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小さな冒険の祈り

「・・・そろそろ行くか。」


小さなリュックを背負い、一人の男は港に向かった。

彼の目に光はなく、大切なものを忘れてしまっていた。

足取りは重く、進むことさえ億劫そうだった。

この小さな冒険が、彼の「何か」を思い出させてくれるなんて思いもしなかったから。

時折柔らかい風は、それを伝えていたのかもしれない。

[水平線]

まだ太陽が昇りきっていない早朝。

街の港に、白い船が静かに浮かんでいる。

これから始まる小さな冒険を予告しているかのようだ。



「本日の無人島探検ツアーを案内する松田です。よろしくお願いします!」


少し緊張しているのか、そわそわしながら松田さんは俺達に声をかけた。


「参加してくださった10名の皆さん、一緒に楽しみましょう!」


周りの参加者は子供連れやカップルばかり。

もちろん、一人で無人島を満喫しにきた人もいるが・・・・。

俺―――[漢字]望月海斗[/漢字][ふりがな]もちづきかいと[/ふりがな]のように、友達からおすすめされて仕方なく来た人はいないだろう。


(今日は、仕事のプレゼンの準備をしようと思ったのに。)


そう思いながら、船に乗り込む。


「ねぇねぇ。あのお兄さんの顔、怖いよ〜!」

「真美ちゃん、そんなこと言わないであげて。」


きっと俺のことだろう。そう言われるのは当然だ。

―――そうわかっているのに、胸が痛むのはなぜだろう。


「さあ、皆様! そろそろ朝食が出来上がります!」


トーストが焼ける音、ベーコンの匂い、新鮮なフルーツ。


もう食べることなどないと思っていた、普通の朝食。

社会の歯車となってしまった俺では、きっと届かない生活。


子どもが楽しそうに話している。

ドラゴンフルーツは日本ではなかなか食べられない、このベーコンがカリカリで美味しい。

そんな会話をしているようだ。


「こんなにたくさんの熱帯魚がいるのね!」

「あぁ、この素敵な風景を見せたかったんだ。」


ふと海を覗いてみる。

きらきらと光を反射する海面。気持ちよさそうに泳ぐ熱帯魚。


(俺も自由になりたい。こんな生活から抜け出したい。)


心のどこかではそう思っているはずなのに。

そんなことできるはずない、と冷めている自分もいる。


そうしているうちに海岸が見えなくなって、景色は青一色に染まった。


「イルカさんだ〜!」


その無邪気な声に、思わず振り向くとイルカの親子が船と一緒に進んでいる。


「イルカって人間の仲間なんでしょ? なんとか類ってやつ!」


「イルカは人間と同じ哺乳類だ。」


俺は自然と口にしていた。無意識のうちに、声に出したらしい。


「イルカの先祖は陸地で生活していた、けど海に戻ったんだ。クジラも海にいるけど哺乳類だな。」


すらすらと言葉を並べていく俺。すると子どもたちは口を揃えてこう言ったのだ。


「お兄ちゃんすごいね! かっこいい!」


こういう子どもの飾らない言葉に救われることもあるのだと、実感する。



「そろそろ島に着きますよ。」


ガイドからのアナウンスだ。

目を向けると白い砂浜、生い茂る植物。その近くには桟橋がある。

この船はあそこにとまるのだろう。


まだ島まで数kmある。 それまでに海の写真を撮っておこう。

カメラを取り出すと、子どもたちは目を輝かせる。


「・・・お前たちも撮ってみるか?」


すると、こいつらは首がとれそうな勢いで縦に思いっきり振った。

魚が撮りたい、イルカも撮りたい、自分たちも映りたい。

写真を撮っているときのこいつらは、本当に生き生きしていた。

俺もつられて笑ってしまうほどには。


そのとき、船が小さく揺れて止まった。


「到着しましたよ〜!ぜひ砂浜は裸足で歩いてみてください、おすすめです!」


言われた通りに靴を脱ぎ、島に足を踏み入れる。

さらさらとした砂の感覚が伝わってくる。


「お昼まではこの海岸の近くで自由行動です!」


遠くに行きすぎないように、と念を押されて頷く俺たち。


―――さて、何をしようか。

子どもたちが、一緒に泳ごうと誘ってくれたが、残念ながら俺は泳げない。


「おれたち、競争するから見ててね!」

子どもたちは勢いよく波の中に飛び込んでいった。

水しぶきが白い砂浜に弾け、きらきらと朝の光を散らす。


俺は波打ち際に腰を下ろした。

ふと視線を落とすと、足元に小さな貝殻が転がっている。


(・・・そういえば、子どもの頃は貝殻が好きだったな。)

夏休みのたびに海辺で拾い集めては、机の引き出しに並べていた。

意味なんてなかった。ただ「きれいだ」と思う気持ちだけで集めていたのだ。

「これ、あいつらに渡してやったら喜ぶかもしれないな。」

気まぐれに拾い上げ、ポケットに入れる。

競争を終えた子どもたちが戻ってくる前にと、俺は砂浜を歩きながら貝を探し始めた。

淡い桃色の二枚貝、透き通るような小さな巻貝。

集めていくうちに、なんだか夢中になっていく。

(・・・やっぱり、俺はこういうのが好きなんだ。)

