生まれたことすら秘密なのに皇太子の花嫁に選ばれました?!
#1
双子
「この子を連れて逃げて」
たった今、出産したばかりのアダムズ公爵令嬢レイラは幼い頃から仕えてくれていた侍女エルマに懇願した。
[明朝体]『双子は不吉』[/明朝体]
双子の2番目に生まれた子は命を奪われる。
それがアダムズ一族にとって暗黙のルールだ。
「お願い、エルマ」
貴方にしか頼めないと言うレイラの言葉にエルマは頷いた。
「先生お願いです。この子を助けてください」
エルマの他にこの部屋にいるのは、出産に立ち会った年配の医師のみ。
「生まれた子はこの子ひとりです。」
何も知りませんと言う医師にレイラは涙を浮かべながらお礼を言った。
「苦しいけどごめんね」
侍女エルマはあぶあぶと小さな声を出す赤ちゃんを出産で汚れたシーツで覆った。
酸欠で産声すらあげられない小さな赤ちゃん。
身体を綺麗にしてあげる時間もない。
「エルマ、これを」
レイラは首からネックレスを外し、エルマに手渡した。
お金を持っていないレイラがエルマに渡せる物は、結婚前から持っていたこのサファイアのネックレスだけ。
これを売れば多少のお金になるはずだ。
「レイラ様。お花気で」
「お願いね。エルマ」
十年以上仕えてくれたエルマは言頼できる侍女。
ここを無事に出ることさえできれば、大切に育ててくれることは間違いない。
エルマは扉の前で逃げる準備をし、医師は双子の一人目を抱きかかえた。
深呼吸したエルマと目が合った医師は扉に手をかけ小さく頷く。
「おめでとうございます。女の子です」
医師が扉を開けると、夫ジョンだけでなく家も侍女達もワッと歓声を上げた。
そっと部屋から消える侍女エルマと二番目の娘。
誰にも不審に思われることなく、汚れたシーツを抱えたエルマは洗濯場の方へ廊下を進んで行った。
「奥様、エルマはどこに?」
出産から数時間が経ち、お祝いムードが少し落ち着いた寝室を訪ねた家は首を傾げた。
いつも侍女エルマはレイラの側にいるのに。
「あっ!お母様の具合が悪いというので実家に帰らせたの。出産に必死で言い忘れていたわ、ごめんなさい」
「そうですか。では別の者に贈り物の仕分けを頼みましょう」
家令は特に気に留めず仕事に戻る。
この屋敷には多くの侍女がいるのでエルマー人くらい居なくても支障はない。
うまくごまかせただろうか?
数日後に母の介護のため仕事を辞めると手紙をもらったことにすればエルマがこのままいなくても不審に思われることはない だろう。
お願い。
生き延びて。
レイラは声すら聞くことができなかった次女を想いながら、小さな長女の手を握った。
『アダムズ一族に生まれた女性には特別な能力がある』
貴族は長男が後継になるが、唯一の例外がアダムズ一族だった。
この一族だけは代々、一族の中で最も能力が高い女性の伴侶が公爵となる。
婿は爵位を得るに相応しい人物かどうか厳しく確認され、結局は王家が薦めた人物と婚姻をすることになり、自由はない。
レイラの夫ジョンはこの国の第三玉子、レイラの父は宰相を務めた公爵家の次男だった。
「この子は能力を受け継いでいるかしら」
レイラはすやすや眠る長女ライラの頭を優しく撫でた。
アダムズ一族の女性のみに受け継ぐ能力は『穢れを祓う力』病を払い、呪いを減う力だ。
その能力の内容は公開されておらず、王家を含む一部の者達のみ知る能力。
王家のために力を使い、その礼として王家から生活を保証されているのがアダムズー族だった。
「あの子にも能力があるかしら」
磯れを祓えば自分に跳ね返る。
軽い怪我や病気なら徹熱で済むが、相手が重症になればなるほど祓った後は自分が高熱になる。
もし相手が死ぬほどの病気だった場合、祓った自分が死ぬ危険もあるのだ。
だが、気軽に使ってはダメだと教えてあげられる機会はもうない。
穢れを祓った後に何度か寝込んだことはあるが、侍女だったエルマに教えたことはないので分からないだろう。
無茶しない子だといいけれど
いつかライラに妹がいることを教えてあげたい。
いつか姉妹が会えるといいのに。
そんな日は永遠に来ないと分かっているけれど、そう願わずにはいられなかった。
育ててあげられなくてごめんね。
エルマ、迷惑をかけてごめんなさい。
レイラは名前もない小さな娘と恩人エルマを思いながらゆっくり目を閉じた。
「おう、どこまで行くんだ?乗っていくか??」
建物も何もない荒地の道を今にも倒れそうな足取りで歩いていたエルマに、
偶然通りかかった荷馬車のおじさんが声をかけた。
材料を仕入れ、荷馬車で王都から田舎に戻る途中だったパン屋のハリスだ。
「できるだけ遠くに」
王都からできるだけ遠くに行きたいと、行く宛はないとエルマは告げる。
エルマの腕の中にいる生まれて間もない赤ちゃんを見たハリスは目を見開いた。
まるで侍女の格好をした女性がこんな道を一人で歩いているのはおかしい。
貴族の機嫌を損ねて馬車に置いていかれたか、屋敷から追い出されたか。
だが、赤子を連れているのは変だ。
盗賊に襲われた馬車の生き残りだろうか?
「うちで働くか?」
明らかに髪の色も目の色も違う母子。
訳ありなのは間違いない。
だがハリスはこの母子を放っておくことができなかった。
「住み込みでどうだ。狭いが空いている部屋がある」
「お願いします」
なんでもやりますと泣きながら言うエルマ。
「困った時はお互い様だ」
体格の良いハリスは豪快に笑うと、赤ちゃんのほっぺをブニュと触った。
生まれたばかりの赤ちゃんを連れた旅は思った以上に過酷だった。
泣き声は困ると何件も宿を断られながら進み続けた道。
馬小屋で眠らせてもらった日はまだいい方だ。
ミルクは水では溶けないのでほとんど飲んでくれない。
おむつを洗う場所も干す場所もなく不衛生で可哀想だった。
それでも生き延びるために逃げなくてはならない。
エルマは行く宛もないまま、ただ『遠くへ逃げる』ということだけを考えた。
「ありがとうございます」
エルマはパン屋ハリスとの出会いに感謝した。
住むところと仕事を同時に頂けたのは本当にありがたい。
荷馬車の後ろに乗せてもらったエルマは気を失うように眠りについた。
ずっと歩き続けた身体も、野党に襲われるのではないかと気を張っていた心もすでに限界。
パン屋ハリスの住む街がこの国の最北端だとエルマが知ったのは翌朝の事だった。