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春の遺言、君の体温(ねつ)の残り香

#10

登校

鏡の前で、千鶴は制服のシャツを一番上のボタンまで留める。
首筋にうっすらと残った指の跡。背中には、昨日叩きつけられた時にできた大きな紫のアザ。
触れるだけで鋭い痛みが走るが、顔には出さない。

千鶴「……よし。……これなら見えねーだろ。」

香水の匂いを消すために念入りに制服に消臭スプレーを吹きかけ、千鶴は家を出た。
玄関のドアを閉めた瞬間、隣の家の門が開く。

凪「あ!!千鶴!おはよー!!」

昨日と変わらない、太陽みたいな笑顔。凪がパタパタと駆け寄ってくる。その振動さえ、今の千鶴の体には響く。

千鶴「……おぉ。おはよ。朝からうるせーよ、お前」

凪「えへへ、だって楽しみだったんだもん!……あれ?千鶴、今日、第一ボタンまで留めてるの?珍しいね。いつも開けてるのに」

凪が不思議そうに顔を覗き込んでくる。千鶴は一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。

千鶴「……あー、なんか今日、風冷てーだろ。喉痛めたくねーんだよ」

凪「そっかぁ。千鶴、体調悪いの?顔色、ちょっと悪い気がする……」

心配そうに手を伸ばし、千鶴の頬に触れようとする凪。
その優しさが、今の千鶴には痛い。汚れた自分に、その綺麗な指が触れるのが怖くて、思わず一歩後ずさってしまう。

千鶴「……触んな。……大丈夫だって。ほら、行くぞ、遅れる」

凪「……っ。……ご、ごめん。……嫌だった?」

凪の手が空中で止まり、シュンと眉を下げる。その怯えたような顔を見て、千鶴はすぐに後悔した。

クソ、何やってんだ俺……。凪は悪くねーだろ……っ

慌てて凪の頭を、痛みを堪えながらガシガシと撫でる。

千鶴「嫌なわけねーだろ。……手が冷たそうだったから、びっくりしただけだ。ほら、行くぞ。……置いてくぞ」

凪「あ!待ってよ〜!……もう、千鶴、歩くの早いんだからっ!!」

後ろから追いかけてくる凪の足音。
千鶴は前を見据えたまま、必死に歪みそうになる顔を律した。

背中のアザが、心臓の鼓動に合わせてズキズキと疼く。
でも、隣を歩く凪の「今日のご飯は何かな〜」なんて他愛もないお喋りだけが、千鶴をこの世界の「普通」に繋ぎ止めてくれていた。

作者メッセージ

明日が学校だなんて信じたくない。
嘘だと言ってくれ

2026/03/22 19:26


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PG-12 #BL過激表現あり

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