春雷が死んだ。
遺体を前にして、ようくその事実を二人は認識した。
呼吸は止まり、体温は消え失せた。
いつか、気まぐれに「散兵」が頭を預けた足は、もうなく……戦闘がどれだけ激しかったのかを物語っていた。
「なんだ……ほんとに、死んだのか」
ただ呟いた言葉は空中に浮かんだままだ。
彼女は死んだ。
情報戦という、自分たちの戦場に立つこともなく、同じ組織の人間に惨たらしく殺された。悪名高きファデュイの一員に相応しい死に方だと。
そんな皮肉を言っても、困ったように笑う口元は見れない。
「……情けないな。意地でも死なないのが、君の取り柄じゃなかったのかい」
看護婦長が「あの子の最期のプライドよ」と言って、付けたままの仮面。「散兵」はその仮面をなぞった。
かつて、「散兵」の要求に困ったように答えて、膝枕をした春雷。
あの日と同じように、仮面の下を確かめるように………そっと。
あの日と違うのは、撫でた「散兵」の手をはたき落とさないことだろうか
思い返して、手袋の外された小さな手に触れようとした時だった。
「副隊長が乱心したぁ!」
「いつもの事だろ」
「今回は話がちげぇんだよ!とにかく、その人止めろ。これ以上は確実に死ぬ!!」
「うっわ、その出血量で歩くな。おーい、だれか担架持ってこい!」
「それよりあいつ止めろ!!これ以上は死ぬのが確定するぞ!!」
「看護婦長はどこだ!?」
「しらねぇ!!」
わーわー、ギャーギャー。
遺体がある安置所の側とは思えない騒がしさだ。
何事だと、顔色の悪い安置所にいた人間に話を聴くと。彼は執行官がここにいるという事実に、更に顔色を悪くしながら答えた。
「春雷さんの部下が、さっき目覚めたんですが……し、死にかけのまま春雷さんがいるところに来ようとしてるみたいで……」
指を指した方向には束になって止めようとする医療班と、血塗れで片足両手を引きずりながら安置所に入ってきた男_____春雷率いる先遣隊の副隊長がいた。
春雷同様、常に仮面を被っていたので顔は見た事がなかったが、なるほどあの男が……。
「お騒がしいかと思えば君か。彼女が死んでも、まだ金魚の糞をするのかい?」
「……げぉっ、……ぁ、執行官か……。ごっ、どけ……!」
静止する手を振り払い、血走った眼で一目散に春雷の元まで駆けていく男。
血を吐きながらも遺体の置かれた台に乗り上げて、春雷に触れさせんと庇うように抱きかかえる。
前にあった時は、春雷に膝枕をしてもらっている「散兵」を氷の眼差しで睨み潰えていたが、今はもう視界にすら入っていない。
「………ごほっ……春雷隊長、約束を……げほっぁ…果たしに来ました……ょ」
そう言うと、男は赤い光が燈った神の目を取り出し________________炎元素で、彼女を包んだ。
死体が焼ける匂いすら出さず、とんでもない高火力で自身が焼けるのも厭わずひたすら安置所を赤で満たす。
「っ………!おまえ、何してる!?春雷に!!」
怒声を上げる「散兵」も気にせず、男は炎を広げていく。
隊長と同じく、安置所に置かれたかつての仲間たちにも次々と炎に包まれる。
その炎の中からかつてなく饒舌な男の声が聞こえる。
「俺の片足はもう腐っています。両手は砕けて剣も持てない。きっと、道具の俺にはいる意味がない。
だけど、俺がいる意味が消える前に、これだけは果たしに来ましたよ」
赤に満ちていく安置室の中。
匂いすら残すかと、激しく燃える炎の中。
春雷は消えていった。
「頼まれてたのよ」
看護婦長、確かジレーネと名乗ったか。
春雷の隊でかつて専属医の真似事をやっていたという彼女………と、いうにはいささか筋肉と喉仏が目立つ男。しかし、格好はスカートにピンヒール。口調は酒場の女のような妙にねっとりした感じの人。
つまるところ、オネェである。
ファデュイってこんなやつ居たんだ〜……と、さっきの出来事が一瞬吹っ飛んだ「散兵」に、アンニュイな表情のままジレーネは言葉を続けた。
