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『名を呼ぶな、夜が来る』

#2

二話 『名前を呼んだ声』

 その人が村に来たのは、雨の翌朝だった。

 外の国から来た、と噂された。
 歩き方が違い、言葉の抑揚が違った。

「夜は静かだね」

 その人は、そう言って笑った。
 “夜”を知らない笑い方だった。

 昼のうち、村の決まりは伝えられたはずだ。
 夜に名を呼ばないこと。
 本名を、絶対に口にしないこと。

 それでも、慣れない人間は失敗する。

 その夜、私は見回りに出ていた。
 空気が、いつもより湿っていた。

 村の中央で、声がした。

 ——名前を、呼ぶ声。

 はっきりと、迷いなく。
 昼のように、無防備に。

 私は足を止めた。

 その名は、私には重く聞こえた。
 まるで夜に向かって、差し出された印のようだった。

 風が止まる。
 闇が、一段深くなる。

 そして、聞こえた。

 呼んだ声とは違う、低い声。
 名をなぞるように、確かめるように。

 [斜体]『みつけた。』[/斜体]

 私は息を殺した。
 逃げろとも、止めろとも、体は動かなかった。

 “夜”が、歩いていくのがわかった。

 翌朝、その人はいなかった。

 戸は閉まったまま。
 荷物も、履き物も、昨日のまま。

 村の誰も、その名を口にしなかった。
 最初から、いなかったみたいに。

 私は“夜”を見た。
 初めて、はっきりと。

 “夜”は、名を探している。
 そして私は――

 その名を、持っていない。

作者メッセージ

読んでくれてありがとうございます!

2026/01/03 23:26

わたあめのべとべと
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