美味しすぎてパニックを起こしそうな身体になんとかご飯を流し込み、一息ついた。
[漢字]幸福[/漢字][ふりがな]しあわせ[/ふりがな]って、疲れるのね。
そう思って、私は上を見上げた。
アコさんと呼ばれた人がどんな人なのかと、ふと考えた。
「アコさんに会いたいの?」
「あ、……なんでバレちゃったのかしら」
「勘、かな。あと、上を見てたから」
「面をしているのに、なぜ分かったの?」
「あぁ……これね、特殊な加工で中からはある程度見えるようになってるんだ」
そう言って、スポーツには明らかに不向きな細い指で面を指差した。
「彼女、綺麗好きだから、行くならお風呂入った後がいいと思う」
おふろ。
今の私には遠すぎる言葉で、意味を思い出すのにはちょっと掛かった。
「……あぁ、お風呂」
せんせー、お風呂沸かしたげて、と、宙が奥の部屋に声をかける。
「もう沸いてますよ!」
返答も返ってくる。
「……じゃ、楽しんで」
宙は、私にそう言った。たぶん、笑顔で。
「いいにおい……」
数年ぶりの[漢字]石鹸[/漢字][ふりがな]せっけん[/ふりがな]の香りに包まれ、私は得も言われぬ感情で満たされていた。身体も料理みたいにあったかくて、不思議。
私は髪の洗い方も忘れていて、哀華さん――先生を呼んで、壁の向こうからやり方を教えてもらった。
そんな、ほこほこと湯気をたてた私は、その天井の向こうにいるアコさんという人に会いに行った。
こんこん。
書庫の戸をたたく。
宙曰く、生活の最低限以外ここから出ることはないんだそうだ。
「まぁ、あの人、本を読むのに夢中で3食抜いたことあるけどね……」
と、苦笑いされていた。
すこし、静かになる。のち、
「どうぞ」
年配の女性の声がした。
「失礼します」
書庫の奥に、分厚い本を読む車椅子のおばあさんがいた。
「こっちへおいで、あたしゃもう動くのも面倒なんだよ」
私は彼女のもとへ行った。
「はじめまして。私、三苫アリスっていいます」
「あぁ、アリスちゃんかい」
よろしく、とアコさんは笑った。
「あたしゃね、もう今年で……いくつだっけねぇ……そうだ、95だ。95になるんだよ。だからね、もうこの世界のことをいろいろ知ってるからね。聞きたいことがあったら、遠慮なくおいで」
ありがとうございます、とお礼を言った。
「……じゃあ」
私は、そっと口を開いた。
「才能って、いったい何なんですか」
それは、才能のない私がずっと考え続けていたことだった。
「そうだねぇ……」
アコさんは少し考えて、言った。
「あたしってのはね、もともと世間一般には“才能がない”女なんだよ。でも、あたしゃ思うのよ。あたしの、本をず~っと読み続ける集中力だってね、言わせてみれば才能なんだよ」
つまりはね、才能ってのは社会の枠だね。そこに才能の原石がありゃ才能持ちだし、なきゃ無能だ。
アコさんはその言葉で、才能についての説明を閉じた。
「アリスちゃんも、社会の枠の外から、隠された原石を掘り出しな」
才能の原石。
「さて、と。あたしは今から、隠された才能で本を読むから、しばらく1人にしてくれ」
「え、ごはんは……」
「もうすこし、本が読みたくてね」
そう言って、アコさんは不適で若々しい笑みを浮かべ、本を開きなおした。
[漢字]幸福[/漢字][ふりがな]しあわせ[/ふりがな]って、疲れるのね。
そう思って、私は上を見上げた。
アコさんと呼ばれた人がどんな人なのかと、ふと考えた。
「アコさんに会いたいの?」
「あ、……なんでバレちゃったのかしら」
「勘、かな。あと、上を見てたから」
「面をしているのに、なぜ分かったの?」
「あぁ……これね、特殊な加工で中からはある程度見えるようになってるんだ」
そう言って、スポーツには明らかに不向きな細い指で面を指差した。
「彼女、綺麗好きだから、行くならお風呂入った後がいいと思う」
おふろ。
今の私には遠すぎる言葉で、意味を思い出すのにはちょっと掛かった。
「……あぁ、お風呂」
せんせー、お風呂沸かしたげて、と、宙が奥の部屋に声をかける。
「もう沸いてますよ!」
返答も返ってくる。
「……じゃ、楽しんで」
宙は、私にそう言った。たぶん、笑顔で。
「いいにおい……」
数年ぶりの[漢字]石鹸[/漢字][ふりがな]せっけん[/ふりがな]の香りに包まれ、私は得も言われぬ感情で満たされていた。身体も料理みたいにあったかくて、不思議。
私は髪の洗い方も忘れていて、哀華さん――先生を呼んで、壁の向こうからやり方を教えてもらった。
そんな、ほこほこと湯気をたてた私は、その天井の向こうにいるアコさんという人に会いに行った。
こんこん。
書庫の戸をたたく。
宙曰く、生活の最低限以外ここから出ることはないんだそうだ。
「まぁ、あの人、本を読むのに夢中で3食抜いたことあるけどね……」
と、苦笑いされていた。
すこし、静かになる。のち、
「どうぞ」
年配の女性の声がした。
「失礼します」
書庫の奥に、分厚い本を読む車椅子のおばあさんがいた。
「こっちへおいで、あたしゃもう動くのも面倒なんだよ」
私は彼女のもとへ行った。
「はじめまして。私、三苫アリスっていいます」
「あぁ、アリスちゃんかい」
よろしく、とアコさんは笑った。
「あたしゃね、もう今年で……いくつだっけねぇ……そうだ、95だ。95になるんだよ。だからね、もうこの世界のことをいろいろ知ってるからね。聞きたいことがあったら、遠慮なくおいで」
ありがとうございます、とお礼を言った。
「……じゃあ」
私は、そっと口を開いた。
「才能って、いったい何なんですか」
それは、才能のない私がずっと考え続けていたことだった。
「そうだねぇ……」
アコさんは少し考えて、言った。
「あたしってのはね、もともと世間一般には“才能がない”女なんだよ。でも、あたしゃ思うのよ。あたしの、本をず~っと読み続ける集中力だってね、言わせてみれば才能なんだよ」
つまりはね、才能ってのは社会の枠だね。そこに才能の原石がありゃ才能持ちだし、なきゃ無能だ。
アコさんはその言葉で、才能についての説明を閉じた。
「アリスちゃんも、社会の枠の外から、隠された原石を掘り出しな」
才能の原石。
「さて、と。あたしは今から、隠された才能で本を読むから、しばらく1人にしてくれ」
「え、ごはんは……」
「もうすこし、本が読みたくてね」
そう言って、アコさんは不適で若々しい笑みを浮かべ、本を開きなおした。