メーディアを匿い始めて8日が経った。吸血天使という異質な存在を匿っていること以外は、何も変わらない生活を送っていた。
けれど……やはり血を与えることには慣れない。理性を失わないうちだから、まだ初めて吸われた時の感覚よりは少々ましなほうである。まだ大丈夫だ。
今日、1度メーディアへ向けた槍を[漢字]砥[/漢字][ふりがな]と[/ふりがな]ぐ予定を入れていた。家の奥に仕舞ってあった砥石を取ってきて、あぐらをかいて座った。
聖天使にとって、武器は命だ。天界の平和を守るために諸悪を葬るのが仕事の1つである。――考えたくはないが、メーディアもその諸悪になり得る。その時には本当に、あの日のように……ああやって殺してしまうのが正義になる。
無心になって砥ぐ刃が1番美しく、良い切れ味を誇る。しかし無心ではいられない。
「……誰か殺しに行くんですか」
「今日は予定はない、だが殺し屋みたいな言い方するな」
「じゃあ、なんで」
「定期的に砥いでいる。何もなくても砥がなければ、いざという時に切れ味が悪くなるから」
徐々に心を開いて、話してくれるようになったメーディアが、話しかけてくるからだ。信用してくれるのはとてもありがたいしよいことなのだが……。
(気が散って仕方がない……)
「あの、えっと……」
「なんだ」
「血、吸ってもいいですか」
「今か?早くないか?」
「昨日は体調が悪そうだったので、あんまり」
メーディアが指のささくれをいじりながら言う。3人分くらい丸まった猫背は、内気さから来るものなのか、謙遜からなのか、はたまた、ただの癖なのか。
こいつの他人に対する慈愛と自分へのぞんざいさは、心配になる程に徹底されている。自己犠牲で他人を守るのが、幸せであり正義なのである。だから、吸血天使になった自分を私が生かそうとしたとき、拒否した。私を襲ってしまったとき、自分が死ぬことで平和をつくろうとした。
「大丈夫だ。心配するな」
「え、でも」
「危害を加えるかもとか、そんなくだらないこと考えてるんだろう?私にだったら何の遠慮もするな」
目の動きが不安定になる。お前は納得ができないんだろう。
「私はお前を生かすために、自分の身を捧げてもいい。そう決めた」
「なんで――僕なんかのために」
「お前の心が綺麗でたまらないからだ。純粋とは違う、黒く染まれない心が」
考えたこともなく、しかし嘘偽りのない言葉たちが私の口からこぼれ出る。
動揺した紅い眼をまっすぐ見つめる。
「そんな心が、どんな天使より綺麗なんだよ」
私は怖い。まるで天使の心には濁りがなく、そして唯一無二の美しさをもつと錯覚する、天使たちが。
天界に住む天使たちは皆、「天使の心は清らかで美しい」と言う。
でも、私は思う。
天使の心は、例え階級の高い天使であっても、皆が見下す人間の心に負けず劣らず、穢れている、と。
けれど……やはり血を与えることには慣れない。理性を失わないうちだから、まだ初めて吸われた時の感覚よりは少々ましなほうである。まだ大丈夫だ。
今日、1度メーディアへ向けた槍を[漢字]砥[/漢字][ふりがな]と[/ふりがな]ぐ予定を入れていた。家の奥に仕舞ってあった砥石を取ってきて、あぐらをかいて座った。
聖天使にとって、武器は命だ。天界の平和を守るために諸悪を葬るのが仕事の1つである。――考えたくはないが、メーディアもその諸悪になり得る。その時には本当に、あの日のように……ああやって殺してしまうのが正義になる。
無心になって砥ぐ刃が1番美しく、良い切れ味を誇る。しかし無心ではいられない。
「……誰か殺しに行くんですか」
「今日は予定はない、だが殺し屋みたいな言い方するな」
「じゃあ、なんで」
「定期的に砥いでいる。何もなくても砥がなければ、いざという時に切れ味が悪くなるから」
徐々に心を開いて、話してくれるようになったメーディアが、話しかけてくるからだ。信用してくれるのはとてもありがたいしよいことなのだが……。
(気が散って仕方がない……)
「あの、えっと……」
「なんだ」
「血、吸ってもいいですか」
「今か?早くないか?」
「昨日は体調が悪そうだったので、あんまり」
メーディアが指のささくれをいじりながら言う。3人分くらい丸まった猫背は、内気さから来るものなのか、謙遜からなのか、はたまた、ただの癖なのか。
こいつの他人に対する慈愛と自分へのぞんざいさは、心配になる程に徹底されている。自己犠牲で他人を守るのが、幸せであり正義なのである。だから、吸血天使になった自分を私が生かそうとしたとき、拒否した。私を襲ってしまったとき、自分が死ぬことで平和をつくろうとした。
「大丈夫だ。心配するな」
「え、でも」
「危害を加えるかもとか、そんなくだらないこと考えてるんだろう?私にだったら何の遠慮もするな」
目の動きが不安定になる。お前は納得ができないんだろう。
「私はお前を生かすために、自分の身を捧げてもいい。そう決めた」
「なんで――僕なんかのために」
「お前の心が綺麗でたまらないからだ。純粋とは違う、黒く染まれない心が」
考えたこともなく、しかし嘘偽りのない言葉たちが私の口からこぼれ出る。
動揺した紅い眼をまっすぐ見つめる。
「そんな心が、どんな天使より綺麗なんだよ」
私は怖い。まるで天使の心には濁りがなく、そして唯一無二の美しさをもつと錯覚する、天使たちが。
天界に住む天使たちは皆、「天使の心は清らかで美しい」と言う。
でも、私は思う。
天使の心は、例え階級の高い天使であっても、皆が見下す人間の心に負けず劣らず、穢れている、と。