星屑の庭
街の灯りがひとつ、またひとつと消える頃
私は使い込まれた銀の[漢字]棄[/漢字][ふりがな]ほうき[/ふりがな]を手に、裏庭へ向かう
この箒の穂先は、北斗七星の尾から抜いた流星の毛でできていて
目に見えない[漢字]暗黒物質[/漢字][ふりがな]ダークマター[/ふりがな]さえも、さらさらと掃き出すことができる
今夜の空は少し荒れたから 足元には、こぼれ落ちた光の破片が砂利のように散らばっている
サッサと音を立てて、箒で掃き集めた光は 古びたブリキのバケツの中でパチパチとはぜる、夜の忘れもの
それは誰かが夜空へ放り投げた幼い頃の切実な願いや
どうしても叶わずに、寂しさで剥がれ落ちた眩しいため息の化身たち
冷たくなったそれらを、私は丁寧にかき集める 昨夜、流れた彗星が残していった、燃え残りの尾を掃き寄せて
庭の隅にある深い深い、底の見えない穴にそっと隠す
そこには何千年も前から、この庭の歴代の管理人が集めてきた 宇宙の燃えカスが、堆肥となって静かに眠っている
この「星の土」が、いつかまた何億年か経った頃
新しい太陽系を育むための、豊かな土壌になることを私は知っている
足元の隅、石灰岩の陰で震えていた、夜露に濡れたシリウスを拾い上げる
宇宙で一番明るいとされるその星も、地上に近いこの庭では、
まるで捨てられた子猫のように儚く、か細い光を放つばかりだ
私は、冷え切ったその青白い核を、カシオペア座の雲で織った柔らかな布で拭う
「風邪をひかないように」と、誰に聞かせるでもなく呟きながら
脚立を立てて、世界で一番高い枝へと、そっと戻してやる
ふと見上げれば、頭上には重力のない花びらが舞い、風もないのに 銀河の淵へとゆっくりゆっくり
螺旋を描いて昇っていく
それはかつて、遠い時代に恋人たちが永遠を誓い合った言葉の成れの果て
音を失った言葉たちは、散ることも、枯れることもなく
ただ純粋な光の結晶となって、永遠に[漢字]宙[/漢字][ふりがな]そら[/ふりがな]を漂う花冠となるのだ
眩しすぎて地上を惑わせそうな一等星たちには 光を和らげる薄いビロードの布をそっと被せて
眠たそうな三日月の鋭いエッジを、銀磨きの布で丁寧に磨き上げる
私の指先が触れるたび、月はくすぐったそうに微かな振動を返し
やがて少しだけ誇らしげに、冷たい銀の光を増していく
一段落ついたところで、私は腰を伸ばし
使い古した作業着のポケットから、オリオン座の涙で淹れた茶を取り出す
この茶は、切なさと静寂の味がする ふと耳を澄ませば、遠い地上で誰かが
「今夜は星が綺麗だね」と、愛する人の肩を抱きながら囁くのが聞こえる
その柔らかな声は夜風に乗り、透明な柵を越えて、私の庭を通り抜けていく
私の仕事は、誰にも知られなくていい その囁きが途切れないように、私はただ、庭を整えるだけ
指先に残る星屑のチクチクとした、微かな静電気のような感触が
不思議と[漢字]掌[/漢字][ふりがな]てのひら[/ふりがな]に心地いいから
私は腰袋から「星座の地図」を取り出し、夜の点検作業を再開する
天の川の堤防が決壊していないか、
蠍座の毒針が、隣の星座を傷つけていないか
星座の繋ぎ目が緩んでいる場所を見つけては
超新星の爆発で溶け残った金色の糸を針に通し、一針ずつ丁寧に縫い合わせていく
時折、軌道を外れて迷子になった流星が、足元にぶつかってくる
私はその小さな光る石を拾い上げ、「出口はあっちだよ」と、天の川の源流へ続く秘密の地図を差し出す
庭の境界線では、時折、行儀の悪い人工衛星が フェンスを飛び越えようとして金属音を立てる
私は指を一本立てて、「お行儀が悪いよ」と優しく[漢字]窘[/漢字][ふりがな]たしな[/ふりがな]める
それらは人間の知恵の産物だけれど、この庭では等しく「光の塵」に過ぎない
やがて、仕事のハイライトである「夜明けの儀式」が近づく
私はバケツいっぱいに溜まった、一晩分の「残光」を両手で抱え
庭の最も奥にある、天の川の源流へと歩いていく そこは、すべての光が始まり、そして還っていく場所
バケツを傾けると、光の粒は水音を立てることなく 純白の霧となって流れの中に溶け込んでいく
それはまた次の夜に、新しい恒星や、 誰かの新しい願い事として産まれるための、神聖な輪廻の儀式だ
東の空が白むにつれ、私の手のひらも、足先も、朝の光に透かされた硝子のように、少しずつ透明になり始める
夜明けの露に化けた星たちが、花のしべの上で眠りにつくまで
私はこの庭のベンチに座り、宇宙が吐き出す深い呼吸に耳を澄ませている
吸い込まれるような黒から、群青、そして淡い紫へ
空のパレットが塗り替えられていく様は、何度見ても飽きることがない
太陽が地平線の向こうでゆっくりと目を覚まし
私の愛した星屑の庭が、黄金の光の中に溶けて消えていく時
私は魔法を解かれたシンデレラのように、ありふれた街の住人に戻る
重い体を引きずって、昨日と同じ朝の雑踏の中へ けれど、私のポケットには
まだ一粒の星屑の熱が残っている
それがある限り、私はまた夜を待つことができる 今夜の「星の掃除」の続きを
夢の中で予約しながら
私は世界に、おはよう、と小さく告げるのだ
