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『名を呼ぶな、夜が来る』

#1

一話 『夜でも平気な子』

 この村では、夜に人の本名を呼ばない。
 それがどれほど当たり前か、私は説明できない。息をするなと言われないのと同じだ。

 日が沈むと、村は急に静かになる。戸が閉まり、灯りが落とされ、言葉が消える。
 呼び名でさえ、夜には重すぎるらしい。誰もが声を潜め、本名を胸の奥にしまい込む。

 それでも“夜”は来る。

 “夜”は、歩く。
 音を立てず、境目を踏み越え、名を探して歩く。

 私は夜が嫌いじゃない。

 夜の見回りは、いつも私の役目だった。
 誰かが言い出したわけじゃない。気づいたら、そうなっていた。

「おまえなら大丈夫だろ」

 理由はそれだけだ。

 私は本名を持たない。
 少なくとも、この村で“本名”と呼べるものを、誰からも教えられていない。

 呼び名はある。昼に使う、適当な名前。
 けれど夜に呼ばれる名は、ない。

 だから私は、夜に一人で歩ける。怖くない。

 足元の土は冷たく、空気は重い。
 それでも“夜”は、私を連れていかない。

 誰かの家の前に立つ。戸は閉まっている。灯りはない。
 私は耳を澄ます。呼吸の音、布の擦れる気配。何もなければ、それでいい。

 名を持つ人間は、“夜”に呼ばれないよう、必死だ。
 名を持たない私は、“夜”に呼ばれようがない。

 それは、楽だった。

 村の外れで、私は立ち止まる。
 闇が濃い。夜が深い。

 けれど怖くはない。
 “夜”は、私を素通りする。

 ——そう、信じていた。

作者メッセージ

読んでくれてありがとうございます!

2026/01/03 23:26

わたあめのべとべと
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