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地下室には、暖炉の爆ぜる音と、古書の頁をめくる音だけが響いていました。
フョードルは、窓の外の吹雪を眺めながら、チェス盤の上の駒を指先で弄んでいます。その指は驚くほど白く、細く、まるで繊細な工芸品のようです。
「おや、そんなに震えて。寒さのせいですか? それとも……僕が怖いのですか?」
彼は顔を上げず、低く、密やかな声で問いかけました。
紫水晶(アメジスト)のような瞳が、チェス盤の黒い駒に落とされています。
「いいえ。ただ、あなたが何を考えているのか、少しだけ気になっただけです」
私がそう答えると、彼はようやく視線を上げ、ふっと幽かな笑みを浮かべました。それは救済を説く聖者のようでもあり、破滅を弄ぶ悪魔のようでもあります。
「人間は愚かです。自ら罪を犯し、その重さに耐えきれず、また新たな罪を重ねる。……あなたも、その一人になりたいのですか?」
彼は椅子から立ち上がり、音もなく私に歩み寄りました。
彼が纏う独特の、冷たい冬の空気と、古い紙のような香りが鼻を掠めます。
「私は、ただあなたの隣にいたいだけです。フョードルさん」
その言葉に、彼の動きが止まりました。
彼は私のすぐ目の前で立ち止まり、その冷たい指先で私の顎を掬い上げます。
「僕の隣は、地獄ですよ。そこには光もなければ、救いもない。あるのはただ、浄化されるのを待つだけの、無価値な罪人たちの群れだ」
彼の指が、私の首筋をなぞります。
それは愛撫というよりは、急所を確かめるような、冷徹な観察に近い手つき。
けれど、その瞳の奥には、狂気とは別の「深い孤独」が澱のように沈んでいるのが見えました。
「地獄でも構いません。あなたがそこにいるのなら」
私の言葉を聞いた瞬間、フョードルの瞳に一瞬だけ、計算外の動揺が走ったのを私は見逃しませんでした。
彼はふんわりと、私の肩にその華奢な身体を預けてきました。
「……ふふ、滑稽ですね。僕を救おうとするなんて。神を気取っている僕を、一人の人間として扱おうとするのは、世界中であなただけだ」
彼の吐息が耳元に当たり、背筋に震えが走ります。
彼は私の背中に手を回し、ゆっくりと、けれど逃げ場を奪うように強く抱き寄せました。
「いいでしょう。ならば、その罪を僕と共に背負いなさい。あなたが僕を裏切るその日まで、僕はこの『箱庭』の中で、あなたを愛でてあげましょう」
永遠の沈黙の中で
暖炉の火が小さくなり、部屋の隅に深い影が落ちます。
フョードルは私の髪に顔を埋め、祈るように目を閉じました。
「眠りなさい。次に目が覚めた時、世界はもっと美しく……あるいは、もっと残酷になっているかもしれないけれど」
彼の声は、子守唄のように穏やかで、氷のように冷徹でした。
彼の手の中で、私は確かな死の気配と、それ以上に抗いがたい「安らぎ」を感じていました。
彼が望むのは世界の浄化か、それとも自分自身の消失か。
その答えを、私は彼と共に、永遠に続くチェスの対局の中で探し続けるのでしょう。
フョードルは、窓の外の吹雪を眺めながら、チェス盤の上の駒を指先で弄んでいます。その指は驚くほど白く、細く、まるで繊細な工芸品のようです。
「おや、そんなに震えて。寒さのせいですか? それとも……僕が怖いのですか?」
彼は顔を上げず、低く、密やかな声で問いかけました。
紫水晶(アメジスト)のような瞳が、チェス盤の黒い駒に落とされています。
「いいえ。ただ、あなたが何を考えているのか、少しだけ気になっただけです」
私がそう答えると、彼はようやく視線を上げ、ふっと幽かな笑みを浮かべました。それは救済を説く聖者のようでもあり、破滅を弄ぶ悪魔のようでもあります。
「人間は愚かです。自ら罪を犯し、その重さに耐えきれず、また新たな罪を重ねる。……あなたも、その一人になりたいのですか?」
彼は椅子から立ち上がり、音もなく私に歩み寄りました。
彼が纏う独特の、冷たい冬の空気と、古い紙のような香りが鼻を掠めます。
「私は、ただあなたの隣にいたいだけです。フョードルさん」
その言葉に、彼の動きが止まりました。
彼は私のすぐ目の前で立ち止まり、その冷たい指先で私の顎を掬い上げます。
「僕の隣は、地獄ですよ。そこには光もなければ、救いもない。あるのはただ、浄化されるのを待つだけの、無価値な罪人たちの群れだ」
彼の指が、私の首筋をなぞります。
それは愛撫というよりは、急所を確かめるような、冷徹な観察に近い手つき。
けれど、その瞳の奥には、狂気とは別の「深い孤独」が澱のように沈んでいるのが見えました。
「地獄でも構いません。あなたがそこにいるのなら」
私の言葉を聞いた瞬間、フョードルの瞳に一瞬だけ、計算外の動揺が走ったのを私は見逃しませんでした。
彼はふんわりと、私の肩にその華奢な身体を預けてきました。
「……ふふ、滑稽ですね。僕を救おうとするなんて。神を気取っている僕を、一人の人間として扱おうとするのは、世界中であなただけだ」
彼の吐息が耳元に当たり、背筋に震えが走ります。
彼は私の背中に手を回し、ゆっくりと、けれど逃げ場を奪うように強く抱き寄せました。
「いいでしょう。ならば、その罪を僕と共に背負いなさい。あなたが僕を裏切るその日まで、僕はこの『箱庭』の中で、あなたを愛でてあげましょう」
永遠の沈黙の中で
暖炉の火が小さくなり、部屋の隅に深い影が落ちます。
フョードルは私の髪に顔を埋め、祈るように目を閉じました。
「眠りなさい。次に目が覚めた時、世界はもっと美しく……あるいは、もっと残酷になっているかもしれないけれど」
彼の声は、子守唄のように穏やかで、氷のように冷徹でした。
彼の手の中で、私は確かな死の気配と、それ以上に抗いがたい「安らぎ」を感じていました。
彼が望むのは世界の浄化か、それとも自分自身の消失か。
その答えを、私は彼と共に、永遠に続くチェスの対局の中で探し続けるのでしょう。
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