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吸血天使は牙を折る。

#12

聖天使は血を流す。

 私が到着したときには、そこは惨状で満たされていた。
 区民は見たところ避難が完了している。しかし建物は倒壊し、そこら中に天使と“キャンディー”の血が染みついている。
 血生臭い。
 この臭いにはもう慣れてはいるが、不快なのに変わりはない。
 けれど、この世界は、今まで見たことのないほどの、それだった。
「アデナくん……っ!」
 レルマ様が私の名を呼んだ。
 負傷は頭部、左肩、左脇腹、右ももまで及ぶ。羽も幾らか抜け落ちている。レルマ様でこれだったら、私が治癒担当に回ったとしても、戦った聖天使全員の負傷を治癒力で賄える気がしない。
「酷い怪我……今治しますね」
「あのさアデナくん……あいつ、“ハニー”以上だった。これ以上魔気に指標がない」
 血を拭いながら言った。
「アデナくん、[漢字]戦場[/漢字][ふりがな]あっち[/ふりがな]に出て」
 その瞬間、私の身体に、詳しく言うと肩か背中あたりだが、戦場に向いた力が働いた。レルマ様の細い腕が、私をその方向へ押した。
「私はなんとかするから!アデナくんは即戦力になって‼」
 目の前に立ちはだかる“キャンディー”――すなわち悪獣は、私の方にゆっくり向いた。
 醜い。
 稀にどころではなく、地獄に生まれた悪魔が自分の劣悪な生き様に絶望して、私たち天使に憧れ、白く輝く[漢字]天界[/漢字][ふりがな]ここ[/ふりがな]に上がってくる。けれど天界の清さに耐えられず、原形と理性が壊れる。その成れの果てが、悪獣。
 悪獣になる者は皆、天使になるだけの覚悟と正義がある。天界の清さに耐性がありさえすれば、天使として生まれ変わることもできる。しかしそれはほんのひと握り。その他の悪魔は、心にポテンシャルがあろうと、天使を殺す兵器になる。強ければ強いほど、天使や悪獣にもその強さが反映される。
 構えろ。さもなくば殺されるぞ、アデナ。
 息をゆっくり吸って地を蹴る。目指すはその首、息の根。槍の先に魔法を溜める。その力を、まっすぐその命へと向ける。自らの羽を、大きく、大きく舞わせる。
 私はもう子供じゃない。
 槍の先は確かにその身を貫いた。刺す時も引き抜く時も肉を引き裂くように彫られた白い石の槍を、力任せに引き抜く。悪獣の悲鳴のような咆哮が空に響く。口に入った、えぐみのある邪悪な味をした血。
 急所を僅かに逃した。
 それは悪獣も同じだった。
 心臓から指4本分左にずれた辺りの深い切り傷から、赤黒い血が流れ落ちる。
 人間と全く同じ場所に心臓を持ち、神経を持ち、内蔵を持ち、脳を持つ私たちの急所は、当然見抜かれていた。
 激痛。
 かすれた声が、小さく漏れる。
 痛がっている暇などないのだ。傷口に指を当て、治癒魔法を使う。
 この戦いで、一体何人が死ぬのだろうか。
 メーディアは、私の帰りを待てるだろうか……。

作者メッセージ

“キャンディー”は悪獣の隠語。“ハニー”は魔気の指標で最高を示す。
一般区民が混乱するのを防ぐために、あえて使っている。
その他にも隠語は存在する。

“シロップ”
 ……吸血鬼。
“シュガー”
 ……悪魔。天界では悪獣になる。
“ミルク”
 ……一般区民。文脈によっては、区民同士のトラブルを示すことも。
“バッククロージャー”
 ……研修旅行で人間界に行った初等学校の天使が何故か大量に持って帰ってくる、人間界の産物。たまに下水管に詰まる。もはや隠語にする必要がないので、人間界での名前をそのまま借りた。

2025/11/14 22:47

◇Alice◇
ID:≫ 6.HwTpWbghe22
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