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# ポ エ ム 集 。

#1

# 琥 珀 の 中 の 時 計 店

そこは、地図には決して記されない場所 深い森の奥、あるいは意識の断崖に、

巨大な黄金の滴が、重力から解き放たれて浮かんでいる


「琥珀の中の時計店」


私たちは、呼吸を止めるようにしてその膜を潜り抜ける

内部は、飴色に煮詰められた静寂 空気は甘く、粘り気を帯び、 

すべての音は、数千万年前の樹液に包まれて丸くなる


店主は、光の屈折の中にぼんやりと佇み、実体のない「[漢字]刻[/漢字][ふりがな]とき[/ふりがな]」を、薄い銀の匙ですくい上げていた。


「よくおいでくださいました。
ここは、宇宙のまばたきを保存する標本箱です」


琥珀の中には、風が吹かない 

壁に並ぶ無数の時計たちは、金属の冷たさを失い、 体温に近い温もりを放って、蜜の中に沈んでいる


ここでは、秒針が動く音さえ 古い深海魚が砂を噛むような、遠い振動として伝わる


入り口から差し込む光は、琥珀の層を通るたびに分解され 七色の影を床に落とす


その影を踏めば、昨日の自分が振り返り その影を飛び越えれば、明日の自分が手招きをする


「中」にあるのは、一列に並んだ時間ではない それは、幾重にも重なった、金色の透明な地層だ




ある日、一人の若者が「止まらない時計」を求めてやってきた


彼の胸には穴が開いており 自分の時間が漏れ出していた


店主は、店の一番奥 ひときわ色の濃い琥珀の塊から 小さな懐中時計を取り出した


「これは、ある太古の心臓を型取ったものです」


その時計に耳を当てると

ドクン

ドクン


という原始の鼓動が聞こえる それは秒刻みではなく、大地が震えるリズム


若者がそれを胸に当てると 漏れ出していた時間は、琥珀の粘土で塞がれるようにして、再び熱を帯び始めた

ここでは、時計は単なる道具ではない それは、失われた欠片を埋めるための、生きた義体なのだ

琥珀のあちこちに、小さな丸い気泡が閉じ込められている

それは、樹液が固まる瞬間に 世界が思わず漏らした「ため息」の化石だ


「店主さん、この気泡の中には何が入っているの?」


「それはね、言いそびれた『さよなら』ですよ。あるいは、伝える勇気がなかった『愛してる』の残響。」

「言葉にならなかった想いは、こうして気泡になって、何万年も、その答えを待ち続けているんです」

店主が指先で気泡を撫でると 文字盤の上に、淡い霧のような言葉が浮かび上がる

私たちは、誰かのため息を動力にして 今日という針を、必死に動かしているのかもしれない


店の中央に、一つだけ逆回りに動く時計がある その針が指すのは、若返りでも後悔でもない


「忘れ去られたもの」への帰還だ


その歯車が噛み合うたびに、

剥がれ落ちた皮膚が

枯れて散った花びらが

かつて持っていた鮮やかな色彩を取り戻していく


琥珀の中では、消失は許されない


すべての[漢字]塵[/漢字][ふりがな]ちり[/ふりがな]は、宇宙の組成の一部として、

金色の永遠の中に その居場所を与えられているのだ


店主がルーペを覗き込むとき、彼はこの世の住人ではなくなる

彼の瞳は、琥珀の奥底に眠る「時間の芽」を見つめている


時間は、外部から与えられるものではなく、

内側から発芽し、枝を伸ばし、やがて実を結ぶもの

店主の仕事は、その「時間の木」の剪定だ


余分な不安を切り落とし、枯れた約束を摘み取る 

すると、文字盤という名の大地に 新しい、瑞々しい1分1秒が、青い芽を吹く


琥珀の外側で雨が降るとき この店は、深い海の底のように青く染まる

雨音は琥珀の壁を叩き、

「ここへお入りなさい」と、濡れた魂を誘い込む


雨粒の一つ一つには、空の記憶が詰まっている

店主は窓を開け、