「春雷ちゃん、もし自分が先に死んだら遺体は絶対に残すなって……随分前に約束したの」
一滴たりとも自らの体に残った情報を残さないためだそうだ。
直前に何をしていたのか何を食べたのか。靴に挟まった土はどこのものなのか。人というのは喋らなくても案外、おしゃべりだったりする。
だからこそ春雷は、ファデュイ以外の人間にそのおしゃべりが伝わらないようにして欲しいと、頼んできた。
でも、ジレーネはそれを約束の実行前になってためらってしまった。
「でも春雷ちゃんってば用心深いわね。まさか、あの子に………アグニちゃんにも約束してたなんて。
よりにもよって、自分を一番慕っていた副隊長に頼むなんて酷いことするわね。ほーんっと、罪な女。……いえ、そんな酷いことをさせてしまった私も同罪ね」
ジレーネはそう言うと、彼らの死亡診断書を書く。
先遣隊 副隊長 アグニ。
焼死。
「散兵」から春雷を奪った、赤い赤い炎の男。
残していったのは春雷がアグニに送ったというランプだけで、憎々しいことに煤けたランプにはあの時の炎が付いたままだった。
ジレーネはそのランプは自分が引き取るといい、「散兵」も離れて聞いていた「召使」も特に何も言わなかった。
双方、なんとも言えないくらい沈黙だけが漂っていた。
一方その頃、モンドのとある酒場。
「今頃、アグニはジレーネちゃんに保護されてるくらいかな。あと、手伝い用の双子」
「いやー………実行しといて今更だけど。バレてないかな?身長と体型合わせただけの割と適当な偽装死体だったけど」
「その辺はジレーネちゃんの力量しだいやね。まぁ、あの二人なら大丈夫やろ。………あの双子がやらかさん限り」
「にーちゃんたち、だいじょーぶかな?」
「大丈夫だよ、ジレーネちゃんとアグニが組んでおいて失敗とかないよ。……あの双子がやらかさないかぎり」
「うぅ、双子が心配すぎるわぁ」
元ファデュイ先遣隊の女たちが元気に酒を飲んでいた。
遺体を前にして、ようくその事実を二人は認識した。
呼吸は止まり、体温は消え失せた。
いつか、気まぐれに「散兵」が頭を預けた足は、もうなく……戦闘がどれだけ激しかったのかを物語っていた。
「なんだ……ほんとに、死んだのか」
ただ呟いた言葉は空中に浮かんだままだ。
彼女は死んだ。
情報戦という、自分たちの戦場に立つこともなく、同じ組織の人間に惨たらしく殺された。悪名高きファデュイの一員に相応しい死に方だと。
そんな皮肉を言っても、困ったように笑う口元は見れない。
「……情けないな。意地でも死なないのが、君の取り柄じゃなかったのかい」
看護婦長が「あの子の最期のプライドよ」と言って、付けたままの仮面。「散兵」はその仮面をなぞった。
かつて、「散兵」の要求に困ったように答えて、膝枕をした春雷。
あの日と同じように、仮面の下を確かめるように………そっと。
あの日と違うのは、撫でた「散兵」の手をはたき落とさないことだろうか
思い返して、手袋の外された小さな手に触れようとした時だった。
「副隊長が乱心したぁ!」
「いつもの事だろ」
「今回は話がちげぇんだよ!とにかく、その人止めろ。これ以上は確実に死ぬ!!」
「うっわ、その出血量で歩くな。おーい、だれか担架持ってこい!」
「それよりあいつ止めろ!!これ以上は死ぬのが確定するぞ!!」
「看護婦長はどこだ!?」
「しらねぇ!!」
わーわー、ギャーギャー。
遺体がある安置所の側とは思えない騒がしさだ。
何事だと、顔色の悪い安置所にいた人間に話を聴くと。彼は執行官がここにいるという事実に、更に顔色を悪くしながら答えた。
「春雷さんの部下が、さっき目覚めたんですが……し、死にかけのまま春雷さんがいるところに来ようとしてるみたいで……」
指を指した方向には束になって止めようとする医療班と、血塗れで片足両手を引きずりながら安置所に入ってきた男_____春雷率いる先遣隊の副隊長がいた。
