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ポエム
幻想的
秒針の化石
言葉の魔法
世界の果ての管理人
琥珀の中の時計店
街の喧騒から、正確に三歩だけ踏み外した路地裏に
その店は陽炎のように揺らめきながら佇んでいる
建物の外壁は数億年前の太古の樹液が凝固した、巨大な琥珀の塊をくり抜いて作られている
夕暮れ時、斜めに差し込む陽光がその壁を透過すると
店全体が熟成された蜂蜜のような濃密な黄金色に発光し
周囲の空気さえもねっとりと甘い「時の滴」へと変えてしまう
店主の名は、アンブル。彼は人間ではない
太古の森で最後の一本となった巨木が倒れる瞬間
その[漢字]梢[/漢字][ふりがな]こずえ[/ふりがな]で震えていた「最後の一秒」が滴り落ちる時の樹液に閉じ込められて
数億年の時を経て人の形を成した「静止した時間」そのものだ
アンブルの顔には目も鼻も口もなく、ただ磨き抜かれた真鍮の文字盤がある
彼が喜べば長針と短針は重なって「12」を指し、彼が悲しみに沈めば針は力なく
「6時30分」へと垂れ下がる
声の代わりに、彼の喉の奥からは古びた大時計が時を刻むような、低く重厚な歯車の摩擦音___
「カチ、リ」という響きが漏れ聞こえる
店の扉を開ければ、そこは「ひげぜんまいの迷宮」だ
床下には、かつて時間を刻む義務を放棄し、歴史の砂に埋もれていった秒針の化石が
波打ち際に打ち寄せられた流木のように白く乾いて積み重なっている
それらは二度と時を指し示すことはないが、かつて誰かの
「今」を懸命に刻んでいたという誇り高い記憶だけを、その硬い化石の中に封じ込めている
空気の中には、太古の針葉樹が燃えるような重く甘い琥珀の香が漂う
吸い込むたびに肺の奥が数千年前の記憶で満たされていくのを感じるだろう
アンブルの仕事は、時計を直すことではない
彼は、客が持ち込む「動かしたくない瞬間」を永遠に劣化しない琥珀の中に封じ込め
永久の3時5分を造り出す職人だ。なぜ三時五分なのか_____それは、
お茶会の湯気が最も美しく立ち上り
西日が窓辺を最も優しく照らし
幸福がそのピークを迎えて静止する
____奇跡のような均衡の時間だからだ
その時間の中に閉じ込められた人々は、空腹も老いも知らず、
永遠に続く穏やかな午後の陽だまりの中で微笑み続ける
今夜、最初の1人目の客が、震える手で小さな懐中時計を差し出した
「これの中に、娘の初めての笑い声を閉じ込めてほしいのです」
アンブルは文字盤の顔をわずかに傾け、ピンセットの先で、その時計の心臓部____
ひげぜんまいの隙間に挟まった黄金色に輝く「一瞬の記憶」を器用に摘み上げた
彼はそれを温めたばかりの透明な琥珀の液に浸し、真空の小瓶の中で、一寸の狂いもないまま固めていく
小瓶の中では、赤ん坊の産毛が揺れる一瞬が、数億年経っても変わらぬ輝きを放ち、今まさに笑い出そうとするその表情のまま、永遠の静寂へと変わった
2人目の客は、深い悲しみを背負った老紳士だった
彼は動かなくなった時計をいくつもカバンから取り出し、床の上に並べた
そこは、持ち主の死や忘却によって役割を終えた時計たちが寄り添い合う、懐中時計の墓場だった
ゼンマイは錆びつき
ガラスは曇り
かつて誰かの人生を厳格に支配していた文字盤たちは、今や物言わぬ金属の塊に過ぎない
「アンブルさん、この墓場の中から、私が妻と過ごした『最後の一分』だけを探し出して、琥珀にしてくれませんか」
アンブルは文字盤の顔を「8時20分」
__深く思考する角度______に傾け、無数の懐中時計の中から、かすかに体温の残る一個を拾い上げた
その裏蓋を開けると、止まっていた秒針が最後の一振りを振り絞り、微かな火花を散らして息絶えた
アンブルはその火花を逃さず時の樹液で包み込み、ペンダントヘッドに仕立て直した
夜が深まるにつれ、店内の琥珀の壁はより深く、
より黒く、宇宙の深淵のような色を帯び始める
アンブルは店奥の作業机に向かい、自分自身の「修理」を始める
十字盤の裏側を開けると、そこには銀河の螺旋のように渦巻く、
