その人が村に来たのは、雨の翌朝だった。
外の国から来た、と噂された。
歩き方が違い、言葉の抑揚が違った。
「夜は静かだね」
その人は、そう言って笑った。
“夜”を知らない笑い方だった。
昼のうち、村の決まりは伝えられたはずだ。
夜に名を呼ばないこと。
本名を、絶対に口にしないこと。
それでも、慣れない人間は失敗する。
その夜、私は見回りに出ていた。
空気が、いつもより湿っていた。
村の中央で、声がした。
——名前を、呼ぶ声。
はっきりと、迷いなく。
昼のように、無防備に。
私は足を止めた。
その名は、私には重く聞こえた。
まるで夜に向かって、差し出された印のようだった。
風が止まる。
闇が、一段深くなる。
そして、聞こえた。
呼んだ声とは違う、低い声。
名をなぞるように、確かめるように。
[斜体]『みつけた。』[/斜体]
私は息を殺した。
逃げろとも、止めろとも、体は動かなかった。
“夜”が、歩いていくのがわかった。
翌朝、その人はいなかった。
戸は閉まったまま。
荷物も、履き物も、昨日のまま。
村の誰も、その名を口にしなかった。
最初から、いなかったみたいに。
私は“夜”を見た。
初めて、はっきりと。
“夜”は、名を探している。
そして私は――
その名を、持っていない。
外の国から来た、と噂された。
歩き方が違い、言葉の抑揚が違った。
「夜は静かだね」
その人は、そう言って笑った。
“夜”を知らない笑い方だった。
昼のうち、村の決まりは伝えられたはずだ。
夜に名を呼ばないこと。
本名を、絶対に口にしないこと。
それでも、慣れない人間は失敗する。
その夜、私は見回りに出ていた。
空気が、いつもより湿っていた。
村の中央で、声がした。
——名前を、呼ぶ声。
はっきりと、迷いなく。
昼のように、無防備に。
私は足を止めた。
その名は、私には重く聞こえた。
まるで夜に向かって、差し出された印のようだった。
風が止まる。
闇が、一段深くなる。
そして、聞こえた。
呼んだ声とは違う、低い声。
名をなぞるように、確かめるように。
[斜体]『みつけた。』[/斜体]
私は息を殺した。
逃げろとも、止めろとも、体は動かなかった。
“夜”が、歩いていくのがわかった。
翌朝、その人はいなかった。
戸は閉まったまま。
荷物も、履き物も、昨日のまま。
村の誰も、その名を口にしなかった。
最初から、いなかったみたいに。
私は“夜”を見た。
初めて、はっきりと。
“夜”は、名を探している。
そして私は――
その名を、持っていない。