義経は兄に一目たりとも会うことなく、宗盛らを連れて京へ戻る。宗盛はその道中で処刑され、彼の子供達も殺された。
そのころ、幡姫は再び病床についていたが、そこで義経の哀れな成り行きを伝え聞いた。
「父上はなんで九郎殿にそんなに怒るの…?」
戦での義経の華やかな活躍ぶりは、誰もが知るところだったのに。幡姫が疑問に思ったのはそれだけではなかった。
「だって、九郎殿はただ褒めて欲しかっただけなのよ…九郎殿が言ってたもの」
昔、義高と義経の会話を盗み聞きしたときのことを思い出したのだ。あの人に鎌倉殿の地位を奪おうなんて気持ちはない。父上に伝えないといけない。よろよろ起き出そうとしたのを見て、小菊は姫が何をしようとしているのか察して止めた。
「鎌倉殿がお怒りになるだけでございます」
「でも、でも…」
「今はお休みくださいませ!」
(今は幡姫様に余計な苦労をさせたくない)
幡姫はあれ以来寝込んだり回復したりを繰り返していたが、このところは寝たきりである。頼朝も政子も何度か寺に病気平癒のお祈りに行っているが、あまり効き目はない。
「ねえさま、ねえさま」
すると、幼い男の子がよちよちと歩いてきた。彼は頼朝夫妻の待望の長男、[漢字]万寿[/漢字][ふりがな]まんじゅ[/ふりがな](後の源頼家)。そこを政子が追いかけてくる。
「万寿いけません。そこは姉上が休んでいるのですから、邪魔をしないの」
「良いのよ、母上」
幡姫が膝に乗せてやると、万寿は嬉しそうにぱちぱちと手を叩いた。
「小菊のところの[漢字]金剛[/漢字][ふりがな]こんごう[/ふりがな]はどうかしら?確かこの子の一つ下よね」
金剛とは義時と小菊の息子、後の北条泰時だ。
「ええ、毎日大変ですが、おかげさまで。万寿様とも仲良く、遊び相手が出来て金剛も喜んでいるのです」
「あら、遊び相手で思い出した。幡姫、また弟か妹ができますよ」
「え?」
どうやら政子は再び懐妊したらしく、突然のことに小菊達はびっくりしている。
「お、おめでとうございます、御台所様!」
「ありがとう。男子ならばもう一人将軍が生まれるのもめでたいし、女子なら幡姫の遊び相手になるわ」
政子は嬉しそうに言ったが、幡姫はやや顔を曇らせた。
「私の遊び相手は義高様だけだから」
「姫…?」
「私のお友達はこれからもずっと義高様だけよ」
そう言うと義高の血の染み付いた髪飾りをぎゅっと胸に押し当てた。
・・・
都に戻った義経は叔父の源行家に近づき始める。行家はすでに追討令が出されていた。これを不穏な動きとみた頼朝は義経監視のため景時の息子[漢字]景季[/漢字][ふりがな]かげすえ[/ふりがな]を都に送る。
が、景季が訪ねても義経は病気だと言って会わずにいた。その後、数日経って景季が対面すると、義経はやつれた様子で出てきたという。
この話は頼朝に伝えられた。
(あやつのことだ、行家叔父に近づくための仮病だ)
疑いを持った頼朝は、ついに決めた。
「義経を討つ」
兄弟が完全に袂を分かつ時が、刻一刻と近づいていた。
つづく
そのころ、幡姫は再び病床についていたが、そこで義経の哀れな成り行きを伝え聞いた。
「父上はなんで九郎殿にそんなに怒るの…?」
戦での義経の華やかな活躍ぶりは、誰もが知るところだったのに。幡姫が疑問に思ったのはそれだけではなかった。
「だって、九郎殿はただ褒めて欲しかっただけなのよ…九郎殿が言ってたもの」
昔、義高と義経の会話を盗み聞きしたときのことを思い出したのだ。あの人に鎌倉殿の地位を奪おうなんて気持ちはない。父上に伝えないといけない。よろよろ起き出そうとしたのを見て、小菊は姫が何をしようとしているのか察して止めた。
「鎌倉殿がお怒りになるだけでございます」
「でも、でも…」
「今はお休みくださいませ!」
(今は幡姫様に余計な苦労をさせたくない)
幡姫はあれ以来寝込んだり回復したりを繰り返していたが、このところは寝たきりである。頼朝も政子も何度か寺に病気平癒のお祈りに行っているが、あまり効き目はない。
「ねえさま、ねえさま」
すると、幼い男の子がよちよちと歩いてきた。彼は頼朝夫妻の待望の長男、[漢字]万寿[/漢字][ふりがな]まんじゅ[/ふりがな](後の源頼家)。そこを政子が追いかけてくる。
「万寿いけません。そこは姉上が休んでいるのですから、邪魔をしないの」
「良いのよ、母上」
幡姫が膝に乗せてやると、万寿は嬉しそうにぱちぱちと手を叩いた。
「小菊のところの[漢字]金剛[/漢字][ふりがな]こんごう[/ふりがな]はどうかしら?確かこの子の一つ下よね」
金剛とは義時と小菊の息子、後の北条泰時だ。
「ええ、毎日大変ですが、おかげさまで。万寿様とも仲良く、遊び相手が出来て金剛も喜んでいるのです」
「あら、遊び相手で思い出した。幡姫、また弟か妹ができますよ」
「え?」
どうやら政子は再び懐妊したらしく、突然のことに小菊達はびっくりしている。
「お、おめでとうございます、御台所様!」
「ありがとう。男子ならばもう一人将軍が生まれるのもめでたいし、女子なら幡姫の遊び相手になるわ」
政子は嬉しそうに言ったが、幡姫はやや顔を曇らせた。
「私の遊び相手は義高様だけだから」
「姫…?」
「私のお友達はこれからもずっと義高様だけよ」
そう言うと義高の血の染み付いた髪飾りをぎゅっと胸に押し当てた。
・・・
都に戻った義経は叔父の源行家に近づき始める。行家はすでに追討令が出されていた。これを不穏な動きとみた頼朝は義経監視のため景時の息子[漢字]景季[/漢字][ふりがな]かげすえ[/ふりがな]を都に送る。
が、景季が訪ねても義経は病気だと言って会わずにいた。その後、数日経って景季が対面すると、義経はやつれた様子で出てきたという。
この話は頼朝に伝えられた。
(あやつのことだ、行家叔父に近づくための仮病だ)
疑いを持った頼朝は、ついに決めた。
「義経を討つ」
兄弟が完全に袂を分かつ時が、刻一刻と近づいていた。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