「必ず、元気で戻ってくるから、ね?」
「…っ、悠介さんっ、…うぅっ」
「はは、泣かないで、ミツちゃん。」
突如、辺りが白い光に包まれる。
それは、お別れの合図。
悠介さんっ____________。
私が叫んだ声も彼の姿も、そのまま光の靄に消えていき、、、
____________またね、ミツちゃん。
最後に彼の暖かい声が聞こえたような気がした。
___________「……ちゃ、ん、おばあちゃんっ!」
「…っ!」
まだ無邪気な声が、私を夢の世界から現実へと連れ戻した。
まだ朦朧としている意識の中で、またあの夢か、と少々懐かしく思う。
六十年前の、あの日。二人で手を固く握り合ったあの時。
なーんてね。
「ごめんはるちゃん、おばあちゃん寝ちゃってた。」
うふふ、とお茶目に笑えば、孫娘を誤魔化すにはじゅうぶんだった。
「えー?笑」
今年高校生になる孫娘は、もうすっかり大人になっていた。共働きの息子夫婦がいない間、この子がうちに来るのももう慣れたものだ。
まあ、かく言う私もすっかり歳を取ってしまったのだけれど。
東雲蜜子、八十一歳。有り難いことに病気もなく、身体の痛みもなく、自分でも信じられないほどにピンピンしている八十路。
これも悠介さんが天から見守っててくれたからかしらね。
仏壇の遺影を眺めてみる。私があの時撮った写真。
暖かい笑顔で笑っていた。笑い声は、確かははっ、だったような気がする。
なんて。
変なところまで覚えているものね。
「じゃあおばあちゃん、また来るね」
気づけばもう時間だったらしい。
そう言いながら孫娘は帰っていった。
今日は、早めの帰宅である。
息子夫婦のどちらかが帰っているのだろう。
「はあっ……」
孫娘が帰ったあと、ついついため息が漏れてしまう。
目の前には仏壇の遺影。
実は、私はこの頃の悠介さんしか知らない。
しばらく朗らかな笑顔と向き合っているうちに、思わず目から温かいものが溢れていた。
「うぅっ、……ふっ、………」
私は、悠介さんの最期の姿を見ることができなかった。
六十年前、戦争に行ったきり一度も会えなかった。
十二月の冷たい海に流され、そのままだったらしい。
悠介さんがそんな寒いところに一人だったと思うと、たまらなく苦しかった。
悠介さんを一番に愛していたのに。
何もできなかった自分が今でも情けない。
もう一度、もう一度、
「……悠介さんに会うことができたらっ……」
その瞬間、あの夢のような光が私を包んだ。
眩しさに直視できない。
周りには、なんだか懐かしい気持ちにさせる金木犀の香りが広がっていた。
「お呼びですか。」
「へ?」
強い香りと人の声を感じ、思わず目を開けてしまう。
え、人?
「え…っと?」
え、ちょっと待ってこの人どこから入ってきたのていうか誰なの一体…。
老いた頭をフル回転して精一杯考えるが、もうパニック状態だ。
「私は金木犀の香りとともに駆けつけ、お客様同士の仲人をするサービス・「桂縁(えん)」です。」
よく見ると、目の前にいるのは高校生くらいの男の子。
しかも、天から来たと言っても過言ではないような美しい顔の持ち主だった。
現実味が感じられないのだけれど……
彼は、そのまっすぐな瞳で私を見た。
「あなたは、誰か会いたい人がいらっしゃいますよね。」
「会いたい人……私の、私の夫に会いたいんです。どうしても、会いたくてっ……」
警戒心は、不思議と言っていいほどなかった。
むしろ、彼ならなんとかしてくれるんじゃないかという淡い期待が、少々。
でも、すぐにハッと思い直した。
いくらなんでも、天に帰った人に会いたいというのは無謀すぎる。
そんな私の心が分かったのか、彼は私に対して深く頷いた。
「大丈夫ですよ。まず、このサービスについて簡単にご説明しますね。」
男の子いわく、この「桂縁」というサービスは、会いたくてもなんらかの理由で会えない、そんな思いを抱えた人から話を聞き、依頼した人と会いたい人との仲人をするという物らしい。でも、依頼人が会いたくても会いたい人が無理だと言った場合、会うことは難しいという。
そんな便利なシステム、あっちゃっていいの?
とぶっちゃけ思ったが、背に腹は変えられない。
というか、そんな場合あるんだ……
彼は少し困ったような顔をして、それでもいいですか、と聞いた。
「もちろんよ。お願いします。」
そう、私は答えた。
もし悠介さんが会いたくなくっても、仕方ない。でも、ここで私が諦めるわけにはいかない。
「分かりました。ではまた。」
えっ?
私の疑問も虚しく、彼はまた光とともに去っていった。
えっ?
今やってくれるのではないのかしら?
?マークで頭がいっぱいの老人を置いていくかしら?
途端、糸が切れたようにふっと意識が切れた。
あれからどれくらい経ったのだろう。
起きた時にはもう次の日の朝で、私は急いでご飯の支度やら掃除やらをしなければいけなくなった。
というか、なんだったんでしょう?