春雷同様、常に仮面を被っていたので顔は見た事がなかったが、なるほどあの男が……。
「お騒がしいかと思えば君か。彼女が死んでも、まだ金魚の糞をするのかい?」
「……げぉっ、……ぁ、執行官か……。ごっ、どけ……!」
静止する手を振り払い、血走った眼で一目散に春雷の元まで駆けていく男。
血を吐きながらも遺体の置かれた台に乗り上げて、春雷に触れさせんと庇うように抱きかかえる。
前にあった時は、春雷に膝枕をしてもらっている「散兵」を氷の眼差しで睨み潰えていたが、今はもう視界にすら入っていない。
「………ごほっ……春雷隊長、約束を……げほっぁ…果たしに来ました……ょ」
そう言うと、男は赤い光が燈った神の目を取り出し________________炎元素で、彼女を包んだ。
死体が焼ける匂いすら出さず、とんでもない高火力で自身が焼けるのも厭わずひたすら安置所を赤で満たす。
「っ………!おまえ、何してる!?春雷に!!」
怒声を上げる「散兵」も気にせず、男は炎を広げていく。
隊長と同じく、安置所に置かれたかつての仲間たちにも次々と炎に包まれる。
その炎の中からかつてなく饒舌な男の声が聞こえる。
「俺の片足はもう腐っています。両手は砕けて剣も持てない。きっと、道具の俺にはいる意味がない。
だけど、俺がいる意味が消える前に、これだけは果たしに来ましたよ」
赤に満ちていく安置室の中。
匂いすら残すかと、激しく燃える炎の中。
春雷は消えていった。
「頼まれてたのよ」
看護婦長、確かジレーネと名乗ったか。
春雷の隊でかつて専属医の真似事をやっていたという彼女………と、いうにはいささか筋肉と喉仏が目立つ男。しかし、格好はスカートにピンヒール。口調は酒場の女のような妙にねっとりした感じの人。
つまるところ、オネェである。
ファデュイってこんなやつ居たんだ〜……と、さっきの出来事が一瞬吹っ飛んだ「散兵」に、アンニュイな表情のままジレーネは言葉を続けた。
「春雷ちゃん、もし自分が先に死んだら遺体は絶対に残すなって……随分前に約束したの」
一滴たりとも自らの体に残った情報を残さないためだそうだ。
直前に何をしていたのか何を食べたのか。靴に挟まった土はどこのものなのか。人というのは喋らなくても案外、おしゃべりだったりする。
だからこそ春雷は、ファデュイ以外の人間にそのおしゃべりが伝わらないようにして欲しいと、頼んできた。
でも、ジレーネはそれを約束の実行前になってためらってしまった。
「でも春雷ちゃんってば用心深いわね。まさか、あの子に………アグニちゃんにも約束してたなんて。
よりにもよって、自分を一番慕っていた副隊長に頼むなんて酷いことするわね。ほーんっと、罪な女。……いえ、そんな酷いことをさせてしまった私も同罪ね」
ジレーネはそう言うと、彼らの死亡診断書を書く。
先遣隊 副隊長 アグニ。
焼死。
「散兵」から春雷を奪った、赤い赤い炎の男。
残していったのは春雷がアグニに送ったというランプだけで、憎々しいことに煤けたランプにはあの時の炎が付いたままだった。
ジレーネはそのランプは自分が引き取るといい、「散兵」も離れて聞いていた「召使」も特に何も言わなかった。
双方、なんとも言えないくらい沈黙だけが漂っていた。
一方その頃、モンドのとある酒場。
「今頃、アグニはジレーネちゃんに保護されてるくらいかな。あと、手伝い用の双子」
「いやー………実行しといて今更だけど。バレてないかな?身長と体型合わせただけの割と適当な偽装死体だったけど」
「その辺はジレーネちゃんの力量しだいやね。まぁ、あの二人なら大丈夫やろ。………あの双子がやらかさん限り」
「にーちゃんたち、だいじょーぶかな?」
「大丈夫だよ、ジレーネちゃんとアグニが組んでおいて失敗とかないよ。……あの双子がやらかさないかぎり」
「うぅ、双子が心配すぎるわぁ」
元ファデュイ先遣隊の女たちが元気に酒を飲んでいた。