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境界線のクロノス

#1

第1話:「3秒前の死線」

[大文字][太字]⚔ 固有スキル発動[/太字][/大文字]



「おいトウマ、また寝てんのかよ」
横から飛んできた不躾な声と、頭を軽く小突く感触。それでトウマは辛うじて意識を現実へと引き戻した。
窓の外には、いつもと変わらない、うんざりするほど退屈な地方都市の街並みが広がっている。灰色のアスファルト、規則正しく並んだ電柱、そしてどんよりとした曇り空。どこにでもある、ありふれた日常の風景だ。
「……うるさいな。昨夜、スマホの見すぎで完全に寝不足なんだよ」
トウマは気だるげに前髪をかき上げ、小さくため息をついた。
高校1年生のトウマは、クラスの中でも特に目立つタイプではない。成績は平均的、運動神経も人並み。何より「面倒なこと」が大嫌いで、常に教室の隅で一歩引いているような少年だった。熱血漢なんて対極の存在だし、世界の危機を救うヒーローなんて、テレビの向こうの別世界の住人だと思っていた。
だが、運命というやつは、いつだって最悪のタイミングで、理不尽に牙を剥く。
――キィィィィィィィィン!!
突如、鼓膜を鋭く刺すような、不快な高音が教室中に響き渡った。黒板を爪で引っ掻いたような音を、何百倍にも増幅させたような不気味な音だ。
「うわっ、何だこの音!? 放送室のバグか?」
「耳鳴り……? いや、違う、これって!」
ガタガタと教室の机や椅子が激しく震え出す。地震ではない。振動の源は、地面ではなく「空間そのもの」だった。
次の瞬間、トウマの目の前の空間が、まるで目に見えない巨大なハンマーで叩き割られたかのように、バリバリと音を立てて裂けた。
「嘘、だろ……」
トウマの口から、乾いた声が漏れる。
裂け目の向こうに見えるのは、禍々しい紫色の混沌。そして、そこから這い出てきたのは――教室の天井を突き破るほど巨大な、「数多の目を持つ、鋼鉄のような質感の蜘蛛型生物」だった。
「裂け目(ゲート)だ! 獣が出たぞォォォ!!」
「ひっ……、あ、あああああ!」
絶叫と悲鳴が同時に上がる。平和だった教室は、一瞬にして地獄のパニックへと叩き落とされた。生徒たちは我先にと廊下へ殺到し、折り重なるようにして逃げ惑う。
だが、その混乱の渦中、逃げ遅れて恐怖のあまり腰を抜かしている女子生徒がいた。トウマの前の席に座る、物静かなクラスメイトだ。
怪物はその太く鋭い、槍のような脚を高く振り上げた。その先端は、容赦なく彼女の脳頭めがけて突き立てられようとしている。
(まずい、死ぬ――!)
トウマの頭は、驚くほど冷静だった。今から助けに行けば、自分も確実に巻き添えになる。ここで合理的な判断を下すなら、彼女を見捨てて今すぐ教室から脱出するのが正解だ。
しかし、彼の肉体は、脳が弾き出した計算よりも先に、衝動のままに動いていた。
「動け、俺の足……っ!!」
トウマは床を強く蹴り、女子生徒の元へと猛ダッシュした。彼女の体を横へと突き飛ばす。
しかし、身代わりとなったトウマの胸めがけて、怪物の巨大な爪が、肉眼では捉えきれないほどの凄まじい速度で迫る。風圧だけで皮膚が裂けそうだ。
(あ、終わった――)
死を確信した。爪が胸に触れる感覚すら、脳が錯覚した。
その真の「死の瞬間」、トウマの脳内で、今まで鍵をかけられていた何かの『リミッター』が、派手に弾け飛ぶ音がした。
ズクンッ!!!
心臓が異常なほど跳ね上がり、視界が鮮烈な深紅に染まる。
ドク、ドク、と自分の心臓の鼓動だけが、気の遠くなるようなスローモーションで耳の奥に響いた。
【固有能力:死線回帰(デッドライン・リライト)――発動】
世界から色彩が消え、白黒の反転した景色が、まるでビデオテープを猛スピードで巻き戻すように逆再生され始めた。飛び散った木片が元に戻り、逃げる生徒たちが後ろ向きに走る。
――ザザザザッ!
気がつくと、トウマは「自分が女子を助けるために走り出す3秒前」の場所に、静かに立っていた。
「はっ、はぁ、はぁっ……!?」
自分の胸を見る。穴など開いていない。制服も破れていない。
目の前では、まさに今から怪物の爪が振り下ろされようとしている。「さっき見た光景」が、寸分違わず再現されようとしていた。
「夢じゃない。俺は本当に……時間を巻き戻したんだ!」
二度目のチャンス。トウマは再びダッシュを仕掛けた。
今度はただ闇雲に飛び込むのではない。さっき「自分が貫かれたタイミング」と「爪の軌道」を、トウマの脳は完璧に記憶している。
「そこだっ……!」
爪が空気を切り裂く寸前、トウマは女子生徒の襟元を掴んで思い切り後ろへ引っ張った。
直後、ドゴォォォン!! と凄まじい衝撃音と共に、さっきまで二人がいた床が木端微塵に砕け散る。
「ひっ、あ、ありがとう、トウマくん……!」
「いいから早く教室の外へ! 走れ!」
女子生徒を背後に逃がしたトウマだったが、怪物は獲物を逃がしたことに激怒し、即座にトウマを次の標的としてロックオンした。今度は逃げ道を塞ぐように、三本の不気味な爪が同時に襲いかかる。
(クソ、これじゃあ物理的に避けられ――)
またしても死を予感した瞬間、トウマの心臓が『ズクン』と跳ね上がった。
――ザザザザッ!
【固有能力:死線回帰(デッドライン・リライト)――2回目】
世界が再び3秒巻き戻る。トウマの立ち位置は、怪物の爪が振り下ろされる直前の場所へ。
「ぐ、あぁっ……!!」
連続使用の代償か、鼻からツッと熱い血が垂れた。脳が焼け付くような、意識が飛びそうなほどの激しい頭痛。
それでも、トウマは執念で歯を食いしばり、地面を泥臭く転がった。針の穴を通すようなタイミングで、怪物の猛攻を間一髪で回避する。
だが、トウマはただの高校生だ。攻撃を避けるだけで限界であり、ビルほどもある怪物を倒す武器など、どこにも持っていない。体力的にも、もう限界だった。
怪物がイラついたように咆哮を上げ、今度は部屋全体を押しつぶすように、その巨大な質量を倒し込んできた。
(もう、巻き戻す体力は残ってない……ここまで、か)
トウマが死を覚悟し、静かに目を瞑ったその時。
――「そこまでだ、デカブツ。一般人の領域で暴れるんじゃねえよ」
教室の窓ガラスをド派手に突き破って、一人の『影』が滑り込んできた。
黒いスタイリッシュな防護服に、鮮やかな青いマント。
それは、テレビのニュースや動画サイトで何度も見たことがある、次元の獣を狩る国家最高峰の組織――『異能力特務部隊(ハザード・バスターズ)』の戦士だった。
「民間人を傷つける裂け目(ゲート)の獣は……この俺が、一刀両断にする!」
飛び込んできたのは、トウマより少し年上に見える、不敵な笑みを浮かべた黒髪の少年だった。
彼が腰の鞘から引き抜いたのは、自分の身の丈ほどもある、異様な威圧感を放つ巨大な大剣。
少年がその大剣を構えた瞬間、ブレードにバチバチと激しい青い電撃が走り、教室中の空気がビリビリと震え出した。

2026/08/08 23:54

ふる003
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