義高は眠られぬ夜を過ごしていた。
(私は殺されるだろうか)
かつて仲の良かった義経の言葉を思い出す。
(本当に、厳しい方…か。ならば私を生かしておく訳がない。)
将来、義高が自分を親の仇と思い、殺すかもしれない。自分が頼朝ならそう考える。
彼はふと思った。
…殺されるならいっそ、頼朝を手土産に父のもとに逝こうか。出来ないことはない、今はまだ子供と思って油断しているはずだ。
自分の心の中で、殺意が高まってくるのを感じた。
(父上を討った鎌倉を許しはしない。頼朝を倒して父の無念を晴らしたい)
義高は起き上がって刀を掴む。
今すぐにでも頼朝の寝所に走り出そうかというところで、突然、強く後ろ髪を引かれる思いが湧き上がった。
(幡姫様…)
少女に未練を残すなど情けないとは思った。でも、今では幡姫は彼にとってかけがえのない親友であり、…深く愛するようになっていたのだ。幡姫と共に生きたい、と強く感じた。
(まだ殺されると決まってはいない)
少し冷静さを取り戻した義高は再び横たわった。
月のない、それは暗い夜だった。
次の日は晴れていた。冬の冷たい風が吹きすさぶが、幡姫は義高を連れ出して外にいた。
義高の作ってやった風車を風に当てて回している。二人きりの空間に満足げに幡姫が微笑む。
「義高様が元気そうで安心しました」
「あ、ええ…」
昨日は自分が倒れたというのに心配してくれる健気さが愛おしい。
義高の目から涙がこぼれ落ちた。
「義高…様?」
「覚悟は決めていたのに…情けないことです」
(え?どういうこと…!?)
義高は幡姫に聞かれるままに全て話してしまった。幡姫は義高から告げられたあまりの事に驚きを隠せなかった。義高が勝手に死のうとしていたことも許せなかった。
胸の中の思いが押し出されて、口が勝手に動き出す。
「…私は、義高様にも私の父上にも死んでほしくない…!義高様の父上は、情深くて優しいんでしょう、仇を討って死んでほしいって、義高様に言うと思うのですか!?」
幡姫は初めて義高に対して怒鳴り散らした。義高はうつむいたまま黙って聞いている。
「私の父上が憎いのは分かってるけど…そんなことしたらあなたは、絶対死ななくちゃならないでしょ!」
「幡姫様…」
「もし父上たちが義高様を殺すって言っても、私が絶対、義高様を殺させないから!お願い!私が守るから」
どうやって守るのか、なんてことは全然分かっていなかった。でも、何が何でも生きてほしい。その願いが通じたのか、義高は言った。
「…姫様にそこまで言われては、死ねませんね」
「義高様!!」
二人は互いに涙に濡れた顔を見合わせて笑った。
幼さ故に、裏で[漢字]蠢[/漢字][ふりがな]うごめ[/ふりがな]く大人達の意志に気付かないまま、束の間の幸せを分かち合いながらこの年は暮れようとしていた。
つづく
(私は殺されるだろうか)
かつて仲の良かった義経の言葉を思い出す。
(本当に、厳しい方…か。ならば私を生かしておく訳がない。)
将来、義高が自分を親の仇と思い、殺すかもしれない。自分が頼朝ならそう考える。
彼はふと思った。
…殺されるならいっそ、頼朝を手土産に父のもとに逝こうか。出来ないことはない、今はまだ子供と思って油断しているはずだ。
自分の心の中で、殺意が高まってくるのを感じた。
(父上を討った鎌倉を許しはしない。頼朝を倒して父の無念を晴らしたい)
義高は起き上がって刀を掴む。
今すぐにでも頼朝の寝所に走り出そうかというところで、突然、強く後ろ髪を引かれる思いが湧き上がった。
(幡姫様…)
少女に未練を残すなど情けないとは思った。でも、今では幡姫は彼にとってかけがえのない親友であり、…深く愛するようになっていたのだ。幡姫と共に生きたい、と強く感じた。
(まだ殺されると決まってはいない)
少し冷静さを取り戻した義高は再び横たわった。
月のない、それは暗い夜だった。
次の日は晴れていた。冬の冷たい風が吹きすさぶが、幡姫は義高を連れ出して外にいた。
義高の作ってやった風車を風に当てて回している。二人きりの空間に満足げに幡姫が微笑む。
「義高様が元気そうで安心しました」
「あ、ええ…」
昨日は自分が倒れたというのに心配してくれる健気さが愛おしい。
義高の目から涙がこぼれ落ちた。
「義高…様?」
「覚悟は決めていたのに…情けないことです」
(え?どういうこと…!?)
義高は幡姫に聞かれるままに全て話してしまった。幡姫は義高から告げられたあまりの事に驚きを隠せなかった。義高が勝手に死のうとしていたことも許せなかった。
胸の中の思いが押し出されて、口が勝手に動き出す。
「…私は、義高様にも私の父上にも死んでほしくない…!義高様の父上は、情深くて優しいんでしょう、仇を討って死んでほしいって、義高様に言うと思うのですか!?」
幡姫は初めて義高に対して怒鳴り散らした。義高はうつむいたまま黙って聞いている。
「私の父上が憎いのは分かってるけど…そんなことしたらあなたは、絶対死ななくちゃならないでしょ!」
「幡姫様…」
「もし父上たちが義高様を殺すって言っても、私が絶対、義高様を殺させないから!お願い!私が守るから」
どうやって守るのか、なんてことは全然分かっていなかった。でも、何が何でも生きてほしい。その願いが通じたのか、義高は言った。
「…姫様にそこまで言われては、死ねませんね」
「義高様!!」
二人は互いに涙に濡れた顔を見合わせて笑った。
幼さ故に、裏で[漢字]蠢[/漢字][ふりがな]うごめ[/ふりがな]く大人達の意志に気付かないまま、束の間の幸せを分かち合いながらこの年は暮れようとしていた。
つづく
- 1.序幕,伊豆国の姫君
- 2.突然の危機
- 3.伊豆山の女性たち
- 4.鎌倉入り
- 5.木曽の将軍
- 6.人質と姫君
- 7.若武者の正体
- 8.福始
- 9.義高の懐郷病(一)
- 10.義高の懐郷病(二)
- 11.躍進する義仲
- 12.小咄,鎌倉の恋人
- 13.幡姫の立ち聞き
- 14.旭日昇天
- 15.没落の始まり
- 16.決別と忠告
- 17.最悪の予感
- 18.そして日は沈む
- 19.矛盾した願い
- 20.恐ろしい計画
- 21.守りたいひと(一)
- 22.守りたいひと(二)
- 23.知らせ
- 24.それぞれの後悔
- 25.巴御前
- 26.義経の憂鬱
- 27.屋島
- 28.壇ノ浦の海
- 29.歓喜と不信
- 30.亀裂
- 31.不穏
- 32.別離の襲撃
- 33.すれ違いの果てに
- 34.囚われの白拍子
- 35.幡姫と静(一)
- 36.幡姫と静(二)
- 37.空蝉
- 38.奥羽の重鎮