私は使い込まれた銀の[漢字]棄[/漢字][ふりがな]ほうき[/ふりがな]を手に、裏庭へ向かう
この箒の穂先は、北斗七星の尾から抜いた流星の毛でできていて
目に見えない[漢字]暗黒物質[/漢字][ふりがな]ダークマター[/ふりがな]さえも、さらさらと掃き出すことができる
今夜の空は少し荒れたから 足元には、こぼれ落ちた光の破片が砂利のように散らばっている
サッサと音を立てて、箒で掃き集めた光は 古びたブリキのバケツの中でパチパチとはぜる、夜の忘れもの
それは誰かが夜空へ放り投げた幼い頃の切実な願いや
どうしても叶わずに、寂しさで剥がれ落ちた眩しいため息の化身たち
冷たくなったそれらを、私は丁寧にかき集める 昨夜、流れた彗星が残していった、燃え残りの尾を掃き寄せて
庭の隅にある深い深い、底の見えない穴にそっと隠す
そこには何千年も前から、この庭の歴代の管理人が集めてきた 宇宙の燃えカスが、堆肥となって静かに眠っている
この「星の土」が、いつかまた何億年か経った頃
新しい太陽系を育むための、豊かな土壌になることを私は知っている
足元の隅、石灰岩の陰で震えていた、夜露に濡れたシリウスを拾い上げる
宇宙で一番明るいとされるその星も、地上に近いこの庭では、
まるで捨てられた子猫のように儚く、か細い光を放つばかりだ
私は、冷え切ったその青白い核を、カシオペア座の雲で織った柔らかな布で拭う
「風邪をひかないように」と、誰に聞かせるでもなく呟きながら
脚立を立てて、世界で一番高い枝へと、そっと戻してやる
ふと見上げれば、頭上には重力のない花びらが舞い、風もないのに 銀河の淵へとゆっくりゆっくり
螺旋を描いて昇っていく
それはかつて、遠い時代に恋人たちが永遠を誓い合った言葉の成れの果て
音を失った言葉たちは、散ることも、枯れることもなく
ただ純粋な光の結晶となって、永遠に[漢字]宙[/漢字][ふりがな]そら[/ふりがな]を漂う花冠となるのだ
眩しすぎて地上を惑わせそうな一等星たちには 光を和らげる薄いビロードの布をそっと被せて
眠たそうな三日月の鋭いエッジを、銀磨きの布で丁寧に磨き上げる
私の指先が触れるたび、月はくすぐったそうに微かな振動を返し
やがて少しだけ誇らしげに、冷たい銀の光を増していく
一段落ついたところで、私は腰を伸ばし
使い古した作業着のポケットから、オリオン座の涙で淹れた茶を取り出す
この茶は、切なさと静寂の味がする ふと耳を澄ませば、遠い地上で誰かが
「今夜は星が綺麗だね」と、愛する人の肩を抱きながら囁くのが聞こえる
その柔らかな声は夜風に乗り、透明な柵を越えて、私の庭を通り抜けていく
私の仕事は、誰にも知られなくていい その囁きが途切れないように、私はただ、庭を整えるだけ
指先に残る星屑のチクチクとした、微かな静電気のような感触が
不思議と[漢字]掌[/漢字][ふりがな]てのひら[/ふりがな]に心地いいから
私は腰袋から「星座の地図」を取り出し、夜の点検作業を再開する
天の川の堤防が決壊していないか、
蠍座の毒針が、隣の星座を傷つけていないか
星座の繋ぎ目が緩んでいる場所を見つけては
超新星の爆発で溶け残った金色の糸を針に通し、一針ずつ丁寧に縫い合わせていく
時折、軌道を外れて迷子になった流星が、足元にぶつかってくる
私はその小さな光る石を拾い上げ、「出口はあっちだよ」と、天の川の源流へ続く秘密の地図を差し出す
庭の境界線では、時折、行儀の悪い人工衛星が フェンスを飛び越えようとして金属音を立てる
私は指を一本立てて、「お行儀が悪いよ」と優しく[漢字]窘[/漢字][ふりがな]たしな[/ふりがな]める
それらは人間の知恵の産物だけれど、この庭では等しく「光の塵」に過ぎない
やがて、仕事のハイライトである「夜明けの儀式」が近づく
私はバケツいっぱいに溜まった、一晩分の「残光」を両手で抱え
庭の最も奥にある、天の川の源流へと歩いていく そこは、すべての光が始まり、そして還っていく場所
バケツを傾けると、光の粒は水音を立てることなく 純白の霧となって流れの中に溶け込んでいく
それはまた次の夜に、新しい恒星や、 誰かの新しい願い事として産まれるための、神聖な輪廻の儀式だ
東の空が白むにつれ、私の手のひらも、足先も、朝の光に透かされた硝子のように、少しずつ透明になり始める
夜明けの露に化けた星たちが、花のしべの上で眠りにつくまで
私はこの庭のベンチに座り、宇宙が吐き出す深い呼吸に耳を澄ませている
吸い込まれるような黒から、群青、そして淡い紫へ
空のパレットが塗り替えられていく様は、何度見ても飽きることがない
太陽が地平線の向こうでゆっくりと目を覚まし
私の愛した星屑の庭が、黄金の光の中に溶けて消えていく時
私は魔法を解かれたシンデレラのように、ありふれた街の住人に戻る
重い体を引きずって、昨日と同じ朝の雑踏の中へ けれど、私のポケットには
まだ一粒の星屑の熱が残っている
それがある限り、私はまた夜を待つことができる 今夜の「星の掃除」の続きを
夢の中で予約しながら
私は世界に、おはよう、と小さく告げるのだ
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