「ではまた」と言っていたのだからまた来るのでしょうね。
マタッテイツ?
_______ピーンポーン
パニック状態の老人に悪いほどの音量のものが聞こえ、ビクッと身体が跳ねた。
なんだ、玄関のチャイムか。
「はーい」
パタパタと走りながらドアを開けると、そこには、、
「こんにちはー連れてきましたよニコッ」
昨日の男の子がいた。
へえ、今度はちゃんと玄関から来るのね。
と、感心している場合ではない。
悠介さんがいるの?
この扉の向こうに?
私が信じられない思いでいる時、あれよあれよという間に面会の場は男の子によってセッティングされてしまい、私はまたしてもパニック状態のまま会うことになった。
「悠介さん、どうぞ」
「はーい」
「…っ」
声だけで分かる、悠介さんだ、っ…、
「ふっ…、っ、ゆう、すけさんっ…」
「はは、泣かないで、ミツちゃん。」
あの頃と同じ台詞で、私の頭に手を置いた悠介さん。
涙で霞む景色でも分かった。
六十年越しの再会。
悠介さんもしっかり歳を取っていて、(もう亡くなっているはずなのに)白髪頭のじいさん、(それも超リアル)だけどあの頃と変わらない暖かな笑顔で立っていた。
悠介さんだ…。
それから、私たちは近所の土手に座りながらいろいろな話をした。
時には、見つめ合って笑うこともあった。
それはもう、語るまでもなくたわいない話。
それが一番、幸せなんだなと改めて気付かされた。
何よりなのは、悠介さんが亡くなる時、とても幸せだったと感じていたこと。
私が作っていたお守りを大切に握っていたらしい。
今日の私の涙腺はもう崩壊していて、悠介さんが何かいうたびに溢れてきて困った。
「ねぇ、悠介さん。」
「ん?」
「私ももうすぐそっちに行くから、だから…待っててね?」
「もちろんだよ。ミツちゃんのこと、ずっと愛してるよ。」
「…っ、私も…」
私がずっと欲しかった言葉を最後にくれるなんて……
「あっ、」
ふとあることを思い出して、後ろを振り返った。
「あの、桂縁さん、ありがとう」
「ありがとう。ああ、俺はあなたのおかげで幸せ者だよ。」
「…っいえ、良かったです。」
男の子は驚いたように目を見開いたあと、深く一礼した。
互いに笑い合う三人を、金木犀の花の香りがゆっくりと包んだ。まるで私と悠介さん、男の子までも見守っているように。
—fin—
「…っ、悠介さんっ、…うぅっ」
「はは、泣かないで、ミツちゃん。」
突如、辺りが白い光に包まれる。
それは、お別れの合図。
悠介さんっ____________。
私が叫んだ声も彼の姿も、そのまま光の靄に消えていき、、、
____________またね、ミツちゃん。
最後に彼の暖かい声が聞こえたような気がした。
___________「……ちゃ、ん、おばあちゃんっ!」
「…っ!」
まだ無邪気な声が、私を夢の世界から現実へと連れ戻した。
まだ朦朧としている意識の中で、またあの夢か、と少々懐かしく思う。
六十年前の、あの日。二人で手を固く握り合ったあの時。
なーんてね。
「ごめんはるちゃん、おばあちゃん寝ちゃってた。」
うふふ、とお茶目に笑えば、孫娘を誤魔化すにはじゅうぶんだった。
「えー?笑」
今年高校生になる孫娘は、もうすっかり大人になっていた。共働きの息子夫婦がいない間、この子がうちに来るのももう慣れたものだ。
まあ、かく言う私もすっかり歳を取ってしまったのだけれど。
東雲蜜子、八十一歳。有り難いことに病気もなく、身体の痛みもなく、自分でも信じられないほどにピンピンしている八十路。
これも悠介さんが天から見守っててくれたからかしらね。
仏壇の遺影を眺めてみる。私があの時撮った写真。
暖かい笑顔で笑っていた。笑い声は、確かははっ、だったような気がする。
なんて。
変なところまで覚えているものね。
「じゃあおばあちゃん、また来るね」
気づけばもう時間だったらしい。
そう言いながら孫娘は帰っていった。
今日は、早めの帰宅である。
息子夫婦のどちらかが帰っているのだろう。
「はあっ……」
孫娘が帰ったあと、ついついため息が漏れてしまう。
目の前には仏壇の遺影。
実は、私はこの頃の悠介さんしか知らない。
しばらく朗らかな笑顔と向き合っているうちに、思わず目から温かいものが溢れていた。
「うぅっ、……ふっ、………」
私は、悠介さんの最期の姿を見ることができなかった。
六十年前、戦争に行ったきり一度も会えなかった。
十二月の冷たい海に流され、そのままだったらしい。
悠介さんがそんな寒いところに一人だったと思うと、たまらなく苦しかった。
悠介さんを一番に愛していたのに。
何もできなかった自分が今でも情けない。
もう一度、もう一度、
「……悠介さんに会うことができたらっ……」
その瞬間、あの夢のような光が私を包んだ。
眩しさに直視できない。
周りには、なんだか懐かしい気持ちにさせる金木犀の香りが広がっていた。
「お呼びですか。」
「へ?」
強い香りと人の声を感じ、思わず目を開けてしまう。
え、人?
