「この戦の鍵は水軍を手に入れることだ」
義経は周囲の国の水軍を味方につけた。早速屋島へ向かおうとするも、作戦会議中に[漢字]梶原景時[/漢字][ふりがな]かじわらかげとき[/ふりがな]という御家人と揉める。
景時は念のために船に「[漢字]逆櫓[/漢字][ふりがな]さかろ[/ふりがな]」をつけようと言ったのである。逆櫓を船尾につけると、船尾を先頭にして船を動かせるので、退却しやすい。これに義経は猛反対した。
「そんなもん付けたら兵達は弱気になってしまうだろう!」
「退くことも時には大事です!義経殿は進むことしか考えられぬ猪武者なのですかな?」
「景時!この俺に対してなんという…!!」
その場は周りの武士達のとりなしでなんとか収まったが、景時という男は悪く言えば告げ口の常習犯であった。
(もしかしたら先ほどのことも、悪く伝えられてしまうのか…?)
景時に対する苛立ちと不安が募った。
(早く、平家を討ち滅ぼさなければ、俺は…)
その日の夜はひどい雨風に大波、とても海を渡れる状態ではなかった。諸将は天気が回復した後海を渡ろうとしている。しかし義経は違った。
「今こそだ…今なら風と波の力で、速く海を渡れる!それに今やって来るなど、平家の誰が想像しようか?」
景時達は反対したが、義経はそれならばと自分の少ない手勢だけで船を出させ、大荒れに荒れる海に漕ぎ出していった。小さくなっていく船を景時は見つめる。
「あの方は死ぬだろう。だが、もし生きていればあの方は…戦神だ」
ついに、義経は普通三日かかる海路を、わずか数時間で渡りきってしまった。
周囲の民家に火をつけることで大軍に見せかけ、平家に襲いかかった。平家の頭領、宗盛は初め慌てたが義経の兵が少ないのに気づくと、踏みとどまって激しく戦った。
余談だが、このときの有名な逸話に「扇の的」がある。
休戦中、平家の女が船の上で、「私の掲げた扇を矢で射抜いてみよ」と源氏軍を煽った。そこで矢の名手、[漢字]那須与一[/漢字][ふりがな]なすのよいち[/ふりがな]が進み出て見事扇を射てみせた、という。
また、この時義経の家臣、[漢字]佐藤継信[/漢字][ふりがな]さとうつぐのぶ[/ふりがな]が義経を守って討ち死にしている。
話を戻す。義経軍は少ないながらも果敢に戦い、平家は押され始めた。そこに景時ら坂東武者の大軍が駆けつけ、平家は船で海に逃れていった。平家はこの戦で屋島を失い、彦島に逃げるしかない。九州も範頼軍の活躍で抑えたため、ついに平家は孤立無援となったのである。この一連の戦いでは範頼の果たした役割も大きかったと言えるだろう。
義経は屋島での自分の活躍に、さらに自信をつけていた。
(継信を喪ったのは辛いが、此度はよくできた。このまま、俺が平家を倒し、天皇と神器を奪い返せば…)
ふふ、と笑みがこぼれた。
(兄上は絶対に褒めてくれる!!)
しかし義経党の喜びとは反対に、坂東武者達の不満は溜まるばかりだった。
「勝手な進軍で、手柄は全部あの方が持っていった!」
「あまり利己的な動きは慎んでいただきたいものだ」
「鎌倉殿の代理だから、弟だからと儂らに威張るのも腹が立つ!」
その声は嫌でも義経の耳に入る。
「…勝てばいいのだ。戦は勝たなければ意味がない!」
この時点で、義経と御家人の価値観は大分すれ違ってきている。
義経と坂東武士。この間に溝が深まる中、源平合戦はいよいよ終わりを迎えようとしていた。
つづく
義経は周囲の国の水軍を味方につけた。早速屋島へ向かおうとするも、作戦会議中に[漢字]梶原景時[/漢字][ふりがな]かじわらかげとき[/ふりがな]という御家人と揉める。
景時は念のために船に「[漢字]逆櫓[/漢字][ふりがな]さかろ[/ふりがな]」をつけようと言ったのである。逆櫓を船尾につけると、船尾を先頭にして船を動かせるので、退却しやすい。これに義経は猛反対した。
「そんなもん付けたら兵達は弱気になってしまうだろう!」
「退くことも時には大事です!義経殿は進むことしか考えられぬ猪武者なのですかな?」
「景時!この俺に対してなんという…!!」
その場は周りの武士達のとりなしでなんとか収まったが、景時という男は悪く言えば告げ口の常習犯であった。
(もしかしたら先ほどのことも、悪く伝えられてしまうのか…?)
景時に対する苛立ちと不安が募った。
(早く、平家を討ち滅ぼさなければ、俺は…)
その日の夜はひどい雨風に大波、とても海を渡れる状態ではなかった。諸将は天気が回復した後海を渡ろうとしている。しかし義経は違った。
「今こそだ…今なら風と波の力で、速く海を渡れる!それに今やって来るなど、平家の誰が想像しようか?」
景時達は反対したが、義経はそれならばと自分の少ない手勢だけで船を出させ、大荒れに荒れる海に漕ぎ出していった。小さくなっていく船を景時は見つめる。
「あの方は死ぬだろう。だが、もし生きていればあの方は…戦神だ」
ついに、義経は普通三日かかる海路を、わずか数時間で渡りきってしまった。
周囲の民家に火をつけることで大軍に見せかけ、平家に襲いかかった。平家の頭領、宗盛は初め慌てたが義経の兵が少ないのに気づくと、踏みとどまって激しく戦った。
余談だが、このときの有名な逸話に「扇の的」がある。
休戦中、平家の女が船の上で、「私の掲げた扇を矢で射抜いてみよ」と源氏軍を煽った。そこで矢の名手、[漢字]那須与一[/漢字][ふりがな]なすのよいち[/ふりがな]が進み出て見事扇を射てみせた、という。
また、この時義経の家臣、[漢字]佐藤継信[/漢字][ふりがな]さとうつぐのぶ[/ふりがな]が義経を守って討ち死にしている。
話を戻す。義経軍は少ないながらも果敢に戦い、平家は押され始めた。そこに景時ら坂東武者の大軍が駆けつけ、平家は船で海に逃れていった。平家はこの戦で屋島を失い、彦島に逃げるしかない。九州も範頼軍の活躍で抑えたため、ついに平家は孤立無援となったのである。この一連の戦いでは範頼の果たした役割も大きかったと言えるだろう。
義経は屋島での自分の活躍に、さらに自信をつけていた。
(継信を喪ったのは辛いが、此度はよくできた。このまま、俺が平家を倒し、天皇と神器を奪い返せば…)
ふふ、と笑みがこぼれた。
(兄上は絶対に褒めてくれる!!)
しかし義経党の喜びとは反対に、坂東武者達の不満は溜まるばかりだった。
「勝手な進軍で、手柄は全部あの方が持っていった!」
「あまり利己的な動きは慎んでいただきたいものだ」
「鎌倉殿の代理だから、弟だからと儂らに威張るのも腹が立つ!」
その声は嫌でも義経の耳に入る。
「…勝てばいいのだ。戦は勝たなければ意味がない!」
この時点で、義経と御家人の価値観は大分すれ違ってきている。
義経と坂東武士。この間に溝が深まる中、源平合戦はいよいよ終わりを迎えようとしていた。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