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独眼竜の昔話

#5

閑話,昼下がりの城下で

日差しの照りつける初夏の昼下がり。
深く笠を被った若い男が江戸城の門から走り出てきた。一見ただの若侍に見えるが彼の差す短刀には徳川家の葵紋がついている。家光は久々に城を抜け出したのだった。
(伊達の親父殿に呼ばれたのだが…一体何故?近頃は儂が城に呼んでおるのに…そ、そういえば親父殿、国元に帰ってたから最近顔を見ていなかったな…まさか何か悪いことがあったのではなかろうな)
彼は足を早めた。勿論そんな心配は一切要らず、家光が藩邸につくと政宗は元気よく迎えてくれた。家光はほっとしたが、なぜか政宗は大笑いし始めた。
「ふっ…ふふふ、まさか本当に抜け出してきて下さるとは!いや、ふふ、春日局殿に捕まってしまうものと思うておりましたゆえ…これはこれは、はははは」
家光にしてみれば、せっかく親父殿が呼んでくれたのだからと急いでやってきたのに、こんな反応をされるとは思っていなかった。道中政宗を心配していた反動もあって、急に体の力が抜ける。
「はははは、ではない!まったく、自分で呼んだくせに!結構大変なんだぞ!」
冗談めかしてからかってくるのが悔しくて嬉しくて、情けないとは思いつつ涙が出てきてしまう。
「あっ、上様、こ、これはほんの冗談でござる!」
慌てふためく政宗を横目に、家光は必死で涙を拭った。
(もう、心配なんかしてやらないんだからな…)
政宗はまだ目を赤く腫らしている家光にすまなく思いながら、彼を部屋に通した。
・・・
「先ほどは申し訳ござらん…」
「今日の殿少しお酒入ってるんです、すみません」
戸のところにいた小姓の苦々しい声も飛ぶ。
「相手もわきまえず調子に乗りすぎました…」
消え入りそうな声で言うので家光もまあいいか、という気持ちになってきた。政宗は何だか人間くさいというか、お茶目なところがあり、人の心を和らげる力が備わっている男なのだ。
「それはさておき!」
家光が笑顔を見せた途端政宗の反省の色は消し飛んだようだ。
「今日ここにお招きしましたのは、一緒に甘いものでも食べようかなと思いまして」
政宗は家光を厨房へ連れて行った。
そこには鍋に枝豆が茹でられて、もうもうと真っ白な湯気が上がっていた。
「ま、豆?」
枝豆は甘くないが…。そんなことを考えているうちにも政宗はてきぱきと[漢字]襷[/漢字][ふりがな]たすき[/ふりがな]を掛けている。
「ずんだ餅を作ります」
ずんだ餅。すり潰した枝豆をのせて食べる東北地方の郷土料理である。現代では仙台名物となっているが、家光はこの菓子を知らない。
「私が考えました!」
自慢気に微笑む政宗。家光はもう、呆気にとられている。
「菓子を考えた?親父殿が?」
「はい!」
この男は料理好きの一面も持ち合わせていた。他にも凍り豆腐など政宗が考案したと言われる食べ物が多くある。
「これから枝豆のさやと薄皮をむいてすり潰します…お手伝い願えますかな」
料理などしたことはなかったが、政宗となら楽しそうだ。
「手伝おう、いや、手伝いたい!」
家光はいそいそと襷をかけて枝豆をざるにあげた。
「しかし薄皮も取るとは面倒なことをするな」
「皮が口に残りますでな、除いた方がより美味しくなります」
「そうなのか!」
政宗からまた昔話-という名の自慢話-を聞きつつ手を動かし、やがて皮が取り除かれた豆がかごいっぱいになった。
「これをすり鉢で潰して味を整えればずんだの完成でござる」
政宗にすり鉢を押さえてもらいながら豆を潰していく。次第に良い香りがしてきた。枝豆の緑も鮮やかだ。
そしてついにずんだは餅に乗せられた。
「喉に餅を詰まらせないで下され、上様。私が死なせたと思われてはたまりませんからなぁ」
「縁起でもない!心配いたすな!」
家光は政宗の注意に反して大口に頬張った。
「うわぁ、美味しいっ!」
幸せそうに食べる家光を笑顔で見つめる政宗。
「お手伝いありがとうござった。こうしてみると、戦に明け暮れていた昔も楽しかったが…戦無き世で上様と八つ時の菓子を食うのも悪くございませんな」
家光はいつも勇ましい戦での活躍ぶりを語っている政宗が太平の世でも楽しく過ごしていることを嬉しく思った。
「あっという間に夕暮れでございますな」
「ああ、そうだな……あっ!」
江戸城を抜け出して来ていたのをすっかり忘れていた。
「お、親父殿、また来る!あと、また呼ぶ!ありがとう!美味しかった!」
「こちらこそ!お待ちしております!」
家光は政宗に見送られながら慌ただしく仙台藩邸を後にした。
まずい、長居しすぎた。そう思いながらも笑みがこぼれてとまらない。
歴史資料にこそ残らないが、家光はこのずんだ餅の味を忘れることはなかった。

この夜、家光はしっかり春日局に叱られている。




作者メッセージ

箸休め。以降の話はちょっとシリアスチックになるのでほのぼの甘いお話。
いつもより少し長くなりましたが読んでくれた人ありがとうございます。

2024/01/11 22:24

青葉よしまつ
ID:≫ 4eITYY1IIrji.
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歴史日本史江戸時代

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