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悪役令嬢は、本当に”バットエンド”ですか?

#2

第二話:二度目の人生、復讐は冷えた状態で頂くもの

[太字][大文字]♥錆びた刃と、処刑台の泥[/大文字][/太字]




首筋を駆け抜けた圧倒的な冷気。それが、私の最初の人生の終わりだった。
無実の罪。親族の処刑。地を這うようにして連行された私を待っていたのは、泥にまみれたギロチン台と、民衆の容赦ない罵声だった。

「国の害悪め、死ね!」
「聖女様を殺しようとした悪女に相応しい最期だ!」

視界が上下に反転する直前、私の目に映ったのは、広場の特等席で冷酷に口元を歪める元婚約者・ジーク王子と、その腕に抱かれて勝ち誇った笑みを浮かべる偽聖女・リリアの顔だった。

(絶対に、許さない。もし次があるのなら、お前たちのすべてを奪い尽くしてやる――)

ドサリ、と肉塊が落ちる音が響き、私の意識は深い闇へと沈んだ。

「……お嬢様? オリヴィアお嬢様、顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」

気がつくと、私は自分の部屋の天蓋付きベッドの上にいた。
目の前にいるのは、一度目の人生で私を庇って暗殺された、忠実なメイドのエマ。
鏡を見れば、そこにはまだジークと婚約したばかりの、あどけなさが残る十三歳の私がいた。

(戻ってきた。あの地獄の処刑から、7年も前に……!)

心臓が早鐘を打つ。しかし、私の頭脳は驚くほど冷静だった。
一度目の人生の私は、ジークに好かれようと必死に媚びを売り、彼の我が儘をすべて受け入れていた。その結果、公爵家の財産はジークの派閥に吸い尽くされ、用済みになった瞬間にリリアの冤罪によって切り捨てられたのだ。

「エマ。今日のジーク殿下との婚約記念パーティー、私は欠席しますわ」
「えっ!? ですが、殿下がお怒りになります……」
「構いません。体調不良とでも言っておきなさい」

私は冷たい笑みを浮かべた。
もう二度と、あの男のために私の時間も、公爵家の金も使わない。
私の手元には、これから7年間にこの国で起きる「すべての事件」「貴族たちの不祥事」「隠された鉱山の位置」、そしてジークが裏で手を染める「違法な資金源」の記憶がすべて眠っている。
復讐劇の幕を上げましょう。まずは、あの男の「足元」を徹底的に腐らせることから。
それからの4年間、私はジークの前から完全に姿を消した。
学園への入学も拒否し、公爵家の領地に引きこもって「病弱な令嬢」を演じ続けた。ジークは私を「使えない女だ」と罵り、新しい愛人であるリリアとの逢瀬に溺れていたが、それこそが私の狙いだった。
私が裏で動かしていたのは、公爵家の圧倒的な「資金力」と、未来の記憶だ。
まず、3年後にジークの最大の資金源となるはずだった「東部での金鉱山発見」の情報を先回りし、公爵家の名義でその土地を丸ごと買い占めた。さらに、ジークの派閥の主力である有力貴族たちが、裏で奴隷売買や脱税に手を染めている証拠を、未来の日付から逆算して完璧に差し押さえた。
私は彼らを脅さなかった。ただ、泳がせた。
ジークが「自分には金も権力もある」と錯覚し、より大きな違法投資に手を染めるように、裏から身元を隠した商会を使って巨額の資金を融資し続けた。
そして、私が十七歳になった春。
ジークから、一通の手紙が届いた。
王宮の夜会への招待状。そこには「重要なお知らせがある」と書かれていた。

(待っていましたわ、ジーク。たっぷり借金を背負い、不祥事の証拠を握られているとも知らずに、よくぞ私を呼び出してくれましたこと)

王宮の晩餐会。きらびやかな会場の床を踏み締める。
私が姿を現すと、会場の貴族たちから一斉に嘲笑の視線が注がれた。4年間引きこもっていた「落ちぶれた公爵令嬢」への、冷ややかな視線だ。
会場の中央には、すでに二十歳になったジーク王子が、リリアの腰を抱いて立っていた。リリアは、あたかも自分がこの国の次期王妃であるかのように、傲慢な笑みを浮かべている。

「よく来たな、オリヴィア。4年も領地に引きこもっていた陰気な女が、何の用だ?」

ジークが傲慢に言い放ち、手に持ったグラスを床へ投げ捨てた。パリン、と軽い音が響く。

「お前との婚約を破棄する! 4年間も王族への義務を放棄し、さらには学園でリリアを呪うための呪術道具を集めていた罪、言い逃れはさせんぞ!」

一度目の人生と全く同じ、稚拙な冤罪の言葉。
リリアも哀れな被害者を装い、ジークの胸に顔を埋める。
しかし、その瞳の奥には、私を見下す醜い優越感がギラギラと輝いていた。

周囲の貴族たちが「なんて恐ろしい女だ」「公爵家も終わりだな」と口々に囁く。

しかし、私は恐怖など微塵も感じていなかった。ただ、胸の奥から湧き上がる滑稽さをおさえきれず、小さくため息を吐いた。

「ジーク殿下。相変わらず、中身の無い頭でよくそこまで大声を張り上げられますわね」
「何だと……!? 捕らえろ! この悪女を今すぐ連行しろ!」

ジークの命令で近衛騎士たちが動こうとした、まさにその時だった。

「お、おやめください、ジーク殿下! それ以上は破滅です!」

背後から悲鳴のような声を上げて飛び出してきたのは、ジーク派閥の筆頭であるヴァルマ侯爵だった。額から滝のような冷や汗を流し、その顔は白紙のように真っ青になっている。

