静が鎌倉に留め置かれている間、幡姫と静は何度も対面し、あれこれ話し合った。
不運をなげいて涙ぐんだり、想い人とのおかしな思い出話で大笑いしたり、義高と義経が仲の良かったことを思い出して懐かしんだり、九十九人が舞っても降らなかった雨が、静の雨乞いの舞で降ったと聞いて驚いたり。
初めて会ったときは暗くうつむいていた幡姫も、よく笑いよく話すかわいらしい一面を見せて静を楽しませた。互いに支え合って、二人の娘は鎌倉で生きていた。
しかしそれも一時のことで、日を経るごとに静は元気をなくしていった。
「どうなさったの?具合が悪いの?」
「…平気よ」
何度幡姫が聞いても、静は大丈夫だと言いつづける。でも、そんな訳がない。「大丈夫か」と聞かれて「大丈夫」と答えるのは、何が大丈夫でないのか分かっているからだ。しつこい問い詰め、ようやく静は口を割った。
「お腹の子がもうすぐ産まれるの…」
確かに静の腹はすでにかなり大きかった。
鎌倉にいたあいだ、静は義経の行方について尋問を受けていたが、彼女はどこに行くのかを知らされていなかったので、出産が済み次第放免とされることになっていた。
「もう産まれるのね?それでお体の具合が悪いのね?」
「…」
また彼女は口をつぐんでしまった。
「まさか」
齢九にして壮絶な経験をしている幡姫はなんとなく感づいた。
「…お腹のお子は…殺されてしまうの!?」
「半分は当たりよ…」
静は震えながら言った。
「もしも男の子なら殺されるの」
「…な、んて、」
脳にこびりつき離れない、あの血のにおい。つい数日前までそばにいた人が、突然この世から消えてしまう衝撃。それがありありと思い出された。真っ白な顔で茫然としている姫を慌てて小菊が落ち着かせた。
「ごめんなさい。怖いことを思い出させてしまって」
静は何度も謝った。
「ううん…私はいいの。それより、あなたが」
「大丈夫よ。女の子なら助けると御台所がおっしゃったの」
(女の子なら、生きられる…)
幡姫は少しほっとした。しかし、男の子ならば…という想像をかき消せなかった。実際、静が産んでみるまで分からないことなのだ。
「でも、でも…」
その先の言葉はかすれて聞こえなかったが、静はにこりと笑って答えた。
「安心してくださいな。私、絶対に女の子を産んでみせますから。」
優しく自分の腹を撫でる。何か念じているように。
静の腹にいる子は、義経の子。謀反人の子。頼朝にとってあまりに危険な存在であった。いくら嘆願しても、彼が許すわけがない。
だから幡姫は
「元気な、女の子でありますように」
と言って静の大きな腹に触れた。
「ありがとう…」
「私達は味方同士ですもの!頑張ってね!」
幡姫と静は笑い合った。
不遇の白拍子の、ほんのひとときの穏やかな夏の日だった。
つづく
不運をなげいて涙ぐんだり、想い人とのおかしな思い出話で大笑いしたり、義高と義経が仲の良かったことを思い出して懐かしんだり、九十九人が舞っても降らなかった雨が、静の雨乞いの舞で降ったと聞いて驚いたり。
初めて会ったときは暗くうつむいていた幡姫も、よく笑いよく話すかわいらしい一面を見せて静を楽しませた。互いに支え合って、二人の娘は鎌倉で生きていた。
しかしそれも一時のことで、日を経るごとに静は元気をなくしていった。
「どうなさったの?具合が悪いの?」
「…平気よ」
何度幡姫が聞いても、静は大丈夫だと言いつづける。でも、そんな訳がない。「大丈夫か」と聞かれて「大丈夫」と答えるのは、何が大丈夫でないのか分かっているからだ。しつこい問い詰め、ようやく静は口を割った。
「お腹の子がもうすぐ産まれるの…」
確かに静の腹はすでにかなり大きかった。
鎌倉にいたあいだ、静は義経の行方について尋問を受けていたが、彼女はどこに行くのかを知らされていなかったので、出産が済み次第放免とされることになっていた。
「もう産まれるのね?それでお体の具合が悪いのね?」
「…」
また彼女は口をつぐんでしまった。
「まさか」
齢九にして壮絶な経験をしている幡姫はなんとなく感づいた。
「…お腹のお子は…殺されてしまうの!?」
「半分は当たりよ…」
静は震えながら言った。
「もしも男の子なら殺されるの」
「…な、んて、」
脳にこびりつき離れない、あの血のにおい。つい数日前までそばにいた人が、突然この世から消えてしまう衝撃。それがありありと思い出された。真っ白な顔で茫然としている姫を慌てて小菊が落ち着かせた。
「ごめんなさい。怖いことを思い出させてしまって」
静は何度も謝った。
「ううん…私はいいの。それより、あなたが」
「大丈夫よ。女の子なら助けると御台所がおっしゃったの」
(女の子なら、生きられる…)
幡姫は少しほっとした。しかし、男の子ならば…という想像をかき消せなかった。実際、静が産んでみるまで分からないことなのだ。
「でも、でも…」
その先の言葉はかすれて聞こえなかったが、静はにこりと笑って答えた。
「安心してくださいな。私、絶対に女の子を産んでみせますから。」
優しく自分の腹を撫でる。何か念じているように。
静の腹にいる子は、義経の子。謀反人の子。頼朝にとってあまりに危険な存在であった。いくら嘆願しても、彼が許すわけがない。
だから幡姫は
「元気な、女の子でありますように」
と言って静の大きな腹に触れた。
「ありがとう…」
「私達は味方同士ですもの!頑張ってね!」
幡姫と静は笑い合った。
不遇の白拍子の、ほんのひとときの穏やかな夏の日だった。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