月日は矢の如く流れていく。
いつしか家光は二十三歳になり将軍としての風格が出てきていた。
しかし彼は変わらず、政宗が江戸にいるときは決まって呼びつけて話を聞くのを楽しみにしていた。政宗は六十歳、この時代でいえば随分老人なのだが、鋭い眼光と口の達者な所は衰えていない。今日も二人で菓子をつまみながら談笑していた。
「…親父殿」
家光がふとつぶやく。
「今秋、我らは京に上るだろう?」
「そうでしたな、京の天子様が二条城へ行幸なさるのでしたっけ」
政宗は心なしか声色が明るい。今度の上洛には彼も参加するのだ。
「それが…儂の母上の具合がどうも良くないようで…」
政宗ははっとした。家光の母、お江の方はすでに五十四歳だった。お体が、将軍が京から帰ってくるまで持たぬとでも言うのだろうか?
「…それで、上様はどうなされたい」
「母の見舞いになんか行ってやりたくないんだ…親父殿だって分かるでしょう?」
家光の顔に暗い影が落ちる。
「儂がほんの幼かった時分…病に罹って死にかけた時に、母上は見舞いに来てくれなかった。弟にばかり愛を注いだ女を…母とは思えぬし、思いたくない」
それを境遇の似た政宗なら分かってくれるだろう、と言うのである。しかし政宗は頷かなかった。代わりに、遠い目をして、かすかな声で話し始めた。
「私の母、義姫も弟の小次郎ばかり寵愛なさった。ずっと、小次郎を伊達の当主にしようとしていました。…小田原攻めの時のことはお話したことがありましたね、私が秀吉の元に参じるのに時間がかかった理由は、自分の意地だけではないのですよ」
政宗は無表情で淡々と語っている。
「母に毒殺されかけましてね」
「…っ」
「でも私は母を恨むことは出来ません。母は伊達家のことを心配してしたことだったのです…私が小田原に行かなければ秀吉は伊達を滅ぼすつもりでしたから、私の首を差し出そうとしたのです」
「うるさい!家のためなら何をしても許せるのか政宗っ!?いや、そもそも私の場合母のしたことは家のためどころか…!」
政宗は取り乱す家光の手を掴み話を続ける。
「正確には少し違うかもしれません。…母だから、です。その女が、母であるから」
家光の抵抗する手の力が弱まった。
「上様だって、どんなにお母上が上様を遠ざけたとて、お母上を慕う気持ちはあったのでは?」
「…」
「それに、私に話してくださったのは、母上様を心配してではないのですか?」
「…それは」
「私の母は事件後実家の最上家に送り返しましたが、そのあと伊達家に迎えました。そしてちょうど上様が将軍になられた年に亡くなりましてね…でも、最期に悔いが残らなかったのは良かった」
元の優しい目に戻った政宗は静かに問うた。
「上様はどうなさいますか」
つづく
いつしか家光は二十三歳になり将軍としての風格が出てきていた。
しかし彼は変わらず、政宗が江戸にいるときは決まって呼びつけて話を聞くのを楽しみにしていた。政宗は六十歳、この時代でいえば随分老人なのだが、鋭い眼光と口の達者な所は衰えていない。今日も二人で菓子をつまみながら談笑していた。
「…親父殿」
家光がふとつぶやく。
「今秋、我らは京に上るだろう?」
「そうでしたな、京の天子様が二条城へ行幸なさるのでしたっけ」
政宗は心なしか声色が明るい。今度の上洛には彼も参加するのだ。
「それが…儂の母上の具合がどうも良くないようで…」
政宗ははっとした。家光の母、お江の方はすでに五十四歳だった。お体が、将軍が京から帰ってくるまで持たぬとでも言うのだろうか?
「…それで、上様はどうなされたい」
「母の見舞いになんか行ってやりたくないんだ…親父殿だって分かるでしょう?」
家光の顔に暗い影が落ちる。
「儂がほんの幼かった時分…病に罹って死にかけた時に、母上は見舞いに来てくれなかった。弟にばかり愛を注いだ女を…母とは思えぬし、思いたくない」
それを境遇の似た政宗なら分かってくれるだろう、と言うのである。しかし政宗は頷かなかった。代わりに、遠い目をして、かすかな声で話し始めた。
「私の母、義姫も弟の小次郎ばかり寵愛なさった。ずっと、小次郎を伊達の当主にしようとしていました。…小田原攻めの時のことはお話したことがありましたね、私が秀吉の元に参じるのに時間がかかった理由は、自分の意地だけではないのですよ」
政宗は無表情で淡々と語っている。
「母に毒殺されかけましてね」
「…っ」
「でも私は母を恨むことは出来ません。母は伊達家のことを心配してしたことだったのです…私が小田原に行かなければ秀吉は伊達を滅ぼすつもりでしたから、私の首を差し出そうとしたのです」
「うるさい!家のためなら何をしても許せるのか政宗っ!?いや、そもそも私の場合母のしたことは家のためどころか…!」
政宗は取り乱す家光の手を掴み話を続ける。
「正確には少し違うかもしれません。…母だから、です。その女が、母であるから」
家光の抵抗する手の力が弱まった。
「上様だって、どんなにお母上が上様を遠ざけたとて、お母上を慕う気持ちはあったのでは?」
「…」
「それに、私に話してくださったのは、母上様を心配してではないのですか?」
「…それは」
「私の母は事件後実家の最上家に送り返しましたが、そのあと伊達家に迎えました。そしてちょうど上様が将軍になられた年に亡くなりましてね…でも、最期に悔いが残らなかったのは良かった」
元の優しい目に戻った政宗は静かに問うた。
「上様はどうなさいますか」
つづく