[太字][大文字]♡冷たい手[/大文字][/太字]
キーンコーンカーンコーン……。
6限目の自習を告げるチャイムと同時に、教室の緊張感が一気にほどける。
俺は机に突っ伏したまま、いまだに収まらない心臓の音を聞いていた。さっきの深山さんとのやり取りが頭の中で何度も再生されて、顔が熱い。
「おーい、生きてるか? 絶世のイケメンサマよぉ」
背後から、わざとらしいほどニヤついた声が降ってきた。
振り返らなくても分かる。俺の数少ない親友であり、このクラスで一番の調子者――伊吹龍也(いぶき りゅうや)だ。
龍也は俺の隣の席の椅子を勝手に引っ張ってくると、ガタッと派手な音を立てて逆向きに座り、背もたれに肘を乗せた。その顔には『面白くてたまらない』と書いてある。
「……なんだよ、龍也」
「なんだよ、じゃないだろ! お前さっき、深山さんと何喋ってたんだ? あの葉瑠が、女子に話しかけられて消しゴム落とすほど動揺するとか、明日は大雨どころか槍でも降るんじゃねぇか?」
「うるさい。ただ、ちょっと消しゴムが滑っただけだ」
「はいはい、そういうことにしてといてやるよ」
龍也はニヒヒと意地の悪い笑い方をしたが、すぐにその目をキランと輝かせた。
「でもさ、深山さんって、マジでめちゃくちゃ可愛いよな。クラスの男子、みんな狙ってるぜ? お前がその気なら、俺がちょっとアシストしてやろうか?」
「……余計なことすんな」
ぶっきらぼうに返したが、俺の心臓はチクリと痛んだ。
深山さんは人気者だ。俺みたいな隅っこにいる奴が、これ以上近づいていいはずがない。
「はいそこまでー! 楠凪くん、伊吹くん、無駄話してないで手、動かして!」
突如、頭上から降ってきた明るい声に、俺と龍也は同時にビクッと肩を揺らした。
見上げると、そこにはいつの間にか、プリントの束を抱えた深山さんが立っていた。
「あ、深山さん。何これ、プリント?」
龍也が人懐っこい笑顔で尋ねる。深山さんは「そうなの!」と困ったように眉を下げた。
「次の時間の数学のプリント。先生に『誰か手伝ってくれ』って言われたんだけど、みんな自習で寝ちゃってて……。そしたら、2人が楽しそうに起きてたから、捕まえちゃった!」
深山さんはそう言って、俺の目をまっすぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。
「ね、楠凪くん。さっき『数式が難しくて現実逃避してた』って言ってたもんね? 一緒にプリント配るの、手伝ってくれない?」
(うわ、まだ根に持たれてる……!)
俺が言葉に詰まっていると、隣の龍也がすかさず俺の背中をバシッと叩いた。
「お、いいじゃん! 葉瑠、手伝ってやれよ! 俺も暇だし、3人でやれば一瞬だろ!」
「え、伊吹くんも? 嬉しい、ありがとう!」
一花がパッと花が咲いたような笑顔を見せる。その笑顔の破壊力に、俺の胸はまたドクンと跳ね上がった。龍也は俺にだけ見えるように、後ろでこっそり親指を立てている。こいつ、わざとやりやがった。
「じゃあ、楠凪くんはこっちの列ね。はい、どうぞ」
深山さんから手渡されたプリントの束。その瞬間、彼女の指先がほんの少しだけ俺の手に触れた。
驚くほど、冷たかった。
5月の、こんなに汗ばむような陽気なのに、彼女の手はまるで冬の氷のようにひんやりとしていた。
「……深山さん、手、冷たくないか? 体調悪いんじゃ……」
思わず口から出た言葉に、深山さんは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、目を見開いてフリーズした。
けれど、すぐにいつもの眩しい笑顔に戻って、自分の両手をパタパタと振った。
「あはは、気づいちゃった? 私、昔からすごい冷え性なんだよね。あったかい楠凪くんに、ちょっと分けてもらいたいくらい!」
「あ……そ、そうなんだ」
「ほらほら、早く配らないとチャイム鳴っちゃうよ!」
深山さんは楽しそうに笑いながら、前の席へと歩いていく。
俺はその背中を見つめながら、指先に残るかすかな冷たさに、なぜか胸の奥がざわつくのを感じていた。
「おい、葉瑠。手、止まってるぞ」
すれ違いざま、龍也が小さな声で耳打ちしてくる。その声は、さっきまでのふざけたトーンとは少し違って、どこか優しかった。
「深山さん、お前のこと、結構気に入ってるっぽいぞ。頑張れよ、相棒」
これが、俺たちの、3人の特別な日常の始まり。
この時の俺はまだ、彼女の手がどうしてあんなに冷たかったのか、その本当の理由を何も知らなかった。
