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文スト短編集

#26

一人の男 福沢

その夜、福沢は珍しく自室の書斎で筆を止めていました。
いつもの鋭い眼光はどこか遠くを眺めるように揺れ、眉間に刻まれた皺は、疲労というよりは深い思索の色を帯びています。

「社長、お茶を淹れ直しました。少し、お休みになられませんか」

私が湯飲みの置かれた盆を持って声をかけると、彼はゆっくりと視線をこちらへ向けました。

「……ああ、すまない。つい、時を忘れていた」

福沢は短く答え、受け取った茶を一口啜ります。その指先が、ほんのわずかに震えているのを私は見逃しませんでした。連日の大規模な護衛任務と、夜を徹しての書類整理。強靭な精神を持つ彼といえど、肉体の限界は確実に訪れていました。

私は彼の背後に回り、少し躊躇いながらも、そのがっしりとした肩に手を置きました。

「……。何をしている」

「肩が、岩のように硬いです。少しだけ、解させてください」

福沢は一瞬、拒絶するかのように肩を強張らせましたが、私の手のひらから伝わる体温を感じたのか、ふっと深く息を吐き出し、身体の力を抜きました。

「……お前にまで、余計な気を使わせるな」

「余計なことではありません。私は、あなたの支えになりたいと思っているんです」

もみほぐす指先に力を込めるたび、着物越しに彼の熱が伝わってきます。
沈黙が流れますが、それは気まずいものではなく、互いの鼓動が重なり合うような、濃密で穏やかな時間でした。

福沢は、部下たちの前では決して弱音を吐きません。彼らにとっての「絶対的な指針」であり続けなければならないという、彼なりの矜持と孤独を、私は誰よりも理解しているつもりでした。


「……お前は、不思議な娘(こ)だ」

不意に、福沢が独り言のように呟きました。

「私はこれまで、剣を振るい、人を守り、組織を束ねることだけを考えて生きてきた。だが、お前が傍にいると、そうした『役割』を脱ぎ捨てて、ただの男に戻れるような気がする」

彼は椅子から立ち上がり、窓の外に浮かぶ月を見上げました。
銀色の髪が月光を反射し、その横顔は国宝の刀剣のように美しく、そしてどこか悲しげです。

「私は不器用な男だ。乱歩のように才気があるわけでも、太宰のように人心を操る術に長けているわけでもない。ただ、己の信じる道を歩むことしかできぬ」

「それが、あなたの良さです。私たちは、その不器用なほどの誠実さに救われているんですよ」

私が歩み寄ると、福沢はゆっくりと私の方を向き、その大きな手で私の頬を包み込みました。
武道家の硬いタコがある掌ですが、触れ方は驚くほど繊細で、壊れ物を扱うかのようです。


「……行くな、とは言えぬ。だが、私が道に迷いそうになった時、その手で私を引き止めてはくれぬか」

それは、最強の剣士が漏らした、あまりにも切実な願いでした。

「迷うはずがありません。でも、もしそうなったら……私があなたの盾になります」

私の言葉に、福沢の唇がわずかに綻びました。それは微笑みと呼ぶにはあまりに微かな、しかし魂からの安らぎが滲み出た表情でした。

彼はそのまま、私を力強く引き寄せ、その広い胸の中に閉じ込めました。
上質な和服の香りと、彼自身の温もりが全身を包みます。

「お前の存在こそが、私の唯一の休息だ」

耳元で響く低く掠れた声。
外では夜風が木々を揺らしていましたが、この部屋の中だけは、二人だけの永遠のような静寂が続いていました。

作者メッセージ

いつも見てくれてありがとうございます。
手抜きで申し訳ありません。
ですがAIを使うといつもより更新がしやすいため使わせていただいております。
次はニコライさん又はフョードルさんになると思います

2026/02/23 19:38


ID:≫ 8hMcn.vWKf9vE
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