自分でも驚くほど自然に、そう思えた。

いくつか手のひらにのるほど貝を集めたときだった。

ひとつ、妙に目を引く貝殻が砂に埋もれていた。

色は乳白色だが、角度を変えると虹色の光が差し込む。

形は不思議な螺旋で、自然のものとは思えないほど滑らかだった。

手に取った瞬間、心の奥がざわついた。


(・・・これは、俺が持っていたい。)


子どもたちに渡すつもりだったはずなのに、その考えは一瞬で消えていた。

そう思わせるほどの何かがあったのだろう。

わけもなく「手元に置きたい」と強く思うなんて。

(大人気ないな。)

苦笑しつつ、その貝殻だけはこっそり別のポケットにしまった。

「おにいちゃん、何してるの?」

子どもたちの声に振り返ると、元気いっぱいに砂浜へ戻ってきていた。

俺は手のひらいっぱいの貝殻を見せる。


「お前たちに、お土産だ。気に入ったのを選べよ。」


「わー!すごい!」

「これ欲しい!」

子どもたちが無邪気に喜ぶ声に、心がふわりと温かくなった。


「・・・よかった。」



「そろそろお昼にしましょうか。」


いつの間にか用意されていたバーベキューセットで肉が焼かれていく。

泳いでいた子どもたちは当然、俺もお腹が空いていた。


「お兄さん、ピーマン食べて!」

「おれのにんじんも!」


返事に困っていると、母親らしき人が近づいてきた。


「ちょっと、自分で食べなさい! ごめんなさいね、この子たちのせいで。」

「いえ、大丈夫ですよ。」


適当に返事をしたところで、ようやく俺も肉にありついた。


「うまっ・・・!」


自然と米が進む、というやつだろうか。


そうしているうちに、用意されていた食材はなくなったらしい。


「これから、ボートに乗り込んでもらいます!」


「私、ボートに乗るの初めて!」

「ガイドさん! どこに行くの?」


「海蝕洞っていう、波に削られてできた洞窟です!」


(教科書では見たことあるが・・・、実物はどんなものだろう。)


胸の高鳴りを抑えられず、すぐさまボートに乗り込んだ。


ボートはゆっくりと島の外周へ進んでいく。

白い砂浜が遠ざかり、ごつごつした岩壁が近づく。

やがて、岩肌の途中に黒い穴が口を開けているのが見えた。


「わぁ・・・」

誰かの感嘆の声が、波の音とともに消える。

近づくにつれ、洞窟の奥から低い唸りのような音が響いてくる。

波が打ち寄せ、反響しているのだろう。

水面に反射した光が、岩の壁に揺らめきながら映っていた。

涼しい風が、洞窟の入口から吹き抜けてくる。

(・・・こんな場所が、本当に自然にできるのか。)

ただの穴のはずなのに、そこに広がるのは不思議な迫力だった。


俺はしばらく言葉を失い、揺れる水面を見つめていた。



「それでは、中に入ってみましょう!」


中は思っていた以上に空気が冷たく、思わず小さく身震いした。

水滴がぽたぽたと滴り落ちて、水面に落ちる。

その音が反響して、洞窟全体に響く。


現実なのに、どこか非現実のように感じる。


「皆さん、ここからきれいな写真がとれますよ!」


そこから見えたのは―――

太陽が輝き、海は青く広がって、黒い岩が俺達を力強く包み込む光景。

誰もが息を呑み、そして自然の力に特別なものを感じた。


[水平線]


ボートは再び砂浜の近くに戻り、岸辺では晩御飯の準備が整っていた。

潮風に混じる炭火の香りが食欲をそそる。

子どもたちは元気いっぱいに「まだ食べれるぞ!」と騒ぎながらも、皿いっぱいに盛られた魚や野菜を頬張っていた。

海斗も、今日一日の冒険を思い返しながら、静かに箸を動かす。

不思議な貝殻のこと、海食洞の光景、子どもたちの笑顔――心に残る小さな瞬間が次々とよみがえった。

夕日が水平線に沈むころ、空には無数の星が輝き始めた。

「わあ、流れ星だ! お願い事しないと!」

子どもたちは嬉しそうに空を見上げ、手を合わせる。

海斗も、しばらくその星を眺めていた。

(俺は・・・今日を通して、何を感じていたんだろう。)

無意識に、どこか忘れていた感覚が心を揺さぶっていることに気づく。

それは――


(そうか、好奇心だ。いつの間にか、楽しむ気持ちを忘れていたのかもしれない。)


一つの流れ星が空を横切る。

海斗はそっと目を閉じ、願いを込めた。

「どうか・・・もう一度、好奇心を忘れずにいられますように。」

冷たい潮風に乗って、星の光がぽたっと心に落ちたような気がした。

長い一日を終え、海斗は小さく微笑む。

明日もまた、少しだけ世界を知るのが楽しみになるような――



そんな気持ちが、胸の奥で静かに芽生えていたのだから。

作者メッセージ

ご閲覧感謝☆
久しぶりの投稿ですが、読んでくれてありがとうございます!
皆さんの日常が少しでも癒されることを願っています!

2025/08/16 19:36

みかん@活休中
ID:≫ 78UZVo6DJIHP2
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