キーンコーンカーンコーン……。
6限目の自習を告げるチャイムと同時に、教室の緊張感が一気にほどける。
俺は机に突っ伏したまま、いまだに収まらない心臓の音を聞いていた。さっきの深山さんとのやり取りが頭の中で何度も再生されて、顔が熱い。
「おーい、生きてるか? 絶世のイケメンサマよぉ」
背後から、わざとらしいほどニヤついた声が降ってきた。
振り返らなくても分かる。俺の数少ない親友であり、このクラスで一番の調子者――伊吹龍也(いぶき りゅうや)だ。
龍也は俺の隣の席の椅子を勝手に引っ張ってくると、ガタッと派手な音を立てて逆向きに座り、背もたれに肘を乗せた。その顔には『面白くてたまらない』と書いてある。
「……なんだよ、龍也」
「なんだよ、じゃないだろ! お前さっき、深山さんと何喋ってたんだ? あの葉瑠が、女子に話しかけられて消しゴム落とすほど動揺するとか、明日は大雨どころか槍でも降るんじゃねぇか?」
「うるさい。ただ、ちょっと消しゴムが滑っただけだ」
「はいはい、そういうことにしてといてやるよ」
龍也はニヒヒと意地の悪い笑い方をしたが、すぐにその目をキランと輝かせた。
「でもさ、深山さんって、マジでめちゃくちゃ可愛いよな。クラスの男子、みんな狙ってるぜ? お前がその気なら、俺がちょっとアシストしてやろうか?」
「……余計なことすんな」
ぶっきらぼうに返したが、俺の心臓はチクリと痛んだ。
深山さんは人気者だ。俺みたいな隅っこにいる奴が、これ以上近づいていいはずがない。
「はいそこまでー! 楠凪くん、伊吹くん、無駄話してないで手、動かして!」
突如、頭上から降ってきた明るい声に、俺と龍也は同時にビクッと肩を揺らした。
見上げると、そこにはいつの間にか、プリントの束を抱えた深山さんが立っていた。
「あ、深山さん。何これ、プリント?」
龍也が人懐っこい笑顔で尋ねる。深山さんは「そうなの!」と困ったように眉を下げた。
「次の時間の数学のプリント。先生に『誰か手伝ってくれ』って言われたんだけど、みんな自習で寝ちゃってて……。そしたら、2人が楽しそうに起きてたから、捕まえちゃった!」
深山さんはそう言って、俺の目をまっすぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。
「ね、楠凪くん。さっき『数式が難しくて現実逃避してた』って言ってたもんね? 一緒にプリント配るの、手伝ってくれない?」
(うわ、まだ根に持たれてる……!)
俺が言葉に詰まっていると、隣の龍也がすかさず俺の背中をバシッと叩いた。
「お、いいじゃん! 葉瑠、手伝ってやれよ! 俺も暇だし、3人でやれば一瞬だろ!」
「え、伊吹くんも? 嬉しい、ありがとう!」
一花がパッと花が咲いたような笑顔を見せる。その笑顔の破壊力に、俺の胸はまたドクンと跳ね上がった。龍也は俺にだけ見えるように、後ろでこっそり親指を立てている。こいつ、わざとやりやがった。
「じゃあ、楠凪くんはこっちの列ね。はい、どうぞ」
深山さんから手渡されたプリントの束。その瞬間、彼女の指先がほんの少しだけ俺の手に触れた。
驚くほど、冷たかった。
5月の、こんなに汗ばむような陽気なのに、彼女の手はまるで冬の氷のようにひんやりとしていた。
「……深山さん、手、冷たくないか? 体調悪いんじゃ……」
思わず口から出た言葉に、深山さんは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、目を見開いてフリーズした。
けれど、すぐにいつもの眩しい笑顔に戻って、自分の両手をパタパタと振った。
「あはは、気づいちゃった? 私、昔からすごい冷え性なんだよね。あったかい楠凪くんに、ちょっと分けてもらいたいくらい!」
「あ……そ、そうなんだ」
「ほらほら、早く配らないとチャイム鳴っちゃうよ!」
深山さんは楽しそうに笑いながら、前の席へと歩いていく。
俺はその背中を見つめながら、指先に残るかすかな冷たさに、なぜか胸の奥がざわつくのを感じていた。
「おい、葉瑠。手、止まってるぞ」
すれ違いざま、龍也が小さな声で耳打ちしてくる。その声は、さっきまでのふざけたトーンとは少し違って、どこか優しかった。
「深山さん、お前のこと、結構気に入ってるっぽいぞ。頑張れよ、相棒」
これが、俺たちの、3人の特別な日常の始まり。
この時の俺はまだ、彼女の手がどうしてあんなに冷たかったのか、その本当の理由を何も知らなかった。