文字サイズ変更

悪役令嬢は、本当に”バットエンド”ですか?

#3

第三話:奈落の底で、神獣の王は牙を剥く①

[太字][大文字]♥フェンリル[/大文字][/太字]




骨まで凍りつきそうな地下牢の奥底。鉄格子の隙間から差し込む月光だけが、私のボロボロになったドレスを白く照らしていた。

「……くす、ふふ。あはははは……っ」

喉から漏れ出たのは、自嘲の混じった乾いた笑い声だった。
私、ローザ・フォン・ブラント公爵令嬢は、今この瞬間、完璧なバッドエンドの渦中にいた。
数日前まで、私はこの国の第一王子・ジェラルドの婚約者として、未来の王妃になるための血の滲むような教育に耐えていた。アウグスト公爵家の誇りにかけて、完璧な令嬢であり続けようとした。
それなのに、私の人生は、一人の「聖女」を名乗る平民の少女、アリアによって一瞬で瓦解したのだ。

『ローザ様! どうして私が、聖なる魔力を持っているからって、そんなに虐めるのですか!?』

アリアの流した嘘の涙。それだけで、ジェラルド王子も、かつて私を慕っていた騎士たちも、揃って私を「嫉妬に狂った悪女」だと断定した。
アリアの教科書が破かれたのも、彼女の部屋に毒蜘蛛が放たれたのも、すべて彼女自身の自作自演だったというのに。彼らは私の無実の訴えに耳を貸すことすらしなかった。

『お前のような醜悪な女は、我が国の王妃に相応しくない。アウグスト公爵家は爵位を剥奪し、全財産を没収。そしてローザ、お前は……国境の向こう側、人間が誰も生きて戻れない【常闇の黒森】へ永久追放とする』

ジェラルドが冷酷に言い放ったあの顔を、私は一生忘れない。
追放、と言えば聞こえはいいが、それは事実上の「極刑」だった。【常闇の黒森】は、狂暴な魔獣が跋扈し、足を踏み入れた人間は瞬時に喰い殺されると言われる呪われた禁忌の地。
ドレス一枚のまま、魔力を封印する手枷を嵌められ、私は馬車でその森の入り口へと放り出された。
ガサガサと、不気味な葉擦れの音が迫ってくる。
闇の奥から、爛々と赤く光る魔獣たちの目が、私を獲物として見つめているのが分かった。

「……ここまで、なんですのね」

私は地面に膝をつき、 泥に汚れたスカートを握りしめた。
私の何がいけなかったのだろう。ただ真っ直ぐに、国のために、婚約者のために努力してきただけなのに。誰も私を信じてくれなかった。誰も私を愛してくれなかった。
冷たい涙が頬を伝い、地面の枯れ葉を濡らす。

(ああ、もし……もしも私が、このまま魔獣の餌になって死ぬのなら。せめてあの愚か者たちに、一太刀報いるだけの力が欲しかった……!)

その瞬間、地響きと共に、周囲の魔獣たちが一斉に悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
圧倒的な、肌を刺すようなプレッシャーが空間を支配する。
現れたのは、他の魔獣たちとは一線を画す、巨大な黒い獣だった。漆黒の毛並みは夜の闇に溶け込み、その頭部には美しくも恐ろしい二本の角。そして、その瞳は燃え盛るような深紅の色をしていた。
【黒森の主】――いや、古の神話に登場する、世界を滅ぼしかねない力を持つ伝説の『神獣・フェンリル』。

「貴方が……私の息の根を止める処刑人ですのね」

私は逃げるのを諦め、その圧倒的な存在を真っ直ぐに見つめた。不思議と恐怖はなかった。ただ、こんな美しい存在に喰われるのなら、ジェラルドたちの汚い手にかかるより、ずっとマシだと思えた。
私はすっと首を傾け、彼が噛み砕きやすいように喉元を晒した。

「どうぞ、一思いに召し上がれ。未練はありませんわ」

神獣は、私の前にゆっくりと歩み寄ってきた。
その巨大な顎が近づき、死を覚悟して目を閉じる。
しかし、訪れたのは痛みではなかった。
――フ、と温かい息吹が私の首筋にかかる。
続いて、ザラりとした大きな舌が、私の頬の涙を優しく舐めとった。

「……え?」

目を開けると、深紅の瞳が、まるで酷く痛ましいものを見るかのように私を凝視していた。
神獣は私の手元に視線を落とすと、私の魔力を封印していた頑丈な鉄の手枷を、その鋭い牙で容易く噛み砕いた。パキィン、と高い音が響き、私の身体に温かい魔力が戻ってくる。