「(それは膜を裂くような不思議な感覚だ)」


ひとしずくの雨を、古い時計のゼンマイに垂らす すると、時計は「潤い」という名の時を刻み始める

カサカサに乾いた日常を、優しく湿らせるための 慈悲のような三時の鐘


琥珀の中には、影が存在しない

光が全方位から均等に満ちているからだ


それは、自分を隠す場所がないということ


同時に、何ものにも怯える必要がないということ 客たちは、ここでは皆、子供のような顔になる


地位も

名誉も

過去の過ちも


琥珀の均一な光の中では、すべてが透明に透けてしまう

「何も持たずに、ただ『今』だけでいてください」


店主の言葉は、重たい外套を脱がせるように 客たちの肩を、軽く、自由にしていく


琥珀の粉で作られた砂時計が、カウンターに置いてある


落ちていく砂は、かつて星だったもの 

あるいは、誰かが流した涙を乾燥させたもの


砂が落ち切るたびに、店主はそれをひっくり返さない

ただ、落ちた砂を愛おしそうに見つめている


「満たされることだけが、幸福ではありません。」


「空っぽになることで、ようやく受け入れられる光もあるのです。」

空になった上半分には、琥珀の透明な沈黙が どんな宝石よりも美しく、充満していた


時計店には、時計ではないものも運び込まれる


例えば、自分の位置を見失った男の、壊れた羅針盤

針は北を指さず、琥珀の渦の中で円を描き続けている


「どこへ行けばいいのか、わからないんだ」

男の嘆きに、店主は新しい針を付けない


ただ、羅針盤の底に、小さな琥珀の破片を沈める

「目的地を忘れたとき、あなたは自由になれる。」


「この針が止まった場所が、あなたの故郷です」


男が店を出るとき、羅針盤は「自分の心の揺れ」を 最も正確に指し示す聖具へと変わっていた。



太陽が沈み、琥珀の色が深いルビー色に変わる頃

時計たちは一斉に、低いハミングを始める

それは、今日という一日を無事に終えた 機械たちの安堵の歌だ


カチ

コチ

カチ

コチ


重なり合うリズムは、やがて巨大な[漢字]円舞曲[/漢字][ふりがな]ワルツ[/ふりがな]となり、


琥珀の壁を共鳴させて 空中に金色の粉を舞わせる


私たちは、その音楽の中で踊る

目に見えないパートナー、つまり「自分自身という時間」と

手を携えて、一歩、また一歩と、闇へと踏み出していく




「あなたは、いつからここにいるのですか?」

最後の客が、ふと問いかけ 店主は、自らの手首を見せた

そこには皮膚がなく、透明な琥珀が、 静かに脈打つ歯車を、優しく包み込んでいた


彼は、時計を直す者ではない 彼は、琥珀そのものが作り出した、


「時間」という概念の擬人化なのだ


彼は、人々が時間を愛せるようになるまで この金色の檻の中で、永遠にピンセットを握り続ける



琥珀の膜を抜け、再び外の世界へ出たとき 街の空気は驚くほど冷たく、鋭く感じられる


けれど、ポケットの中には、

店主から手渡された、小さな琥珀の欠片が握られている


それは、自分だけの「止まらない鼓動」

世界がどれほど速く あるいは残酷に流れても その欠片を握りしめれば 


いつでもあの、温かな金色の静寂に戻ることができる


「琥珀の中の時計店」は、今もあなたの胸の奥で 呼吸を整え、新しい朝のネジを巻いている


詩は終わるが、時間は終わらない


琥珀の中では、あなたの読み終えたこの一行さえも 

すでに貴重な化石となって、数千万年後の誰かのために、光を放ち始めている

作者メッセージ

過 去 に 作 っ た 、「 琥 珀 の 中 の 時 計 店 」の リ メ イ ク 版 で す 。

2026/02/26 18:01

桜 海 ち ゃ ん だ 。
ID:≫ .1Whwe83R4HO.
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