無数の歯車と[漢字]宝石[/漢字][ふりがな]ルビー[/ふりがな]の軸受けが、美しく、そして孤独に噛み合っている
彼は自分の中に溜まった「誰かの未練」という名の埃を、カモシカの革で丁寧に拭い去っていく
時計の管理人である彼自身が、一秒でも狂えば______
この店に閉じ込められた無数の「幸福な瞬間」たちは、一気に腐敗し、灰となって崩れ落ちてしまうからだ
ふと、店の片隅にある、ひときわ大きな琥珀の塊に目をやる
そこには、この店を訪れた最初の客___アンブルがまだ「最後の1秒」だった頃に愛した、
一人の少女の姿がある。彼女は、青い花を摘もうと手を伸ばしたその瞬間のまま、永久の三時五分の中に安らいでいる
彼女の指先に触れることはできない
琥珀の壁は、愛を阻むためのものではなく、彼女という「奇跡」を、時の侵食から守るための聖域なのだ
アンブルは、文字盤の顔をその琥珀にそっと押し当て、チク、タク、と、心臓の鼓動の代わりに
宇宙で最も正確な「愛の秒針」を刻み続ける
東の空に明けの明星が昇り始め、
街が「進む時間」という名の無機質な暴力に支配されようとする頃、琥珀の中の時計店はその輪郭を溶かし始める
扉の隙間からは、一晩で集められた「時の塵」が、金色の霧となって朝靄の中に霧散していく
アンブルは最後の一仕事を終え、
店先の看板――「時間は止まらない。だから私が止めておく」と書かれた文字を、
琥珀のコートの袖で愛おしそうに磨いた。彼の文字盤は今、夜明けの光を反射して、神々しいまでの黄金に輝いている
太陽が地平線を割り、世界に「昨日」という概念が死に、「今日」という名の新しい歯車が回り出す時
琥珀の店は完全に透明になり、ただの古い空き地へと姿を変える
そこには一対の、錆びた古いゼンマイが落ちているだけだ
けれど、もしあなたが人生の中で、「この一秒だけは、誰にも渡したくない」と強く願う瞬間に出会ったら
どうか街の喧騒から、正確に三歩だけ、道を外れてみてほしい
そこには、琥珀色の光を[漢字]湛[/漢字][ふりがな]たた[/ふりがな]えた瞳を持たない店主が、
あなたの人生で最も美しい「静止画」を造るために、真鍮のピンセットを磨きながら、待っているはずだから
その店は陽炎のように揺らめきながら佇んでいる
建物の外壁は数億年前の太古の樹液が凝固した、巨大な琥珀の塊をくり抜いて作られている
夕暮れ時、斜めに差し込む陽光がその壁を透過すると
店全体が熟成された蜂蜜のような濃密な黄金色に発光し
周囲の空気さえもねっとりと甘い「時の滴」へと変えてしまう
店主の名は、アンブル。彼は人間ではない
太古の森で最後の一本となった巨木が倒れる瞬間
その[漢字]梢[/漢字][ふりがな]こずえ[/ふりがな]で震えていた「最後の一秒」が滴り落ちる時の樹液に閉じ込められて
数億年の時を経て人の形を成した「静止した時間」そのものだ
アンブルの顔には目も鼻も口もなく、ただ磨き抜かれた真鍮の文字盤がある
彼が喜べば長針と短針は重なって「12」を指し、彼が悲しみに沈めば針は力なく
「6時30分」へと垂れ下がる
声の代わりに、彼の喉の奥からは古びた大時計が時を刻むような、低く重厚な歯車の摩擦音___
「カチ、リ」という響きが漏れ聞こえる
店の扉を開ければ、そこは「ひげぜんまいの迷宮」だ
床下には、かつて時間を刻む義務を放棄し、歴史の砂に埋もれていった秒針の化石が
波打ち際に打ち寄せられた流木のように白く乾いて積み重なっている
それらは二度と時を指し示すことはないが、かつて誰かの
「今」を懸命に刻んでいたという誇り高い記憶だけを、その硬い化石の中に封じ込めている
空気の中には、太古の針葉樹が燃えるような重く甘い琥珀の香が漂う
吸い込むたびに肺の奥が数千年前の記憶で満たされていくのを感じるだろう
アンブルの仕事は、時計を直すことではない
彼は、客が持ち込む「動かしたくない瞬間」を永遠に劣化しない琥珀の中に封じ込め
永久の3時5分を造り出す職人だ。なぜ三時五分なのか_____それは、
お茶会の湯気が最も美しく立ち上り
西日が窓辺を最も優しく照らし
幸福がそのピークを迎えて静止する
____奇跡のような均衡の時間だからだ
その時間の中に閉じ込められた人々は、空腹も老いも知らず、