『……なぜ、死を望む。人間よ』

脳内に、直接低く地響きのような、しかし酷く心地よい男の声が響いた。
この神獣が、私に話しかけているのだ。

「私は……国を追われた悪役令嬢ですの。誰も私を信じず、誰も私を必要としてくれませんでしたわ。だから、ここで死ぬのがお似合いなのです」

『悪役、だと?』

神獣はフン、と鼻を鳴らした。その瞳に、明確な怒りの色が宿る。ただし、その怒りは私に向けられたものではなかった。

『お前の魂は、これほどまでに澄み切っている。嘘と欺瞞に満ちた人間の言葉など、気にする必要はない。彼らが求めたのは、ただの操り人形でしかないのだからな』

獣の身体が、突如として眩い黒い光に包まれた。
光が収まったとき、そこに立っていたのは、一人の美しい男だった。
夜空を紡いだような漆黒の長髪に、冷徹さと大人の色気を孕んだ深紅の瞳。仕立ての良い黒のローブを纏った彼は、人間のどんな貴族よりも気高く、圧倒的な美貌を持っていた。
彼は私に向かって、そっと大きな手を差し伸べた。

「我が名はアルファード。この【常闇の黒森】を統べる、魔族の王だ。ローザ、お前が人間に捨てられたというのなら、私がそのすべてを貰い受けよう」

「魔王、様……?」

「そうだ。お前を貶めた者たちを滅ぼしたいか? 望むなら、今すぐあの国を灰にしてやってもいい」

その甘美な誘惑に、私の心が揺れる。しかし、私は首を振った。

「いいえ……復讐のために、関係のない民まで巻き込みたくはありません。私はただ……私の努力を認めてくれる場所で、静かに生きたかっただけなのです」

アルファード様は一瞬、驚いたように目を見開いた後、酷く愛おしそうに目を細めて微笑んだ。

「どこまでも気高く、優しい令嬢だ。ますます気に入った。……ならばローザ、私の城へ来い。お前が奪われたすべての尊厳と、受けるべきだった愛のすべてを、私がこの手で与えてみせよう」

彼は私の身体を、まるでお姫様を抱き上げるように優しく、軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にした。

ジェラルドに触れられた時は不快感しかなかったのに、アルファード様の腕の中は、驚くほど温かく、安心感に満ちていた。
「絶対に幸せにしてやる。お前を泣かせた愚か者どもが、地を這って後悔するほどにな」

これが、私の絶望の終わりであり――極上の溺愛生活の始まりだった。
人間の国で「おぞましい魔物の巣窟」と恐れられていた魔王城は、驚くほど美しく、洗練された宮殿だった。
そして何より、そこで待っていたのは、想像を絶する『おもてなし』の日々だった。

「ローザ、今日のドレスだ。お前の瞳と同じ色の、最高級のサファイアを織り込んだシルクで作らせた。気に入ってくれるといいのだが」

翌朝、目覚めた私にアルファード様が手渡したのは、人間の国では一国の国家予算に匹敵するほどの魔導ドレスだった。

「あの、アルファード様……このような高価なものは受け取れませんわ。私はただの追放された身ですのに……」

「何を言う。お前は私の特別な客であり……いや、私が生涯を懸けて守ると決めた女性だ。世界中の宝石を集めても、お前の美しさには敵わないというのに、この程度で遠慮するな」

彼は私の髪に、そっとキスを落とした。そのあまりの甘さに、私の顔がリンゴのように赤くなる。
さらに、食事の時間になれば、

「人間の料理を研究させた。お前の口に合うといいのだが……さあ、私が食べさせてやろう」

「えっ!? あ、あの、自分で食べられますわ!」

「ダメだ。お前はこれまで、他人のために尽くしすぎて指先一つまで疲れ切っている。私の前では、ただ甘やかされていればいい」

あ〜ん、とスプーンを差し出され、恥ずかしさに震えながら口を開く。その料理は、人間の国の宮廷料理人が束になっても敵わないほど、繊細で美味しいものだった。
魔王城の従者たち(強大な魔族たち)も、最初は人間の私を警戒するかと思いきや、

「ローザ様! 本日はどのような魔導具の研究をお手伝いしましょうか!?」
「ローザ様が微笑んでくださるだけで、我らの魔力が活性化いたします!」

と、まるで本物の女王様のように私を崇め、信じられないほど親切にしてくれた。
私の提案した新しい結界の術式や、領地経営のアイデアを、アルファード様は「素晴らしい! やはりお前は天才だ、ローザ!」と全力で褒め称えてくれた。
ジェラルドには『女のくせに生意気だ』『お前の代わりなどいくらでもいる』と言われ続けていた私の知識が、ここでは誰かの役に立ち、心から必要とされている。
失われた心が、アルファード様の底なしの愛によって、急速に満たされていく。
しかし、私が魔王城で幸せの絶頂にいたその頃。
私を捨てた【ジェラルド王国】では、取り返しのつかない破滅のカウントダウンが始まっていた。

2026/08/08 21:27

ふる003
ID:≫ 10.YZDmJ7U7Dk
コメント

この小説につけられたタグ

AIツールバットエンド悪役令嬢読み切り集

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権はふる003さんに帰属します

TOP