「え…っと?」
え、ちょっと待ってこの人どこから入ってきたのていうか誰なの一体…。
老いた頭をフル回転して精一杯考えるが、もうパニック状態だ。
「私は金木犀の香りとともに駆けつけ、お客様同士の仲人をするサービス・「桂縁(えん)」です。」
よく見ると、目の前にいるのは高校生くらいの男の子。
しかも、天から来たと言っても過言ではないような美しい顔の持ち主だった。
現実味が感じられないのだけれど……
彼は、そのまっすぐな瞳で私を見た。
「あなたは、誰か会いたい人がいらっしゃいますよね。」
「会いたい人……私の、私の夫に会いたいんです。どうしても、会いたくてっ……」
警戒心は、不思議と言っていいほどなかった。
むしろ、彼ならなんとかしてくれるんじゃないかという淡い期待が、少々。
でも、すぐにハッと思い直した。
いくらなんでも、天に帰った人に会いたいというのは無謀すぎる。
そんな私の心が分かったのか、彼は私に対して深く頷いた。
「大丈夫ですよ。まず、このサービスについて簡単にご説明しますね。」
男の子いわく、この「桂縁」というサービスは、会いたくてもなんらかの理由で会えない、そんな思いを抱えた人から話を聞き、依頼した人と会いたい人との仲人をするという物らしい。でも、依頼人が会いたくても会いたい人が無理だと言った場合、会うことは難しいという。
そんな便利なシステム、あっちゃっていいの?
とぶっちゃけ思ったが、背に腹は変えられない。
というか、そんな場合あるんだ……
彼は少し困ったような顔をして、それでもいいですか、と聞いた。
「もちろんよ。お願いします。」
そう、私は答えた。
もし悠介さんが会いたくなくっても、仕方ない。でも、ここで私が諦めるわけにはいかない。
「分かりました。ではまた。」
えっ?
私の疑問も虚しく、彼はまた光とともに去っていった。
えっ?
今やってくれるのではないのかしら?
?マークで頭がいっぱいの老人を置いていくかしら?
途端、糸が切れたようにふっと意識が切れた。
あれからどれくらい経ったのだろう。
起きた時にはもう次の日の朝で、私は急いでご飯の支度やら掃除やらをしなければいけなくなった。
というか、なんだったんでしょう?
「ではまた」と言っていたのだからまた来るのでしょうね。
マタッテイツ?
_______ピーンポーン
パニック状態の老人に悪いほどの音量のものが聞こえ、ビクッと身体が跳ねた。
なんだ、玄関のチャイムか。
「はーい」
パタパタと走りながらドアを開けると、そこには、、
「こんにちはー連れてきましたよニコッ」
昨日の男の子がいた。
へえ、今度はちゃんと玄関から来るのね。
と、感心している場合ではない。
悠介さんがいるの?
この扉の向こうに?
私が信じられない思いでいる時、あれよあれよという間に面会の場は男の子によってセッティングされてしまい、私はまたしてもパニック状態のまま会うことになった。
「悠介さん、どうぞ」
「はーい」
「…っ」
声だけで分かる、悠介さんだ、っ…、
「ふっ…、っ、ゆう、すけさんっ…」
「はは、泣かないで、ミツちゃん。」
あの頃と同じ台詞で、私の頭に手を置いた悠介さん。
涙で霞む景色でも分かった。
六十年越しの再会。
悠介さんもしっかり歳を取っていて、(もう亡くなっているはずなのに)白髪頭のじいさん、(それも超リアル)だけどあの頃と変わらない暖かな笑顔で立っていた。
悠介さんだ…。
それから、私たちは近所の土手に座りながらいろいろな話をした。
時には、見つめ合って笑うこともあった。
それはもう、語るまでもなくたわいない話。
それが一番、幸せなんだなと改めて気付かされた。
何よりなのは、悠介さんが亡くなる時、とても幸せだったと感じていたこと。
私が作っていたお守りを大切に握っていたらしい。
今日の私の涙腺はもう崩壊していて、悠介さんが何かいうたびに溢れてきて困った。
「ねぇ、悠介さん。」
「ん?」
「私ももうすぐそっちに行くから、だから…待っててね?」
「もちろんだよ。ミツちゃんのこと、ずっと愛してるよ。」
「…っ、私も…」
私がずっと欲しかった言葉を最後にくれるなんて……
「あっ、」
ふとあることを思い出して、後ろを振り返った。
「あの、桂縁さん、ありがとう」
「ありがとう。ああ、俺はあなたのおかげで幸せ者だよ。」
「…っいえ、良かったです。」
男の子は驚いたように目を見開いたあと、深く一礼した。
互いに笑い合う三人を、金木犀の花の香りがゆっくりと包んだ。まるで私と悠介さん、男の子までも見守っているように。
—fin—