文字サイズ変更

大姫鎌倉日記

#24

それぞれの後悔

誰かが庭にいる気配がする。
「幡姫ちゃん、…波子です」
叔母の波子が御簾越しに呼んでいた。
「姉上から聞いて、心配して来たのよ…。そうだ、三浦殿も来てるわ」
(頼むから来ないで。ほうっておいて!)
と、怒鳴り返したい。とにかく今は何も理解出来ていないのだから、一人で考えさせてほしかった。が、それはこらえて静かに返事をした。
「…ごめんなさい、今は会いたくない」
「姫にじかにお渡ししたい物があるらしいの」
波子が頑なに帰ってくれないので、はあ、と溜め息をついて起き上がった。外の光が眩しい。
「何ですか…」
「これを」
濡れ縁に座る義村の手に乗っていたのは、あの日、義高に預けた薄赤色の布だった。
「義高殿と別れた数日後、胸騒ぎがして武蔵まで行ったのです。そうしたら、山道に落ちていたと私の家人が…」
渡したときのまま、きれいに畳まれている。違うのは、濃い赤色の染みがついていることだ。
「血…?」
「一度洗ったのですが、落ちず…」
義高の血に違いなかった。
「お亡くなりになる瞬間まで、肌身離さず持っていて下さった証拠でございましょう…」
現物がそこにあることで、幡姫の中で義高の死は現実となった。初めて涙が一粒落ちた。そのあとはもう、感情に身を任せて泣くことができた。
「義高様…!よ、義高、さまああああっ!!!」
堰を切ったように悲しさが押し寄せた。
「こんな風に返ってくるなんて、思わなかった…。私はあなたの手から、受け取りたかったのに…!」
「義高殿の反対を押し切っても、ついていくべきでした。…恨むならばこの義村を、いかようにもご処断ください…」
彼は珍しく素直に平伏し、謝罪した。幡姫はしゃくりあげながら首を横に振った。
「そんなの出来ない…悪いのは、悪いのは…」
父だ。そう言いかけて、止めた。
(私があの時、命を懸けて止めていたら…私も死ぬって言えたら、父上は止まった…?)
背中に冷たい汗が流れる。自分にもっと出来ることがあったのに、それをしなかった。なら、悪いのは誰か、明白だった。
「…私だから」
「姫、それは…!」
違う、と言う義村の声を背中で受けながら、幡姫はよろよろと部屋に戻った。
・・・
小菊は義時の館で横になっている。
(あのとき私が軽薄にも、義高様を逃がせなどと言ったから…)
凄まじい後悔、罪悪感が彼女を襲った。
(すべて、鎌倉殿のはかりごとだったのだ)
すると義時が帰ってきた。彼女は夫に心配をかけるのを憂い、背を向けた。
「調子はどうだ、小菊」
しかしこの男は妻を溺愛しすぎている。かえって小菊を気にかけ、彼女の乱れた髪を手で梳く。
「あまり気に病まぬほうがいい」
「でも、私がもっと気をつけておけば、あんなことには…!!今も姫は部屋に引きこもって…」
小菊は顔を背けたまま肩を震わせて泣いた。
「お前が悪いのではない」
「では、誰が悪かったのですか!?…鎌倉殿ですか?」
小菊の責め立てる声に、義時は自問した。
(確かに鎌倉殿の謀略だ。でも、私は鎌倉殿を恨みきれない…あの方の苦悩も天才ぶりも、伊豆時代からそばで見てきたのだから)
苦しそうに顔を歪める。
(それが辛い。幡姫様とも妻とも違う立場にいる私には、彼女達の思いを理解してやれない…むしろ私は鎌倉殿側の人間になりつつある…)
彼は不器用に妻から目を背けた。
鎌倉で起きることは理がまかり通らない。「鎌倉の為」ならそんなことはどうでも良いのだ。
責任を誰かに押し付けて責めれば、確かに楽になる。しかしそれだけのこと。この地では責任者など探したところで意味は無く、起きたことは変わらない。
「口が過ぎるぞ。…これは誰の責任にも出来ないのだ」
義時の考えはついに上手く言葉にならなかった。

つづく

作者メッセージ

今回も読んでいただきありがとうございます。
次回はあの女性が登場します。

2024/03/09 21:37

青葉よしまつ
ID:≫ 4eITYY1IIrji.
コメント

この小説につけられたタグ

歴史日本史鎌倉時代源平合戦恋愛

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権は青葉よしまつさんに帰属します

TOP