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その夜、福沢は珍しく自室の書斎で筆を止めていました。
いつもの鋭い眼光はどこか遠くを眺めるように揺れ、眉間に刻まれた皺は、疲労というよりは深い思索の色を帯びています。
「社長、お茶を淹れ直しました。少し、お休みになられませんか」
私が湯飲みの置かれた盆を持って声をかけると、彼はゆっくりと視線をこちらへ向けました。
「……ああ、すまない。つい、時を忘れていた」
福沢は短く答え、受け取った茶を一口啜ります。その指先が、ほんのわずかに震えているのを私は見逃しませんでした。連日の大規模な護衛任務と、夜を徹しての書類整理。強靭な精神を持つ彼といえど、肉体の限界は確実に訪れていました。
私は彼の背後に回り、少し躊躇いながらも、そのがっしりとした肩に手を置きました。
「……。何をしている」
「肩が、岩のように硬いです。少しだけ、解させてください」
福沢は一瞬、拒絶するかのように肩を強張らせましたが、私の手のひらから伝わる体温を感じたのか、ふっと深く息を吐き出し、身体の力を抜きました。
「……お前にまで、余計な気を使わせるな」
「余計なことではありません。私は、あなたの支えになりたいと思っているんです」
もみほぐす指先に力を込めるたび、着物越しに彼の熱が伝わってきます。
沈黙が流れますが、それは気まずいものではなく、互いの鼓動が重なり合うような、濃密で穏やかな時間でした。
福沢は、部下たちの前では決して弱音を吐きません。彼らにとっての「絶対的な指針」であり続けなければならないという、彼なりの矜持と孤独を、私は誰よりも理解しているつもりでした。
「……お前は、不思議な娘(こ)だ」
不意に、福沢が独り言のように呟きました。
「私はこれまで、剣を振るい、人を守り、組織を束ねることだけを考えて生きてきた。だが、お前が傍にいると、そうした『役割』を脱ぎ捨てて、ただの男に戻れるような気がする」
彼は椅子から立ち上がり、窓の外に浮かぶ月を見上げました。
銀色の髪が月光を反射し、その横顔は国宝の刀剣のように美しく、そしてどこか悲しげです。
「私は不器用な男だ。乱歩のように才気があるわけでも、太宰のように人心を操る術に長けているわけでもない。ただ、己の信じる道を歩むことしかできぬ」
「それが、あなたの良さです。私たちは、その不器用なほどの誠実さに救われているんですよ」
私が歩み寄ると、福沢はゆっくりと私の方を向き、その大きな手で私の頬を包み込みました。
武道家の硬いタコがある掌ですが、触れ方は驚くほど繊細で、壊れ物を扱うかのようです。
「……行くな、とは言えぬ。だが、私が道に迷いそうになった時、その手で私を引き止めてはくれぬか」
それは、最強の剣士が漏らした、あまりにも切実な願いでした。
「迷うはずがありません。でも、もしそうなったら……私があなたの盾になります」
私の言葉に、福沢の唇がわずかに綻びました。それは微笑みと呼ぶにはあまりに微かな、しかし魂からの安らぎが滲み出た表情でした。
彼はそのまま、私を力強く引き寄せ、その広い胸の中に閉じ込めました。
上質な和服の香りと、彼自身の温もりが全身を包みます。
「お前の存在こそが、私の唯一の休息だ」
耳元で響く低く掠れた声。
外では夜風が木々を揺らしていましたが、この部屋の中だけは、二人だけの永遠のような静寂が続いていました。
いつもの鋭い眼光はどこか遠くを眺めるように揺れ、眉間に刻まれた皺は、疲労というよりは深い思索の色を帯びています。
「社長、お茶を淹れ直しました。少し、お休みになられませんか」
私が湯飲みの置かれた盆を持って声をかけると、彼はゆっくりと視線をこちらへ向けました。
「……ああ、すまない。つい、時を忘れていた」
福沢は短く答え、受け取った茶を一口啜ります。その指先が、ほんのわずかに震えているのを私は見逃しませんでした。連日の大規模な護衛任務と、夜を徹しての書類整理。強靭な精神を持つ彼といえど、肉体の限界は確実に訪れていました。
私は彼の背後に回り、少し躊躇いながらも、そのがっしりとした肩に手を置きました。
「……。何をしている」
「肩が、岩のように硬いです。少しだけ、解させてください」
福沢は一瞬、拒絶するかのように肩を強張らせましたが、私の手のひらから伝わる体温を感じたのか、ふっと深く息を吐き出し、身体の力を抜きました。
「……お前にまで、余計な気を使わせるな」
「余計なことではありません。私は、あなたの支えになりたいと思っているんです」
もみほぐす指先に力を込めるたび、着物越しに彼の熱が伝わってきます。
沈黙が流れますが、それは気まずいものではなく、互いの鼓動が重なり合うような、濃密で穏やかな時間でした。
福沢は、部下たちの前では決して弱音を吐きません。彼らにとっての「絶対的な指針」であり続けなければならないという、彼なりの矜持と孤独を、私は誰よりも理解しているつもりでした。
「……お前は、不思議な娘(こ)だ」
不意に、福沢が独り言のように呟きました。
「私はこれまで、剣を振るい、人を守り、組織を束ねることだけを考えて生きてきた。だが、お前が傍にいると、そうした『役割』を脱ぎ捨てて、ただの男に戻れるような気がする」
彼は椅子から立ち上がり、窓の外に浮かぶ月を見上げました。
銀色の髪が月光を反射し、その横顔は国宝の刀剣のように美しく、そしてどこか悲しげです。
「私は不器用な男だ。乱歩のように才気があるわけでも、太宰のように人心を操る術に長けているわけでもない。ただ、己の信じる道を歩むことしかできぬ」
「それが、あなたの良さです。私たちは、その不器用なほどの誠実さに救われているんですよ」
私が歩み寄ると、福沢はゆっくりと私の方を向き、その大きな手で私の頬を包み込みました。
武道家の硬いタコがある掌ですが、触れ方は驚くほど繊細で、壊れ物を扱うかのようです。
「……行くな、とは言えぬ。だが、私が道に迷いそうになった時、その手で私を引き止めてはくれぬか」
それは、最強の剣士が漏らした、あまりにも切実な願いでした。
「迷うはずがありません。でも、もしそうなったら……私があなたの盾になります」
私の言葉に、福沢の唇がわずかに綻びました。それは微笑みと呼ぶにはあまりに微かな、しかし魂からの安らぎが滲み出た表情でした。
彼はそのまま、私を力強く引き寄せ、その広い胸の中に閉じ込めました。
上質な和服の香りと、彼自身の温もりが全身を包みます。
「お前の存在こそが、私の唯一の休息だ」
耳元で響く低く掠れた声。
外では夜風が木々を揺らしていましたが、この部屋の中だけは、二人だけの永遠のような静寂が続いていました。
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