を読んで一歩引くはずの龍也が、剥き出しの感情を深山さんにぶつけている。
「龍也の言う通りだ」
俺もまた、一歩、深山さんのベッドへ歩み寄った。
ここで黙っていたら、彼女は本当に遠いところへ行ってしまう。そんな気がした。
「俺は、独りだった世界を変えてくれた君と、もっと一緒にいたい。勝手に過去の思い出にされちゃ、困るんだ。君のいない学校の話なんて、俺は君に聞かせたくない。俺は……君と一緒に、その場所に行きたいんだ」
「楠凪くん……」
深山さんは目を見開いたまま、俺と龍也の顔を交互に見た。
彼女の瞳が激しく揺れ、堪えきれなくなった涙が、一筋、白い頬を伝って流れ落ちる。
「だって、私……もう歩くのも、外に出るのも……お医者さんにも止められてるんだよ? 修学旅行だって、体育祭だって、全部諦めてきたの。今更、私にどうしろって言うの……っ」
彼女の口から溢れ出たのは、これまでずっと胸の奥に閉じ込めてきたであろう、本当の弱音だった。
普通の女の子として生きたかった。みんなと同じように、普通の青春を送りたかった。
その願いが叶わないと知っているからこそ、彼女は物分かりの良いフリをして、笑顔で「代わりに青春を過ごして」なんて言ったのだ。
「だったら、俺たちが連れていく」
俺は深山さんのベッドの横に膝をつき、彼女の手をそっと取った。
あの日、消しゴムを拾った時と同じ。プリントを受け取った時と同じ。
冬の氷のようにひんやりとした、小さな手。
今度は逃がさないように、俺の両手で、包み込むようにしっかりと握りしめる。
「ずっと行きたかった場所、あるんだろ? 海でも、花火でも、どこへでも。車椅子が必要なら俺たちが押す。歩けないなら、俺たちが背負ってでも連れていく。病院の先生だって、お母さんだって、俺たちが頭を下げて説得する」
「葉瑠の言う通りだ。俺たちのしつこさをナメんじゃねぇぞ」
龍也もベッドの反対側にしゃがみ込み、深山さんのもう片方の手を握った。
「だからさ、深山さん。勝手に物語を終わらせようとするな。俺たちの青春に、最後の最後まで付き合ってもらうからな」
俺たちの手の熱が、彼女の冷え切った指先に少しずつ伝わっていく。
深山さんは、唇を噛み締めて必死に涙を堪えようとしていたが、やがて決壊したように、わっと声を上げて泣き崩れた。
小さな肩を震わせ、子供のように泣く彼女を見て、俺は胸が締め付けられると同時に、どこかホッとしていた。ようやく、彼女の本当の心を捕まえることができたからだ。
俺の手の中で、彼女のひんやりとした指先が、微かに、でも確かに、ぎゅっと強く握り返してくる。
「約束……しよ? 私、みんなと、海に行きたい……っ。3人で、一緒に青い海が見たい……!」
涙でボロボロの顔になりながら、深山さんは初めて、自分の「本当の願い」を口にしてくれた。
「あぁ、約束だ。絶対に海に行こう」
「おう、最高の夏にしてやるよ。覚悟しとけよ、深山さん」
規則正しい電子音が鳴り響く静かな病室で、俺たちは、3人で未来を掴み取るための「本当の約束」を交わした。
彼女の指先は、まだ少し冷たかったけれど、俺たちの熱が混ざり合って、さっきよりもずっと温かく感じられた。

2026/08/11 23:20

ふる003
ID:≫ 10.YZDmJ7U7Dk
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