「ヴァルマ侯爵? 何を言っている、この悪女を捕らえるのだぞ!」

「無理です! できません! 先ほど、我が家に国境監査局のガサ入れが入りました! 裏での奴隷売買と密輸の証拠がすべて押さえられたと……! それだけではありません、我がヴァルマ侯爵家の全財産は、すでに差し押さえられています!」

「な、何だと……!?」ジークが目を見開く。
さらに、その後ろからゴドウィン伯爵が狂ったように髪を掻き毟りながら進み出た。

「我が家もだ! 殿下に命じられて投資していた『大陸最大の商会』への出資金、あれはすべて罠だった! 支払期日は今日だというのに、商会から巨額の違法融資の事実を公表すると脅され、我が家は今、一露の資金も残っていません!」

「バカなことを言うな! 我が派閥の資金は潤沢なはずだろ!? お前たちが潰れるわけがない!」

ジークが声を荒らげるが、周りの貴族たちは次々と顔を伏せ、ジークから距離を置き始めた。彼を支えていた強固なはずの包囲網が、音を立てて崩壊していく。
私は優雅に扇を広げ、絶望の淵に立たされた彼らを見下ろした。

「言葉通りの意味ですわ、無能な元婚約者殿。貴方方がこの4年間、リリアさんとの贅沢な暮らしや、私を陥れるための私兵集めに使っていた資金……そのすべては、私が経営する商会から貸し付けた『借金』ですのよ?」

私はエマから受け取った分厚い書類を、ジークの足元へ放り投げた。

「貴方の派閥の貴族たちが裏で行っていた脱税、奴隷売買の証拠は、すべて私が4年かけて集め、一昨日、国王陛下と国境の監査組織へ提出いたしました。彼らの資産はすべて国家に没収され、我がアウグスト公爵家への債務返済に充てられます。つまり……ジーク殿下。貴方を支持する貴族は、今この瞬間、この国に一人も存在しませんわ。貴方はただの、裸の王様です」

「嘘だ……そんな、僕が……僕の金が……!」

ジークは床に散らばった書類を貪るように拾い上げ、文字通りガタガタと震え出した。そこには彼自身の直筆のサインと血判が入った、国家予算の数倍にのぼる違法融資の契約書が、容赦なく並んでいた。
そして私は、ジークの傍らで完全に硬直しているリリアへと視線を移した。
彼女は「私はヒロインなのよ」などと叫ぶ余裕すら、もう持ち合わせていなかった。

「リリアさん。貴女が『聖女の奇跡』と称して病を治すために平民へ配っていた聖水――あれ、東部でしか採れない依存性の高い幻覚植物の抽出液ですわね? 貴女の信者たちが今、どのような激しい禁断症状に苦しんでいるか、ご存知かしら?」

「あ……、あ……」

リリアの顔が、恐怖で土気色に変色していく。彼女の唇は小刻みに震え、まともな言葉を紡ぐことすらできない。自分の犯した大罪のすべてが、この4年間一度も会っていなかった「引きこもり令嬢」に完全に筒抜けだったという事実に、ただただ圧倒されていた。

「聖堂の監査官たちが、すでに貴女の自室から大量の植物の種子を押収しました。貴女を待っているのは、叫ぶ間もない異端審問と、光の刺さない地下深くでの終身刑です」

リリアは言い訳を叫ぶことも、涙を流すこともできなかった。ただ、膝の力が完全に抜け、まるで魂の抜けた人形のように床へずり落ちた。激しい呼吸の音だけが、静まり返った会場に小さく響く。
近づいてきた強面の衛兵たちに両脇を抱えられた時も、彼女はただ虚空を見つめたまま、ガチガタと歯を鳴らして引きずられていった。その絶望に満ちた静かな退場は、かえって会場の貴族たちを震え上がらせるのに十分だった。

「オリヴィア……オリヴィア! 頼む、僕が悪かった! 婚約破棄は取り消しだ! 君の資産があれば、僕はまだ王になれるんだ!」

今度はジークが、プライドを全てかなぐり捨てて床を這いずり、私のドレスの裾に縋り付こうとしてきた。
私はその汚れた手を、容赦なく靴のヒールで踏み躙った。

「一度目の人生で、貴方は私をまともな裁判もなしに処刑台へ送りましたわね。……今度は貴方の番ですわ。国家反逆罪および違法融資による国家資産の私物化の罪。言い訳は法廷で伺いますわ、元・婚約者殿」

私の冷徹な宣告と同時に、ジークもまた、騎士たちによって力なく連行されていった。彼が戻る場所は、もうこの王宮にはない。北の極寒の地での、過酷な強制労働が待っているだけだ。
すべてを失ったジークの背中を見送りながら、私は窓の外を眺めた。
一度目の人生で、私の首を刎ねた冷たい冬の朝が嘘のように、窓の外には暖かな春の陽光が広がっている。

「別の王子様との結婚? そんな面倒なもの、必要ありませんわ。これからはこの莫大な富と領地を使って、私、自分の力だけで最高に幸せになって見せますわ!」

アウグスト公爵家の若き女帝として、私は私の人生を、完璧に掴み取ったのだ。

2026/08/07 10:36

ふる003
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