永遠に続く穏やかな午後の陽だまりの中で微笑み続ける
今夜、最初の1人目の客が、震える手で小さな懐中時計を差し出した
「これの中に、娘の初めての笑い声を閉じ込めてほしいのです」
アンブルは文字盤の顔をわずかに傾け、ピンセットの先で、その時計の心臓部____
ひげぜんまいの隙間に挟まった黄金色に輝く「一瞬の記憶」を器用に摘み上げた
彼はそれを温めたばかりの透明な琥珀の液に浸し、真空の小瓶の中で、一寸の狂いもないまま固めていく
小瓶の中では、赤ん坊の産毛が揺れる一瞬が、数億年経っても変わらぬ輝きを放ち、今まさに笑い出そうとするその表情のまま、永遠の静寂へと変わった
2人目の客は、深い悲しみを背負った老紳士だった
彼は動かなくなった時計をいくつもカバンから取り出し、床の上に並べた
そこは、持ち主の死や忘却によって役割を終えた時計たちが寄り添い合う、懐中時計の墓場だった
ゼンマイは錆びつき
ガラスは曇り
かつて誰かの人生を厳格に支配していた文字盤たちは、今や物言わぬ金属の塊に過ぎない
「アンブルさん、この墓場の中から、私が妻と過ごした『最後の一分』だけを探し出して、琥珀にしてくれませんか」
アンブルは文字盤の顔を「8時20分」
__深く思考する角度______に傾け、無数の懐中時計の中から、かすかに体温の残る一個を拾い上げた
その裏蓋を開けると、止まっていた秒針が最後の一振りを振り絞り、微かな火花を散らして息絶えた
アンブルはその火花を逃さず時の樹液で包み込み、ペンダントヘッドに仕立て直した
夜が深まるにつれ、店内の琥珀の壁はより深く、
より黒く、宇宙の深淵のような色を帯び始める
アンブルは店奥の作業机に向かい、自分自身の「修理」を始める
十字盤の裏側を開けると、そこには銀河の螺旋のように渦巻く、
無数の歯車と[漢字]宝石[/漢字][ふりがな]ルビー[/ふりがな]の軸受けが、美しく、そして孤独に噛み合っている
彼は自分の中に溜まった「誰かの未練」という名の埃を、カモシカの革で丁寧に拭い去っていく
時計の管理人である彼自身が、一秒でも狂えば______
この店に閉じ込められた無数の「幸福な瞬間」たちは、一気に腐敗し、灰となって崩れ落ちてしまうからだ
ふと、店の片隅にある、ひときわ大きな琥珀の塊に目をやる
そこには、この店を訪れた最初の客___アンブルがまだ「最後の1秒」だった頃に愛した、
一人の少女の姿がある。彼女は、青い花を摘もうと手を伸ばしたその瞬間のまま、永久の三時五分の中に安らいでいる
彼女の指先に触れることはできない
琥珀の壁は、愛を阻むためのものではなく、彼女という「奇跡」を、時の侵食から守るための聖域なのだ
アンブルは、文字盤の顔をその琥珀にそっと押し当て、チク、タク、と、心臓の鼓動の代わりに
宇宙で最も正確な「愛の秒針」を刻み続ける
東の空に明けの明星が昇り始め、
街が「進む時間」という名の無機質な暴力に支配されようとする頃、琥珀の中の時計店はその輪郭を溶かし始める
扉の隙間からは、一晩で集められた「時の塵」が、金色の霧となって朝靄の中に霧散していく
アンブルは最後の一仕事を終え、
店先の看板――「時間は止まらない。だから私が止めておく」と書かれた文字を、
琥珀のコートの袖で愛おしそうに磨いた。彼の文字盤は今、夜明けの光を反射して、神々しいまでの黄金に輝いている
太陽が地平線を割り、世界に「昨日」という概念が死に、「今日」という名の新しい歯車が回り出す時
琥珀の店は完全に透明になり、ただの古い空き地へと姿を変える
そこには一対の、錆びた古いゼンマイが落ちているだけだ
けれど、もしあなたが人生の中で、「この一秒だけは、誰にも渡したくない」と強く願う瞬間に出会ったら
どうか街の喧騒から、正確に三歩だけ、道を外れてみてほしい
そこには、琥珀色の光を[漢字]湛[/漢字][ふりがな]たた[/ふりがな]えた瞳を持たない店主が、
あなたの人生で最も美しい「静止画」を造るために、真鍮のピンセットを磨きながら、待っているはずだから
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